鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み

さて、あなたは自身の人生をどれほどお尻の穴、つまりアナルに費やしたことがあるだろうか。いや、私は別に今までの人生で何回、排泄行為をおこなったかを聞いている訳ではない、あなたはどのくらいの時間、アナルに思いを馳せたかを聞いているのだ。それともこう質問した方が良いだろうか、貴方にとってアナルとは何だろう?排泄器官、オナニーもしくはセックスにうってつけの性器、もしくは痔の温床たる憎き部位…………そんなこと考えたこともない?アナルだとかケツの穴だとかそういうの下らないと目を背けている?口では面白がってケツの穴ケツの穴、アナルアナルと下ネタとして連呼しながら、いざ自分の体に確かに存在しているたった1つのアナルについては、何の考えすら及ばない?もし貴方がそんな人だったなら、アナルについて、そしてアナルを通じて青春を見つめ直す機会を与えてくれる映画がこのDavid Wnendt監督作"Feuchtgebiete"だ。

が、いつもの通りまず作品を手掛けた監督について紹介していこう。David Wnendtは1977年ドイツのノルトライン=ヴェストファーレンゲルゼンキルヒェンに生まれた。親が外交官だった故にパキスタンイスラマバードアメリカ・マイアミ、ベルギー・ブリュッセルチェコプラハと国を転々とする日々を送る。プラハに住んでいた際には映画学校のFAMUに通い、18歳で最初の短編作品を監督したという。1997年ベルリンに戻ってきてからは、照明技師、プロダクション・アシスタント、編集など様々な仕事をこなしながらベルリン自由大学で経済とジャーナリズムを学ぶ。修士学位を取得後、ポツダムのコンラード・ヴォルフ映画テレビ大学(以前紹介したジョージアの映画作家ナナ・エクチミシヴィリもこの大学出身)で映画について学びながら、2005年短編作品"California Dreaming"を手掛ける。14歳の不良少年を描いたこの青春映画は好評を博し、翌年2008年には、独仏共同出資のTV局アルテで60分のドラマ作品"Kleine Lichter"を監督、そして2011年には卒業製作として長編デビュー作"Kriegerin"を監督することとなる。

20歳のマリサ(Alina Levshin)はネオナチ集団のメンバーとして、外国人に、ユダヤ人に、警察に、ドイツという国を腐らせる全ての存在に対して憎しみの炎を燃やし、仲間と共に暴力で以て彼らを捩じ伏せてきた。しかし彼女はラスルという青年(Sayed Ahmad)と出会う。アフガニスタン難民の彼と交流していくうち、マリサは自分の行動に疑問を抱きはじめる……

"Kriegerin"はチューリッヒ映画祭、ミュンヘン映画祭などで数々の賞を獲得、ドイツ映画賞でブロンズ賞、脚本賞、Alina Levshinが主演女優賞を獲得するなど主にドイツ語圏で高い評価を受ける。そして2013年、シャーロッテ・ローシェの自伝的小説「湿地帯」を原作とした第2長編"Feuchtgebiete"を監督することとなる。

スケボーに乗りながらお尻の穴をボリボリと掻く少女、彼女がこの物語の主人公ヘレン・メメル(Carla Juri)だ。ヘレンは生まれた時からある爆弾をお尻に抱えていた――痔である。そのせいなのか何なのか、幼い頃は母(「キラー・コンドーム」メレット・ベッカー)からトイレは汚れ一つないほど綺麗に!と教育されたものだが、今や彼女は水浸しの野外トイレに裸足で忍び込み、念入りにまんこを擦り付けてから、糞と陰毛のこびりついた便器にドスンと座り、軟膏つきの指をアナルに突っ込むのが快感な、衛生クソ食らえ!ガールに成長していた。

しかし、エキセントリックで楽しい日々を送っていたヘレンに悲劇が訪れる。無駄毛処理をしていた彼女はあろうことかアナルをカミソリでアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!…………ヘレンは流血するアナルを抱えて病院へ。手術後、しばらくの入院生活を余儀なくされたヘレンは看護士のホービン(Christoph Letkowski)と出会う。一目で恋をしたヘレンは彼を巻き込み、妄想も嘘も現実も全部引っくるめた自分の人生という奴を見つめ直していく。

