鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Juris Kursietis&"Oļeg"/ラトビアから遠く、受難の地で

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東欧の国々は貧困に喘ぐ国が多く、よりよい未来を求めて国外へと移住する若者たちが後を絶たない。バルト三国の一国であるラトビアも今現在そんな現実に直面することとなっている。今回紹介する作品はそんな国外生活を送るラトビア移民の姿を描き出した、Juris Kursietis監督作"Oļeg"を紹介していこう。

オレグ(Valentin Novopolskij)はベルギーのブリュッセルで暮らす不法移民のラトビア人だ。彼は愛する祖母と離れ離れになりながら、精肉工場で働き続けている。だがもちろん市民権は持っておらず、いつ首を切られるかも分からない不安定な状況が続いている。そんな中でオレグは何とか生きていた。

まず今作はオレグという青年が置かれた逼迫した状況を描き出している。貧困と孤独の中で、彼の生活は荒れ果てている。ラトビア移民が住むシェアハウスに住んではいるが、心を開ける友人も存在しない。精肉工場の環境も劣悪で、目の前で凄惨な事故が起こることも有り得る。そんな生活ぶりは確実にオレグの精神を疲弊させていく。

この映画のスタイルはいわゆるダルデンヌ兄弟に代表される社会派リアリズムだ。撮影監督であるBogumil Godfrejowが持つ、激しい揺れを伴ったカメラは、常にオレグの傍らに居続け、彼の一挙手一投足を映し出し続ける。そして彼が生きる空間の狭苦しさ、薄暗さ、そういった空気感までも生々しく切り取っていくのである。私たちはオレグが吸っている淀んだ空気を共に吸うこととなる。

ある日、精肉工場で作業員が指を切断するという事故が起こるのだが、オレグはこの罪を被せられて馘首されてしまう。食い扶持を一瞬にして失ってしまう彼だったが、そこで出会ったのがポーランド移民のアンジェイ(「最後の家族」Dawid Ogrodnik)だった。彼はオレグを雇い、更に住居まで提供する。最初は感謝しきりのオレグだったが、徐々にアンジェイは本性を見せ始める。

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今作にはヨーロッパにおいて移民が直面する現実が存在している。不法移民として生きる人々は何の権利も持たないままで何とか生存しよう必死に行動を続ける。そして表通りの影で密やかに生きることになる。そんな中である者たちは犯罪に走るが、アンジェイはその1人だ。彼は移民労働者斡旋のブローカーとして暗躍しており、移民たちを搾取しながら生きている。監督はこの弱い立場にある者が更に弱い立場にある者を傷つける負の構造を描き出しているのだ。

オレグはそんな彼の獲物として罠にかかってしまった訳であるが、そんな彼の転落劇が悲惨なまでのリアリズムで以て描かれていく。金もない、住居もない、仕事もない、頼れる友人もいない。故に彼は搾取と引き換えに全てを提供してくれるアンジェイに依存する他ない。こうして泥沼に絡め取られる様は正に地獄だ。ここにおいてブリュッセルの地は歴史ある古都ではなく、寒々しき牢獄でしかないのである。

俳優陣では傑出した人物が2人いる。まず1人がアンジェイを演じるDawid Ogrodnikだ。彼はテン年代ポーランド映画において最も才能ある俳優の一人であり、ここでもその演技力を遺憾なく発揮している。彼は脳性麻痺を抱えた青年からから自殺衝動に満ちた若者まで様々な役柄を演じわけるカメレオン俳優だが、ここではいつ爆発するか分からない怒りを抱えたブローカー役を不気味に演じている。

しかしMVPは主人公であるオレグを演じたValentin Novopolskijだろう。異国で過酷な生活をオレグは、その全身に切実な孤独を纏っている。そして如何ともし難い苦境に直面して、様々な感情を燻らせている。そんな難しい人物を、Novopolskijは灰色の肉体性で以て、静かに力強く演じている。この2人が衝突する様には異様な緊張感が宿っている。

