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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを

Elisa Miller監督は1983年メキシコに生まれる。メキシコシティーの映画学校the Centro de Capacitación Cinematográfica(CCCC)で映画について学んでいたのだが在学中の2006年、3年生だった彼女はメキシコのヤウペテックへと赴き、デビュー短編"Ver llover"を監督する。

「ちょっと待ってよ」「なに、怖いの?」「…………」車の往来が激しい道路を少女は軽やかに駆け抜けていく、一方で少年はビクつきながら何とか道路を渡っていく。ホナス(「ナルコス」ディエゴ・カターニョ)とソフィア(ソフィア・エスピノーサ)はどこへ行くにも一緒だった、だが今までずっとホナスは彼女への愛を告白できないでいた。そんなある日、2人で町並みを見つめながら彼は言う「僕の恋人になってくれない?」そんなディエゴにソフィアはキスで応える。しかし彼女にも告げるべきことがあった。「私、もうすぐこの町を出ていく、あなたも一緒に来て」

ソフィアがこの町を出ていきたいのは、母親と同じような人間にはなりたくないからだ。男を次々連れ込み、その後には床にガラスの破片が散らばっている。貧しさが彼女から優しさを奪ってしまったのだ、抜け出すにはこの町を出るしかない。彼女の決意は愛を告白したばかりのホナスには辛すぎるものだ。自分を育ててくれた母テレサの姿を見ながら、彼はソフィアと共に町を出るか、この町に残るか選択を迫られる。

この瑞々しくもホロ苦い恋の物語は、しかし正直に言えば、脚本だとか撮影だとか演技だとかに秀でている訳でもなく、特筆すべき点があまりない。"ver llover"は良くも悪くも普通としか形容のしようがない作品で、それ故にここに書くべきことも殆どない。[C]

だがこの"ver llover"、モレリア国際映画祭で最優秀短編賞を得たのを皮切りに、ブラジルのフェミラ映画祭、カナダのノーマン・マクリーン賞、ハバナラテンアメリカ映画祭、更に母国メキシコ・アリエル賞などで作品賞を、そしてとうとう2007年のカンヌ映画国際映画祭で短編パルムドールまでも獲得してしまうのだ(私には疑問)。

“(パルムドール受賞の理由は)素朴さではないかと。私はシンプルな愛の物語をシンプルに語りたく思っていました。そして映画の撮影中、自分がボスだと主張するような人間は周りにいなくて、友人たちが私にずっとついていてくれたんです、それが良いように作用したのかなと思います”

"(パルムドール受賞がきっかけで)突然、自分のことをもっともっと信じられるようになりました(中略)睡眠時間が短くなった代わりに、脚本をずっと早く書けるようにもなったんです"

という発言通り、勢いづいたMiller監督は2008年、第2短編"Roma"を監督するのだが、こちらは青臭さが先立っていた前作からかなり成熟した完成度を誇る作品だ(ロッテルダム国際映画祭の公式アカウントから視聴可)。

メキシコ・ユカテペクのとある石鹸工場、そこでは昼夜問わず鮮やかなピンク色をした石鹸"Roma"が製造されている。工場の傍らには線路が通っており、貨物列車が"Roma"をメキシコ中へ運んでいくという訳だ。ある日、いつものようにやってきた列車から一人の少女(Marcela Cuevas)が現れ、工場へと忍び込む。不法移民の少女は誰にも見つからないよう工場内をうろつき、トイレに駆け込んでいく。そうして露になる彼女の下着は生理の血で赤黒く染まってしまっている。そしてシャワー室も見つけた少女は、汚れきった体を無心で洗うのだが、その姿を工場員(Jaime Estrada)に見られてしまうのだが……

この映画の前提は哀しいものだ。貨物列車の闇の中、息を潜めて何処かへ辿り着く時を待つ移民たち。その過酷さは少女の下着にこびりついた血からも明らかだ。彼女は何のために不法移民として生きることを選んだのか、"ver llover"のソフィアと同じく貧困が彼女をそうさせたのだろうか、理由は一切明かされないが、それ故に悲哀は際立ってくる。

しかしそんな前提がありながら、物語を静かに満たし始めるのは暖かさだ。様々な色の明かりが瞬きながらも冷ややかな無機質さを湛える石鹸工場、その中で少女と工員は視線を交わすことなく、言葉もほとんど不在のまま、互いの境遇を肌に感じながら、束の間の交流を果たす。Miller監督はそんな2人の姿を暖かな眼差しでもって描き出していく。"Roma"は2つの孤独が触れあうことのついての親密な物語だ。彼女に幸せが訪れることを、そして彼に幸せを幸せが訪れることを、私は願わずにはいられない[B+]

そして2010年、Miller監督は初の長編監督作"Vete Mas Lejos Alicia"を手掛ける。19歳のアリシアは曲芸師になることを夢見る少女だ。彼女はその夢のため、故郷のメキシコからアルゼンチンはブエノス・アイレスへと旅立つ。そこで待っていたのは新天地の興奮と凍えるほどの孤独だった。この作品はモレリア国際映画祭でプレミア上映を果たし、ロッテルダム国際映画祭、フランスのトゥルーズ・ラテンアメリカ映画祭、ハンブルク映画祭で公開された。

それから4年もの空白があり2014年、Miller監督は初のドキュメンタリー"About Sarah"を監督する。このサラとはイギリスの芸術家サラ・ルーカスのことだ、1962年ロンドンに生まれた彼女はゴールドスミス・カレッジで現代芸術を学び、ダミアン・ハーストやトレイシー・エミンと共にイギリス芸術界を掻き回す存在だった。そうして数十年の時を過ごし50歳を迎えたルーカスはメキシコへと旅立ち、その地で独り芸術を作ることに専念し始める、Miller監督はそんな彼女の姿をカメラに映し続ける。この"About Sarah"はロッテルダム国際映画祭でプレミア上映され好評を博した。

そして最新作は劇映画"El Placer es Mio"だ。主人公はリタとマテオのカップル、2人はマテオの亡き父が所有していた別荘へと身を寄せる。身も心も互いに委ね愛し合う彼女たちだったが、子供が欲しいとをリタが願い始めてから2人の関係性は変わっていく。そして現れるのはマテオの甥であるアレクシスだ、セックスを通じた3人の関係性は決定的な暴力へとなだれ込んでいく。この作品は2015年のモレリア映画祭で初上映され、話題を呼ぶ。ということで、昨今目覚ましい発展を遂げているメキシコ映画界を担う才能であるMiller監督の今後に期待。

参考文献
https://en.wikipedia.org/wiki/Elisa_Miller
http://www.insidemex.com/people/people/25-mexicans-elisa-miller-ingenue
http://www.britishcouncil.jp/private-utopia/artist-profiles/sarah-lucas

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その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
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