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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

「わたしに会うまでの1600キロ」を観たよ(ネタバレ)

「わたしに会うまでの1600キロ」鑑賞。旅路の過酷さ、リース・ウィザースプーンの熱演、編集の絶妙さ、母と娘の関係性など色々あったが私にとって一番印象的だったのは、彼女が“私”に辿り着くまでの旅路に横たわる、この社会で女性であること、ただそれだけの理由で晒される不安や恐怖だった。

劇中にはいくつもシェリルが男性を遠くから見つめるシーンがある。例えばホテルから窓越しに駐車場にいる男性を見つめる、ガソリンスタンドで自分をトレイルのスタート地点へ送ってくれる人を探す、旅の途中に川岸で水浴びをする全裸の男性を見つける……シェリルのその眼差しには、彼は自分にとって安全な人物かどうかを見きわめる、瞬間の深い思考がある。彼女は、というか女性はただ無邪気に助けを求めることはあまり出来ない。シェリルはヒッチハイク中にこんな冗談を口にする「私を車に乗せて、レイプして、体をバラバラにして……」道中にはこんな危険がつきまとうからだ。

この恐怖が端的に現れているシークエンスがある。旅の序盤、あるハプニングで食料を失った彼女は、その緊急事態のため畑にいた農夫に助けを求めざるを得なくなる。だが彼は車中で胡乱な行動をしはじめ、恐怖を感じた彼女はとっさに「自分には夫がいて、私より前を歩いている」と嘘をつく。男性の影をチラつかせるころ、それだけが男性から身を守る手段でもある。その後、彼が善良な人間と分かり、彼の妻、つまりは自分と同じ女性がいる場所で初めて安心して食事をすることが出来る。そして翌日シェリルと彼はこんな会話をする「嘘ついてたろ」「……怖かったから」「分かるよ」

農夫の場合、最初の方で誤解を招きかねない行動はしていたし完全ではないが、彼は彼女の恐怖に寄りそう心はあった。だがシェリルたちが抱く恐怖・不安を絶望的なまでに理解しない男たちも登場する、道中、シェリルが泥水をろ過し、飲み水が出来るのを待っていると2人のハンターが水を分けてもらいにやってくる。もう少し待つ必要があるとシェリルが言い、それを待つ間ハンターたちはこんな会話をする「……暇だな」「じゃあ楽しむか、イイ体してるし」その言葉に身構える彼女に対して、2人は冗談だよ冗談!と笑うが、逃げるように去っていくシェリルに何だよこの女、つまんねーな……という視線を向ける。ここに男性と女性の置かれている状況の不均衡が象徴されていると思った。男性にとっては冗談でも女性にとってその言葉はレイプしてやると殆ど同じ意味であり完全な脅威だ、彼らはそれを絶望的なまでに理解していないし、それ故にハンターの一人はおぞましい行動に出さえする。この無理解こそが女性蔑視に繋がり、ひいては、もしハンターが本当にシェリルをレイプしたとして「女が一人で旅なんかしているから悪い!」とそんな被害者を非難し加害者を擁護する言葉が叫ばれる、最悪だがありふれた光景にすら繋がっているのだろう。

「わたしに会うまでの1600キロ」はこういった不安・恐怖の存在にかなり意識的で心が締め付けられるシーンも多いが、シェリルが誇りを以て空を見据えるラストは本当に感動したし、リース・ウィザースプーンの熱演は素晴らしかった、彼女の熱演がこの作品を更なるステージに高めてくれていたと思う、とても良い作品だった。