鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語

世界には様々な身体を持った人々が生きている。腕や足が備わっている身体、先天的に目が見えない身体、下半身を持たない身体。こうして人の身体は多種多様な物だが、五体満足のいわゆる健常者以外の身体が映画で語られることは少ない。そしてもし語られるとしても健常な身体を持つ俳優がそんな人物を演じるという例は枚挙に暇がないと言えるだろう。だが今回紹介するハンガリー映画ヒットマン:インポッシブル」はそういった作品とは一線を画す傑作となっている。

Till Attila ティル・アッティラ(題名にはああ書いたが、ハンガリーは日本と同じく姓→名なのでこっちが多分正しい)はブダペストを拠点とする映画作家だ。ハンガリー芸術大学でインターメディア芸術について学んだ後、テレビ界に入る。実はハンガリーで最も有名なTV司会者の1人らしく、そちらの知名度の方が高いという。映画監督としてはまず2008年にパニック発作に苦しむ人々の悲喜こもごもを描き出したデビュー長編"Panik"を手掛けた。そして2010年にはハンガリーで実際に起こった事件を元とした短編"Csicska"を製作、今作がクラクフストックホルム映画祭で作品賞を獲得し、ヨーロッパを中心に話題を博した。そして2016年には第2長編である"Tiszta szívvel"akaヒットマン:インポッシブル」(全く酷い邦題だ)を完成させることとなる。

この物語の主人公はゾリ(Fenyvesi Zoltán)という青年だ。彼は先天的な病で車椅子が無ければ生きていけないという生活を送っている。だがその日常では不満が募るばかりだ。彼は親友のバルバ(Fekete Ádám)と共に"自分たちはいつまで障害者のままでいるのか?"と愚痴りながら、一方で身体を治すための手術をする踏ん切りも付かないでいる。そんな日々を彼らは漫画を描きながら、何とかやり過ごしていた。

だがある日、ゾリたちはルパゾフ(Thuróczy Szabolcs)という中年男性と出会うことになる。元消防士で刑務所から出てきたばかりの彼はある秘密を抱えていた。普通の仕事が出来なくなった彼は、殺し屋をして生計を立てていたのだ。ゾリはそんなルパゾフの姿に憧れ、彼のアシスタントとして働き始める。そうして彼の心には希望が芽生え始めるのだったが……

今作の骨組みはこのように、有り体に言えば良くあるスリラー映画と断言していいだろう。暗い魅力を持った殺し屋に惹かれ、若く好奇心に溢れた青年たちは殺しを手伝うこととなり、自分でも気付かないうちに大いなる闇の世界へ足を踏み入れていく。だが今作が他の作品と決定的に異なるのは車椅子の存在だ。ルパゾフは車椅子に乗るが故に健常者から舐められながら、その態度を利用して冷徹に殺人を遂行していく。且つ車椅子の人間が犯罪を犯すものかという社会通念を利用して、犯行現場からも易々と逃げおおせるのだ。

こうして彼らの持つ障害がある側面で物語の牽引力となっていくが、そこには身体の多様性も深く関わってくる。例えば主要人物3人は同じく車椅子に乗っているが、状況は全く違う。ゾリは先天的な障害のせいで上半身だけが発達しているという身体を持つ。バルバは傍から見れば身体は健常者のそれと変わらないが、歩行障害を持っている。ルパゾフの場合は後天的な事故で下半身不随となっており、自分はいわゆる障害者ではないとゾリたちとの間に線を引いている。このように身体が違えば、心の在り方もまた違ってくるのだ。当然だが車椅子に乗っているというだけで人々を同じように括ることは出来ないのだ。

本作が巧みなのは、この多様性がジャンル映画の快楽へ巧みに奉仕されていく点だ。例えばそれぞれ電動や手押しなど車椅子の種類も変わる故に、その違いを利用した笑いもここには存在する。更に手押し車椅子では坂道をうまく上ることの出来ない状況や車椅子を自動車に積み込むにあたっては解体する必要のある状況が、殺しの構図と相まってサスペンスへと接続されていく様は、スリラー映画として頗る新鮮な光景でもある。

ゾリたちはルパゾフの殺しをサポートすることで、退屈な日常から逃れて生きる希望をも見出だし始める。そしてルパゾフとの心の距離も深まっていきながら、現実はそう甘くはない。ルパゾフの雇い主であるセルビアマフィアのラドシュ(Dusán Vitanovics)は、秘密にすべき殺しの数々をルパゾフがゾリたちに明かしていることを知り、彼らの皆殺しを画策する。

こうしてジャンル性が深まっていくごとに、同じく深まっていくものが身体性というべき感覚だ。今までこういった役柄を演じるのは健常な身体を持つ俳優たちばかりであったが、今作を観れば分かる通り、ゾリとバルバを演じているのは実際に障害を持っている青年たちである。彼らの動きやそれに伴う苦悩は、身体を通じて実感を伴い迫ってくるが、それは本当に障害を持っているから以上に、当事者として声を上げられることが出来た故の切実さに起因するのだろう。

ヒットマン:インポッシブル」はジャンル映画の枠組みを使って、車椅子に乗る人々が“私の身体について私が語る”姿を綴る作品だ。そして監督が巧みなのは、普通の映画では余り語られることのないものを語るという内容が作品のギミックそのものに深く関わってくる点だ。ゾリたちは拭いがたい絶望感を抱えながらも、決死の覚悟で危険を潜り抜けていく。その思いを丹念に掬い取りながら、監督は私たちをある場所へと導いていく。そこには青年たちのある言葉が響く、これは僕たちの物語なんだという切実な声が。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい
その183 Krzysztof Skonieczny&"Hardkor Disko"/ポーランド、研ぎ澄まされた殺意の神話
その184 ナ・ホンジン&"哭聲"/この地獄で、我が骨と肉を信じよ
その185 ジェシカ・ウッドワース&"King of the Belgians"/ベルギー国王のバルカン半島珍道中
その186 Fien Troch&"Home"/親という名の他人、子という名の他人
その187 Alessandro Comodin&"I tempi felici verranno presto"/陽光の中、世界は静かに姿を変える
その188 João Nicolau&"John From"/リスボン、気だるさが夏に魔法をかけていく
その189 アルベルト・セラ&"La Mort de Louis XIV"/死は惨めなり、死は不条理なり
その190 Rachel Lang&"Pour toi je ferai bataille"/アナという名の人生の軌跡
その191 Argyris Papadimitropoulos&"Suntan"/アンタ、ペニスついてんの?まだ勃起すんの?
その192 Sébastien Laudenbach&"La jeune fille sans mains"/昔々の、手のない娘の物語
その193 ジム・ホスキング&"The Greasy Strangler"/戦慄!脂ギトギト首絞め野郎の襲来!
その194 ミリャナ・カラノヴィッチ&"Dobra žena"/セルビア、老いていくこの体を抱きしめる
その195 Natalia Almada&"Todo lo demás"/孤独を あなたを わたしを慈しむこと
その196 ナヌーク・レオポルド&"Boven is het stil"/肉体も愛も静寂の中で老いていく
その197 クレベール・メンドンサ・フィリオ&「アクエリアス」/あの暖かな記憶と、この老いゆく身体と共に
その198 Rachel Lang&"Baden Baden"/26歳、人生のスタートラインに立つ
その199 ハナ・ユシッチ&「私に構わないで」/みんな嫌い だけど好きで やっぱり嫌い
その200 アドリアン・シタル&「フィクサー」/真実と痛み、倫理の一線
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて

マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない

宗教と性愛の関係性は何というか極端だ。例えばキリスト教を見てみれば、神の名の元に性愛およびセックスは著しく制限され、それが回り回って「スポットライト」のような忌むべき性的虐待事件やケン・ラッセル肉体の悪魔のような性欲大爆発な事件を巻き起こしたりする。だがそういった制限に反旗を翻しフリーセックスを打ち出した新興宗教はどうなったかと言えば、マンソン・ファミリーのように虐殺が起きれば、ガイアナ人民寺院では集団自殺が勃発する。宗教と性愛の間ではいつの時代も抜き差しならない闘争が続き、いつになっても終りがこない。さて"文芸エロ映画に世界が見えてくる"、今回は南米はチリで繰り広げられるそんな闘争を描き出した「ダニエラ 17才の本能」aka"Joven y Alocada"を紹介していこう。

マリアリー・リバス Marialy Rivasはチリを拠点とする映画作家だ。チリ映画大学で学んでいたが中退、1996年に"Desde Siempre"で映画監督としてデビューする。そしてSebastián Lelioと共に世紀末のサンティアゴを描く作品"Smog"を監督するが、その後は広告業界での仕事が多くなりしばらく映画界からは離れることとなる。だが2010年には短編"Blokes"を製作、隣人の女性に恋をした少年の姿を描く今作はカンヌ国際映画祭で上映され、マイアミ国際映画祭やサンフランシスコ国際映画祭では作品賞を獲得するなど話題になる。そして2012年、彼女は自身初の長編映画"Joven y Alocada"を完成させる。

ダニエラ(アリシア・ロドリゲス Alicia Rodríguez)は17歳の高校生、彼女はチリの首都サンティアゴの郊外で家族と共に暮らしている。弟や牧師である父、ガンで闘病中のおばイサベル(「マタニティ・ハント」イングリッド・イーセンシー)、そしてダニエラが最も嫌っている厳格な母テレサ(アリン・クーペンヘイム Aline Küppenheim)、しかし彼女にとってこの"厳格な"というのは他の家庭とはまた違う。つまり彼女の家庭は厳格なキリスト教福音主義を信仰している家庭なのだ。

ここで福音主義について少し。この宗派は聖書を絶対視するキリスト教の保守派だ。偶像崇拝を禁止し、キリストが再びこの世に復活し信者たちを天へと召す携挙を信じ、創造論を信じ進化論などもっての他という大まかな特徴が挙げられる。特にアメリカにおいてはその台頭が顕著であり、最近ハリウッドで猛威を振るう、いわゆる"キリスト教啓蒙映画"はこの宗派によって製作されている事が多い。今作においてもチリでの熱狂的な信仰が描かれる(監督によると、現在人工の17%が福音主義を信仰しているという)のだが、彼らは無神論者などの異分子を否定しながら繋がりを密な物とし、その一方でロックバンドを使って若者たちに信仰を広めようとするなかなか衝撃的な姿が撮し出されていく。

そんな信仰の光景に対してダニエラは冷めた視線を向ける。彼女は信仰に背を向けてセックスを謳歌し、その体験をブログに綴っていくのだ。子供時代から今に至るまでのオナニー経験の移り変わり("ある時アタシはベッドに擦り付けるのが最高って気づいた!")、初めてアナルに挿入された時のこと("感想は普通、何かウンコしてるみたいな気分だった")などなど。そのブログには真摯な感想や罵倒、出会い厨まで様々な反響が集まり、彼女はネット上で密やかに有名人となっていた。

厳格なキリスト教福音主義コミュニティにおいて性に奔放であることはどういう意味を持つのか?……つまりこれが"Joven y Alocada"のテーマだ。ある日ダニエラは同級生とセックスしたのがバレて高校を退学になってしまう。福音主義において"婚前交渉の禁止"は絶対という訳である。当然母親はブチ切れ、福音主義者が忌み嫌われる国に強制送還し布教に殉ずるなんてマジでヤバすぎる罰を受ける寸前まで行くが、おばのおかげでその罰は回避。それでも福音主義者が経営する(!)TV局で雑用をやる羽目になるのだが、ダニエラがジッとしている筈がなかった。

リバス監督の演出はポップでキュートな彩りに満ちている。冒頭からペニスヴァギナのアニメが乱舞(日本版ではがっつりボカシだ、クソッたれ!)、色とりどりのテロップにセーラームーン(!!!)や「ベンハー」などのフッテージ映像が自由に入り乱れていく。そしてFacebookやブログなどのSNSもガンガン画面に登場し、作品の随所にネット文化が華を添えていく。最高なのはダニエラのモノローグと共にブログの文章が画面に打ち込まれた後、読者のコメントが現れるのだが、それを打っている読者の顔面がドアップになって出てくるのだ。真剣に共感している者、卑猥な言葉の通りに卑猥なニヤつきを浮かべている者、途中マジな福音主義者の若者が現れて真顔で説教してきたりとユーモアも炸裂。とにかく情報量が多い作品ながら、リバス監督は的確にそれを捌いていく。

そして今作の着想源は共同脚本家であるCamila Gutiérrezが実際に執筆していたブログなのだという。実在の人物が今作のモデルとなっている訳だ。監督はこの出会いについてこう語っている。"2005年頃、私自身も写真ブログをやっていたんです。1日ごとに写真をアップして時々は文章も書いたり……殆どの人々は写真だけでしたけど。そんな時に彼女のブログを見つけたんです。あけすけな性の話と、福音主義を巡る若さや教会についての話が交わり合っていて、自然とそれに惹かれていったんです。そして半年が経って、何かしなくちゃと思い始めました。映画にしようとは思ったんですが、ドキュメンタリー、モキュメンタリー、フィクション、どれにするかは分かりませんでした。でも彼女と実際に会って、話が動き出したんです。

最初、あのブログは現実のことだとは思っていませんでした。書き手の彼女が若いか若くないか、嘘を書いてるか書いてないかも分からなかったんです(中略)彼女は自分自身の矛盾の中で表現していました、例えば"神は信じてない、でも地獄は怖い"という風に。そういった告白は映画にするに劇的なもので、彼女の中にある傷に惹かれていきました。彼女の全ては2重なんです。それがとても魅力的でした"

だが1歩間違えれば軽薄以外の何物でもなくなる演出を技術的に支えるのが2つの要素だ。まずDoPセルヒオ・アームストロング(「NO」「クリスタル・フェアリー」)による撮影だ。彼の紡ぐ画面を見た瞬間にはネット文化を包括する故の新しさより、むしろ懐かしさを感じる観客の方が多いのではないだろうか。色味が刈り取られた粒子の荒い画面、その失われた色彩を満たすように画面にかかる薄紫のヴェール。Armstrongの紡ぐ画面は確かなフィルムの質感が宿っているのだ。このある種オールドファッションな指向が、今作を軽薄から遠ざけていく。

更にAndrea ChignoliSebastián Sepúlvedaによる編集にも注目すべきだ。多大な情報量を捌く上で編集は成功にしろ失敗にしろ早さが求められるが、彼らはむしろ遅さを重要視する。性急さを良しとせず、歩みの遅さと情報量の多さを共存させながら観客にじっくりとダニエラの道筋を見据えさせる。この独特のテンポの根底にあるのはダニエラの抑圧だ。午後の生ぬるい授業の途中、机に頬杖をついて外から空を眺めるようなアンニュイな感覚。性に奔放であろうとしても福音主義の響きが彼女を解放感から遠ざける。この爆発しそうで爆発できないもどかしさが、今作を信頼性を宿していく。

そんな中でダニエラのありあまる愛は画面へと溢れだしていく。彼女はTV局の福音主義っぷりに唾を吐きかけながら、局員である青年トマス(フェリペ・ピント Felipe Pinto)と恋に落ちる。だが好青年ではありながら、愚直に"婚前交渉の禁止"を守ろうとする態度が味気ない。そしてダニエラは同じく局で働く女性アントニア(マリア・グラシア・オメーニャ Maria Gracia Omegna)にも恋をし、彼女とはキスにセックスに愛を謳歌していく。そうしてバイセクシャルであるという自分に辿り着いたダニエラの姿は自由で生命力に満ち足りている。私はパインとチーズ、どっちかだけなんて選べない!