この作品の感触としては、カトリーヌ・ブレイヤ「本当に若い娘」をとびきりポップでキュートにして、タランティーノ並みの時系列シャッフルを施し、そして血まみれのアナルをブチ込んだカミング・オブ・エイジものという感じだ。ヘレンの性の大冒険は、若さに揺らぐアイデンティティーに1本芯を通すための苦闘として描き出される。まずOPの前代未聞アニメーションから始まり、自分のまんこにはどんな野菜が合うのかを入念にテストしたり、親友のコリアンナ(Marlen Kruse)――彼女にもクソッタレなクソエピソードがあったりする――と血まみれタンポンを交換、互いのまんこに入れ直した後、手についた血液を顔に塗りつけあって「これで私たちブラッド・シスターズ!」なんて、正に衛生クソ食らえ!な場面すらある。多分下ネタが苦手な人にはこの映画、拷問レベルに達している程に強烈で過剰なのだ。

そんな過剰さを二乗三乗四乗していくのが、撮影・音楽・編集のコンビネーションだ。「ニック/NICK リベンジ」ヤクブ・ベイナロヴィッチュ Jakub Bejnarowicz の撮影は、日常風景は端正だがキメる所は仰々しいほどキメキメ&極彩色、最近の作品でだとニコラス・ストーラー「ネイバーズ」がこの風景に肉薄しているかもしれない。極彩色の使い方もダサみに堕さないギリギリの格好良さがヘレンの冒険を盛り上げる。更にドッペルゲンガー 凍てつく分身」エニス・ロトホフ Enis Rotthoff が響かせる音楽、PeachesCanned Heatの楽曲と共に現れるのは、鼓膜を拳で殴られるようなビートの数々だ。上に張った予告でも流れている音楽が劇中でもガンガン流れ、否応なく観客のテンションはアガっていく。だが一番魅力的なのが編集だ、「少女は自転車に乗って」アンドレアス・ヴォドラシュケ Andreas Wodraschke による編集はかなり意欲的なのだが、この"Feuchtgebiete"、話の進み方が全くクセ者で、飛びきり下品な現在から飛びきり下品な回想、さらに飛びきり下品な嘘八百から飛びきり下品な妄想――まんこから植物が芽を出した!――まで自由自在に場面を行き交う。まるでトリックスターのヘレンの心と共鳴しあうように。だが戸惑う必要はない、極彩色の氾濫、重低音のバクチク、彼がシークエンスとシークエンスを繋げる時の激流に身を任せられたなら、きっとこの物語は楽しいものになる。

だがこの物語の魅力は、演出が過剰であれば過剰であるほど、むしろヘレンという少女の繊細さが際立っていく所にある。ヘレンがその心に抱える影とはなんだろう、離婚した母と父(ハンナ・アーレント」アクセル・ミルベルク)についてのことだ。2人が離れ離れになり新しい恋人と住んで数年、ヘレンはずっと思っている「親が離婚したことのある人で、もう一度2人が元に戻ってほしいとか思わないって人いる?」だが自分が予期せず入院することになり、見舞いに来た2人が鉢合わせすることを願うのだが、現実はそう甘くない。そうして性の冒険活劇の合間に浮かんでくるのは母との思い出、父との思い出、あんなに楽しかったのに、どうして離婚なんてしてしまったのだろう?……ヘレンの抱く切実さにはコリアンナやホービンとの関係性の行方すら織り込まれていき、複雑さを増し、そして彼女はある選択をする。

この"Feuchtgebiete"ほど、痔という爆弾を抱えた人々にとって激烈な痛みを伴う映画はないかもしれない。実際に痛すぎるシーンもあるが、それ以上にアナルからダイレクトにヘレンの心の痛みを知ることになるからだ。だがその痛みを越えた先には、今までの狂騒から予想できないほど余韻深いラストが待っている。"Feuchtgebiete"はすこぶる奇妙ですこぶる下品だ。しかしかけがえのない青春の痛みが刻まれていて、“若さ”というあの不安な日々を過ごしただろう人々の心を打つ叫びがここには確かに存在している[A-]

Wnendt監督は2015年、第三長編"Er ist wieder da"を監督。これ、去年日本でも邦訳された帰ってきたヒトラーの映画化作品である。現代のドイツに甦ってしまったアドルフ・ヒトラーが巻き起こす騒動を描いたこの作品、「ソードX」オリヴァー・マスッチが演じるヒトラーのヴィジュアルは下の感じ。原作が邦訳されて話題になった意味で、この作品は日本でも公開されそうだ、その流れで"Feuchtgebiete"も来ないかなぁと願いながら、この記事を終えることにする。

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