劇中において、オレグは"自分の存在は誰にとっても異星人のようなものだ"と、自身の心情を吐露する場面がある。そしてこの言葉は愛する祖母が話してくれた生贄の羊についての昔話と呼応し合い、ラトビア人がめぐる受難の物語が浮かび上がってくるのだ。この"Oļeg"という作品は、そんなラトビアの長く苦しい歴史を背負う青年の姿を描いているのである。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
その331 Katharina Mückstein&"L'animale"/オーストリア、恋が花を咲かせる頃
その332 Simona Kostova&"Dreissig"/30歳、求めているものは何?
その333 Ena Sendijarević&"Take Me Somewhere Nice"/私をどこか素敵なところへ連れてって
その334 Miko Revereza&"No Data Plan"/フィリピン、そしてアメリカ
その335 Marius Olteanu&"Monștri"/ルーマニア、この国で生きるということ
その336 Federico Atehortúa Arteaga&"Pirotecnia"/コロンビア、忌まわしき過去の傷
その337 Robert Budina&"A Shelter Among the Clouds"/アルバニア、信仰をめぐる旅路
その338 Anja Kofmel&"Chris the Swiss"/あの日遠い大地で死んだあなた
その339 Gjorce Stavresk&"Secret Ingredient"/マケドニア式ストーナーコメディ登場!
その340 Ísold Uggadóttir&"Andið eðlilega"/アイスランド、彼女たちは共に歩む
その341 Abbas Fahdel&"Yara"/レバノン、時は静かに過ぎていく
その342 Marie Kreutzer&"Der Boden unter den Füßen"/私の足元に広がる秘密
その343 Tonia Mishiali&"Pause"/キプロス、日常の中にある闘争
その344 María Alché&"Familia sumergida"/アルゼンチン、沈みゆく世界に漂う
その345 Marios Piperides&"Smuggling Hendrix"/北キプロスから愛犬を密輸せよ!
その346 César Díaz&"Nuestras madres"/グアテマラ、掘り起こされていく過去
その347 Beatriz Seigner&"Los silencios"/亡霊たちと、戦火を逃れて
その348 Hilal Baydarov&"Xurmalar Yetişən Vaxt"/アゼルバイジャン、永遠と一瞬

Hilal Baydarov&"Xurmalar Yetişən Vaxt"/アゼルバイジャン、永遠と一瞬

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さて、アゼルバイジャンである。旧ソ連の構成国であり、アジアとヨーロッパに跨るコーカサス山脈の傍らに位置している。首都バクーは新たな観光地として話題になり始めている。映画製作においては影の薄いこの国であるが、もちろんこの国独自の映画史は存在しているし、新しい映画史を紡いでいくだろう才能たちも現れ始めている。ということで今回はそんな才能の1人であるHilal Baydarov(ヒラル・バイダロフ)と彼の長編作品"Xurmalar Yetişən Vaxt"を紹介していこう。

物語はまずある中年女性の姿を映しだしていく。朽ち果てていこうとする白い壁、その前に腰を据えている中年女性。彼女は笑顔を浮かべることはなく、渋い表情を浮かべたままでいる。その周りには古びた写真の数々が飾られており、彼女の背後にある歴史を語っている。彼女は何者なのか、彼女は何をしている人物なのか。そういった問いが静かに現れては消えていく。

今作はそんな女性の平凡な日常の素描で構成されている。例えば椅子に座っている姿、食事をしている姿、家の近くにある森を散策する姿、そういった光景が浮かんでは消えていく。それらは断片的な物であり、繋がりと形容できるものはほとんど存在していない。観客はそういった細切れの日常を目撃することになるだろう。

そして1人の日常は村そのものの日常へと拡張されていく。夕日の橙が空を満たす頃、子供たちが野原に集まり空に向かって石を投げ続ける。そして主婦たちは部屋に集まり、お喋りをしながら柿の皮むきをする。羊飼いは羊の群れを引き連れて、村の中を大移動する。監督自身が持つカメラは彼らに対して静かに寄り添っていく。それ故に、そこには微笑ましい空気感が満ちている。

そして更に印象的なのは、このアゼルバイジャンの村を取り囲む自然の豊かさだ。おそらく冬に直面しているこの地において、木々は緑を失いながらも、太い幹を勇大なまでに天へと伸ばしている。その下では、清冽な水が音を立てながら大地を流れている。もっと広い目で見ると、それらを抱く山々には濃厚な霧がかかり、神々しい雰囲気を湛えている。それらを観る度、私たちは息を呑まざるを得ないだろう。

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そんな中で村の光景とは異なるものも現れることともなる。私たちは1人の男性が列車に乗る姿を目撃することになるだろう。寝台列車の席に寝転がりながら天井を眺め、彼は思索に耽っている。この描写に呼応するように、村では中年女性が線路の傍らに立って列車を待ち続ける姿が描き出されていく。映画はその関係性がどういったものかを説明しない。ただただ静かに見据えるだけなのである。だがある時、私たちは悟るだろう。彼は女性の息子なのだと。彼女たちは再会を喜び合う。

そして二人はあの朽ち果てる最中にある白い壁の前で、様々な事柄について対話を始める。例えば愛について、自殺について。そういった簡単には答えのでないだろう抽象的ながら重要な事柄について、彼らは言葉を重ね続けるのだ。その様は親密ながら、時には意見を衝突させ、緊張感が生まれることともなる。その複雑微妙な対話を、監督は静かに描き出すこととなる。