だがそれは福音主義ひいては母親テレサとの深まる軋轢をも意味している。テレサは敬虔な福音主義者であり、祈りや会合も欠かすことはない、正に保守化の傾向にあるチリが求めて止まない模範的な人物だ。つまり彼女を敵に回すというのは社会そのものに反するのと同じなのだ。ダニエラはそれに対して果敢に中指を突き立てようとしながら、社会の圧力と家族という名の呪いによって動揺もまた抑えることが出来ない。リバス監督はダニエラの劇的なまでに波打つ心模様を鮮烈さによって捉えていく。愛がなければ私は無だ、ダニエラは他ならぬ聖書の言葉を引きながら自分について語る。この信仰と愛に引き裂かれる17歳の肖像"Joven y Alocada"だ。自由を求める少女による抵抗の記録は奔放ながら苦く心に染みていく。

今作はサンダンス国際映画祭でプレミア上映され、ワールドシネマ部門で脚本賞を獲得、サン・セバスティアン国際映画祭では監督賞を獲得するなど世界各地で話題となる。2015年には2作の作品を製作、まず1本は短編ドキュメンタリー"Melody"を製作、今作はバイオリンに身を捧げた2人のチリ人女性を描き出した作品だ。そしてもう1作は第2長編の"Princesita"だ。チリの山奥、とあるセクトで生まれ育った12歳の少女が辿る大人になるまでの道筋を幻想的な筆致で描き出すカミング・オブ・エイジもので、Camila Gutiérrezとの再タッグ作品ともなっている。

最後に1つ。今作の製作にはパブロ・ララインという映画作家が関わっている。日本でもガエル・ガルシア・ベルナルが主演した「NO」が公開されているのだが、彼は現代のチリ映画界を代表する人物でありその監督作で世界に名を轟かせると共に、若い世代の作品をプロデューサーとして送り出していく重要な役割を担っている。エンド・クレジットにそんな彼の名前が現れるのだが、そのクレジットの横にはこう書かれる、"あなたが居なかったら私は無のままだった"と。両者の密な親交が伺える感動的な賛辞だが、こういった関係性が現代チリ映画界の隆盛を導いたと言えるだろう。ということで頑張れチリ映画界、頑張れRivas監督!

参考文献
http://www.indiewire.com/2012/02/futures-young-wild-filmmaker-marialy-rivas-talks-her-sexy-sundance-award-winning-debut-49290/(監督インタビュー)
http://www.pride.com/box-office/2012/11/30/director-marialy-rivas-her-provocative-film-young-wild-out-nyc-and-vod-today(監督のプロダクションノート。ピノチェト政権、この国でレズビアンであること、映画の製作過程などなど)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
その133 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景
その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
その136 Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている
その137 Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?
その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
その141 ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
その144 ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する
その145 Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと
その146 Virpi Suutari&”Eleganssi”/フィンランド、狩りは紳士の嗜みである
その147 Pedro Peralta&"Ascensão"/ポルトガル、崇高たるは暁の再誕
その148 Alessandro Comodin&"L' estate di Giacomo"/イタリア、あの夏の日は遥か遠く
その149 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その150 Rina Tsou&"Arnie"/台湾、胃液色の明りに満ちた港で
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生

ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り

ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない
ラドゥー・ムンテアンの略歴および彼の長編第2作"Hîrtia va fi albastrã"と"Boogie"についてはこちら参照

ムンテアン監督の第2長編"Hîrtia va fi albastrã"を紹介する時、日本では"ほぼ"紹介されていないルーマニアの重要人物と書いた。"全く"ではなく"ほぼ"であるのは、実はムンテアン監督の作品が1本だけ日本でも紹介されているからである、しかもソフトは既に発売済み。邦題は「不倫期限」……そうこれが全く日本で話題になっていない理由だ。ソフトを出すにしても文芸エロ映画として狭い客層にしか訴えないマーケティングを行った故に、観たい者に今作の届く余地がなかったのである。ということで今回は"文芸エロ映画に世界が見える"ルーマニア編として、"ルーマニアの新たなる波"の重要作(なのに超不遇な扱いを被っていた)「不倫期限」aka"Marți, după Crăciun"を紹介していこう。

ベッドに寝転がるのは少々肥え気味の中年男性と美しいブロンドを揺らす若い女性、2人は裸のままでキスを交わしながら他愛もない会話を繰り広げる。足の人差し指が長い人は芸術の素養があるらしいの……指の長い奴は巨根だとかそういう話ではなく?……あなたのは普通のサイズ……弛緩した親密な雰囲気が彼女たちの間には漂うが、会話の節々から2人の関係性が余り褒められる類いのものではないという現実が立ち上ってくる。

次のシーンにおいて、その中年男性が服屋を所在なく彷徨いてる姿が映し出される。彼を呼ぶ女性の声、だが声の主は先の女性とは違う。男性と同じくらいの歳かさ、眼鏡をかけたブルネットの中年女性。パウルとアドリアナ(ミミ・ブラネスク&ミレーラ・オプリショル)は結婚10年目の夫婦である、この場所には娘マーラのためのクリスマスプレゼントを買いに来ていた。しかし彼は妻に対して先の女性ほどの親密さを抱いてはいない。出会ったばかりの頃に抱いた情熱など既に磨り減り、心は別の場所にある。だがそれを面と向かって告白する勇気がパウルにはなかった。

"ルーマニアの新たなる波"に属する作品は、チャウシェスク独裁政権下における抑圧(ムンジウの4ヶ月、3週と2日やムンテアンの"Hîrtia va fi albastrã")、政権が崩壊した後においては共産主義が残した貧困と腐敗(ポルンボユの"A fost sau n-a fost?"やプイウの「ラザレスク氏の最期」)など、自国に広がるドン詰まりの風景を描き出すものが多かったが、この「不倫期限」に出てくる登場人物は中産階級に属する人々ばかりで、現れる部屋の内装などを見ても明らかだが他にはない豊かさと余裕を持ち合わせている。そして描かれるのも"不倫"という普遍的なテーマだ。それでも此処にはルーマニア独特のリアリズムが確かに焼きついていると言える。

ある時、パウルはマーラを連れて歯形矯正のために歯医者へと赴く。だが彼にとって誤算だったのは、アドリアナが偶然仕事が休みになったから自分も付き添いたいと電話で伝えてきたことだ。なし崩し的に歯医者へと集まった3人を迎えるのはこの医院を経営する歯科医のラルーカ("Un etaj mai jos"マリア・ポピスタス)だ。矯正についての話が始まる中で、パウルの顔には気まずい表情が浮かぶ。何故なら彼の不倫相手は他でもないラルーカだったからだ。

前作"Boogie"から長回しがムンテアンのトレードマークとなり始めたが、今作ではその演出が目を見張るほどの繊細な洗練さを獲得しているのに気付く筈だ。清潔な白の色彩が満ち溢れる病室、座席に腰を据えるマーラ、彼女の傍らに座るラルーカ、その後ろで腕を組みながら心配げに見守るアドリアナ、不安からか更に遠くから彼女たちを見つめるパウル。矯正の詳細を語る愛人は今にも泣きそうな表情をカメラに向け、何も知らない妻は娘のことを考えながら眉を潜め思索を巡らせる。夫が微かな焦燥に揺れる中、娘の大きく開かれた口の前で、歯並びについて解説する愛人の顔と心配げな妻の顔が、ほとんど衝突するのではないかと思うほどに肉薄する。真実を知る者と何も知らない者の密やかな邂逅、この緊迫感が7分にも渡る長回しによって紡がれるシークエンスはムンテアンの成熟を語る。

