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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?

N.Y.を舞台にしたロマンティック・コメディ、アメリカではもう一大ジャンルと言ってもいいだろう。メグ・ライアンの嘘っぱちエクスタシー演技でお馴染み恋人たちの予感シェールがオスカー主演女優賞をかっさらった月の輝く夜にジェニファー・ウェストフェルド&ヘザー・ジャーゲンセン主演「Kissingジェシカ」オードリー・ヘップバーンティファニーで朝食をだってそうだし、あえてここで挙げたい日本では配信スルーになってしまったジェニファー・グッドウィン&ケイト・ハドソン「幸せのジンクス」なんかも素敵な作品だし、8月に日本でも公開されるパトリシア・クラークソン主演作「しあわせへのまわり道」もそんなロマコメと言えるんじゃないかと思う。こうして連綿と続いているN.Y.ロマコメの系譜に新風を巻き起こした映画作家がいる。

デジリー・アッカヴァン Desiree Akhavan 1984年N.Y.に生まれた。両親はイラン人、1980年のイラン革命を期にアメリカにやってきたという。アッカヴァンはTVや映画を観てアメリカ文化を学びながら、10歳から戯曲を書きだし、13歳からは演技することにも興味を持ち始める。彼女はブロンクスの高等学校Horace Mann Schoolに通っていたが、同級生に無視されたりクラスに馴染めなかったりと、辛い学校生活を送っていたらしい。その後、彼女はマサチューセッツ州のスミス大学に入学、そこで映画について学ぶ。22歳からはニューヨーク大学のTisch School of The Artsへ通い、更にロンドン大学クイーン・メアリーへと留学、そしてアッカヴァンは「ハンパな私じゃダメかしら?」の製作も担当することになる生涯の盟友Cecilia Frugiueleと出会う。“私は留学先のロンドンで彼女と出会いました。(中略)彼女はいつだって私のやりたいことを理解していますし、彼女の考えは私の作品を更に面白くしてくれるんです”*1

留学を終えアメリカに戻ったアッカヴァンは2010年、2つの作品を監督する。まず1つが短編作品"Nose Job"だ。主人公はイラン系アメリカ人のRoya(Nikki Amirsaleh)、スーパーモデルになるという夢があるが彼女に投げ掛けられるのはこんな言葉だ「あなたのお母さんってすごく綺麗!」自分より美しい母がコンプレックスなRoyaはとうとう鼻を整形することに決めたのだが……*2

そしてもう1つが彼女を一躍有名にしたWebドラマシリーズ"The Slope"だ。 “Superficial, Homophobia lesbians 浅はかで、ホモフォビアレズビアンカップル”がベラベラ喋りまくるこのコメディ作品でアッカヴァンは高く評価され、共同クリエイターのIngrid Jungermannと共に米国の映画サイトFilmmaker選出“2012年期待の新人インディー映画作家”の1人に選ばれることになった。

"The Slope"の成功を期にアッカヴァンは長編映画製作に取り掛かるが、ネックは製作費である。しかしそこで手を差し伸べてくれたのがCecilia Frugiueleだった。その頃彼女は英国のParkville Picturesという映画会社に勤めており、Frugiueleは米国における"The Slope"高評価についての話も交え同僚たちを説得、そしてアッカヴァンはFrugiueleの尽力で長編デビュー作を監督できることになった訳だ。その作品こそ"Appropriate Behavior"a.k.a.「ハンパな私じゃダメかしら?」である。

シリーン(アッカヴァン)は恋人だったマキシーン(Rebecca Henderson)と別れたばかり。しかし、プレゼントとして贈ったのに最終的に突き返された大人のおもちゃが思い出の品のように感じられて捨てられなかったり、マキシーンの職場に乗り込んで元カノと同じシフトに入れて!と迫ったり、完全に未練たらたら。その他に気がかりは幾つもあって、まず家族に自分がバイ・セクシャルだとカミングアウト出来てないこと。イラン系の伝統的な家庭で育ったゆえに、自分のことを拒絶するんじゃないかと不安なのだ。そして仕事のこと。無職になっていた彼女は友人クリスタル(Halley Feiffer)のツテで、子供たちに映画について教える仕事につけたのだが、誰も彼も自分の話なんか聞いてくれずプライドはズタズタ。そんな中で、マキシーンとの思い出が頭に浮かんできて、シリーンの心は掻き乱される。こんなんじゃダメだ!とハンパな自分に別れを告げて、彼女は新たな一歩を踏み出そうとするのだが……