こうして日常の風景や勇大な自然の数々、親子の間での親密な対話。こういったものが積み重なることによって、今作は紡ぎだされていく。ここにおいてアゼルバイジャンという国を描き出すといった、大それた意志は存在していない。本当にただただ日常と言えるものだけを淡々と描き出しているのである。

だがその筆致は、アゼルバイジャンの寒々しい風景とは裏腹に胸を揺さぶられるほどに優しいものだ。そんな監督の類稀な手捌きによって、時の流れの中に位置する日常がいかに切実で美しいか描かれることによって、今作には一瞬の遥かさと永遠の儚さというものが宿ることとなっているのだ。

"Xurmalar Yetişən Vaxt"アゼルバイジャンという国に広がる日常を通じて、人生が湛えている普遍的な美しさを描き出した作品だ。私たちの人生には何も際立ったものは無いように思えるかもしれない。だがその傍らに存在している日常こそが、正に美そのものであるということを今作は教えてくれる。

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Alex Ross Perry&"Her Smell"/お前ら、アタシの叫びを聞け!

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カリスマ性のあるロック歌手というのは、当然というべきか映画の題材になることが多い。最近でもQueenフレディ・マーキュリーを描き出した伝記映画ボヘミアン・ラプソディーが話題になったことは記憶に新しいだろう。しかしニューヨーク・インディー映画界の最前線に位置する作家Alex Ross Perry アレックス・ロス・ペリーの新作“Her Smell”ほど、観客にインパクトを与える作品は存在しているだろうか?

ボーカリストベッキー・サムシング(「犬と私とダンナのカンケイ」エリザベス・モス)率いるロックバンドSomething Sheはそのカリスマ性で以て一世を風靡することとなった。しかしそれも今は昔、ベッキーの創作意欲は枯渇し、バンドは危機的状況に陥っていた。それでもライブを開けば客は殺到しながらも、その裏側では目も当てられない醜態が繰り広げられていた。

という訳で、まず本作は舞台裏で繰り広げられる人間ドラマを描き出していく。ベッキーは常時ハイになった状態で場を掻き回し続けるのに対し、バンドメンバーであるマリエルとアリ(ゲイル・ランキン&アギネス・ディーン)は呆れ気味だ。しかもこの日は元夫である歌手のダニー(「靴職人と魔法のミシン」ダン・スティーヴンス)が娘であるタマの他に、恋人のティファニー(“The Mountain” ハンナ・グロス)まで連れてくるのでベッキーは憤激、御付きのブードゥー魔術師とティファニーへ呪いをかける用意を始め、事態は更に悪化の一途を辿っていく。

今作の撮影監督ショーン・プライス・ウィリアムスはそんな狂態を異様な熱気と共に描き出していく。画面の切り取り方は閉所恐怖症的で空間が圧縮されたような感触を覚えさせるが、そうして映し出される狭苦しい楽屋には様々な登場人物が入れ替わり立ち替わり現れては消えていく。このフレーム・アウト/インの忙しない反復は、その場に漂う熱気を更に濃密なものにしていく。そして照明の鮮血さながらの赤も相まって、この空間は伏魔殿のような悪魔的雰囲気をも獲得していくのだ。

監督であるロス・ペリーとウィリアムスはほぼ全ての作品で協同している盟友だが、彼らは作品ごとに新たな映像言語を開発していく。例えば第2長編“The Color Wheel”はフィルムの質感が濃厚なモノクローム撮影で以て、ウディ・アレン作品のような洒落た雰囲気を醸し出す試みを行っている。第4長編Queen of Earth”ではクロースアップを多用することでイングマール・ベルイマンを彷彿とさせる聖性を画面に宿している。今作においては、例えばポール・トーマス・アンダーソンブギーナイツなどを想起させる長回しを主体として、途切れない時間の流れの中に、空間に満ちる異様な熱気を生々しく刻み込んでいると言えるだろう。

そんな狂態を繰り返すベッキーだったが、今後もキャリアを続けるには新作アルバムを完成させる必要があった。しかし酒やヤクで脳髄がボロボロのベッキーにそんな力は残っていない。それでも場を掻き回す不機嫌さだけは健在であり、それが元でマリエルやアリは呆れ果て、姿を消してしまう。とそこに現れたのが、キャシー(「チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛」カーラ・デルヴィーニュ)率いる新人バンドThe Akergirlだった。自分のファンであるという彼女たちを巻き込んで、ベッキーは新作を完成させようとするのだが……