そしてこの長回しの連なりが緊密なテンションを持続させていく。冒頭のベッドに再び集まりながら、ラルーカはパウルが妻を連れてきたことを非難し静かに泣き崩れる。そんな彼女をパウルは優しく抱き締めながら、その一方で夜にはアドリアナとの時間を過ごす。テレビを観ながらソファーに寝転がるアドリアナ、彼女の足をパウルはマッサージするのだ。あなた優しいのね、妻はそう呟きながら夫は生返事を返す。ムンテアンが長回しという時間の絶え間なき連なりによって捉えんとするのは、パウルたちがふとした瞬間に浮かべる感情の機微とその連続性だ。笑顔から涙へ、無表情から労りの顔つきへ、監督の手捌きはこの移り変わりに無二の説得力を宿していく。

もちろん彼の捉え方だけでなく、俳優たちの演技力も素晴らしい。ラルーカ役のマリア・ポピスタスは朗らかさと哀しみの間を不安定に行き交うが、彼女の表情が最も映えるのは涙をこぼすまいと我慢するその時だ。コップから液体が溢れるか溢れないかという時の、表面張力による微妙な揺らぎはラルーカの感情のうねりと重なりあう。そしてパウル役のミミ・ブラネスクは"Hîrtia va fi albastrã""Boogie"とムンテアン作品に連続出演を果たし、今回はとうとう主役の座を得たが、その期待に応える確かな好演だ。彼が体現するのは同情の余地もない人間の内にある、欲求の抗いがたさへの懊悩とその全く対極にある向こう見ずな大胆さだ。そんなラルーカとパウルの関係性の不定さが物語を牽引していく。

だが""は究極的には邦題が示す不倫という関係よりも、それによって瓦解を迎える結婚という関係性を描いているというのは、後半においてパウルの妻であるアドリアナが中心となる展開に明らかだ。安らかな日常に対する喜び、裏切りに対する怒り、自分の人生が崩壊する音を聞く時の悲しみ、全てを受け入れた後に待つ虚無、自分の知らぬ間に全ては既に終わっていたのだと悟ってしまった人間が直面する感情の激動をアドリアナを演じるミレーラ・オプリショルが一身に背負う。事実2011年のゴーポ賞(ルーマニアアカデミー賞)においては、作品賞を獲得した「俺の笛を聞け」やこのブログでも紹介したチャウシェスク政権を描く集大成とも言えるドキュメンタリー&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"を筆頭に激戦が繰り広げられ、その中でも「不倫期限」は12部門ノミネートのうち1部門のみな受賞に終わったが、獲得したのは他でもない彼女だった、しかも主演女優としてである。前半では、見た目も相まって「ゴーンガール」ベン・アフレックの妹を演じたキャリー・クーンのように相手を受け止めるタイプの演技をこなしながら、後半誰にも増して前面に打って出る攻めの演技は圧巻としか言い様がなかった。

「不倫期限」の原題"Marți, după Crăciun"ルーマニア語で"クリスマスの後の火曜日"を意味する言葉の連なりだ。最初は希望に満ちた響きを伴いながらも、最後にはある一組の夫婦が結婚という名の元に敗北した果ての絶望ばかりが空しく響く。関係性についての敗残処理、ルーマニアの忌憚なき現実主義は此処にもやはり強く焼きついている。

ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その11 ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない

私の好きな監督・俳優シリーズ
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
その133 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景
その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
その136 Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている
その137 Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?
その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
その141 ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
その144 ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する
その145 Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと
その146 Virpi Suutari&”Eleganssi”/フィンランド、狩りは紳士の嗜みである
その147 Pedro Peralta&"Ascensão"/ポルトガル、崇高たるは暁の再誕
その148 Alessandro Comodin&"L' estate di Giacomo"/イタリア、あの夏の日は遥か遠く
その149 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その150 Rina Tsou&"Arnie"/台湾、胃液色の明りに満ちた港で
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その169 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その170 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その171 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち

ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう

ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
ケリー・ライヒャルトの前作についてはこちらの記事を参照

2007年、アメリカでサブプライムローン不良債権化に端を発するバブル経済の崩壊が訪れる。それはアメリカ全土を恐慌の渦に陥れ、数多くの人々が家や職を失い路頭に迷うこととなる。翌年にはアメリカ最大の投資銀行リーマン・ブラザーズが倒産、世界経済危機の引き金となる。こうして世界が確実に凄まじい貧困に蝕まれていく中で、この状況を背景としてケリー・ライヒャルト監督が2008年に製作した第3長編が今回紹介する「ウェンディ&ルーシー」だ。

森の中にいるのは1人の女性と1匹の犬だ、ほらルーシー、枝取ってきなさい、よしよし良い子ね……そんな楽しそうな声が聞こえてくる、カメラは左から右へゆっくりと動き女性を捉えていく。互いに信頼しあい心を開く、彼女たちの戯れる姿には幸福感とかけがえのない絆が見て取れる。だがルーシー、そしてウェンディ(キルスティン・ダンストの大統領に気をつけろ!」ミシェル・ウィリアムズ)の置かれている状況はむしろ苛酷なものだ。

ウェンディはある理由からアラスカ州のケタカンに向かって旅をしている。オンボロのホンダに寝泊まりし、たった1匹の親友ルーシーと孤独な旅を続けていた。そして彼女はオレゴンの小さな田舎町へと辿り着いたのだが、そこで車が故障してしまう。更にはルーシーのためのドッグフードも切らしてしまい、ウェンディは途方に暮れてしまう。お金も殆どない状態ゆえに、彼女は仕方なく食料品店でドッグフードを万引きしようとするのだが、店員に見つかり留置所にブチ込まれる有り様。保釈金を払って何とか町へ戻るのだが、ルーシーが何処にもいない。ルーシー、ねえルーシー何処なの、ルーシーお願い出てきて、ルーシー、ルーシー、ルーシー……

過去に例えばバーバラ・ローデンによるロードムービー「ワンダ」があった。息苦しい結婚生活に絶望を抱いた主婦ワンダが旅に出て、自分でも良く解らないままに犯罪に身を落としていく姿を描いた作品だ。そして例えばアニエス・ヴァルダサンドリーヌ・ボネールを主演に起用し「冬の旅」を作った。孤独な旅路の果てに凍死した少女モナの姿を、旅の途中で彼女に出会った人々の証言と共に綴る痛ましい傑作だった。ライヒャルト監督のデビュー長編"River of Grass"が前者に準えることが出来るとするなら、彼女の第3長編「ウェンディ&ルーシー」は後者にこそ共鳴する、孤独とその痛みにさすらう女性を描きだした映画だ。

ウェンディはルーシーを捜し出そうと必死に町を駆け回る。だが幾ら彼女の名前を呼んでもルーシーは現れることがない。食料品店の店員たちに尋ねても彼らの言葉は要領を得ない、全く自分には関係ないとでもいった風に。あちこち回って疲れはてたルーシーは壊れたオンボロ車の中で一夜を過ごす、明日には彼女が見つかるよう祈りながら……ライヒャルト監督のスタイルはウェンディの旅においてとうとう成熟を迎えたと言えるだろう。監督は撮影のサム・レヴィと共に、ただ今に浮かび上がるウェンディの姿だけを淡々とただ映し出し、彼女は何故こんな旅をしているのか、そういった背景や説明はほぼ排除している。しかし毎朝ガソリンスタンドのトイレで着替えをする彼女の姿には、言葉を越えたリアルな痛みが宿っている。そして"Old Joy"においてはヨラテンゴによるたゆたいの旋律が全編に響いていたが、ここにはウェンディの微かな鼻唄以外は存在しない、それも物語が悲愴を増すにつれ消え去っていくが。