と、いうことで、シリーンの冒険が始まる。彼女は出会い系サイトを使って良い感じのイケメンとセックスしたり、自分をナンパしてきたカップルに付いていって3Pしたりと、マキシーンを忘れるためならととにかく色々試してみまくる。アッカヴァン監督はそんな彼女の苦闘を、思わずニヤニヤしてしまうような間の抜けたユーモアと共に描き出していく。個人的には特に3Pしてる場面はすっごくいい。初めての経験にドキドキしたは良いが、みるみる内にその現実に萎えていく。人がしらけていく過程をこうも克明に映し出したシーン今までなかったんじゃないかって感じだ。

それなのに、何だか妙な切なさを感じるのは、この映画が“失恋の傷はどう癒えるのか?”というテーマを丁寧に描きだしていくからであり、この映画が他のロマコメと一線を画す理由もここにある。恋人のことなんか思い出したくないのに、発作のように2人の思い出が頭に浮かび上がってくる時、それはもちろん時系列順であるはずがなくて、良いこと悪いこと出会った直後別れる直前、色々なことがごちゃまぜになって浮かんできて、あああああああ……となってしまう、一度でも失恋したことがある人ならそんな経験あるあると思うんじゃないだろうか。シリーンも正にそうで、何かを見るたびマキシーンを思い出してしまう、セックスのマンネリを打破するため“税務署プレイ”(どんなプレイかは観てのお楽しみ)をやってみた時、初めてキスした時、ああ、最悪の別れ方をしてしまったあの瞬間、ああああ……そのたびシリーンは渋い顔になり、ヨリを戻したいとかもう忘れなきゃとか揺れまくる。でもこれが必要なのだ、“思い出という痛みと対峙すること”“思い出という痛みと共に今を生きること”この2つを同時にやっていかなくちゃならない、辛いけどこれが必要なんだよな……とアッカヴァン監督は伝える。

そうして失恋の傷が癒えていくにつれ、彼女は分かり始める。イラン系一家自慢の娘、意識の高いバイセクシャル、かなりイケてるヒップスター……自分はそのどれにもなろうとして、結局どれにもまともになれやしない、でもそれで良いんじゃないの?と。どれでもあるけど、どれでもなくて、他人にどれとか括られるんじゃなく、ましてや自分ですらどれだか括れない、そんなハンパさこそ“私”なんだと。そうしてハンパさを受け入れたシリーンがラストに見せるある行動は、ささやかだけども、私たちに勇気をくれるだろう。「ハンパな私じゃダメかしら?」は良く良く考えるとド下ネタばかりだったのに、しみじみ良い映画だったなぁ……とそんな余韻に浸れる、とても素敵なロマンティック・コメディなのだ。

「ハンパな私じゃダメかしら?」は2014年のサンダンス映画祭で高く評価され、サンディエゴ・アジア映画祭ではGrand Jury Prizeを獲得、プロヴィンスタウン国際映画祭では優れた女性監督に贈られるTangerine Entertainment Juice Awardを受賞することとなる。そしてこの映画を観たレナ・ダナムジェニー・コナーがアッカヴァンを"Girls"シーズン4に起用したりと、「ハンパな私じゃダメかしら?」によってアッカヴァン監督、かなり、かなーりアメリカで来てるのである。デジリー・アッカヴァンの今後には、本当に、本当に注目である。


アッカヴァン監督が、好きな映画であるリサ・チョロデンコ監督作「ハイ・アート」について語るの図。その他、ウディ・アレンノア・ボーンバック監督作、更にカトリーヌ・ブレイヤ「処女」アニエス・ヴァルダ「冬の旅」が好きだそうです。

参考文献
http://www.theguardian.com/film/2015/mar/05/desiree-akhavan-appropriate-behaviour-not-being-iranian-bisexual-lena-dunham(監督インタビュー)

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