鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める

とうとう、とうとうこの監督を紹介する機会がやってきた。映画監督ハンナ・フィデル、私が米インディー映画界で最も注目している監督のことを。いつ紹介しようかいつ紹介しようか迷っていたのだが、8月18日に彼女の新作"8 Years"が配信されたのである。観てみたが、期待に違わぬ面白さだった、ああフィデル監督素晴らしい。Twitterでもこのブログでも執拗にハンナ・フィデルハンナ・フィデル言っていたが、もう早速ハンナ・フィデル監督について紹介していこう。

ハンナ・フィデルは1985年10月、メリーランド州ベセスダに生まれた。母はピューリッツァー賞も獲得したジャーナリストのリンダ・グリーンハウス、父は軍法弁護士で法学者のユージーン・R・フィデル、2人ともWikipediaに人物ページがある程の有名人である。好きな物はワイアー"Heartbeat"ファニーゲームバッドボーイズ2バッド、グリーンポイントにあるピーターパン・ベーカリー、ウィリアム・リースト・ヒート・ムーン「ブルー・ハイウェイ―内なるアメリカへの旅」ゲルハルト・リヒターのフォト・ペインティングなどなど。

インディアナ大学で映画理論を専攻、卒業後はリドリー・スコットがNYに設立した製作会社RSAで働いていたが、そこで彼女は後にデビュー長編"We're Glad You're Here"「女教師」で主演を演じることになる俳優リンゼイ・バーと出会う(彼女については紹介記事を書いているので読んでね!)。が、彼女と仕事を共にするのはまだ先のこと。本格的に映画を作ろうとフィデル監督が思ったのは2008年、リーマンショックの影響で会社の経営が傾いた時だ。フィデルはそれをきっかけに会社を辞め、改めて映画について学ぶためニュースクール大学に通い始める。翌年、フィデルクリス・スワンバー監督作"It Was Great, But I Was Ready To Come Home"と運命的な出会い(スワンバーグ監督についても紹介記事を書いているので読んでね)を果たす。彼女はその出会いについてこう語る。

“本当に素晴らしい作品だと思いました。彼女はやり遂げたんです、旅をしてそして映画を完成させた。それで思ったんです、自分にだって出来るはずだと。そうして私もやり遂げた訳です、出来上がった代物は完全な失敗作でしたが”*1

そんな“失敗作”でありフィデル監督の長編デビュー作"We're Glad You're Here"はリンゼイ・バージ主演のドラマ作品だ。キャサリン(バージ)はNYで一花咲かせようとしていたが、現実は甘くない。リーマンショックに起因する経済危機のせいで、彼女は故郷であるインディアナ州のブルーミントンにすごすご帰らざるを得なくなる。しかし彼女は久しぶりに会う人々の暖かさに触れ、成功というのは都会でしか出来ない訳じゃないのだと知る……

“私は何をすべきでないかを学びましたし、どう準備すればいいのか、どうやって俳優と仕事をするべきなのか、どうやってプロの俳優ではない人々と仕事をするべきなのか、どう監督すればいいか、どう映画を作ればいいのか、つまり根本的に全てをどうすればいいのかを学んだ訳です”と、フィデル監督はこう語る。*2

彼女は翌年テキサス州オースティンへと引っ越し、失敗体験をバネにして小説家ジョイス・キャロル・オーツの作品を元に短編"The Gathering Squall"を監督する。14歳の少女リセレン(Sydney Hogan)は何の楽しみもない虚ろな青春を送っていた。ある日彼女はダンカン(Tyler Serle)と出会いパーティーに出掛けるが、事態は思いもよらぬ方向へと転がっていく。この作品はSXSW映画祭で好評を博すが、彼女にとって幸運だったのは撮影監督のAndrew Doroz Palermoと出会えたことだろう。手振れとクロースアップを多用する彼の撮影手法はフィデル監督独自のスタイルを構築する鍵となっていく。同年にはプロデューサーとして"Man & Gun"(この作品もSXSW映画祭に出品)を手掛け、その功績が評価され、2012年には米国の映画サイトFilmmaker選出“2012年期待の新人インディー映画作家”の1人に選ばれることになった。 (同じ年に選ばれた監督には「ハンパな私じゃダメかしら?」のデジレー・アッカヴァン監督がいた。はい3度目ですが紹介記事を書いているので読んでね)。そして2013年、フィデル監督は第2長編「女教師」を製作する。

