鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Szabó Réka&"A létezés eufóriája"/生きていることの、この幸福

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第2次世界大戦中、東欧の一国ハンガリーにおいても苛烈なユダヤ人弾圧・ホロコーストが行われていた。多くのユダヤ人がナチス強制収容所に送られ、60万人以上が殺害されることとなった。生き残った数少ない人々は、ハンガリーでこの経験について若い世代に語り続けている。今回はそんな人物の1人である女性がめぐる新たな人生を描き出すドキュメンタリー、Szabó Réka監督作"A létezés eufóriája"を紹介していこう。

エーヴァは90歳に差しかかろうとしている女性だ。アウシュビッツ絶滅収容所におけるホロコーストで両親や妹を含む40人以上の親族を全て失いながらも、独りでその後の人生を生き抜いて生きた。未だに矍鑠として、足腰も喋りもしっかりしている。哀しみを背負いながらも、彼女は人生を謳歌しているようだった。

そんなエーヴァに興味を持った女性がいる。ダンスカンパニーを率いるレーカ(今作の監督でもある)だ。彼女は著作を通じてエーヴァに興味を抱き、彼女の人生をダンスとして表現し、若い人々に伝えたいと思ったのだ。そしてレーカは彼女に手紙を送り、2人は出会うことになる。

そうして監督は、エーヴァと共にダンスが構築されていく様を描き出していく。最初は対話が中心だ。ホロコーストについて、家族について、ダンス場やエーヴァの家で対話を重ねていく。それが振付へと繋がっていく。時には華麗に、時には重々しく、舞いは紡がれていく。

そんな中でエーヴァはパートナーである若いダンサー・エメセと交流をしていくことになる。時間を共にするうち、エメセはエーヴァにとって亡くなった妹のような存在になっていく。彼女はそんな実感をレーカに密やかに、ハニカミながら告白することになるのだ。

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彼女たちの交流において、特に親密なのは身体的な交流の数々だ。エメセはエーヴァに対してマッサージを施す。その若い手が老いた足に優しく置かれる様は、まるで孫が祖母を気遣ってあげるようだ。そしてダンス場で彼女たちはハグをする。その時エーヴァは彼女の匂いについて、笑みを浮かべながら言葉を紡いでいくのだ。

先述した通り、監督はこのダンス自体を率いるダンサーでもある。故に彼女は鋭敏な身体への意識を以て、エーヴァたちの身体性を捉えていくことになる。エーヴァとエメセは優雅に、しなやかに様々な舞を紡いでいく。時には笑顔と共に、時には間抜けな失敗と共に、時には舞を上手くこなせないゆえの苦渋と共に。そうして躍動を続ける腕や足には、踊ることの喜びが溢れているのだ。

そして今作はエーヴァのトラウマに深く潜行していくこととなる。亡くなった家族は何故ハンガリーから移住しなかったのか、自分の腕にはなぜホロコーストのタトゥーが刻まれていないのか。8歳年上の甥について、堆く積まれ焼かれた死体について。エーヴァの脳髄に深く刻み込まれているそれらは、私たちの脳髄にも深く焼きつく類の壮絶なものだ。

そんな中でエーヴァはこんなことをカメラの前で吐露する。"自分は女性なんだと強く感じている"と。エーヴァは女性として、今までの壮絶な人生を強く生き抜いてきたのだ。それでいて普段の佇まいには軽やかな余裕と優美さすら感じられる。どれほどの修羅場を潜り抜けたなら、そんな境地に達することができるのだろうか。それでも時おり、心に秘めた暗さが浮かび上がる瞬間さえも存在している。

監督はそんな彼女が新たなる人生を獲得する様を感動的に描き出している。ホロコーストという酸鼻を極める状況の後に広がる希望、生きていることのこの幸福を、監督は類稀なるヒューマニズムを以て美しく描き出しているのだ。そして最後に至るダンスには、エーヴァの全てが刻み付けられているのだ。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
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その332 Simona Kostova&"Dreissig"/30歳、求めているものは何?
その333 Ena Sendijarević&"Take Me Somewhere Nice"/私をどこか素敵なところへ連れてって
その334 Miko Revereza&"No Data Plan"/フィリピン、そしてアメリカ
その335 Marius Olteanu&"Monștri"/ルーマニア、この国で生きるということ
その336 Federico Atehortúa Arteaga&"Pirotecnia"/コロンビア、忌まわしき過去の傷
その337 Robert Budina&"A Shelter Among the Clouds"/アルバニア、信仰をめぐる旅路
その338 Anja Kofmel&"Chris the Swiss"/あの日遠い大地で死んだあなた
その339 Gjorce Stavresk&"Secret Ingredient"/マケドニア式ストーナーコメディ登場!
その340 Ísold Uggadóttir&"Andið eðlilega"/アイスランド、彼女たちは共に歩む
その341 Abbas Fahdel&"Yara"/レバノン、時は静かに過ぎていく
その342 Marie Kreutzer&"Der Boden unter den Füßen"/私の足元に広がる秘密
その343 Tonia Mishiali&"Pause"/キプロス、日常の中にある闘争
その344 María Alché&"Familia sumergida"/アルゼンチン、沈みゆく世界に漂う
その345 Marios Piperides&"Smuggling Hendrix"/北キプロスから愛犬を密輸せよ!
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その348 Hilal Baydarov&"Xurmalar Yetişən Vaxt"/アゼルバイジャン、永遠と一瞬
その349 Juris Kursietis&"Oļeg"/ラトビアから遠く、受難の地で
その350 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その351 Shahrbanoo Sadat&"The Orphanage"/アフガニスタン、ぼくらの青春
その352 Julio Hernández Cordón&"Cómprame un revolver"/メキシコ、この暴力を生き抜いていく
その353 Ivan Marinović&"Igla ispod plaga"/響くモンテネグロ奇想曲
その354 Ruth Schweikert&"Wir eltern"/スイス、親になるっていうのは大変だ
その355 Ivana Mladenović&"Ivana cea groaznică"/サイテー女イヴァナがゆく!
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その357 Radu Dragomir&"Mo"/父の幻想を追い求めて
その358 Szabó Réka&"A létezés eufóriája"/生きていることの、この幸福

Radu Dragomir&"Mo"/父の幻想を追い求めて

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中年男性と若い女性という組み合わせは映画に限らずとも芸術には溢れている。会いにしろ余りにも陳腐と思われようとも、主にヘテロの男性作家たちはこの組み合わせを延々と繰り返し、つまらない映画を創り出す。それでも才能ある作家はその陳腐さを逆に利用して、力強い芸術作品を作ることがある。今回はその好例である、Radu Dragomir監督のデビュー長編"Mo"を紹介して行こう。

今作の主人公モー(Dana Rogoz)はブカレストで大学生として生活している。しかし彼女にはある大きな傷があった。10代の頃、彼女は最愛の父を失ったのだ。そこから時間は経ちながらも、未だにその死から立ち直れずにいた。表面上そんな素振りは見せないが、彼女は確かに苦しみを抱えている。

まず今作はそんなモーの姿を追っていく。演出は現代ルーマニア映画のリアリズムを継承したようなもので、手振れを伴うカメラで以て彼女を追跡していく。モーは常に斜に構えており厭世的な雰囲気を醸し出しているが、時おり大胆な行動に打って出る人物だ。そのせいで面倒事に巻き込まれることも多い。