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今作の核となる存在は愛すべき暗黒パンクビッチであるベッキーを演じるエリザベス・モスに他ならない。モスは主にテレビ界で数々の名声を獲得してきた。ザ・ホワイトハウスに始まり「マッド・メン」「トップ・オブ・レイク」ときて、最近では「ハンドメイズ・テイル」で主演を演じ、エミー賞を獲得するなどの名誉にも浴してきた。映画界では割合インディー方面の印象的な脇役として出演することが多かったが、そんなキャリアを一新させたのがロス・ペリーとの出会いだった。第3長編“Listen Up, Phillip”では主人公の恋人役を演じた後、続くQueen of Earth”で主役に抜擢、無二の親友との愛憎劇を通じて凄まじい圧の演技力を見せた。そこでの密接な関係が最新作である“Her Smell”に繋がったと言ってもいい。

そんなモスだが、今作では自分のことのみを考えるエゴの塊のような存在の彼女を、神憑り的な迫力で以て演じ続け、熱い血をブチ撒け続ける。誰彼構わず崇高なまでに独創的な罵詈雑言を吐き散らかす様は、まるでシェイクスピア劇でも見ているかのような錯覚に襲われる。パンクとは何か分からない人でも、モスによる一挙手一投足を目撃したなら、その概念の何たるかを言葉ではなく心で理解することができるだろう。

さて、今作の舞台となるのは90年代であるが、この時代に隆盛を誇っていた音楽的潮流といえばRiot Grrrlムーブメントをおいて他にはないだろう。この流行は男性中心主義的な音楽界に対して中指を突き立てるように、女性たちが主体となって作られた画期的なものだ。例えば代表的なバンドにはBikini KillSleater Kinneyなどがいるが、彼女たちは自分たちの叫びを聞け!とばかりに、轟音を響かせて自己を解放するような音楽を奏でていた。それは徹頭徹尾“私”の音だった。

この文化を背景として、ロス・ペリーは“私”を極私的エゴへと接続していく。“私”を解放することに否応なく付きまとう暗部、それは“私”が周りの全てを欲望のままに破壊する暗黒物質へと変容してしまうことだ。監督は正にそんなアメリカの片隅で旋風を巻き起こすエゴを描き続けてきた訳であるが、今作においてはRiot Grrrlというアメリカの歴史が複雑に編み込まれることによって、今までの集大成的な作品が爆誕することと相成っている。

だが、そんな今までの要素だけではない進歩すらもここには見られる。アメリカのエゴを体現する堂々たるクズたちに対して、今まではどこか突き放すような視線を監督は向けていた。彼は解剖学者のような冷徹さでクズたちの生態を観察し続けていたのだ。負け犬クズの究極の傷の舐めあいが結末であった“The Color Wheel”も、それを描く上での淡々たるな長回しは同情というよりも距離を取った観察という触感を感じさせるものだった。

しかし彼にとっては異色作であった第5長編“Golden Exit” aka「君がいた日々」(どう異色であったかはこの記事を参照)を経て、今作にはどこか暖かな優しさが宿っているのである。ロス・ペリーはここにおいてベッキー・サムシングという超弩級のクズに、辛辣ながらも深い優しさを捧げているのである。そしてその優しさは思わぬところへと終着を遂げる。それは愛にも憎しみにも似た女性たちの絆だ。ベッキーの周りにいる女性たち、例えばかけがえのないSomething Sheのバンドメンバーたち、自分に尊敬の念を向けるThe Akergirlsのメンバー。みなは何度もベッキーのクズさに呆れ果て背を向けながら、最後には彼女の元に戻ってくる。ロス・ペリーは6作中4作が女性主人公であり、女性の描き方の濃密さには定評があるが、それがここでは優しさへと、女性たちの複雑な連帯へと結実しているのである。それが描かれるラストは今までにない感動があるのだ。

“Her Smell”はロックが生来的に宿すだろう破壊衝動と、思いがけない女性たちの優しさのせめぎあいを描き出した強烈な音楽映画だ。今作はロス・ペリーにとっての集大成であり、彼のフィルモグラフィは喜ばしい一区切りを迎えたといっていい。それでいて今作に宿った新たな感覚は、彼が新境地を切り開いたことを高らかに語っている。次は一体どんな作品を作るのか。次回作がこんなにも楽しみな映画作家はいない。