ダイアナ・ワッツ(リンゼイ・バージ)はテキサス州オースティンの高校で英語教師をしていた。生徒たちや同僚たちからも信頼の篤いダイアナだったが、彼女には誰にも明かせない秘密がある、授業を担当している生徒の1人エリック(ウィル・ブリテン)と男女の関係にあるという秘密が。人目を避けながら、2人だけの教室でキスを交わし、車の後部座席でセックスに耽るなどダイアンは情事を重ねていく。だが一方でこの関係はいつまで続くのか、この関係がもしバレてしまったら、そんな考えが頭から離れてはくれない。

教師と生徒の禁断の関係、描かれるものは手垢まみれの代物かもしれない。その表層的なイメージから日本では「女教師」という邦題がつけられ、文芸エロ映画としてのレッテルを張られ、DVDスルーになりTSUTAYAのエロティック棚に並べられ、誰にも借りられないまま棚からすら消え……そんな悲惨な待遇になってしまっている、これが悲しくて堪らない、ハンナ・フィデル監督は米インディー映画界期待の才能なんだからさ!本当に!何だよこの仕打ち!日本に来ただけ有り難いってか、こんな売り方されたら観たい人が観れないのにかよ!配信スルーの惨状といい、そうですか、日本そうですか、日本この野郎、そっちがその気なら、私はアメリカに金落とすのでそこんとこ宜しくお願い致します……と話が逸れてしまったが「女教師」のレビューを続けよう。

この映画は確かに教師と生徒の禁断の関係というクリシェ的内容を描いている。だが他作品における教師/生徒の関係性には男性の性的願望というものが投影されていることが多い。男性教師/女子生徒なら自分よりずっと若い女性とセックスがしたい、彼女に愛されて自分がまだ若いと信じていたいという願望、女性教師/男子生徒なら大人の女性に恋愛やセックスの手解きをしてほしい、未熟な自分を大いなる母性で包み込んでほしいという願望。どれも女性は“無垢さ”もしくは“母性”の象徴として描かれ、1人の生きる人間としての深みはそこにない。殆どが男性側の独りよがりな訳であり、その願望によほどの強度がなければ映画としてのクオリティは推して知るべしといった結果に陥るだろう。だが「女教師」は――というかここは原題の"A Teacher"と記すべきだろう――"A Teacher"はそういったクリシェを巧妙に避けていく。

この映画の視点は常にダイアナと共にある。エリックを愛することを楽しみながら、いつかきたる終わりを夢に見て怯える日々。だんだんと精神のバランスが不安定になっていく中で、ダイアンたちはエリックの叔父が管理しているというコテージで思う存分2人だけの時間を楽しむ。だが予期せぬ叔父の来訪という事件をきっかけに、ダイアンの心は崩れてゆく。フィデル監督はそんな彼女の心の移り変わりを丁寧に書き込んでいき“こわれゆく女”の現実を痛烈に描き出す。ここに男性のファンタジーが入り込む余地はない。そして監督と共に、ダイアンに個としての深みを与えるのはリンゼイ・バージだ。乾いた肌、硬質な眼差し、表面上は感情を入念に隠し通しながらも、彼女の中には激情の波紋が広がっている。それが決壊を迎えた時……

“この映画は、不適切だとか間違っていると言われる行動を正当化しようとしてしまう力について、そして文字通りにも比喩的にも、大人であることの責任から逃げて若さにすがりついてしまうことについて描いているんです”と監督は語る。*3

教師/生徒という関係ではありながら、年齢差は余りない、人間としての未熟さは未だ重なりあう地点にいる2人、ただ人として愛しあうなら障壁などなかった筈なのに教師/生徒という分断が悲劇を生み出す。"A Teacher"が映し出すのはそんな状況だ。クリシェに陥ることは約束されていた筈のこの作品は、フィデル監督の采配とバージの熱演によって無二の魅力を宿すことになった訳である[B+]

"A Teacher"はサンダンス映画祭でプレミア公開され、SXSW映画祭ではフィデル監督は才能ある新人女性監督に送られるEmerging Woman Awardを獲得、広く評価されることとなった。ということで、思いの外長くなってしまったので、ハンナ・フィデル監督の次回作"6 Years"については次回の記事に譲ろうと思う。それでは次回をお楽しみに。追記→その次回記事を書いたので読んでね


参考文献
https://en.wikipedia.org/wiki/Hannah_Fidell(Wikipedia)
http://www.hannahfidell.com/extra.html(監督の好きなもの)
http://filmmakermagazine.com/people/hannah-fidell/(デビュー作から「女教師」までの道のり)
http://www.indiewire.com/article/meet-the-2013-sundance-filmmakers-hannah-fidell-explores-the-affair-of-a-teacher(「女教師」について)

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像