「ウェンディ&ルーシー」"Old Joy"に続いてオレゴン州を舞台としているが、これについてライヒャルト監督はこう説明している。"ジョナサン(・レイモンド、"Old Joy"の脚本も担当)がオレゴンについて書いているからです。長編映画を作るにあたって彼の小説を読むとその書き方に共感を覚えます。だから彼のやり方――例えば人と人との関係性や人々がある環境に順応していく過程を描いたり、個人的なものを政治的なものに変えるそのやり方と同じ方法で映画を作りたいと思うんです。彼はオレゴンに生まれ、オレゴンで成長し、オレゴンについて小説を書いていますし、"Old Joy"のスタッフも皆オレゴン出身で仕事も楽しんでくれた、そしてもう1度一緒に仕事がしたいと思ってくれたんです。

そして彼女はこうも語っている。""Old Joy"においてはオレゴンの景色を描こうとしました。今作ではトイレや駐車場、つまり旅をする時に私たちが見る物を描こうとしたんです"と*1。このオレゴンへのこだわりは「ナイト・スリーパーズ/ダム爆破計画」まで続くこととなる。

ある時、ウェンディは保護施設へと足を運ぶ。職員の官僚的な手続きに対ししどろもどろになりながら、彼女は檻の中にルーシーが居ないのかを探す。その時カメラは冒頭とは逆に右から左へと移動していき、檻の中を見つめる。狭苦しい空間の中に灰と白の毛をフサフサと生やした者がいれば、首にギプスを着け痛々しい姿を見せる者もいる、そして悲痛な声をあげこちらにすがりつく者がいたと思うと、奥から微動だにせずただただ視線だけをこちらに向ける者がいる。引き取りにくる飼い主もおらず見捨てられた犬たちが収容されている、そんな冒頭とは真逆の荒涼たる風景がウェンディの旅路をまた侘しいものにしていく。

劇中においてウェンディは様々な人々と巡りあうが、彼らの殆どが不幸の真っ只中にいる彼女に対して素っ気ない態度を取る。しかしまた彼らの殆どは悪人ではないというのも分かってくる。万引きの容疑でウェンディを捕まえた店員も例え彼女がどういう存在であっても犯罪を見逃せば店がやっていけないことを分かっているし、保護施設の職員もただ自分のやるべきことをやっているだけ、他の人々だってそうだ、不景気が無慈悲にも襲いかかってくる時代には自分のことだけで必死になる、そういうものだ。だからこそ余計に辛いのはこの映画において悪と言い切れるのは彼らではなく、彼らが順応しようとし苦しみを以て何とかしがみついている社会それ自体の他にはないことだ。そしてそれは真夜中に浮かび上がる大いなる悪意(ライヒャルト監督の親友ラリー・フェッセンデンがここでカメオ出演)として現れ、ウェンディを恐怖の淵へと追い詰める。

そんな状況で唯一ウェンディに救いの手を差し伸べる存在がこの町で彼女が最初に出会う警備員の老人(「トラブル・トラベル/パパは一人で大騒ぎ!」ウォーリー・ダルトン)だ。彼は昼から夜までただただ延々と建物の外に立ち続けるとそんな飽き飽きするような仕事に就いているのだが、ウェンディのことを気にかけ、保護施設の存在を教えたり、携帯電話を貸したりする。彼もまた経済危機の被害者として描かれ、ウェンディに対しシンパシーを覚える。それでも2人の間には微妙な距離がある、助けるとしてももう一歩踏み込むことがない、もしくは踏み込めないのか。そしてそれはまたウェンディにも言えることだと解ってくる。

ライヒャルト監督はこの作品を作っている際、イタリアのネオリアリズモや英国における労働者階級のドン詰まりな日常を描いたキッチンシンク映画など様々な作品を念頭に入れていたというが、その中でも特に重要な作品がR・W・ファスビンダーのTV映画「少しの愛だけでも」だったそうだ。"男がいて、毎日仕事に出かけるのですが本当はリストラされていて、それを妻に言えないのです。彼は仕事に行く代わりに辺りをブラブラして毎日金を浪費していきます。借金に深く身を埋めていく彼と私たちは共にあります。妻を喜ばすためにプレゼントを買う日々の果てに、どん底がやってきた瞬間を観客は目撃します(中略)映画が進むにつれ、彼の借金は同時に私たちの物となる、私はそういった感触をウェンディの姿にも感じて欲しかったのです"

ウェンディの旅の目的もやはり経済危機を逃れ、アラスカで安定した仕事に就くのが目的だ。しかしここまでして旅をするに至るまでの彼女の背景はほとんど語られることがない。それでも、あるシーンでウェンディが何処かに電話をかける。電話の主は姉夫婦だ、義兄は彼女が旅をしているのに驚き心配する素振りを見せるのだが、実の姉はウンザリといった風に何にも出来ないからとにべもない態度を取る。そんな姉にウェンディは言うのだ、助けてもらいたい訳じゃない、ただ電話したかっただけだから。

つまりウェンディは誰かに助けを求めることが出来ない、もし手を差し伸べられたとしてもその手の掴み方が解らない、誰かに助けてって。だから何もかもを独りで抱え込み、孤独に身を浸すしかない。そんな彼女に対して社会は落伍者の焼き印を押し、必要のない人間として爪弾きにする。そして彼女は思うのだ、周りの誰もが普通に生きていけているのに、どうして私はちゃんと自分の居場所を見つけられないのだろう……彼女を演じるミシェル・ウィリアムズも素晴らしい。一見眉と眼差しの力強さだとかに勝気な性格が見えてきて、表層的にそれは間違ってはいないのだがジッと彼女の表情を見ていると、誰か無条件に寄りかかれる存在が欲しいという弱さが滲み渡る。その唯一の存在がルーシーだったが、彼女はもうウェンディの傍らには居ない。

ライヒャルト監督は"River of Grass"のコージー"Old Joy"のマークとカート、そして今作のウェンディなど、透明な虚無感を抱く世界の周縁にいる人々に対する眼差しが暖かい。監督はそんな人々にこそ共感を覚え、彼女たちの声を紡ごうと映画を作る。しかし同時にウェンディたちに安易な救いを与えることは絶対にない、共感はしながらも彼女たちの旅路を観察するという姿勢には揺るぎが一切ない。このバランス感覚がライヒャルトの作品に唯一無二の魅力を宿す。この「ウェンディ&ルーシー」もやはり苦い結末を迎える、彼女が見つめるのは右から左へと流れていくあの時の森に満ちていた美しい緑……

次回記事に続く
ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する


参考文献
http://www.ifc.com/shows/that-70s-show/blog/2016/04/high-school-stoners(監督インタビュー)
http://bombmagazine.org/article/3182/kelly-reichardt(ガス・ヴァン・サントとの対談)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
その133 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景
その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
その136 Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている
その137 Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?
その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び

アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生

6月、トルコの新鋭作家デニズ・ガムゼ・エルギュヴェンの長編デビュー作裸足の季節が公開される。2016年度セザール賞の編集・音楽・初監督作・脚本賞を獲得した。が、もちろんここではエルギュヴェン監督を紹介する訳ではない。実は脚本賞はエルギュヴェン監督の他にもう1人、共同で脚本を手掛けたアリス・ウィンクールという人物も受賞したのだが、彼女はエルギュヴェン監督と並んで将来を嘱望される映画監督であり、実は彼女のデビュー作が日本でも観られるのである、「博士と私の危険な関係なんていう文芸エロ映画的なタイトルで!……ということで"文芸エロ映画に世界が見える"、今回はフランス映画界期待の新鋭アリス・ウィンクールと彼女のデビュー作「博士と彼女の危険な関係aka "Augustine"を紹介して行こう。

