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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く

トルコ映画と聞いて、おそらく今真っ先に思い出される監督の名前はヌリ・ビルゲ・ジェイランだろう。2014年にパルムドールを獲得した「冬の轍」が6月に公開され、とうとうジェイラン受容が日本でも始まることとなった。が、ここでヌリ・ビルゲ・ジェイランを紹介する気はない、もう既に日本で話題になっている映画や監督について私が紹介する気はサラサラない。ということで、今回紹介したいのはトルコ映画界の新鋭セルハット・カラアスラン Serhat Karaaslanである。

カラアスラン監督は1984年、イランとの国境近くに位置する村Vartoのクルド人家庭に生まれる。高校の頃、映画を上映するカフェが近くにあり、そこでヌリ・ビルゲ・ジェイランユルマズ・ギュネイゼキ・デミルクブズダルデンヌ兄弟アッバス・キアロスタミなどの作品に親しんでいたという。だが映画監督になるという夢は余り歓迎される物でなく、彼はイスタンブル大学で薬学について学ぶ。2006年に大学を卒業した後、12ヶ月間の兵役を終えたKaraaslan監督は薬剤師として働きながらイスタンブールのカディル・ハス大学で映画作りについて学んだ。しかし問題が起こる。今まで映画を1本も作っていないことを理由に、修士学位の授与を断られてしまったのだ。ということでカラアスラン監督は一念発起、初監督作"Bisquilet"(トルコ語で"自転車")を手掛ける。で、これがカラアスラン監督の公式vimeoアカウントから観れるのである、下のレビューを読んでから観て欲しいし、まあ、レビュー読まないで観てもいいよ、うん。

カメラはみすぼらしい家屋から出てくる2人の姿を撮す。ズタ袋を持ちゆっくりと歩く父(Mehmet Ünal)と少年(Baran Saglam)。雪は濁った氷へと姿を変えて、道を覆い尽くしている。彼らは滑らないように、ゆっくり、ゆっくりと何処かへと向かう。高く聳え立つビルのふもと、車が轟音を立てて通りすぎる道路の傍ら、2人はゴミ捨て場から何か使えそうな物を探す。そしてゴミ捨て場からゴミ捨て場へと、一言も喋らないまま2人は巡り続ける。しかしある場所で少年は自転車を見つけ出す。後輪はどこかへ消えてしまっているが、彼の顔に笑顔が浮かぶには十分な幸せ。少年は自転車を引きずり泥の道を歩く。父はそんな彼を無表情で見つめる。そして2人は歩き続ける。

"Bisquilet"はトルコのという国の一面、貧困に体も心も苛まれる世界を静かに、だが凍てついた辛辣さを以て描き出す。カラアスラン監督の観察的なスタイルは、おそらく彼が親しんでいたダルデンヌ兄弟の影響によるものだろう。そして貧困と自転車、つまりは自転車泥棒」/ネオリアリズモの影響も明らかだ。この映画において監督は“現実味”に拘っている。トルコ、ひいてはイスタンブールが抱える貧困の実体、貧困に蝕まれる人々の哀切、映像に冷たく焼き付けられるそれらは観る者の心を抉っていく。

少年は後輪のない自転車を上下逆にして、ペダルと車輪をグルグルと回しながら歓声をあげる。時々は自転車をひきずって散歩を楽しむこともある。そんなある日、彼はズタ袋に車輪を突っ込んでゴミ捨て場を漁る男(Musa Karagöz)を見つける。

あれほど冷たかった物語は、そしてつかの間の暖かさを取り戻していく。貧困の中にも微かにともる灯火があるのだとこの物語は教える。だがそれがどうだと言うのだろう、それで今が変わる訳ではない、貧困から抜け出せる訳ではない、この"Bisquilet"は貧困が生む日常という悲劇を描き出す。この物語は終わるかもしれないが、何も変わることのない日々は続く、続く……[B+]

"Bisquilet"は突貫工事でスタッフ、キャストをかき集め、短期間で撮影されたらしいのだが、そうとは思えない完成度を誇っている。カラアスラン監督は無事に学位を取得したが、思わぬ幸運も舞い込む。どうせ作ったんだから映画祭にも送ってみようと物は試しで送ってみると、正式出品が決定、1つの映画祭で公開されたかと思うと評判が評判を呼び、作品は様々な映画祭を巡っていく、カンヌ国際映画祭サラエボ映画祭、チューリッヒ映画祭など名だたる映画祭に出品され、本国トルコでも、トルコ映画批評家組合によるトルコ映画賞では最優秀短編賞を獲得するなど高く評価されることになった。この成功体験が励みとなり、2012年カラアスラン監督は第2短編"Musa"を手掛けることとなる。で、こっちもvimeoから観られる、本当に良い時代になったものだ。

