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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

メルザック・アルアシュ&"Madame Courage"/アルジェリア、貧困は容赦なく奪い取る

さて今回取り上げるのはアルジェリア映画である、アルジェリア、ふーむアルジェリア、私がアルジェリアについて知っているのはアフリカにあること、かつてフランスの植民地であったこと、そしてアルベール・カミュの生まれた場所ということ以外には何もない、だからこそそんな国の映画に触れられるのはそれだけで楽しい訳だが、ヴェネチア国際映画祭特別編その7では、アルジェリア映画界の重鎮メルザック・アルアシュ監督と彼の最新作"Madame Courage"を紹介していこう。

メルザック・アルアシュ Merzak Allouache 監督は1944年10月6日にアルジェリアのBab El Ouedに生まれた。1964年からAlgiers at the Institut National du Cinémaで映画製作を学び、卒業製作である短編"Croisement"で監督デビュー、そののちフランスにかつてあった映画学校である高等映画学院(IDHEC)へと留学、 そして1976年に初の長編作品"Omar Galato"を手掛けた。1983年から1988年の間はフランスで映画を製作、そしてナイジェリアに戻り映画を製作するなど2つの国を股にかけて監督としてのキャリアを積み重ねていく。オリゾンティ部門で最もキャリアの長い映画作家な訳だが、ここからは彼の代表作をいくつか紹介していこう。

デビュー作の"Omar Gatlato"、この言葉の意味は単語を逆転させると“マチズモが彼を殺す”というものになる。この作品はモキュメンタリー形式でアルジェリアに住むオマールと彼の仲間たちを描く作品で、サッカーやギャングなどの若者文化を映画としてすくいとり評価を受けた。1994年には"Bab El Oued City"、つまりアルアシュ監督の生地を舞台にした映画を発表、アルジェリア人の若者とイスラム原理主義者の小競り合いを描いたこの作品はカンヌ国際映画祭に出品されFIPRESCI賞を獲得する。2011年には"Normal!"を、チュニジアとエジプトでアラブの春が起きる最中、アルジェリアでは一人の映画監督が積年の夢である作品を完成させようと苦闘していた……とそんな内容の本作はドーハ・トライベッカ映画祭でアラブ劇映画部門の最高賞を獲得、近作は2013年、ヴェネチア国際映画祭のコンペにも出品された"Es-Stouh"だ。再びBab El Ouedを舞台に、拷問された男、叔父と“普通”の関係を築きたい少女、とあるビルのオーナー、ミュージカルのリハーサルをする若者たち、そしてこの地に取材しに来たテレビクルーの道行きが奇妙に交わる群像劇だという。そして2015年には新作"Madame Courage"を監督、今回はヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に出品されることとなる。

ナイジェリアはモスタガネム州のスラム街、少年オマール(Adlane Djemil)はそこで荒みきった生活を送っている。母(Zohra Faidhi)は家に籠りきりで、彼の姿を見るたびオマールをこの世に産み落としたことへの後悔と呪詛を吐き散らかす。姉のサブリナ(Leila Tilmatine)には仕事がないゆえ、娼婦として働かなければならない状況にある。そんな家族の中にオマールの居場所はない、彼はスラム街をふらつき、道行く人々から金品を強奪しそれを金に変える、目的は“マダム・カレッジ”と呼ばれる向精神薬だ、それを飲む時だけは辛い生活を忘れられる。

いつものようにオマールは路上で獲物を探す。彼の目に映るのは4人組、その中でも首に高そうなネックレスをつけた少女に狙いを定め、近づき、ネックレスに手を触れた瞬間、その少女――セルマ(Lamia Bezouaoui)と目が合う。そのままネックレスを強奪したオマールだったが、あの視線の交錯に何か気になる物を感じ、彼女を密かに追いつづける。

作風はアルジェリアを舞台にしたダルデンヌ兄弟監督作とでもいった所だろうか。余計な音楽や劇的な展開を可能な限り排した社会的リアリズム、アルアシュ監督はカメラを揺らしながら貧困の中で生きる人々の姿を描き出していく。町は賑わいながらも、一歩でも外へと出ると、道中にはゴミが散乱しながらそのまま打ち捨てられ、少しも整備されていないとそんな光景が広がる。そしてオマールの住む家は今にも崩れそうなほどにもろく、いつでも罵声が響き渡っている。そんな中でオマールにとっての唯一の希望が“マダム・カレッジ”だったが、薬を飲んだ後の彼の面持ちは死に片足を突っ込んだような危うさを伴っている。そんな彼の前に現れたのがセルマだった。

セルマは町外れにある団地の上層階に、兄のルドゥアーヌと痴呆症を患っているのだろう父と共に住んでいる。そんな彼女がある時窓から外を眺めると、自分からネックレスを強奪し、しかし何故だかは分からないがそれをすぐに返してくれた少年が立っているのに気づく。最初は兄に頼んで追い払ってもらうが、それでもなお彼は毎日毎日外に立ち続け、バイクのエンジンをふかしたり、花火を打ったりとセルマの気を惹こうとする。ここをアルジェリアに存在する厳然たる階級差の象徴として見るなら、オマールの滑稽にも思える執拗さは切実なものだ。だが救いの手が伸ばされる前に、貧困は容赦なく彼を深淵へと引きずり込む。

家に帰ったオマールはサブリナの顔が傷だらけになっているのに気づく。娼婦を止めようとした彼女に対して、ポン引きのモフタールが暴力を振るったのだ。怒りに震えるオマールはスリで得た金で武器を買い、モフタールの売春窟へと乗りこんでいく。ここから続く復讐の道行きは苛烈というよりも淡々としている。事態はゆっくりと進行していき、オマールはもはや自分だけでは戻れない場所にまで追い詰められてしまう。それでもアルアシュ監督の眼差しは冷徹なままだ、その姿勢がこの作品をただ単純なクリシェ的な語りから救いだしている。

"Madame Courage"はアルジェリアに広がる貧困の風景をストイックに描き出す。少し奥行きに欠けるきらいはあるが、しかしそれでこそ描ける真実もここにはあるのだろう。[B-]

私の好きな監督・俳優シリーズ
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その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
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その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
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その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
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その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……

ヴェネチア国際映画祭特別編
その1 ガブリエル・マスカロ&"Boi Neon"/ブラジルの牛飼いはミシンの夢を見る
その2 クバ・チュカイ&"Baby Bump"/思春期はポップでキュートな地獄絵図♪♪♪
その3 レナート・デ・マリア&"Italian Gangsters"/映画史と犯罪史、奇妙な共犯関係
その4 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その5 アルベルト・カヴィリア&"Pecore in Erba"/おお偉大なる排外主義者よ、貴方にこの映画を捧げます……
その6 ヴァヒド・ジャリルヴァンド&"Wednesday, May 9"/現代イランを望む小さな窓