鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景

と、いうことでBenjamin Dickinsonに続き、ポスト・マンブルコア世代のインディー作家を紹介していこうのコーナー第2弾。紹介するのは、オリヴィア・サールビー主演作品"Red Knot"で監督デビューを果たしたScott Cohen(と言いながら、今回はほぼ"Red Knot"のレビューです)

Scott Cohenはニューヨークを拠点とする写真家。ショートフィルムやドキュメンタリーを撮影しながら、その一瞬を写真として切り取り、作品を作り上げる手法をとっている。代表作には“An Finished Ballad”など。演劇界ではアンドレ・グレゴリーの“Bone Songs”にも携わり、そして旅行記“My Great Descent”を執筆するなど、活動は幅広い(公式サイトはこちら)。そんなCohen念願の長編初監督作がこの"Red Knot"である。

結婚したばかりのとある若い夫婦、妻クロエ(ジャッジ・ドレッドオリヴィア・サールビー)と彼女の夫で作家のピーター(「マッドメン」ヴィンセント・カーシーザー)は、探査船"Red Knot"に乗ってアルゼンチンから南極へと新婚旅行に出かけることとなる。最初の頃は旅行を楽しんでいた2人だったが、ピーターが鯨の生態を研究しているという動物学者ロジャー・ペイン(あのロジャー・ペイン本人である)に仕事で付きっきりになるにつれ、 クロエは孤独を深めていく。更にピーターがひた隠しにしていた計画を彼女が知ってしまったことで、2人の仲は険悪なものとなってしまう。そうして怒りに震えるクロエの姿を、船長のエマーソン(ロケッティア」ビリー・キャンベル)は言葉もなく見つめている。

ともすれば陳腐になりそうなこの物語が、海と氷の上で繰り広げられる、どこか微睡みにも似た愛の寓話に仕上がっているのは、Cohen監督の確かな審美眼によるものだろう。彼と撮影監督Michael Simmondsは3人の周りに広がる美しい光景の数々を丁寧に切り取っていく。白い泡と共に揺れる青い海、途中に寄る島には数百匹のペンギンがぼうっと突っ立っている、今度は溶けた黒い鉄がうねるような海、そうして到来する橙色の海にその姿を見せるクジラたち……凍てついた荘厳さを伴いながら、息を呑むような美しさが幾度となく映し出されていく。

“南へと向かうにつれて黄昏が引き伸ばされていくみたいだ、ここには昼も夜も存在しない”ピーターは日記にそう記す。世界がそんな曖昧さへと向かっていくと共に、登場人物たちの、言葉では表しきれないだろう感情の機微というものが画面から浮かび上がるようになる。“私のいるべき場所はたぶん、ここじゃない”と静かに揺れるクロエ、彼女の心が離れていくのを感じながらその理由が分からず苦悩するピーター、そしてクロエと短くも親密な交流を果たすエマーソン……

この風景を私たちは三角関係と呼ぶのかもしれない――実際に劇中でポランスキーの「水の中のナイフ」が引用される――しかしそう言い切るには、奇妙なほどエマーソンの存在が希薄だ、まるで海の向こうに見える蜃気楼のように。ピーターとクロエはその蜃気楼の向こう側に互いを見つめることになる。そして自分に問うこととなる、それでも彼女/彼と再び唇を交わすことは出来るのだろうか、と。

Garth Stevensonが手掛ける清らかな音の彩り、まるで凪の波間をたゆたうようなDominic LaPerriereによる編集のリズム……私たちはとある船の一室、その柔らかなベッドに寝転がりながら、"Red Knot"に、クロエとピーターが直面する愛の試練にまどろむのだ。そしてどこからか聞こえてくるSimone White の歌声の中で、 白い霧に包まれ深い眠りに落ちるだろう。しかしこの"Red Knot"という夢はいつまでも忘れ去られることなく、例えいつしか目覚めたとしても、きっと私たちの心に残り続ける、いつまでも残り続けるのだろう。

日本版iTunesでレンタル、販売中(英語字幕付き)