主人公のムサは朝起きて、昼は橋の上で海賊版DVDを売り、夜は適当にDVDを観てそのまま寝る、そんな自堕落な日々を送っていた。しかしある日、彼は1人の客からこんなことを言われる。「この映画は私が監督したんだ」彼の名前はゼキ・デミルクブズ、ムサはそんな名前知らなかったが、彼に自分の映画に出ないかと言われもちろん承諾、俺も俳優デビュー!と有頂天になりながらも、言われた通り監督からの電話を待つ。

"Musa"は"Bisquilet"とはうってかわって、もっと普遍的な、今まさに青春を生きる若者の閉塞感を描く作品だ。とは言え、特に何か良いことが起こる訳でもない、単調な日々、退屈な日々、良いことどころか何も起こらない日々。だが彼に思わぬチャンスがやってきて、人生が突然輝きを増して、家の壁に張ったユルマズ・ギュネイイカしたポスターも色彩を取り戻していく。

だがそんな高揚感は次第に焦燥感へと変わっていく。元締めのビデオ店では店長に「もう借金はなしだぞ」と最後通帳を突きつけられても監督から電話はこない。隣から喘ぎ声がやかましく聞こえてきてイライラしても電話はこない。電話を待ち続ける日々、ムサが生きるそんな日々は、来てくれる、きっと自分の元には来てくれると希望にすがりついて若さを無駄にしていく人々の姿と重なっていく。"Musa"は希望を捨てきれない若者に送られる哀歌のような作品だ。これを真実と受け入れるか、嘘だと拒み続けるかは観客次第だが。[B]

こうして2作を見ていくとどちらにも“それでも人生は続く”という主題が見てとれる。どこで生きていくとも、どうやって生きていこうとも日常は物語のように終わることなくずっと続いていく、良きにしろ悪きにしろ。カラアスラン監督はどちらかと言えば“悪きにしろ”という方に傾いているとも言えるだろう。

今のところの最新作は2014年の第3短編"Ice Cream"だ。クルド人の村、そこで子供たちが熱狂に湧く1日がある。バイクに乗ってアイスクリーム売りがやってくる日だ。子供たちはアイスクリーム売りのもとに集まって、物々交換でアイスクリームをもらおうとする。だがRojhatだけはママが厳しくてアイスを買ってくれない。そんな中でRojhatはママの目をかいくぐり、アイスを買う計画をたてるのだが……Karaaslan監督の思い出が元になっているこの作品は、彼の母語であるクルド語で作られていた初めての作品だ。トロント国際映画祭、テッサロキニ国際映画祭などに出品され話題を博した。でここからはごく個人的な悲しみの叫びなのだが、調べてみたら実はこの作品、数日前渋谷で開催されたキネコ国際映画祭で「アイスクリーム」という邦題で公開されていたのである。今、この文を書きながらマジですかウワーーーーーーーーーーーーー!!!となっている、まさか公開されているとは、キネコ映画祭行っとけば良かった、不覚にもほどがある……このブログの読者にもし映画祭で「アイスクリーム」を見た方がいるなら、その短編はトルコ映画界の新鋭が作った最新短編であり、本当に、本当に貴重な体験をしたのだということを心の中に留めておいてほしい、私との約束だよ……悲しいが気を取り直して、そしてKaraaslan監督、現在はとうとうの長編デビュー作"Passed by Censor"を準備しているという。詳細はまだ明らかになっていないが、おそらく素晴らしい物となっているだろう。ということで新鋭セルハット・カラアスラン監督の今後に期待である。

参考文献
http://www.indiewire.com/article/heres-the-turkish-filmmaker-you-need-to-know-20150818?utm_campaign=Indiewire&utm_medium=social&utm_source=twitter&utm_content=1439914919
http://yabangee.com/2014/09/conversation-film-maker-serhat-karaaslan/
http://yabangee.com/2014/10/conversation-film-maker-serhat-karaaslan-part-2/

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