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ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 S.クレイグ・ザラー&"Brawl in Cell Block"/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩
その63 パトリック・ブライス&"Creep 2"/殺しが大好きだった筈なのに……
その64 ネイサン・シルヴァー&"Thirst Street"/パリ、極彩色の愛の妄執
その65 M.P. Cunningham&"Ford Clitaurus"/ソルトレーク・シティでコメdっjdjdjcjkwjdjdkwjxjヴ
その66 Patrick Wang&"In the Family"/僕を愛してくれた、僕が愛し続けると誓った大切な家族
その67 Russell Harbaugh&"Love after Love"/止められない時の中、愛を探し続けて
その68 Jen Tullock&"Disengaged"/ロサンゼルス同性婚狂騒曲!
その69 Chloé Zhao&"The Rider"/夢の終りの先に広がる風景
その70 ジョセフィン・デッカー&"Madeline's Madeline"/マデリンによるマデリン、私による私
その71 アレックス・ロス・ペリー&「彼女のいた日々」/秘めた思いは、春の侘しさに消えて
その72 Miko Revereza&"No Data Plan"/フィリピン、そしてアメリカ
その73 Tim Sutton&"Donnybrook"/アメリカ、その暴力の行く末
その74 Sarah Daggar-Nickson&"A Vigilante"/破壊された心を握りしめて
その75 Rick Alverson&"The Mountain"/アメリカ、灰燼色の虚無への道行き

Beatriz Seigner&"Los silencios"/亡霊たちと、戦火を逃れて

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近現代のラテンアメリカ地域では、大規模な内戦や武力紛争などが頻発している。例えばコロンビアでは政府軍と反政府ゲリラの対立によって50年以上に渡る内戦が起こるなどしている。それによって国を離れることを余儀なくされた離散民は数えきれないだろう。今回紹介する作品はそんな離散民の姿を幻想的な筆致で追った作品、Beatriz Seigner監督作"Los silencios"だ。

アンパロ(Marleyda Soto)は子供たちと共に、アマゾニア地域のある島にやってきた。ここはコロンビアとブラジル、ペルーの国境が接する場所だった。彼女たちはコロンビア内戦の戦火から逃れるために、この地に住む叔母の元へ身を寄せたのだ。ここを新天地として、アンパロたちは新しい生活を始めようとするのだが……

まず描かれるのはアンパロたちが直面する苦難の数々だ。初めに彼女たちは生活のために様々な手続きを行わなくてはならない。学校への入学手続き、保証金の申請、そして難民認定のための書類提出。そういった官僚主義的な手続きの数々は、アンパロを否応なく疲弊させていくのである。

監督であるSeignerはそんなアンパロの姿を、アマゾニアに広がる風景と一緒にゆったりと描きだしていく。この町は牧歌的で、観る者に懐かしさを感じさせるような郷愁がそこかしこに宿っている。その一方でこの地を覆う貧困の根深さも見て取れるだろう。そんな2つの対立する要素が混ざり合いながら、この地で時は流れてゆくのである。

そして町は離散民にとっての逃げ場であるがゆえ、各地での内戦の情報が次々と飛び交うことになる。ラジオではコロンビア革命軍であるFARCと政府の和平交渉についてのニュースが流れる。夜、東屋に集まる離散民たちは自分の国で起こった忌まわしき事件について共有し、涙を流す。ここにおいて内戦はいつまでも終らない、アクチュアルな現実なのである。

そんな時、アンパロの長女であるヌリア(María Paula Tabares Peña)が家で失踪したはずの父の姿を見つける。彼はゲリラの構成員であり、紛争が原因で姿を消していた。他の家族には彼の姿は見えていないらしい。しかしヌリアが何度も父の姿を目の当たりにするうち、彼の存在は家族の中へと静かに浸透していく。

物語はこの父の奇妙な存在感を見つめていく。最初は日常を生きる亡霊のような形で現れるが、消えては現れてを反復するうち、その存在は実体を得ていくようだ。しかし観客は常に彼の存在が実体なのか霊体なのかという問いを突きつけられ、居心地の悪い思いをすることになるだろう。しかしこの曖昧な震えこそが、今作の要ともいっていい。

この日常の中に幻想が入り混じるという表現手法は、いわゆるラテンアメリカ文学における魔術的リアリズムを想起させるだろう。しかしブーム期の文学が溢れる生命力をそのまま幻想に反映させていたのに対して、今作や昨今作られるラテンアメリカ映画はもっと繊細な筆致で以て、日常に根づく幻想を描き出すという手法を取ることが多い。どちらが優れているなどは簡単には言えないが、今作は正に抑制的な幻想の筆致を用いていることには疑いがない。そしてこの演出が物語を幻惑的な雰囲気に変えているのだ。

"Los silencios"は苦難に直面する家族の姿に、引き裂かれる国の悲哀を重ね合わせた、幻想的な作品だ。ラテンアメリカは内戦で傷つき続けた大陸だ。しかしそんな哀しみの地で必死に生きようとする人々がいる。私たちはそんな力強さを目撃することになるだろう。

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その346 César Díaz&"Nuestras madres"/グアテマラ、掘り起こされていく過去
その347 Beatriz Seigner&"Los silencios"/亡霊たちと、戦火を逃れて

