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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ

2010年「オフサイド・ガールズ」で日本でも有名だったジャファール・パナヒ監督がイラン当局によって逮捕され“懲役6年、出国禁止20年”などの刑を言い渡された。しかしこの後も「これは映画ではない」「閉ざされたカーテン」を監督、さらに最新作"Taxi"でベルリン国際映画祭金熊賞を獲得したことは記憶に新しい。そんな中でパナヒ監督と共にイラン当局によって逮捕されながらも、映画を作り続けるもう一人の監督の存在が日本では余り知られてないように思われる。ということで、今回は映画監督モハマド・ラスロフ Mohammad Rasoulof について取り上げていきたい。

モハマド・ラスロフ監督は1972年、イランのシーラーズに生まれる。シーラーズ大学では社会学を専攻、そしてテヘランのSooreh大学では編集を学んだという。監督デビューは1991年の"Friday"、その後も1999年まで短編やドキュメンタリーをコンスタントに製作するが、3年間の沈黙を経て2002年に長編デビュー作"Gagooman"(英題:Twilight)を製作する。

獄中で2人の囚人が結婚を果たす。会えるのは週に1度だけだ、狭い独房の中で2人は愛し合う。いつしか2人の間に子供が生まれ、それがきっかけで有罪判決は撤回、家族は予期せぬ自由を得ることとなる。しかし平凡で幸せな人生をと前に進もうとする3人の前に、苦い現実が立ちはだかる。この作品はファジル国際映画祭でクリスタル・シモロフ新人監督賞を獲得、ラスロフ監督はイラン期待の新人監督として名を馳せる。そして2005年には長編2作目"Jazireh Ahani"(Iron Island)を監督する。

青い海に浮かぶのは、不気味な白と錆つきの茶色に包まれたオイルタンカーだ。そこは貧困を窮めた末に住む場所すらなくなった人々を受け止める鉄の島だ。船長であるネマット(Ali Nassirian)を中心として、人々は最後の希望にすがり付きながら何とか生きている。しかしなに食わぬ顔で住民たちに施しを与えながらも、船長は知っている、鉄の島で教師を勤めている男が彼に言うのだ、この船は日に日に沈んでいる、いつかはきっと海の底へと消えていく運命だと。

船が国に例えられるというのは、映画にしても小説にしても創作物には頻出するイメージと言える。最近の作品としては韓国映画「海にかかる霧」が挙げられるだろう。貨幣経済の停滞を背景にして、韓国という国と一体化していた家父長制が崩壊していく様を劇的なまでの激烈さで描き出すことで「海にかかる霧」は船と国の重なりに大いなる神話すら宿らせていた。対して""は牧歌的と形容したくなるほどの弛緩した雰囲気で物語は進んでいく。集落の人々はどのような生活を送っているだろう、教室ではどのような授業が行われているのだろう、あの老人は佇んだまま一体何をしているのだろう、あの子供は船の奥底で一体何をしているのだろう……そんな船上での生活風景が丁寧に描かれていく。その一方で、既に約束された破綻を知る船長はある動きを見せる、そして崩壊は緩やかに進行していくこととなる。

崩壊過渡の象徴として私たちが目の当たりにするのは青年アフマッド(Hossein Farzi-Zadeh)の悲劇だ。彼は船長の部下として働きながら、ある少女に恋をしていた。しかしそれは許されない恋だ、少女の父にはお前を殺すと宣告され、恩人である船長にも彼女には近づくなと釘を刺されている。それでも行動を止めないアフマッドは、ある事件がきっかけとなり、共同体に混沌を生み出す異分子として罰を受けることになる。ラソロフ監督はその拷問を5分間延々と撮し続ける、苦しみの極致にまで追い詰められるアフマッドの姿を撮し続ける、そしていつしか私たちの視線が彼を眺める群衆に重なることに気付き愕然とする。崩壊はもう、すぐそこにある。

監督はこの作品でなど数々の賞を獲得するが、折しも2005年保守派アフマディネジャド政権が樹立する。イランを批判する内容の映画を作っていた彼は映画を製作するどころか、自分の映画をイラン国内で上映することも難しくなってしまう。しかしそんな状況でラソロフ監督はイラン政府の検閲を批判するドキュメンタリー作品"Baad-e-daboor"を2008年に、更に長編3作目"Keshtzar haye sepid"(The White Meadows)を監督する。