アリス・ウィンクール Alice Winocourは1976年パリに生まれた。フランスの国立映画学校フェミスで脚本について学ぶ。脚本家としてのデビューは日本でもソフィアの夜明けが公開されたブルガリア映画作家カメン・カレフの短編"Orphée"だった。ギリシャ神話のオルフェウスとエウリュディケーの挿話に基づいた作品で、カレフとはフェミスの同窓生だった縁で今作に参加、出演も果たしている。2008年にはスイス人監督ウルスラ・メイヤーの初監督作「ホーム 我が家」の、そして2009年には同じくフェミスの同窓生であるセルビア人作家Vladimir Perisicの作品"Ordinary People"の脚本を執筆するなど欧州を股にかけ広く活躍する。

監督としては2005年の短編"Kitchen"でデビュー、フランス人の主婦がアメリカ風にロブスターを調理しようと苦闘する様を奇妙な形で描き出したコメディでカンヌ国際映画祭でプレミア上映後、アメリカやポーランド、日本などで公開され話題となる。2007年には"Magic Paris"、2009年には"Pina Colada"と2本の短編を製作、前者はカブール・ロマンティック映画祭で監督・女優賞を、ロサンゼルス映画祭短編部門では作品賞を獲得した。そして2012年には彼女にとって初の長編作品"Augustine"を監督する。

舞台は1885年のフランス、19歳の少女オーギュスティーヌ(「嫉妬」ソコ)は大邸宅でメイドとして働いていた。ある日彼女は突然凄まじい痙攣に襲われ、それ以来右目が開かなくなってしまう。医師の診断を仰ぐオーギュスティーヌだったが、彼女は否応なく精神病院へと収監され、それから外界から隔離された過酷な日々が始まる。

この病院に勤める医師の1人がシャルコー教授(「バスターズ―悪い奴ほどよく眠る―」ヴァンサン・ランドン)だ、彼は病院の近代化を目指すと共にある1つの理論を証明するために奔走していたが、証明の糸口が見つからず焦燥の日々を送っていた。しかし彼は思わぬ偶然から彼女を見つけ出す。悪霊にとり憑かれたかの如く肉体をおぞましく震わせる少女、彼はその少女オーギュスティーヌを自身の病室へと連れていく。

"Augustine"はこの2人の関係性を牽引力として展開していくが、アリス・ウィンクール監督の指向する演出を見極めるには1度冒頭に立ち戻るべきだろう。オーギュスティーヌはメイドとしてパーティ会場に料理を運んでいく、だがその動きには少しずつ震えが伴われ始める、あなた気分悪そうよ、ううん大丈夫だから、その言葉とは裏腹に震えは激しさを増していく。その時動き以上に不快な印象をもたらすのは音だ、食器が立てる小刻みな振動音、外から響いてくる雷と風雨の轟音、来賓客たちの喋り声、料理に供された蟹の脚がパキパキと折れる響き、不快感が頂点に達する時その瞬間は訪れる。オーギュスティーヌののたうち回る肉体、それを呆然と見つめる来賓客たち、カメラもまた彼らに混じり彼女を見据えるのだが、痙攣の激烈さに巻き込まれまいとカメラは精神的に距離感を取り続ける。この不気味さと冷めた明晰性が同居する演出で以て、ウィンクール監督はこの驚くべき物語を語らんとする。

オーギュスティーヌの症状は医師たちによって診断されていく。彼女は右目が開かなくなると同時に右半身の感覚が殆ど失われていることも発覚する。彼女はそんな理解不能な症状に絶望し、そして精神病院の劣悪な環境に神経を磨り減らしていく。その心につけこもうとする存在がシャルコー教授だ。シャルコーは病室に呼びつけたオーギュスティーヌに対してこんな言葉を向ける、君は馬鹿者なのかもしれないな。傷ついたような表情を浮かべる彼女に簡単な質問をいくつも投げ掛け、最後にまた"馬鹿者"呼ばわりをする。それでいて治療が可能であるという自信を見せるシャルコーは彼女にとって唯一の救いだ、そしてオーギュスティーヌは寝室で祈りを捧げる、あの人が私を治してくれますよう……

作品の前半においてウィンクール監督は、人がいかに他人を支配するか、この場合においては特に男性がいかに女性の心を掌握していくかを吐き気を催すほど丁寧に描き出していくのだが、この不快感はある場面において最高潮に達する。シャルコー教授はオーギュスティーヌを多くの教授が集まるアカデミーへと連れていく。そこで当時はまだ発展段階の催眠療法を彼は駆使することで、オーギュスティーヌの痙攣を人為的に発生させる。彼女が床をのたうち回る様を教授たちーー彼らは全員男性だーーはある種の興奮を以て見守るグロテスクな光景は見世物小屋を彷彿とさせるほどだ。そしてシャルコー博士は言う、この症状こそが私たちが今研究している"ヒステリー"の実態なのですと。

見えてくるのは"Augustine"という物語の描こうとしているテーマだ。つまり今作は今後の長きに渡って女性を悪辣な形で規定する"ヒステリー"という偽りの概念がいかにして生まれたのかを描いているのだ。そこには男性→女性の支配関係が密接に関わってくる。オーギュスティーヌとシャルコー博士の関係性は複雑さを増していく、彼女は症状を通じて今まで意識すらしなかった――しかし確実に彼女にとって重荷となっていた――性的抑圧の存在に気づき対峙せざるを得なくなるが、その苦しみは唯一の希望であるシャルコー博士への依存を誘発し、彼の名声のために搾取されることとなる。二者間の愛と憎しみは意外な道を経ながらも苛烈さを増していく。

そして今作が秀でているのは、この"ヒステリー"の誕生が彼女たちの手から離れ、社会システムに組み込まれる様までを忌憚なく描き出している点にある。それは2者の対立の最終地点、それぞれの剥き出しの感情が引き起こす結果であり、後にはシャルコー博士の弟子であるフロイトへ受け継がれ、そして現在にも確かに根強く残り続けている。個人にはどうしようもない大いなる抑圧、その始まりの風景が"Augstine"に刻まれている。

2015年には監督としての第2長編「ラスト・ボディーガード」を手掛ける。アフガン派兵でPTSDを患った男が富豪の元でボディガードとして働くこととなり、そこに住む美しい妻に行為を抱くのだが……という作品でマティアス・スーナールツダイアン・クルーガーが共演、"Augustine"で見せた不穏な演出がここで更なる深まりを見せているそうで"ヒッチコック的スリラー"とも評されている。日本では5月にWOWOWでプレミア放送、ソフト化はいつになるかはまだ未定だが観たらレビューを書く予定だ。ということでウィンクール監督の今後に期待。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
その133 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景

アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して

さてノルウェーである。以前"The Sleepwalker"Mona Fastvoldを紹介した(この記事を読んでね!)のだが、彼女の活動拠点はアメリカなので、今回はノルウェー現地で活躍する新鋭を紹介していきたい訳だが、考えてみればデンマークスウェーデンといわゆるスカンディナビア3国で一番影が薄いのがノルウェーなのではって感じだが皆さんどうだろう、ノルウェー映画ノルウェー人俳優、ノルウェー人映画監督、思いつくだろうか。昔から活躍している人物だとベント・ハーメルくらい?