そんな彼女には幼馴染の親友ヴェラ(Mădălina Craiu)がいる。常にヴェラと共に大学生活を過ごしており、ほとんど一心同体だ。ある時、彼女たちは難しい試験においてカンニングを計画する。最初は順調に行っていたのだが、それが教授であるウルス("Balanța" Răzvan Vasilescu)にバレてしまい、大学追放の危機に陥ってしまう。

そして2人はウルスの元に押し掛けることとなる。カンニングで使われた故に奪われた携帯を取り戻すことが目的であったが、そこで彼女たちはウルスの意外な優しさに触れることになる。そこから会話に発展し、意気投合した3人はウルスの部屋で一夜を過ごすことになる。それが運命の1夜になるとも知らずに。

彼らの会話では奇妙なまでにポップカルチャーが引用される。大量のDVDが整然と並ぶ棚の前で放たれるのはジェームズ・キャメロンアバターミケランジェロ・アントニオーニ砂丘ローレル&ハーディという名前。更に音楽にまで話が及び、ラモーンズセックス・ピストルズといった有名バンドの名前が並べられる。

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ここにはタランティーノ以降におけるポップカルチャー引用の影響が感じられるが、ここにはそれ以上の意味があると思われる。何故ならこの映画はルーマニア映画だからだ。共産主義国家としては例外的に、ルーマニアには西洋文化がスムーズに流入してくる状況にあった。その影響から、例えば文学などにおいて欧米を手本とした世代である"ブルージーンズ世代/80年世代"が現れるなどするが、そうして欧米文化に触れ続けた故にそこには常にその国々への憧憬が存在した。共産主義が崩壊した後もその流れは続き、ルーマニアは芸術において独自の様式を開発していくと同時に、西洋の影を追い求め続けてもいる。この捻じれた憧憬がカルチャー引用には感じられるのだ。

そしてこの横溢の中からウルスの本性が立ち現われてくる。モーたちは鑑賞する映画を選ぶのだが、それを見せる際にクイズを出題してくる。例えばローレル&ハーディ――実はルーマニアではスタン&ブランと呼ばれている――を見せた時は、彼らのフルネームを執拗に尋ねる。タイタニックを見せた時は、誰も憶えていない些細なシークエンスについて問題を出し続ける。その姿はいわゆるマンスプレイニングをする傲慢な中年男性といった風だ。当然、モーはそれに反抗し始める。

そこから2人の関係性は奇妙な方向へと舵を切ることになる。ウルスの傲慢な態度は、しかし芸術への深い造詣に裏打ちされたものである。モーは反抗を続けるうちにそれに気づいていく。そして彼の余裕と深い知識に、モーは惹かれていく。ウルスは長い人生を経てきた故の磁力を持ち合わせている。そこに彼女は誘われていくのだ。

そしてモーが彼に惹かれる理由はもう1つあるかもしれない。それは亡くなった父親の存在だ。ある時、ウルスはギターを持ってきて曲を弾き始めるのだが、モーはそれに驚く。それは父が好きだったジョイ・ディヴィジョンの曲だったからだ。彼女は自分から残酷に失われてしまった父親像を求めているのだ。この大いなる衝動が彼女を突き動かしていく。

その間隙に付けこむように、ウルスの存在感は異様な形で増していく。彼の態度は融通無碍だ。基本的には傲慢でありながらも、そこには優しさも垣間見え、知的さすら光る。時には着物を着て空手を披露したりと、ユーモアもある。その性格は万華鏡のようで、捉えどころがないのだ。だが私たちはモーの心を巧みに掌握していく光景を見ながら、その心の裏側で禍々しい何かが蠢いているのに気がつくだろう。

そんな彼を演じるのはRăzvan Vasilescu ラズヴァン・ヴァシレスクルーマニア映画界を代表する名優と言っても大袈裟ではない人物だ。彼はLucian Pintilie ルチアン・ピンティリエ監督作"Balanța"(今作についてはこの記事を参照)で頭角を表した後、現在までクリスティ・プイウのデビュー作"Marfa și banii"(今作についてはこの記事参照)、夭逝の天才Cristian Nemescu クリスティアン・ネメスクのデビュー作にして遺作"California Dreamin' (nesfârșit)"、舞台監督としても有名なSilviu Purcărete シルヴィウ・プルカレーテ"Undeva la Palilula"などに出演している。風貌は若い頃から好々爺といった風だが、様々に複雑な感情を大胆に、時には繊細に捉えることに彼は長けている。ここでもルーマニア1の名優と呼ぶに恥じない不敵な演技を魅せてくれる。

そんな彼に対峙する存在がモーを演じるDana Rogoz ダナ・ロゴスだ。彼女もヴァシレスクほどとは言わないが、子供時代から俳優をしている人物であり、彼の存在感に拮抗するような雰囲気を湛えている。反抗的な態度は常に崩さないながら、その中にデリケートな寂しさや哀しみが滲み出てくる様はさすがとしか言い様がない。"Mo"はこの2つの魂の奇妙なる激突を描き出した作品だ。時に不気味な吐き気が込み上げ、そして時には不可解な高揚感すらも込み上げる。そうして暗く輝ける火花はゾッとするほどに力強いものだ。

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最後にDragomir監督のインタビューの翻訳で終わることにしよう。ルーマニアの#Metooムーブメントの実情などが伺えて興味深い。

"Mo"はニュースで報道された実際の出来事に材を取っています。初長編において、なぜその物語を脚色したいと考えたのですか?

実在の出来事から始まったことは問題ではありません。何故ならそういった出来事は(ルーマニアで)いつでも起こっているし、人々もそうだと信じていますからね。脚本を書き終わった後、映画業界の人々にそれを読ませたのですが、その1人が――重要な人物です――が言いました。"テーマも何もあったもんじゃない。これなら映画を作る必要はないよ、馬鹿げてる。この2人の馬鹿な少女たちが男のアパートに行ったら、当然そうなる。驚きはないよ。こんな映画作る理由なんてない"と。その時、自分はこの映画を作るべきと思ったんです。

映画を作り終えた時、つまり製作を終えた時、#Metooムーブメントが始まりました。そして私はこの映画を作ることは良い選択だったと確信しました。

#Metooムーブメントはルーマニアでは下火ですね。なぜ大きな話題とならないとお思いですか?

脚本執筆や映画製作に影響したもう1つの出来事は、ヨーロッパで行われた統計――ある状況下においてレイプは正当化され得るかという問いでした。もし被害者がアルコールを飲んでいたら、もし被害者が男のアパートに行ったら、もし被害者がキチンと"No"と言わなかったら。ヨーロッパ人の30%が正当化されると答える中で、ルーマニア人は55%がそう答えたんです。最も高い割合です。

そうして脚本が変更されました。最初、描かれる全てはもっと攻撃的でした。それから55%の人々が正当化されると答える限界まで後退させたんです。理想としては、その55%の人が描かれる全ての状況を見て、最後にはこれは"正当化されない、酷いことだ"と意見を変えて欲しかった訳です。

最初に観客が教授(ウルス)と出会った時、彼は頑固で、ほとんど権威主義的な姿を見せます。しかしその後アパートで、彼はもっと複雑な人物になっていきます。魅力的で敏感、自身が抱える失望の数々に傷ついている。しかし同時に、彼はモーとヴェラに対する権力を纏っています、吐き気を催す形で。彼を時おり同情的に描くことに心配はありませんでしたか?