César Díaz&"Nuestras madres"/グアテマラ、掘り起こされていく過去

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ラテンアメリカの一国であるグアテマラ、この国においては血腥い内戦が30年にも渡って行われていた。それは軍内の親米派と反米派及び左派勢力などの間で1960年から1996年まで続いたのである。現在、内戦に加担した戦争犯罪人の裁判が行われており、被害者たちが日々証言を続けているのだ。今回紹介するのはそんなグアテマラの現状を反映した1作、César Díaz監督のデビュー長編"Nuestras madres"を紹介しよう。

エルネスト(Armando Espitia)は警察署で検死官として働く若者だ。内戦が原因で、この国の各地には弔われていない遺骸や骨の数々が存在しており、彼はその対応に追われていた。この時も、墓場で遺棄された人骨の集積物が発見されて、エルネストはその調査に駆り出されていた。

今作はまず主人公のエルネストを通じて、グアテマラの現在を描き出そうとする。グアテマラの街並みは他のラテンアメリカ諸国と似通った猥雑な活気を呈している。人々の喋り声、車の騒音、酒場での耳障りな音楽、その地に人々の人生が息づいていることを示す証がそこかしこに現れている。

しかしその節々にはグアテマラという国家に刻まれた傷が浮かび上がる。冒頭に現れるのは黄ばみ汚れきった人骨だ。エルネストはそれらを人の形に並び替えていくが、そこからは残酷な過去の一端が見えてくる。そして印象的なのは常に聞こえるTVやラジオの音声だ。そこでは内戦によって起こった悲劇や今なお行われる処置の模様が克明に明かされる。内戦は未だ終わってはいないのだ。

ある日、エルネストはニコラーサという老女と出会う。彼女は村の大地に埋められている夫の骨を掘り起こして欲しいと懇願してくる。だが彼女が持ってきた写真を見た時、事情が変わる。そこに映っていたのは、ゲリラの一員として行方不明になった父だったのだ。彼は真相を探るために、ニコラーサを助けることを決める。

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そしてエルネストはメキシコとグアテマラの国境に位置するサン・クリストバルへと赴くのだが、事態はそう簡単なものではない。遺骸の埋まっている場所は私有地ということで自由な立ち入りを許されておらず、更に自分たちの過去についても補償を求める女性たちが彼の元へ詰めかけてくる。内戦の終りのなさを、エルネストは厭というほど認識させられることとなる。

この時、監督であるDíazと撮影監督のVirginie Surdejは老いた女性たちの顔に注目する。深く穿たれた皺、日に焼けきった肌、皺の波によって細くなった瞳。そこにはそれぞれの苦難を生きてきた歴史が刻まれている。夫や子供、親類を失いながらも、今まで生き長らえてきて、とうとう国が過去の内戦を深く反省する段階に来た時、彼女たちの顔にはどんな表情が浮かんでいるのか。その答えが、監督たちの捉える顔なのだ。

"Nuestras madres"において描かれる現実はあまりにも過酷なものばかりだ。しかし監督の筆致は不思議なまでに優しいものだ。私たちは幾多の、信じられないような残酷な事実に直面するだろう。それでも監督は凪を迎えた水面のように静かな視線で以て、それを眺めていく。そして私たちもその静けさに導かれて、事実に動揺するのではなく事実を受け入れていき、それぞれの心で内省を深めていくことになるのだ。

監督の優しさは主人公であるエルネストに注がれる視線にも表れている。彼は父の不在を心のどこかで苦にしており、それ故に父の居場所を掴んだ時、ひどく依怙地になって同僚や上司の言う事も聞かずに、突き進んでいく。その苦闘にも、だが監督は非難の眼差しを向けるのではなく、柔らかな、慈愛に満ちた眼差しを向けているのだ。これが物語のトーンを規定していると言っていいだろう。

そして物語は父の不在から、今を生きるエルネストと彼の母親クリスティーナ(Emma Dib)との関係性にシフトしていく。彼女はエルネストが父の跡を追うことに反対であり、それが原因で2人の関係性はぎこちないものになる。しかし彼の心の内を知った時、クリスティーナも心を開き、自分たちの父/夫への思いを共有することになるのだ。

この作品において最も際立っているのは、監督自身が執筆している脚本の繊細さだ。グアテマラの過去を中心として様々な要素を織り込みながら、まるでたゆたう波のような優しさで、物語を紡ぎ出していく。その繊細さは全く無理がない。同時に76分という短い時間ながら過不足を感じさせない、グアテマラへの濃厚な思索を私たちに見せてくれる。

"Nuestras madres"グアテマラの過去の傷と、それを抱え生きる人々の姿を、深いヒューマニズムで以て描き出した作品だ。時に過去はあまりにも残酷だ。しかしその残酷さを直視してこそ、私たちは前へと進むことができるのだろう。