Rashmadは島から島へと旅をしている。その目的は住民たちの“痛み”そして“涙”を集めることだ。しかしそれらが何に使われるのかを彼以外には誰も知らない。この作品は現在のイランで芸術家たちが置かれた苦境を映像詩という形を以て描こうとする作品だ。不寛容、残酷さ、当惑……この""はデンヴァー国際映画祭、ドバイ国際映画祭、ダーバン国際映画祭で最高賞を獲得した。しかしそんな彼にイラン政府は容赦ない。2010年3月1日、ジャファル・パナヒ監督の自宅で、彼の映画の助監督を務めていたラスロフ監督はイラン当局に逮捕された。ラスロフ監督は何とか釈放されたのだが、その直後から彼は行動を起こす。釈放直後から映画を製作しはじめ、12月に懲役6年の有罪判決を受けながらも(後に減刑)、執念で4作目の長編「グッドバイ」を製作したのだ。*1そして日本で上映された唯一のラスロフ作品でもある。


主人公ヌーラ(レイラ・ザレ)は弁護士だが、妊娠中ゆえに弁護士の資格を停止させられ無職に追い込まれている。更にジャーナリストの夫はイラン当局に目をつけられており、彼女自身も監視下にあった。そしてヌーラは決意する。この国で子供を育てることは出来ない、この国から出ていかなくては未来はない。前2作に見られた比喩的作風から大きく転向し、リアリズムを志向したこの作品でラスロフ監督は2011年のカンヌ国際映画祭ある視点部門で監督賞を獲得、しかし監督は映画祭に出席できなかったという。

ラソロフ監督現時点での最新作は2013年に製作された第5長編"Dast-neveshtehaa nemisoosand"(英題:Manuscripts Don't Burn)である。子供が重篤な病に見舞われた男、神の加護によって念願の子宝を授かった男、2人は自殺に見せかけてある人物を殺すように命令される。ターゲットを拉致し殺そうとしながらその直前、2人は計画を変えざるをえないことに気付く……この作品はイラン国内で秘密裏に撮影され、クレジットにキャスト・スタッフ陣の名前も出てくることはない。それほどにラソロフ監督が映画を作る、その作品に関わることは危険であるということだろう。

"これはドキュメンタリーではありません、真実に基づいていはしてもこれはフィクションなのです。(中略)生存者もいる、証言も回想録も残っている、そして私はこの“事件”に直接関わった人々に実際に話を聞いている、それゆえこの物語はほとんど真実でもあります、しかしあくまでインスピレーションの元なのです。私はこれらの真実を元にして私自身の物語を語ったんです。"とラソロフ監督は語る。"Dast-neveshtehaa nemisoosand"は2013年のカンヌ国際映画祭のある視点部門に出品され、FIPRESCI Prizeを獲得、今回はラソロフ監督も現地入りし好評を見届けたという。*2

“今までずっと私はイランの暗部を描いていこう、掘り起こしていこう、そして精神史においてこの暗部という物がどんな存在か、何故生まれたのか、そしてどのように作用しているのかを明確にしていこうとしてきました”*3そんなラソロフ監督の試みは、イラン全体を広大な比喩で描き出す段階から、アフマディネジャド政権の弾圧を経て、個とイランの対立を描く段階に入っている。この先どのような映画を作るのか、注目していきたい。

参考資料
http://filmex.net/dailynews2011/2011/11/post-21.html(「グッドバイ」監督時のゴタゴタ)
http://eigato.com/?p=6959(「グッドバイ」について)
http://www.festival-cannes.com/jp/readArticlePressRelease/58282.html(「グッドバイ」についての発言)
http://cinema-scope.com/features/features-when-the-salt-attacks-the-sea-the-films-of-mohammad-rasoulof/(ラスロフ監督作についての読み物)
http://www.huffingtonpost.com/2013/05/26/mohammad-rasoulof-cannes-director-banned-festival_n_3338996.html(最新作Manuscriptについて)

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