鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

この世界で女性が老いるということ「アドバンテージ〜母がくれたもの」

年をとった女性に対して“劣化”だとか“BBA”だとかいう言葉がぶつけられる様を見てしまった度、私は吐き気と、怒りを覚える。そしてそんな言葉に傷つかないよう自分から“BBA”と言う女性を見ると、やりきれなくて涙が出そうになる。日本は特にそうだと思うが、しかし社会全体が女性が老いることについてかなり辛辣だ。長く映画を追っていると、中年を迎えた女優には役がなくなり、もしあっても主人公の妻だとか主人公の母だとかいう役しかもらえないとそんなニュースをよく目にする。そういう社会で女性が年をとることの不安と恐怖は計り知れない、男性はそれについて知らないというか誰一人考える気すらないのではないかという絶望感に襲われることもある。だからこそ今回紹介したいのは、そんな社会を痛烈に批判するSF映画「アドバンテージ〜母がくれたもの」についてだ。

近未来、世界は加速度的な発展を遂げながらも、その余りの速さに経済は停滞を迎えていた。未曾有の就職難によって貧困層と富裕層の解離は極端さを増していき、都市部ではテロ行為が頻発、そして環境汚染によって不妊症が爆発的に蔓延、人類は黄昏の時にさしかかっていた。

この物語の主人公はグウェン・コウ(「ボルケーノ」ジャクリーン・キム)、美容を専門とするバイオ企業でモデルとして働いているシングルマザーだ。娘のジュールズ(サマンサ・キム)は彼女にとってたった1人の娘であり、彼女にとってたった1つの生き甲斐だ。そんなグウェンの愛を受けたジュールズは学校でもトップクラスの成績を誇る天才に育つが、グウェンには進学させる余裕がない。そしてジュールズ自身、母にこう尋ねる「知識ってどうして必要なの?」「未来をゆっくりと変えていくために」「ゆっくりって、一体どのくらい……」ジュールズは虚ろな顔で机に向かい、グウェンは彼女をただ見つめることしか出来ない。ある日グウェンは会社から一方的に解雇通知を受け取る。「私たちの企業のターゲットは……美しく、若い女性なんだ、だから君は……すまない」上司であり理解者でもあったフィッシャー(ヘンリー・フール」ジェームズ・アーバニアク)はそう告げ、グウェンは路頭に迷うこととなる。

「アドバンテージ〜母がくれたもの」は社会に内面化した女性差別とエイジズムを徹底的に炙り出そうとする。加齢を理由に仕事をクビになったグウェンは仕事を探すが、やはりネックは老いだ。彼女の年齢は劇中で明かされることはないがおそらく30代か40代前半だろう、そんなグウェンですら新たな仕事につけないという現実。苦悩を吐露するグウェンに対しフィッシャーは言う「社会にとっては女性を家庭に閉じ込める方が男性が路上に溢れかえるよりはマシという訳だよ」行き詰まりを迎えた社会は若さのみを絶対の価値として、若さを失った者たちを容赦なく切り捨てるグロテスクな差別の光景。ジェニファー・ファング監督は、しかしこれが果たして“未来”の光景なのか?と強く問い続ける。

そんなある日、ジュールズの進学校への入学が決まる。2人は喜ぶのだがグウェンに学費を払う余裕は全くない。仕事もいっこうに見つからず、疎遠だった両親からも援助を断られてしまう。グウェン孤独を深めていきながら、バイオ企業の重役イサ(「英国王のスピーチジェニファー・イーリー)からある計画を持ちかけられる。若さを至上とする社会が辿り着いたのは老いの駆逐、つまり老いた人間の意識を別の肉体へと移しかえ、若返りを果たそうという計画だ。まだ実験段階で副作用も多いが、実験の成功例として再び自社のモデルとなってくれたなら報酬ははずむとそういう訳だ。自分の人生を代償としてジュールズの将来を切り開くか、グウェンは悩む。演じるジャクリーン・キムはこの映画が抱える切実を体現する存在でもある。共同脚本も務める彼女は、グウェンの涙に魂を託して、女性が“老い”を不安として、恐怖としてしか捉えられないよう追い込む社会に対し静かなる抗議をとげる。

そして物語は収束していくと共に、むしろ様々な問いを観客に投げ掛けていく。愛は実存的な揺らぎを越えることは出来るのか、次の世代に無責任な希望を託すことは間違いではないか、そもそもこんな世界に新たな命を産み出すこと自体が間違っているのではないか……そんな簡単に答えなど出せるはずもない問いの数々を。

派手なCGIなどなくとも、優れた社会への洞察があればそれだけでSFは成立しうるのだと「アドバンテージ〜母がくれたもの」は教えてくれる。観ることに痛みを伴うかもしれないが、しかし素晴らしい、本当に素晴らしい作品だ[A]

Netflixにて配信中