それは意図的なものです。しかし最終的に、彼は怪物であると断言したい。実際、観客が目撃する彼の総てはコントロールされた見かけに過ぎません。本当は悪意の塊なんです。俳優たちとは脚本のみを前提として1ヵ月間リハーサルをしました。俳優たちは脚本がどう展開するか、サブテキストはどんなものか、完璧に理解していました。しかし背後に押し留められているものについては分かっていませんでした。ちなみにリハーサルはワンテイクでやりました。予算が十分でないという製作上の問題があったのです。だから13日で撮り終えました。

観客はレイプシーンにことさら拒絶感を抱くでしょう。ルーマニアの観客は、映像的に刺激が強くチャレンジングな作品を観るのに困難を覚えると思いますか?

思いますね。既に観客からはそういった反応が出ています。ですがそれはとても良いことでしょう。*1

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ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その11 ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない
その12 ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り
その13 クリスティ・プイウ&"Aurora"/ある平凡な殺人者についての記録
その14 Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
その15 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その16 Paul Negoescu&"Două lozuri"/町が朽ち お金は無くなり 年も取り
その17 Lucian Pintilie&"Duminică la ora 6"/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
その18 Mircea Daneliuc&"Croaziera"/若者たちよ、ドナウ川で輝け!
その19 Lucian Pintilie&"Reconstituirea"/アクション、何で俺を殴ったんだよぉ、アクション、何で俺を……
その20 Lucian Pintilie&"De ce trag clopotele, Mitică?"/死と生、対話と祝祭
その21 Lucian Pintilie&"Balanța"/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
その22 Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
その23 Lucian Pintilie&"O vară de neuitat"/あの美しかった夏、踏みにじられた夏
その24 Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
その26 Lucian Pintilie&"Dupa-amiaza unui torţionar"/晴れ渡る午後、ある拷問者の告白
その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
その28 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その29 ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
その30 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その31 ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
その32 Ana Lungu&"Autoportretul unei fete cuminţi"/あなたの大切な娘はどこへ行く?
その33 ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
その34 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その35 アドリアン・シタル&"Pescuit sportiv"/倫理の網に絡め取られて
その36 ラドゥー・ムンテアン&"Un etaj mai jos"/罪を暴くか、保身に走るか
その37 Mircea Săucan&"Meandre"/ルーマニア、あらかじめ幻視された荒廃
その38 アドリアン・シタル&"Din dragoste cu cele mai bune intentii"/俺の親だって死ぬかもしれないんだ……
その39 アドリアン・シタル&"Domestic"/ルーマニア人と動物たちの奇妙な関係
その40 Mihaela Popescu&"Plimbare"/老いを見据えて歩き続けて
その41 Dan Pița&"Duhul aurului"/ルーマニア、生は葬られ死は結ばれる
その42 Bogdan Mirică&"Câini"/荒野に希望は潰え、悪が栄える
その43 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で
その44 Bogdan Theodor Olteanu&"Câteva conversaţii despre o fată foarte înaltă"/ルーマニア、私たちの愛について
その45 Adina Pintilie&"Touch Me Not"/親密さに触れるその時に
その46 Radu Jude&"Țara moartă"/ルーマニア、反ユダヤ主義の悍ましき系譜
その47 Gabi Virginia Șarga&"Să nu ucizi"/ルーマニア、医療腐敗のその奥へ
その48 Marius Olteanu&"Monștri"/ルーマニア、この国で生きるということ
その49 Ivana Mladenović&"Ivana cea groaznică"/サイテー女イヴァナがゆく!
その50 Radu Dragomir&"Mo"/父の幻想を追い求めて

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Ines Tanović&"Sin"/ボスニア、家族っていったい何だろう?

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家族というのはとても微妙な概念だ。血の繋がりとは言いながらも、とてもそれだけでは成立しているとは言えない。そもそも夫と妻/父と母という関係に血の繋がりはないのだから。ならば、どのようにして家族というものは生まれるのだろうか、確かな形を持つのだろうか。ボスニア映画作家Ines Tanovićの第2長編"Sin"はそんな複雑微妙さへの考察を深める1作だ。

今作の主人公であるアルマン(Dino Bajrovic)は18歳の青年だ。表面上は幸せな家庭に暮らしている。だが彼の心には1つの苦しい事実が影のように差している。それは彼が孤児院出身の養子であることだ。両親にとって実の子供ではないという厳然たる事実は、彼の心を苛み、苦しめる。

まずこの映画はそんなアルマンの穏やかではない生活を描き出す。彼は高校生であり、多感な年頃だ。それ故にルールから逸脱した行動に明け暮れている。両親に反抗的な態度で楯突いたり、学校でも授業をサボり続け、友人たちとマリファナを吸っている。そしてその生活には暴力が絶えない。アルマンは自ら進んで暴力の渦に飛び込んでいく。

監督の演出はリアリズムに裏打ちされた静かなものだ。彼女は眼前に広がる光景から距離を取ったうえで、固く腰を据えて長回しで登場人物たちを観察していく。それは情報を可能な限り削ぎ落とした観察というべき、ミニマルなものだ。だがそうして余計な肉を排することで生まれる間隙からは、アルマンたちの感情が豊かに溢れ出てくることとなる。

アルマンの家族たちも実際には大きな問題を抱えている。弟であるダド(Lazar Dragojevic)はゲーム中毒なところがあり、しかもアルマンのように学校をサボったりと素行不良なのだ。父であるセナド(Uliks Fehmiu)はそんな兄弟を見て、自身の子育ては失敗したのかと苦悩している。母のヤスナ(Snežana Bogdanović)は仕事で重大な危機に瀕し、それが家計を圧迫し始めている。家族は危うい状況にあったのだ。

そうして物語が進むごとに、今作は群像劇的な色合いを帯び始める。監督はそれぞれの行動を丹念に描き出しながら、その感情の機微を丁寧に描き出していく。誰もが辛い現実に直面して、この現実をどう処理していいものか考えあぐねている。そんな中で彼らは何とかまっとうに生きようとしているのだ。

その時、アルマンは微妙なバランスの上にいた。彼はナナ(Lidija Kordić)という少女に出会い、行動を共にすることとなる。そして必然的に惹かれあい、彼らは恋人同士のような関係になる。一方で彼は更に暴力の中へと沈み込んでいく。ナナが他の不良に絡まれていた際に助けた結果、その不良たちに付け狙われることとなってしまうのだ。

監督はアルマンのそんな姿を通じて、不安定な思春期というものを描き出そうと試みる。アルマンはこの若さに裏打ちされた抑えきれない衝動に翻弄され続けている。それに抗おうとも、彼は過激なものに惹かれていく。しかしそこに戸惑いをも抱くことになる。これが暴力へと繋がっていくのだ。

更にこの暴力は危うい男性性の発露へとも連結されていく。ある時、アルマンの友人が銃を持ってくる。彼は誘われるがままに、銃を握るのだが、そこには大いなる暴力装置への憧れがある。そして彼は危険な領域へと足を踏み込んでいくことになる。