最後に監督について紹介していこう。César Diazは1978年グアテマラに生まれた。メキシコとベルギーで映画製作を勉強した後、パリの名門映画学校FEMISで脚本について学ぶ。編集技師としても活躍しており、同じくグアテマラ出身の映画作家ハイロ・ブスタマンテ「火の山のマリア」にも携わっている。2015年には秘密を抱えた母親と息子の対話を描き出した長編ドキュメンタリー"Territorio liberado"を監督するなどしている。そして2019年には初の長編劇映画である"Nuestras madres"を完成させた。ということでDiaz監督の今後に期待。

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その342 Marie Kreutzer&"Der Boden unter den Füßen"/私の足元に広がる秘密
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その344 María Alché&"Familia sumergida"/アルゼンチン、沈みゆく世界に漂う
その345 Marios Piperides&"Smuggling Hendrix"/北キプロスから愛犬を密輸せよ!
その346 César Díaz&"Nuestras madres"/グアテマラ、掘り起こされていく過去

Marios Piperides&"Smuggling Hendrix"/北キプロスから愛犬を密輸せよ!

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さて、皆さんは北キプロス・トルコ共和国という国の存在を知っているだろうか。その名の通りキプロスの北に位置しており、ギリシャ系住民とトルコ系住民の紛争を契機として、後者が軍事制圧を行った後でできた自治国家だ。その成り立ちからトルコにしか認められておらず、今もキプロスとの諍いは絶えない。今回はそんな現実を背景とした、Marios Piperides監督によるキプロス映画"Smuggling Hendrix"を紹介して行こう。

ヤンニ(Adam Bousdoukos)は売れないミュージシャンであり、この国の現状に嫌気がさした故にヨーロッパへと移住しようと決意している。しかし出発の3日前、愛犬のジミが散歩中に逃走してしまう。しかもその逃走先が北キプロスであったから大変、ヤンニは思わぬ騒動に巻き込まれてしまう。

ここからジミの探索劇が始まるのかと思いきや、意外とそこはすぐに解決する。面倒臭いのはその後だ。ジミを連れて北キプロスからキプロスへと戻ろうとしたところ、ヤンニは国境警察に止められてしまう。警察はジミが北キプロスに住んでいた犬と勘違い、動物は国境を越えられないと通告してきたのだった。

今作は2つのキプロスの情勢をコミカルに描き出している。北キプロスは厳密には国ではない故、パスポートは必要ない。しかしキプロスEUに加盟していることからEU法が行使され、動物が国境を越えられないという事態が発生する。ここから官僚主義的な笑いが生まれると同時に、そこから発展してヤンニのドタバタを源としたスラップスティックな笑いも噴きだしてくる。

という訳で、北キプロスから出られなくなったヤンニとジミは脱出方法を探ろうと必死になる。そんな時、彼は紛争の関係でトルコ系住民に奪われた家に舞い戻るのだったが、そこには既にハサン(Fatih Al)という男とその家族が住んでいた。ヤンニは何とか彼を説得して、この場所から脱出しようと奔走する。

ここから物語は一種の異文化交流映画としての側面を獲得していく。彼らは紛争の問題も相まって最初は険悪な関係性に陥ってしまう。しかしそこからサウナに入り、英語で互いに罵りあい、ジミを脱出させようと奔走するうちに互いの文化というものを知っていく。不安定で微妙な関係性は、そうして笑いと暖かみを獲得していくのだ。

今作の主演を演じるAdam Bousdoukosアメリカン・コメディ界の名脇役であるジェイソン・マンズーカスに似た髭面ぶりで、物語の笑いに花を添えている。そしてその花は今作が題名通り"Smuggling Hendrix"(ヘンドリックスを密輸、愛犬の名前がジミなのを踏まえた題名だろう)という事態へ転がり落ちた時、見事に咲き誇っていくのだ。"Smuggling Hendrix"が描くのは貧困や国際問題など、キプロスが現在直面している難しい問題の数々だ。しかし監督はそれを笑いと共に描き出すことで、新しい側面から批評的魅力を獲得していると言えるだろう。

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Rick Alverson&"The Mountain"/アメリカ、灰燼色の虚無への道行き

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Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
Rick Alversonの略歴と諸作品についてはこちら参照

ロボトミー手術とは前頭葉の一部を切除する手術法である。主に双極性障害統合失調症など精神的な病を患った人々に行われ、彼らの症状の緩和が期待された。しかしそれ以上に人間性の剥奪をも意味するこの手術は非人道的なものと見なされ、現在では行われていない。今回紹介するRick Alverson リック・アルヴァーソン監督作“The Mountain”は、そんな恐ろしい手術を通じてアメリカの真実を暴き出そうとする作品である。