私はテン年代以降が対象なので昔の人物はほぼ思い出せないのだが、テン年代には1人デカい若手がいる、それがヨアキム・トリアーである。未だ長編は3作のみだが世界で滅茶苦茶評価され、日本では特集上映で「リプライズ」オスロ、8月31日」が公開されていたりする。最新作は去年のカンヌでお披露目された"Louder than Bombs"、戦場カメラマンであった母/妻の死が家族に波紋を巻き起こす様を描いた作品で、イザベル・ユペールジェシー・アイゼンバーグガブリエル・バーン出演などかなり豪華で評判も上々、日本公開決まらないかなとかずっと思っている(決まらなくても米iTunesで配信されたら観て、紹介記事書くけども)。

ということで余り関係のない前置きが長くなってしまったが、今回は"文芸エロ映画に世界が見えてくる"特別編として、何か近親相姦ものっぽく仕立てあげられてしまった「妹の体温」とその監督アンネ・セウィツキーを紹介していこう。

アンネ・セウィツキーAnne Sewitskyは1978年1月12日、ノルウェーオスロに生まれた。リレハンメルノルウェー映画学校出身。2006年に少女が父親のガールフレンドに恋をする短編ロマンス"Hjerteklipp"で監督デビュー、続いて2008年には第2短編"Oh, My God!"を製作、今作は少女の性の目覚めをユーモラスに描き出した作品で、ベルリン国際映画祭の子供映画部門Generation Kplusで最優秀短編賞を獲得するなど話題になる。

同年シングルマザーの女性が離れ島で生活する姿を描いたTVドラマ"Himmelbla"の演出を数話担当した後、2010年には初の長編映画"Sykt Lykkelig"を手掛ける。カヤの家庭は絵に書いたように幸せな物、なのは見かけだけ、夫婦は長い長いセックスレスに陥っていた。そんなある日、隣に誰もが羨むようなカップルが引っ越してきたのをきっかけにカヤの人生は大きく変わっていく……この作品はサンダンス映画祭のワールドシネマ部門、セビリア欧州映画祭で作品賞、ノルウェーアカデミー賞のアマンダ賞では主演男優賞を獲得することとなった。

2011年には第2長編「真実の恋」を監督する。ノルウェーの人気児童文学作家Vigdis Hjorthの同名原作を映画化した今作は、10歳の少女アンネとクラスの人気者エレンが、転校生の少年ヨルゲンを巡って恋のバトルを繰り広げる初恋物語で、日本でもトーキョーノーザンライツフェスティバル2013で上映された。そして2012年から2013年にかけてとあるコメディアンの人生を描いたモキュメンタリードラマ"Helt Perfekt"を手掛けた後、2015年には第3長編「妹の体温」を監督する。

スローモーションに浮かび上がるのは、1人の女性の美しき舞い。彼女は腕を羽根のように広げて、白鳥の舞いを踊り続ける。女性の周りには無邪気な笑顔の子供たち、見よう見まねで雛鳥のダンスを踊っている。かけがえのない幸福感に満ちた風景、だがその中心にいる女性の心に深い孤独が巣喰っているのを、彼女以外には誰も知らない。

今作の主人公はシャルロット(「リプライズ」インネ・ウィルマン)という若い女性、彼女は講師として子供たちにダンスを教えている。同僚で親友のマルテ(シリエ・ストルスタイン)や彼女の弟で恋人のダグとの関係も良好、彼女は何不自由ない日々を送っている筈だった。しかしアルコール中毒だった父が病に倒れ、余命幾ばくもない状況に陥ってしまう。母のアンナ(「ナイト・ウルフ 武装襲撃」アネッケ・ヴォン・デル・リッペ)は気丈に振る舞っているが、シャルロットにはその態度がある種のよそよそしさに思えて彼女への反発を抑えられないでいる。

不安な日々が続く中、シャルロットはオスロに異母兄弟のヘンリック(「マスタープラン」シーモン・J・ベリエル)が越してきたのを知る。ヘンリックは母がスウェーデンに住んでいた頃に生んだ子で、今まで会ったことは1度もない。彼女は何度か家を見に行くのだが、中に入る勇気はない。そんなある日、彼の方からシャルロットの元へやってきて彼女の行為を咎めてくるのだが、それをきっかけに交流を始めた2人は、その関係を越えて徐々に惹かれあっていく。

抑えられた色調と灰の空から舞い散る雪、そんなノルウェーの芯まで冷やされる景色にセウィツキー監督は2つの孤独が近づいていく様を紡ぎだす。シャルロットは母がついていた嘘を知り、ヘンリックは母への親しみと嫌悪の入り交じる感情を告白し、2人は夜のオスロへと繰り出すこととなる。ここで流れるのがBon Iver"The Wolves(Act 1& Act 2)"だ。映画ファンには「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」&「君と歩く世界」まさかのED丸かぶり事件でお馴染みだが、この清洌なる美しさを宿した旋律を自分の映画で使いたくない監督がこの世にいるのか?といった風に堂々と流れる。それ故に効果は絶大で、大地からその足が離れることのなかった陰鬱な雰囲気が、見る間にリリカルな夢見心地の夜景へと姿を変える。この一夜こそ私たちのもの、共有されるその思いが2人を急激に近づける光景は限りない説得力に満ちる。この景色は、しかし幸福の幕開けとはなり得ないが。

「妹の体温」という邦題が示す通り、いつしか2人は肉体関係に陥ることとなる。だがこの邦題は文芸エロ映画として売るためにつけられたまでで、近親相姦は彼女のある思いの表象の1つでしかない。つまりは家族という名の繋がりが欲しいという思いの。

シャルロットは"普通の"家族に恵まれなかったことを気に病んでいる。父がアルコール中毒であったのは勿論だが、彼女にとって重荷になっているのは母アンナの存在だ。彼女は独立心が強く、現在も仕事に邁進する一方で大学にも通い、アメリカ文学フェミニズムについて学んでいる。アンナは夫の病室でシャルロットに自分の執筆した論文を朗読するが、その姿にこそシャルロットは怒りを覚えるのだ。小さな頃から自分のことばかりで娘を構ってなどくれない、強い自立心はそのまま放任主義となり、シャルロットは愛の不在を強く感じながら成長することとなってしまった。

彼女のこの愛の飢えは、一時期親友のマルテの存在によって癒されていた。彼女はシャルロットを家族として向かい入れ、弟のダグは自分を愛で包み込んでくれる。だがシャルロットはマルテの結婚式の際、新郎が祖母からもらい受けたというプレゼントの首飾りをこっそりと盗んでしまう、まるで姉への悪戯を企てた妹のように。セウィツキー監督はシャルロットを、家族が欲しいと願いながら、その関係性に横たわる適切な距離感という物を理解できない人間として描き出す。だからこそ同じ母に見捨てられたヘンリックに惹かれ、いつしか2人は擬似的な夫婦関係にまで発展していく。だがそんな関係が長く続く訳もない。

この作品は英題を"Homesick"という。彼女にとっては痛烈なのが、この郷愁とはつまり彼女の心のなかにのみ存在する"家族"への郷愁であることだ。ダンス教室に通う子供たちには抱き締めてくれる家族の存在がある、だが私には本当にそうして欲しい相手はいるの?……ここまで彼女を追い詰めるからこそラストの過程をすっ飛ばした、取って付けたような救いはこの映画にとって瑕疵にしかならないのが残念な所だが、それでも「妹の体温」には凍てついた孤独の焦土に取り残された女性の、受け入れられたい、愛されたいという切実な叫びを聞かずにはいられない。

セウィツキー監督の最新作は"Hjemlengsel"オスロ出身のフィギュアスケート選手ソニア・ヘニーの生涯を描き出す伝記映画だそうで、2015年12月時点では撮影開始は16年の8月に予定しているという。他にもTVドラマ"Monster"の製作も進行中。ということでセウィツキー監督の今後に期待。

関連記事
パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
今作は2月に発売の文芸エロ映画だが、1月に出た作品がセルビア産のこの映画。序盤はSNSの時代が不安や独占欲に与える新たな形を描いた、まあ結構良くありそうな作品なのだが、後半になるにつれ余りにも不可解なSNS時代の幽霊譚へと変わっていく様はスリリングで必見、いや皆騙されたと思って観てみなさいって。

Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
冒頭で少し紹介したノルウェーもう1人の新鋭Mona Fastvoldについての記事。パートナーであるブラディ・コーベットと共に、長編デビュー作"The Sleepwalker"で以て欧米中に不穏の嵐を巻き起こそうとしているコンビ。実はヴェネチアで賞も獲ったコーベット監督のデビュー長編"The Childhood of A Leader"は元々彼女の次回作でした。

参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/sewitsky-anne
http://blogs.indiewire.com/womenandhollywood/tiff-2015-women-directors-meet-anne-sewitsky-homesick-20150913

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独

クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……

さて、ブルガリアである。何でもブルガリアは年間映画製作数3本という少なさだそうで、そりゃ日本でブルガリア映画なんて観る機会ほぼないよなという。最近、と言っても5年前だがカメン・カレフの監督作で東京国際で作品賞も獲得したソフィアの夜明けが公開されたが、それ以外は殆ど来ていない。ちなみにカレフ監督、最近どうしてんのかなと思って検索したら精力的に作品を作っていて、2015年にはフランスを舞台にブルガリア人の情報屋とロマの娼婦の出会いを描き出した第3長編"Tête baissée"を監督、ブルガリアの映画祭で賞を取るなんかもしていた。ということで今回は知られざる東欧ブルガリアの新鋭クリスティナ・グロゼヴァと彼女の長編デビュー作「ザ・レッスン 女教師の返済」を紹介して行こう。これも何か文芸エロ映画みたいな邦題つけられちゃって……

クリスティナ・グロゼバ Kristina Grozeva は1976年ブルガリアのソフィアに生まれた。2005年にはソフィア大学でジャーナリズムの学位を取得後、演劇映画芸術アカデミー(NATFA)で監督業について学ぶ。

2004年の"Toshka i Toshko"は嫌われ者とスリの出会いが巻き起こす大騒動を白黒サイレント映画の形式で描き出したコメディ短編、2008年の"Ptitzi Bozhii"(英題: Birds of Heaven)はブルガリアの山奥の寒村を舞台に、村の住民と観光客が文化と言語の違いを越えて友情を育む姿を綴る作品で話題になる。

夫であるペタル・ヴァルチャノフとの共同製作は2009年の短編ドキュメンタリー"Parable of Life"から始まり、2010年のTV映画"Avariyno Katzane"(英題: Forced Landing)は恋、夢、友情、すべてを失った2人の男が過去の記憶を巡る姿を描く作品で、ブルガリア長編映画祭「黄金のバラ」では特別賞を獲得した。そしてこの勢いに乗り製作された2012年の短編"Skok"は、独身の中年男性がとある豪邸で友人の留守を任されたのだが、そこに現れた水道メーターの検針者の存在が奇妙な愛の風景へ彼を誘うこととなる……といった作品でブリュッセル短編映画祭やクレルモン=フェラン国際短編映画祭で作品賞を獲得、大きな話題となる。そして2014年彼女たちは初の長編映画「ザ・レッスン 女教師の返済」を手掛ける。

お金を盗んだ者は正直に名乗りでなさい、教師のナデ(マルキタ・ゴシェヴァ)は黒板の前に立ち、生徒たちに向かってそう告げる。無表情を張りつける者、ニヤニヤと唇を歪ませる者、名乗りでる奴がいないか周りを見渡す者、だが自分ですと名乗る者は現れない。気まずい沈黙、淀んだ空気。お金を盗んだ者は正直に名乗りでなさい、ナデは再び声を響かせる、だが誰も応えることはない……

不誠実な生徒たちに怒りを覚えながら、ナデ自身もお金の問題を抱えていた、とにかく散々たるほどに貧乏であるという問題を。夫のムラデンは職にもつかず酒浸りの日々、そのクセ最愛の娘デアはいつも家にいる夫ばかり慕って面白くない。家計の助けに副業として英語の翻訳もやっているがATMには一向に給料が入ってこない、責任者に詰め寄っても"今度払う、今度……"と埒が空かず、イライラは募るばかり。そんな彼女に特大の不幸が舞い込んでくる。市の職員突然の訪問によって発覚したのは、夫が趣味の車にローンの返済金を注ぎ込んでいたこと、期日内に金を払わなければ家は抵当に入れられてしまう。そしてナデは何とか金を用意しようと、あちらこちらを駆け回るハメになる。

物語に通底するのは胃がキリキリと痛くなるほどのリアリズムだ。ナデと夫ムラデンの関係性は余り良い状態とは言えない。ナデは苦境の穴にすっぽりと嵌まってしまったムラデンを労りながらも、テストの採点に忙しいナデが彼に皿洗いを頼むと、夫は後でなと言ってからドダン!!!と露骨な不機嫌さで以てドアを締める。監督たちは両方の抱えるモヤモヤをスクリーンに染み渡らせる。そしてナデと生徒たち、盗まれた金について両者が対面する時のあの雰囲気、大人という人種の存在への恐れ、それでいて教師という人種を舐め腐るような軽蔑、教室にはこの2つが奇妙に合わさった空気感が生々しく漂っている。

しかしこの「ザ・レッスン」において特徴的なのは、表面上・演出上はウンザリする程のリアルさが貫かれながら、脚本は精緻に組み上げられており、正に映画的としか形容できないサスペンスの興奮に満ちている点だ。ナデは金を集めるため、疎遠だったクソったれな父親の元へ行ったり、何とか給料を前借りしようとしたりと万策を尽くし一応金は用意できる。だが此処からなのだ、お役所仕事という名の不運がナデの頬骨をブン殴ってくるその時は。文字通りに駆け回ることになるナデが何か1つ取り繕うと、また別の問題が持ち上がりそれを解決したかと思えば、良かれと思ったことが裏目に出て全てが彼女に跳ね返り、往復ビンタのように観る者を襲う。学校のトイレでヒイヒイハアハア、バスの中でヒイヒイハアハア、銀行の窓口でヒイヒイハアハア、公園の噴水でヒイヒイハアハア、監督たちの巧みなストーリーテリングは計算された不幸の釣瓶落としによってナデの、そして私たちの胃をグルグルグルグル回しまくるのだ、もう勘弁してくれ!

こうして冷たいリアリズムと現実離れしたサスペンス、2つの良いとこ取りで展開していく物語に浮かび上がってくるのは社会への静かな怒りだ。官僚主義的な社会体制は弱者のみを押し潰し、踏みにじる。その抑圧は些か滑稽でもありながらその実致命的だ。それによって疲弊していく、もしくは現在進行形で憔悴していっている人々の呻き声はそのままナデを演じるの渋面に見えてくる。ノオミ・ラパス似の硬質な面持ちからは表だって感情が表れることは少なくとも、内奥にドロつく苦しみの滲み方は酷く雄弁だ。そして惨めで情けなくて涙すら枯れ果てる状況に陥った彼女の行動は、そのまま監督たちが私たちに提示するモラルへの問いとなる。「ザ・レッスン」は官僚主義と資本主義の冷や水に1人の弱者の顔を容赦なくブチ込む作品だ、だが彼女の破れかぶれの一発は弱き者たちの渾身の叫びとして胸を打つだろう、それは良い意味でも悪い意味でも。

「ザ・レッスン」テッサロニキ映画祭で銅賞と脚本賞東京国際映画祭では審査員特別賞、トランシルヴァニア国際映画祭では監督賞・主演女優賞を獲得するなど話題になった。ということで監督の今後に期待。

参考文献
https://iffr.com/en/persons/kristina-grozeva/(監督プロフィール)
http://www.cineuropa.org/ff.aspx?t=ffocusinterview&tid=2745&did=263828(監督インタビューその1)
http://blogs.indiewire.com/womenandhollywood/tiff-women-directors-meet-kristina-grozeva-the-lesson-20140904(監督インタビューその2)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印