そもそも、この暴力への憧憬や有害な男性性の根源はアルマンが養子であるという事実にある。彼の姿を眺めながら、両親は悩み続ける。養子であるアルマンと実子であるダドへの愛に、無意識的にランクをつけてしまっているのではないか。これがアルマンを傷つけているのではないか。そこに答えは出ないまま、時は過ぎていく。

監督はその光景を静かに眺め続ける。暴力と愛は同時並行的に進んでいく。その中で様々な問題が起こっては、消えていく。そうしてある地点で暴力と愛が交錯する時、複雑微妙たる家族という概念が立ち現われるのだ。"Sin"はこの光景を、深い洞察と共に描き出した1作と言えるだろう。

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北マケドニアに生きる~Interview with Hanis Bagashov

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さて、このサイトでは2010年代に頭角を表し、華麗に映画界へと巣出っていった才能たちを何百人も紹介してきた(もし私の記事に親しんでいないなら、この済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!をぜひ読んで欲しい)だが今2010年代は終わりを迎え、2020年代が始まろうとしている。そんな時、私は思った。2020年代にはどんな未来の巨匠が現れるのだろう。その問いは新しいもの好きの私の脳みそを刺激する。2010年代のその先を一刻も早く知りたいとそう思ったのだ。

そんな私は、2010年代に作られた短編作品を多く見始めた。いまだ長編を作る前の、いわば大人になる前の雛のような映画作家の中に未来の巨匠は必ず存在すると思ったのだ。そして作品を観るうち、そんな彼らと今のうちから友人関係になれたらどれだけ素敵なことだろうと思いついた。私は観た短編の監督にFacebookを通じて感想メッセージを毎回送った。無視されるかと思いきや、多くの監督たちがメッセージに返信し、友達申請を受理してくれた。その中には、自国の名作について教えてくれたり、逆に日本の最新映画を教えて欲しいと言ってきた人物もいた。こうして何人かとはかなり親密な関係になった。そこである名案が舞い降りてきた。彼らにインタビューして、日本の皆に彼らの存在、そして彼らが作った映画の存在を伝えるのはどうだろう。そう思った瞬間、躊躇っていたら話は終わってしまうと、私は動き出した。つまり、この記事はその結果である。

2020年代に巣出つだろう未来の巨匠にインタビューをしてみた!第1回は旧ユーゴ圏の小国北マケドニア出身、弱冠19歳ながらこの国の未来を背負って立つ映画作家Hanis Bagashov ハニス・バガショフのインタビューをお送りする。

ハニス・バガショフは1999年、北マケドニアのテトヴォに生まれた。10代の頃から映画に親しみ、自分で映画を製作し始める。2015年、15歳の時にはドキュメンタリー"Faces"を監督する(今作は監督の公式vimeoで鑑賞可)北マケドニアのある村を舞台に、この国の現在を映しだした作品だ。そして2018年には新作短編"Mishko"を製作する。家族に問題を抱える少年とその友人の微妙な関係性を描き出した作品で、サラエボ映画祭で話題を博した。俳優・写真家としても活躍、特に前者においては現在の北マケドニアを代表する映画作家Teona Strugar Mitevska テオナ・ストルガル・ミテフスカの作品"When the Day Had No Name"(彼女と今作についてはこの記事参照)にも出演するなど広く活躍している。


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済藤鉄腸 (以下TS): どうして映画監督になりたいと思ったのでしょう? そしてどのようにして映画監督になったのでしょう?

ハニス・バガショフ (以下HB): 活動を始めたのはとても小さな頃、12歳の時からです。特にこうといった理由はないんです。その前から子供のための劇団で演技を体験していて、そんな時に両親がビデオカメラを買ってくれました。それからきょうだいや近所の友人たちと一緒に短編映画を撮影し始めたんです。家族の誰も映画、というかどんな芸術にも親しんでいませんでした。でもそれから脚本を書き、監督をし、演技をし、写真家としても活動しています。映画というのは興味深い職業ですよね。いつまでも目まぐるしく動いていられる。私はいつでも忙しくありたいんです。それに、映画製作を通じてこそ、私は人生のヴィジョンを披露することができるんです。

TS: "Faces"で描かれた村はどんな場所でしょう? 北マケドニアの有名な村でしょうか、それともあなたの故郷でしょうか?

HB: 北マケドニアの東部にあるとても美しい場所です。有名ではありませんが。ここは父の生まれ故郷で、自分も子供の頃はここで夏を過ごしました。リンゴやプラム、ブルーベリーを取って売ったり、川で泳いだり。

TS: "Faces"において村人と交流するにあたり、最も大切だったことはなんでしょう?

HB: 優しさです。優しく、正直で素朴でなければ。人々には優しさが必要です、どんな場所にいようとも。

TS: あなたの新作短編"Mishko"はどこから始まったのでしょうか? 村の人々、北マケドニアの風景、それともあなた自身の経験からでしょうか。

HB: 私自身の経験、村で見た光景、その両方です。先の質問で答えたように、子供時代は長い夏の間、村の子供たちのためリンゴを取り売ってあげていました。ですが、家庭内暴力については私の経験に基づいている訳ではないです。近しい友人の家族がそんな状況にあったんです。それから、ユーゴスラビアの著名な小説家イヴォ・アンドリッチ――深い愛とリスペクトを彼に――の短編から物語のモチーフを借り受けました。そしてそれを元に脚本を書いたんです。こうして今作が完成したのが17歳の時でした。

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TS: "Mishko"において最も大切な要素は主人公であるアンゲルと彼の友人ミシュコの関係性です。その光景は心暖まる時もあれば、心引き裂かれるような時もあります。あなたはどのようにしてこの複雑な関係性を構築したのでしょう?

HB: 友情や関係性というものは存在しません。ただ白か黒かがあるだけです。いつだってそこには多くの側面や瞬間、心暖まるもの、心引き裂かれるもにがあるでしょう。アンゲルとミシュコの場合、彼らの関係に影響を与えるものがいくつかあります。まずはアンゲルの家族における抑圧、そして逆にミシュコが享受する自由です。更に、年齢差もありますね。ミシュコは少し年上で、アンゲルに比べて自信を持っています。アンゲルは家族と残酷な父親か、ミシュコと外での生活を選ばなければいけない状況にあります。こういった倫理観に板挟みになることは私の人生の一部であり、そしておそらく皆にとっても同じです。誰もが選択をすることでジレンマを乗り越える必要があるんです。

TS: 今作で最も印象的だった場面の1つは夕食のシーンです。アンゲルの家族の間には緊張感に満ちた、どこか不穏な空気が漂っています。そして、そこに重なるのは北マケドニアギリシャの国境でデモを行う難民たちについてのニュースです。ここにおいて、家族の個人的な出来事は北マケドニアの危機と共鳴しあいます。このシーンはどのように組み立てていったのでしょう?

HB: 興味深い視点です。その頃、難民危機はとてもアクチュアルな問題でした。特にバルカン地域、北マケドニアギリシャの国境付近では。とても悲しい出来事が起こっていました。難民たちは自身の唇を縫い、残酷な政府への抵抗を示したんです。この出来事はアンゲルの置かれている状況と似ている、彼も残酷な父親に対して口を閉ざすことで抵抗しているんだからと思いました。そして、北マケドニア人のほとんどは夕食時や仕事の後の時間にはテレビを観ています。ですからこの状況がフィットするなと感じたんです。

TS: あなたは俳優でもあります。監督するにあたりそこから影響を受けていますか。もしそうなら、どのようなものでしょう?