青年アンディ(「THE FORGER 天才贋作画家 最後のミッション」タイ・シェリダン)はスケートリンクの管理員をしながら、父(「残酷!女刑罰史」ウド・キア)とともに暮らす日々を送っていた。しかし突然彼がこの世を去り、アンディは独りになってしまう。そんな時に現れたのが父の友人だというファインズ医師(「美女と時計とアブナイお願い」ジェフ・ゴールドブラム)だった。彼に求められるがままに、助手としてアンディは旅を始めることとなったのだが……

ファインズ医師こそが、先述したロボトミー手術の権威であった。しかし50年代においては投薬など精神病に効果的な治療法がいくつも発見され、ロボトミーの有用性が見直されている時期にあった。だからこそファインズ医師は伝道師のように各地を旅し、ロボトミー手術を行うことでその効果を喧伝しようとしていたのだ。アンディはその様子を写真に納めることでそれを助ける助手として雇われた訳である。

そしてアンディは様々な光景を撮影していく。まだ施術されていない精神病院の患者、ファインズ医師が手術を行う真っ只中の風景、施術された後に“正常”となった患者の姿。医師にピタリと付いていきながら、アンディは各地の精神病院を周り、異様な現実を目撃する。ここにおいてAlverson監督の手つきは、ひどく淡々としたものだ。センセーショナルに恐ろしさを煽り立てる訳ではなく、静かに現実そのものを1つずつ提示していく。その淡々さは全く以て不気味なものだ。

更に撮影監督Lorenzo Hagermanによる空間の切り取り方も異様だ。彼は重く腰を据えながら、微動だにすることなく、目の前の光景を撮し続ける。その時に際立つのは登場人物や物体ではなく、むしろ空間に存在する虚ろな空白の数々だ。アンディの傍らに、ファインズ医師の後ろに空白はいつであっても存在している。まるで全ては等しく無であるとでも主張するように。その虚無の数々は観客の心を凍てついた不穏さで震わせるだろう。

もう1つ印象的なのは画面に常にかかる灰の色味だ。まるで黙示録後の世界に広がるような灰塵が、世界を覆い尽くしているのだ。色彩を刈り取られた世界は、どこまでも虚ろであり希望はどこにも存在していないように思われる。それと同時にこの風景はどこか崇高なもののようにも思えてくる。破壊された後の世界を描き出す絵画を、まるで目の当たりにしているようなのだ。それは畏敬と恐怖を同時に、観客に感じさせるだろう。

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そしてこの灰色はアンディの心情に重なっていく。元々父とも心に距離があった彼は、ずっと孤独な青年であった。その孤独の中で膨れ上がるのが性的な欲求不満だ。彼はセックスする男女を窃視することでそれを発散している。ファインズ医師と旅をしている間もその灰色は晴れることがない。孤独は、欲求不満は、日に日に深まっていく。

そんなある日、アンディたちはジャック(「リビング・デッド サバイバー」ドゥニ・ラヴァン)という男と出会う。彼はニューエイジ思想を信奉する団体を率いる男であったが、ファインズ医師に自分の娘であるスーザン(“Stinking Heaven” ハンナ・グロス)を処置してほしいというのだ。そしてアンディは自身と同い年ほどのスーザンと出会うのだが、この出会いが彼の運命を狂わせていく。

ここからは少し監督のアルヴァーソンについて紹介していこう。私が考えるに、彼はアメリカ映画界において一二を争う偉大な作家であることは間違いない。彼が描き続けるのはアメリカという名の虚無である。2012年製作の彼の出世作“The Comedy”はいわゆるヒップスターと呼ばれる人々の生態を淡々と描き続けることで、現代のアメリカに広がる圧倒的な虚無を描いていた。そこから更に前進し、2015年製作の“Entertainment”では広大な荒野を舞台として、アメリカの深淵を深く深く潜航していった。

そして最新作である今作“The Mountain”の舞台は1950年代である。第2次世界大戦終結後、空前の好景気に見舞われたアメリカは大量生産・大量消費の栄華、郊外での穏やかな幸福を手に入れることとなった。この時代はアメリカン・ドリームの象徴であり、ここには色とりどりの夢と希望が存在していたのである。だが数多くの映画作家たちはこの時代にこそアメリカの歪みは存在していたと主張する映画を多く製作している。例えばデヴィッド・リンチブルー・ベルベットトッド・ヘインズ「キャロル」などが一例である。

“The Mountain”はこの系譜の最先端に位置する作品であり、ともすればアメリカの過去を最も荒涼たる形で映し出したものであると形容できるかもしれない。Alversonはロボトミー手術という悍ましい所業を通じて、栄華の裏側にあった、夢とは遠くかけ離れた灰塵色の絶望を描いているのだ。そこに過去への郷愁は一切否定され、存在することはない。あるのは果てしなき虚無の荒野だけなのである。

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