鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

怒りの解剖学「人生スイッチ」

雨の降りしきる夜、そのダイナーには一人の客すらもいない。ウェイトレスのモサ(フリエタ・ジルベルベルク)がぼうっと外を眺めていると、駐車場に車が止まり、眼鏡の男が店に入ってくる。注文を聞きにいく彼女だったが、様子がおかしい。キッチンに急ぎ足で逃げ込み、彼女は震えながら泣き出す。そして店主(リタ・コルテセ)に対してこう言う。「あの男が、私の家族を破滅させたんです」

アルゼンチンの俊英ダミアン・シフロン監督作「人生スイッチ」は人間が持つ怒りについてをテーマにしたオムニバス映画だ。しかし怒りと聞くと、髪を逆立たせ、眼をかっ捌き、全身が真っ赤に染まる、そんなイメージが先行し、それをテーマにするなら映画自体も全編ハイテンションな仕上がりなのだろうか?と思うかもしれない。しかしこの作品は、むしろそんな展開を巧妙に避けていきながら、怒りの多様性を描き出していく。

しかしこう書いたとしても、序盤を観る限りでは信じられないかもしれない。序盤は英題の通り野性的(原題はRelatos Salvajes/Wild Tales)というより、話の作りが雑としか言いようがない展開が続く。尺が短い分だけ切れ味は鋭いが、その黒ずんだ笑いの刃が肉に深く食い込んでくるかと思えばそうではない、付け焼き刃は途中でボキリと無惨に折れるしかないのだ。だが一本一本の尺が長くなるにつれ、シフロン監督の描きたい物がはっきりし始める。

「ヒーローになるため」の主人公は建築会社に勤めるシモン・フィッシャー(「瞳の奥の秘密」リカルド・ダリン)だ。この日は建物の爆破解体を終わらせてすぐ、彼は車でケーキ屋へと向かう。今日は娘の誕生日だ、いつも家族を放って仕事にかまけている分、盛大なパーティを……そう思っていたシモンに不運が舞い込む。ケーキを買っている最中に、車が駐車違反と見なされレッカーで移動させられてしまったのだ。罰金を払い家に帰ろうとするシモンだったが渋滞にハマってしまい、帰る頃には誕生会は終わっている。レッカー移動がどうだとか役所はこれで金稼いでやがるんだと言い訳に文句を重ねるシモンに妻は言う「もう限界、離婚しましょう」そしてシモンは違反キップを手に役所へと向かう……

このエピソードで描かれるのは社会に対する怒り、つまり義憤だ。車をレッカー移動させられる度に人生が捻曲がっていくシモンの心には、腐敗した社会への怒りが募っていく、と言ってもそれを行動として表現できる訳ではない、社会人としてグチグチとした文句として何とか処理していくしかないのだ。しかしいつしかシモンは知る、それでは駄目だ、それでは何も変わらない、俺がこの手で腐った社会を変えるんだよ!……こうして一個人の怒りが社会に対してどう作用し、どんな影響を与えるのか、シフロン監督はそんな寓話を描き出していく。

そう「人生スイッチ」を構成する6つの物語は、それぞれに異なる怒りのついての寓話なのである。しかし先述の通りハイテンションに堕することはなく、むしろ物語をまなざすシフロン監督は冷静そのものだ。1つの怒りがどう生まれていき、どう膨れ上がっていくか、そして派手に爆発するにしろジワジワと発露していくにしろどう炸裂し、どのような結果を生み出すのか、そんな怒りのプロセスという物を丁寧に描き出す。その上で例えば過剰さ(ウンコ、ゲロ、妙にドロついた血糊etc……)、例えば展開の飛躍(はあ?!そんな展開ありかよ!)という、私たちが寓話に期待するだろう要素も兼ね備えた上で怒りの多様性を解剖していく、ここに「人生スイッチ」の面白さがあるのだ。

そしてこの作品全体を象徴するような出来となっているのが「Happy Wedding」だ。結婚式当日、純白のウェディングドレスを身に纏うロミーナ(エリカ・リバス)は幸せの絶頂にあった、のも束の間、彼女は来場客の中に怪しい女を発見する。ピンときた彼女はとある番号に電話をかけてみると、その女に繋がった。ロミーナは夫アリエル(ディエゴ・ヘンティル)を問い詰める。そうして発覚したのはあの女が夫の同僚で、そして夫の元恋人で、というか自分に隠れて夫がヤってた相手だということだ。怒りが炎のように燃え立つのを感じながら、ロミーナは結婚式場を飛び出していく……事態は全く観客が予想しない方向へとうねりにうねりながら更に飛躍につぐ飛躍を重ねるが、怒りの向こう見ずさではなく、それとは真逆の明晰性に裏打ちされているからこそ、この物語はリアリティに溢れた寓話として輝きを放っている。そして私たちは、野性的であるどころか、この「人生スイッチ」が洗練さを持ち合わせる優れた作品であることを思い知るだろう。[B]