HB: 演技経験は俳優たちの仕事を深く理解することに役立っています。俳優たちはどんな風に感じているのかを知ることができる。監督がそれを認識しているのは重要です、そうすれば俳優をより理解しリスペクトすることができますからね。キャスト、そして演技は映画において最も重要な要素です。

TS: あなたは世界においてトップレベルの監督であるテオナ・ストルガル・ミテフスカと仕事を共にしていますね。彼女とのコラボレーションで最も素晴らしかったことはなんでしょう?

HB: ええ、信じられないような経験でしたよ。彼女の映画に出演できたことをとても感謝しています。彼女はリハーサルを何度も何度も行うのですが、セットではアドリブを入れる余裕もあります。それでも、念入りに準備する必要がありますが。

TS: 現在の北マケドニア映画界はどんな状況にありますか? 外から見ると、その状況は良いように見えます。何故なら新しい才能、例えばGjorce Stavreski ジョルチェ・スタヴレスキ(彼の作品についてはこの記事参照)やテオナ・ストルガル・ミテフスカーー彼女の新作"Gospod postoi, imeto i' e Petrunija"は栄えあるベルリン国際映画祭に選出されました――らが現れだしています。ですが内側から見ると、状況はどう見えるのでしょう?

HB: 今現在はとてもいい方向に進んでいると思います。良作がたくさん作られていますからね。特に言及すべきなのは素晴らしいドキュメンタリー"Honeyland"です。今年のサンダンスでは3つもの賞を獲得しました。この流れが続けばいいのですが。

TS: 日本の映画好きが観るべき北マケドニア映画は何でしょう? そしてその理由は?

HB: "Crno seme"(1971, 英題:Black Seed)、この作品は人間の痛みと悲しみを最も有機的な形で描いているからです。後はドキュメンタリー"Honeyland"(2019)も。

TS: 新作を作る予定はありますか? もしそうなら、読者にぜひ教えてください。

HB: はい、今新作短編の準備中で長編の計画も進めています。両方とも北マケドニアが舞台で、主役となるのはアルバニア人です。私の出身地では人口の多くがアルバニア人なんです。私自身、インターレイシャルな結婚から生まれました。片方は村落が舞台、もう片方は小さな町が舞台です。

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Ivana Mladenović&"Ivana cea groaznică"/サイテー女イヴァナがゆく!

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ルーマニアが現在映画界の頂点にあるのは世界的に常識である。そんな場所に映画を学びに若い才能が来ないはずがないだろう。特に東欧、隣国のモルドバハンガリーなどから移住してくる若者が多い。今回はそんな才能の中でもトップを行くだろうルーマニアの移民作家であるIvana Mladenovićと、彼女の最新作"Ivana cea groaznică"を紹介していこう。

この映画の主人公イヴァナ(監督が兼任)はルーマニアで女優として活動していたが、鳴かず飛ばずの日々を送っている。そんな苦境で心がボロボロの中、彼女は故郷であるセルビアの港町クラドヴォに里帰りをすることになるのだが……

イヴァナは神経衰弱ぎりぎりの状態だ。不安が不安を呼び常にイライラ、更に自分の身体が病魔に侵されてるのではないか?という疑念が頭につきまとい、そのせいで家族にまで当たり散らす。そんな状況で医者に"結婚して子供作りなさい"と言われまたブチ切れる。彼女の安息の日は全く以て遠そうだ。

今作はそんなどうしようもないイヴァナの姿を、陽気なコメディタッチで追い続ける。正直に言えば彼女は完全にダメ人間である。短気でイライラするほど神経質、いつでも無駄に強気ながらも妙に繊細なところもあって、家族ですら手に負えない。彼女は淀んだ瞳を他人に向けながら、クラドヴォを彷徨い続ける。

この作品の演出自体はリアリズムを指向していると言ってもいいだろう。手振れカメラで淡々とイヴァナの姿を映し続ける。カメラは彼女の一挙手一投げ足をストイックに追っていくのだ。そこに満ちる空気感を生々しく焼きつける演出法には、現代ルーマニア映画の文法を清く正しく継承している所が見て取れる。

そして物語にもルーマニアは深く関わってくる。現在、クラドヴォは観光客誘致にご執心であり、特に隣国のルーマニアに注目している。その一環でセルビアルーマニアの友好関係を祝う祭りが計画されており、そこでこの2つの国を行き来するイヴァナが重要な役職に抜擢される訳である。こうして彼女は2つの国の間で生きる自分を見つめ直すことになる。

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さて、ここから少し監督について紹介していこう。監督は1984セルビア生まれ、最初はベオグラードで法律について学んでいたが映画について学ぶためにルーマニアへと移住してきた。ブカレスト国立演劇映画大学で映画製作について学び、2012年には初の長編ドキュメンタリー"Lumea în patratele"を完成させた。刑務所から出てきたばかりの3人の若者を描き出した作品で、トライベッカ映画祭やサラエボ映画祭で話題となった。

だが監督にとって重要な作品は2017年製作の劇長編"Soldații: Poveste din Ferentari"である。今作の主人公はアディという人類学者、彼はロマの伝統民謡マネレを学ぶためブカレストのスラム街フェレンタリへ赴く。そこで彼はアルベルトという男性と出会う。彼はロマ文化の担い手であり、多くの時間を共にするのだったが、2人の友情は愛情へと変わっていく。

原作はAdrian Schiopの同名小説であるが、実はこのSchiopが主演、つまり本人役を演じているのである。演じる俳優の人生がそのまま映画に投影されており、演出もリアリティ指向である。つまり今作はドキュメンタリー的な要素が濃厚な劇映画であると言えるだろう。

そして"Ivana cea groaznică"の話に戻るが、監督は今作が自伝的映画だと公言している。2017年、"Soldații"のプレミア直前、彼女は原因不明の体調不良に襲われた。それを癒すために故郷クラドヴォへ戻って休暇を過ごした。しかしこの時抱いた不安は解消されなかったという。ここで彼女はあることを思いつく。この休暇を映画として再演しようというのである。そして彼女は家族や友人を集め、今作を作ったのである。という訳で主人公は本人、家族も友人も演じるのは本人なのである。このギミックが今作に奇妙な魅力を宿していると言えるだろう。

例えばアメリカには、最近だと「フランシス・ハ」"Obvious Child"など現代女性の複雑な生きざまを軽やかに描き出す作品が多くある。だがルーマニア映画ひいては東欧映画には、この軽やかさを持った作品は少ない。そんな中で今作はこの間隙を埋めるだろう、ルーマニア/セルビアからの回答であると言えるだろう。

この離れ業を支えるのが、主演を兼任する監督の存在感だ。傍から見ればイヴァナという女性は完全なダメダメ女である。それでもこの人生の危機から脱しようと、必死に拳を握って生きている。そんな姿はとても愛おしい。彼女の身体をギュッと抱きしめたくなるほどだ。さあ、彼女がドタドタした足取りでどこへ行くのか、私たちは見守っていこう。

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最後に監督のインタビューを紹介していこう。監督の映画製作の姿勢や、セルビアルーマニアを股にかけて活動する現在についてなどなど興味深いトピックが多く上がっている。

"Ivana cea groaznică"は2年前にあなたが直面した人生における危機的状況が元になっています。どうしてこの経験を映画として再構成しなおそうと思ったんでしょう?

2017年、私の最初の長編映画"Soldații. Poveste din Ferentari"トロントサンセバスティアン映画祭でお披露目になりました。今作は人類学者である友人(Adrian Schiop)の自伝的な本が原作で、内容としてはブカレストの郊外でフィールドワークを行う男性と前科者のロマが紡ぐ、社会規範に反したゲイ・ロマンスです。Schiopは共同脚本家で、彼自身を演じてもいて、他の素人俳優たちと素晴らしいコンビネーションを見せてくれました。その時から実際の物語を素人俳優で、もっと直接的な映画のスタイルで再構成するというのに興味を持っていました。今回は、自分自身の経験をフィクション化しており、カメラの前でも後ろでも行動していました。

2年前、デビュー長編のポスプロ段階で、私の神が抜け始めてんかんにも襲われだしました。周りの人々はそんなの大袈裟だと言いましたし、医師の診断も良好で、全てが頭の中で起こっているようでした。なので休養として故郷のクラドヴォ、ドナウ川に位置する小さな観光街に戻りました。クラドヴォは"友情の橋"という名の橋でルーマニアと繋がっています。70年代に(ユーゴの元指導者ヨシプ・)ティトーと(ルーマニアの前大統領ニコラエ・)チャウシェスクが作ったんです。まだいくつかの国で稼働しているドナウ川の大きな発電所と一緒に。そのクラドヴォで、私は21歳のセルビア人青年と頻繁に会っていて、もし誰かがこの事について噂したり両親にバレたらと怖くなりました。

こうした悲喜劇にも似た、感情に作用する状況を経験するうち、これをフィクション化したい、映画用に脚本を書きたい、私自身や家族、友人たち、元恋人たちも巻きこんで作りたいという衝動に駆られたんです。

映画に出てくるあなたの家族は、あなたに対してとても敵対的ですね。今作に出てくる関係性の多くが敵対的とも言えます。この計画に参加してもらうため、本当の家族を説得するのはどれほど大変だったでしょうか。そして監督として、彼らと仕事をするのはどれほど大変だったでしょうか。

私はそういった見方をしていません。栄華に置いては多くの喧嘩が繰り広げられますが、そこには愛もあります。ある種のバルカンの家族はああやってワイルドになるんです。

もちろん当初、私の家族は映画製作に関して何も聞きたくないようでしたが、最後には私にとってこれがとても重要なことだと理解してくれたと思っています。街の住民にとっては、演技は楽しさと喜びに溢れた経験でした。あらゆる世代、例えば自分より上の世代や下の世代と繋がることもできました。喧嘩もしましたよ、映画製作というのは求められるものが多いですからね。彼らはちょっとした仕事としか思ってなかったようですが、すぐにどんなに多くの人々が映画製作にかかわるかを理解したようで、"もし知ってたら、こんなこと受けなかったよ"という風になっていました。

前作と同じように、素人の俳優と仕事をするのはとても難しかったです。ほとんどの時間、彼らは規律――スケジュールを順守すること、同じことを何度も何度も繰り返すこと――に関係するあれこれを理解していません。彼らにとってはいつでも止められる趣味みたいなものなんです。ですが私たちは何か月もかけてリハーサルをし、誰が最も優れているか互いに競争を始めた訳です。

劇中で市長がイヴァナに街の音楽フェスの顔になってくれと頼みますが、彼女にとってはクラドヴォは気楽な場所ではないように見えます。そして私たちはドナウ川のこちら側において彼女は気楽ではいられないと感じます。あなたはセルビアで生まれましたが、ルーマニアで生活し活動しています。こうして2つの世界の間で生きるという経験は、映画作家としての作品にどれほど影響を与えているでしょうか?

はい、今作は境界線上――今回はセルビアルーマニアです――に生きる人々について描いています。そして2つの国が互いに抱いている小さな編家を描いてもいます。私の故郷はルーマニア人観光客のおかげで生計が立てられていますが、関係性が微妙だった時代もありますし、ルーマニアの同じような場所がドナウ川越しのセルビア人という隣人に支えられている状況もあります。文化はそう大きく異なる訳ではありませんし、人々の多くはルーマニア語を喋れます。哀しいのは、両国に共通しますが、人々が国を離れたがっていることです。幸運なことに、私はそう遠くには行っていません。映画について勉強しRadu Jude ラドゥ・ジュデFlorin Șerban フロリン・シェルバンなど素晴らしい人々と仕事を共にした、そんなルーマニアでの15年の後、最近から私はセルビアの芸術家やプロデューサーと共同制作を始めました。ドナウ川を股にかけて両国と、映画という友情を持ててとても嬉しいです。

イヴァナのセックスライフについての噂やあっという間に街を駆け抜け、彼女の人生の選択に対して異議を叩きつけられることに家族は喜んでいるように見えます。全体として、今作はセルビアの小さな町で生きる若い女性の肖像画としてはあまり喜べるものではありません。若い女性監督として――特に、デビュー長編もそうでしたが、保守的な社会の規範対抗するというテーマの作品を作る監督としてはどうでしょうか。#Metooムーブメントはあなたが住む南東ヨーロッパの片隅において何か感知できる成果を創り出せたのでしょうか?

前作"Soldați"は幅広い客層にはあまり受けませんでした。同性愛とロマというテーマを扱っていますからね。なので性差別的・人種差別的、更には暴力的なコメントまで多くが送られてきました。今作ではその状況が少し変わって欲しいものです。

脚本に書かれた噂やゴシップは長い間をかけて多くの少女たちに浴びせられた物の集まりで、とても普通のことなんです。ですがこれは東ヨーロッパだけに広がる状況だとは思っていません。思うに、もっと世界的に広がっていることでしょう。

残念ながら、(この地域での)女性の地位は平等とは言い難いです。でもルーマニアでは何十人もの女性アーティストやグループたちが戦っています。セルビアも続いて欲しいと思っています。この主人公の性格を構築し始めた時、私たちはイヴァナが周囲の人々に対して対立も辞さないキャラととして構築しました。そして結婚するべきだと周囲に言われている34歳の女性が13歳も年下の男性と会っている状況を見せたかったんです。映画を観る中で、こういった女性キャラに対応できない人もいるでしょう。イヴァナは好きになれない、ウザったいと。それはつまり彼らは最初の障壁を越えられず、その深さを見据えることもできなかったということなんでしょう。

今作を作る過程として、まずセラピーとして始まりそして映画が生まれたと仰っていますね。つまり最終的に今作はセラピーの一形態であったということでしょうか。

思うに、家族関係の大部分が映画を製作し始めてとても良くなりました。急に家族全員が私たちの間にあった問題を忘れ、映画を作るために一致団結したんです。撮影のためにセリフを憶えさせようとした時、祖母との問題は完全に消え失せました。一緒に何かすると、他人に注意を向け始め、物事をより良いものにしようとします。私は自分の家族についてだけ行ってる訳ではありません、街全体についても言えます。時には自分の生まれた場所と和解する必要もあるんです。

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ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その11 ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない
その12 ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り
その13 クリスティ・プイウ&"Aurora"/ある平凡な殺人者についての記録
その14 Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
その15 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その16 Paul Negoescu&"Două lozuri"/町が朽ち お金は無くなり 年も取り
その17 Lucian Pintilie&"Duminică la ora 6"/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
その18 Mircea Daneliuc&"Croaziera"/若者たちよ、ドナウ川で輝け!
その19 Lucian Pintilie&"Reconstituirea"/アクション、何で俺を殴ったんだよぉ、アクション、何で俺を……
その20 Lucian Pintilie&"De ce trag clopotele, Mitică?"/死と生、対話と祝祭
その21 Lucian Pintilie&"Balanța"/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
その22 Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
その23 Lucian Pintilie&"O vară de neuitat"/あの美しかった夏、踏みにじられた夏
その24 Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
その26 Lucian Pintilie&"Dupa-amiaza unui torţionar"/晴れ渡る午後、ある拷問者の告白
その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
その28 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その29 ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
その30 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その31 ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
その32 Ana Lungu&"Autoportretul unei fete cuminţi"/あなたの大切な娘はどこへ行く?
その33 ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
その34 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その35 アドリアン・シタル&"Pescuit sportiv"/倫理の網に絡め取られて
その36 ラドゥー・ムンテアン&"Un etaj mai jos"/罪を暴くか、保身に走るか
その37 Mircea Săucan&"Meandre"/ルーマニア、あらかじめ幻視された荒廃
その38 アドリアン・シタル&"Din dragoste cu cele mai bune intentii"/俺の親だって死ぬかもしれないんだ……
その39 アドリアン・シタル&"Domestic"/ルーマニア人と動物たちの奇妙な関係
その40 Mihaela Popescu&"Plimbare"/老いを見据えて歩き続けて
その41 Dan Pița&"Duhul aurului"/ルーマニア、生は葬られ死は結ばれる
その42 Bogdan Mirică&"Câini"/荒野に希望は潰え、悪が栄える
その43 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で
その44 Bogdan Theodor Olteanu&"Câteva conversaţii despre o fată foarte înaltă"/ルーマニア、私たちの愛について
その45 Adina Pintilie&"Touch Me Not"/親密さに触れるその時に
その46 Radu Jude&"Țara moartă"/ルーマニア、反ユダヤ主義の悍ましき系譜
その47 Gabi Virginia Șarga&"Să nu ucizi"/ルーマニア、医療腐敗のその奥へ
その48 Marius Olteanu&"Monștri"/ルーマニア、この国で生きるということ
その49 Ivana Mladenović&"Ivana cea groaznică"/サイテー女イヴァナがゆく!

私の好きな監督・俳優シリーズ
その331 Katharina Mückstein&"L'animale"/オーストリア、恋が花を咲かせる頃
その332 Simona Kostova&"Dreissig"/30歳、求めているものは何?
その333 Ena Sendijarević&"Take Me Somewhere Nice"/私をどこか素敵なところへ連れてって
その334 Miko Revereza&"No Data Plan"/フィリピン、そしてアメリカ
その335 Marius Olteanu&"Monștri"/ルーマニア、この国で生きるということ
その336 Federico Atehortúa Arteaga&"Pirotecnia"/コロンビア、忌まわしき過去の傷
その337 Robert Budina&"A Shelter Among the Clouds"/アルバニア、信仰をめぐる旅路
その338 Anja Kofmel&"Chris the Swiss"/あの日遠い大地で死んだあなた
その339 Gjorce Stavresk&"Secret Ingredient"/マケドニア式ストーナーコメディ登場!
その340 Ísold Uggadóttir&"Andið eðlilega"/アイスランド、彼女たちは共に歩む
その341 Abbas Fahdel&"Yara"/レバノン、時は静かに過ぎていく
その342 Marie Kreutzer&"Der Boden unter den Füßen"/私の足元に広がる秘密
その343 Tonia Mishiali&"Pause"/キプロス、日常の中にある闘争
その344 María Alché&"Familia sumergida"/アルゼンチン、沈みゆく世界に漂う
その345 Marios Piperides&"Smuggling Hendrix"/北キプロスから愛犬を密輸せよ!
その346 César Díaz&"Nuestras madres"/グアテマラ、掘り起こされていく過去
その347 Beatriz Seigner&"Los silencios"/亡霊たちと、戦火を逃れて
その348 Hilal Baydarov&"Xurmalar Yetişən Vaxt"/アゼルバイジャン、永遠と一瞬
その349 Juris Kursietis&"Oļeg"/ラトビアから遠く、受難の地で
その350 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その351 Shahrbanoo Sadat&"The Orphanage"/アフガニスタン、ぼくらの青春
その352 Julio Hernández Cordón&"Cómprame un revolver"/メキシコ、この暴力を生き抜いていく
その353 Ivan Marinović&"Igla ispod plaga"/響くモンテネグロ奇想曲
その354 Ruth Schweikert&"Wir eltern"/スイス、親になるっていうのは大変だ
その355 Ivana Mladenović&"Ivana cea groaznică"/サイテー女イヴァナがゆく!

Tyler Taormina&"Ham on Rye"/楽しい時間が終わったその後

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例えば友人たちとカラオケに行ったりパーティーに行ったりした時、こんなことを想ったことはないだろうか。こんな楽しい時間、いつまでも終らなければいいのにと。それでも終りのないものは存在しない。どんなものにも終焉はつきまとう。さて、今回紹介するのはそんな終りの感覚を鮮烈に描き出した奇作、Tyler Taormina監督作"Ham on Rye"を紹介していこう。

3人の少女が、美しい白いドレスを着ようとしている。彼女たちはMonty'sというレストランで行われるパーティーに参加するつもりでいたのだ。両親や祖父母たちに写真を撮られたりと予想外のことは起きながらも、彼女たちは一路Monty'sへと向かう。

だがそこに向かっているのは彼女たちだけではない。町中の少年少女がMonty'sでのパーティーを楽しみにしていた。瀟洒で高級なスーツやドレスを身に纏って、少しの緊張と共に彼らはMonty'sに行く。そこにはそれぞれの目的がある。女子と一緒にダンスが踊りたい、友人たちとダンスが踊りたい……

監督はまずそんな彼らの姿を断片的な筆致で以て描き出す。明確なストーリーラインはほぼ存在しない。少女の1人が便意を催し、見知らぬ他人の家に行く姿。ある少年グループが自分たちのカッコよさを他のグループに見せつける姿。ロックを爆音で垂れ流しながら道路を駆け抜ける姿。そんな取り留めのなさはリチャード・リンクレイタースラッカーズなどを彷彿とさせるものだ。2010年代に今作を再構築しようとする意図もあったのかもしれない。

そして演出は煌びやかで爽やか、かつキッチュである。少年少女の姿はいつだって青春の輝きに満ち溢れていて、その眩さに思わず目を覆ってしまうほどだ。彼らが抱く浮足立った高揚感というものがこれでもかと伝わってくる。監督のTaorminaは子供番組製作出身であり、その瑞々しい感性が今作の演出に寄与していることは想像に難くない。

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今作の要となっているのは50年代という時代に対する甘ったるい郷愁だ。デヴィッド・リンチブルーベルベットなど80年代にはこの時代への憧れや愛を否定する批評的な視点を持った作品が多く現れたが、今作にその批評性はない。ここにあるのはそれらが否定した率直なまでに甘美な郷愁である。安らかなる郊外の風景、50年代特有の快活な歌声、そういったものがふんだんに描かれることとなる。

Monty'sに着いた少年少女はパーティーを始める。まずここの美味しい料理を食べて、次に踊りを始める。そして男女でペアになり再び踊り出す。そんな中で白く眩い光をその目に映した彼らは、弾けるような笑顔と喜びの中で、跡形もなく消え去ってしまう、文字通りに。

そして今作は全くの急旋回を遂げる。彼らが焼失した世界に広がる風景を描きだし始めるのだ。それはアメリカの夜である。闇に満たされた公園、空っぽになった駐車場、誰もいないファストフード店。淀んだ空気に支配された夜を、監督は静かに見据えていくのである。その様はデボラ・ストラットマンなどを思わせる、アメリカ実験映画の感触に近い。

そこではパーティーに行かなかった若者たちが、淀んだ空気を吸いながら夜を彷徨い続ける。車に乗って適当に道を走り、酒を飲み続ける大人たちに混じり賭けをしたりする。だがそこに確固たる目的は存在しない。何もやるべきことがないから、暇な時間を殺し去るために彷徨っているといった風だ。

ここに現れるのは余りにも深すぎる絶望感である。楽しい時間が終わった後に残るのは、全てが終焉を迎えた後に残るのは、この荒涼たる風景であるのだと監督は私たちに語る。前半の輝ける青春群像の鮮烈さも相まって、その絶望はひどく深く心に刺さってくる。これが唯一無二の真実なのであると監督は容赦なく叩きつけてくるのだ。

今作は終りの後に広がる果てしなき虚無の光景を、実験的なスタイルで描き出した異形の傑作だ。そしてここに描かれるものこそが、世界に訪れる静かなる黙示録であるのかもしれない。

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ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 S.クレイグ・ザラー&"Brawl in Cell Block"/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩
その63 パトリック・ブライス&"Creep 2"/殺しが大好きだった筈なのに……
その64 ネイサン・シルヴァー&"Thirst Street"/パリ、極彩色の愛の妄執
その65 M.P. Cunningham&"Ford Clitaurus"/ソルトレーク・シティでコメdっjdjdjcjkwjdjdkwjxjヴ
その66 Patrick Wang&"In the Family"/僕を愛してくれた、僕が愛し続けると誓った大切な家族
その67 Russell Harbaugh&"Love after Love"/止められない時の中、愛を探し続けて
その68 Jen Tullock&"Disengaged"/ロサンゼルス同性婚狂騒曲!
その69 Chloé Zhao&"The Rider"/夢の終りの先に広がる風景
その70 ジョセフィン・デッカー&"Madeline's Madeline"/マデリンによるマデリン、私による私
その71 アレックス・ロス・ペリー&「彼女のいた日々」/秘めた思いは、春の侘しさに消えて
その72 Miko Revereza&"No Data Plan"/フィリピン、そしてアメリカ
その73 Tim Sutton&"Donnybrook"/アメリカ、その暴力の行く末
その74 Sarah Daggar-Nickson&"A Vigilante"/破壊された心を握りしめて
その75 Rick Alverson&"The Mountain"/アメリカ、灰燼色の虚無への道行き
その76 Alex Ross Perry&"Her Smell"/お前ら、アタシの叫びを聞け!

Ruth Schweikert&"Wir eltern"/スイス、親になるっていうのは大変だ

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反抗期の子供たちを描いた映画は世界に数多くあるはずだ。皆、世界に反旗を翻す若者たちが大好きなのだから。だが反旗を翻される親たちを描き出した作品はそんなに多くない。誰もが反抗的な子供だった時代がありながら、親になる人はそこまで多くないからだろうか。さて、今回はそんな反抗期の子供を持つ親を主人公とした作品、 Eric Bergkraut&Ruth Schweikert監督作"Wir eltern"を紹介しよう。

ヴェロニカとミヒャエル(Elisabeth Niederer&Eric Bergkraut)は自分たちが完璧な家族を持っていると思いたいのだが、現実はそれから程遠い。子供たちは皆、自立とは真逆の生活ぶりであり、特に次男のアントン(Elia Bergkraut)は学校をサボりまくるなどやりたい放題だ。それでも彼女たちは何とか日々を生き抜こうとする。

今作はまず彼らの喧騒の日常を余すところなく描き出していく。子供たちは常に反抗的で不平不満をブチ撒けまくる。ヴェロニカたちは時に穏健に接しながらも、殆どの場合自分らもブチ切れながら彼らに相手する。更に酷い時は口論まで始まって、最低の風景が家庭に広がることとなってしまう。日々はこの騒擾の繰り返しなのである。

その中で監督たちは親という営みを静かに見据え続ける。子供が反抗的である時、彼らを正しい道へと導くのが親の仕事というものだろう。だがそれがいつも上手くいく訳ではない、というか上手くいく方が少ないだろう。それでも親には成すべき使命が確かに存在するはずだ。この理想と個人としての不満や怒りが常にぶつかり合いながら、親子生活というものは続いていく。

これ以外にも、今作には中流階級インテリ層の生活を軽やかに描き出していくという一面がある。ヴェロニカたちは教師など知的階級に属し、部屋には本が溢れている。インテリアも瀟洒で、家計に関しては困っていないことは明白だ。それでも内実は荒涼たる風景が広がっており、そこへの眼差しは辛辣だ。それは例えばウディ・アレンの諸作を彷彿とさせる作風だが、煙草の紫煙を思わせる洒落たジャズが全編に流れる様は正にアレン映画を踏襲していると言えるだろう。

本作では節々でスイスの社会学者による子育てについての文章が引用されるのだが、その文が登場した後に何と本人が現れるのである。例えばヴェロニカたちが食事をしていた場所に座り、彼らは持論を展開していく。昔は20歳で大人になるようになっていたが、今はそれが15年先延ばしにされている。そして注目すべきは今の親は何かと子供たちに命令を行うことだ……彼らは真正面を向き、私たちの瞳を見据えながら自身の考えを語る。このドキュメンタリー的な演出が、フィクション的構成の中で奇妙に際立つこととなる。

更に今作は半自伝的作品としての側面をも持ち合わせている。監督のBergkrautは監督・脚本・主演を兼任であり、同じく共同で監督と脚本を務める Schweikertとは夫婦関係にある。そしてクレジットを読めば分かるが、息子たちを演じるのは実際の息子たちである。明らかに自分たちの経験を作品に反映させたがっている。そして製作側のあらすじにはこうある。今作は"半自伝的グロテスク"だと。

こうして形式的にはフィクションの形を取りながらも、半自伝的な要素を濃厚に反映したり実際の社会学者を映画に出演させたりするドキュメンタリー的な指向が交わりあい、奇妙にスリリングな映画が誕生していると言えるだろう。監督たちによって虚構と現実の糸が軽妙に結われていく様は、軽快にして悠然たるものだ。

そしてこの張り詰めたピアノ線は登場人物たちにまで影響し始める。このクソッタレな現状に飽き飽きしたヴェロニカたちはある行動を取ることになる。何と部屋に監視カメラを設置し、息子たちを監視し始めるのだ。この作品自体が実際の家族を研究対象とした、親という概念についての社会学ケーススタディであるのに、登場人物がそれをやり始めるので恐ろしい。こうして"Wir eltern"は虚構と現実を行き交いながら、親になることについての洞察を深めていくのである。

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