鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アニタ・ロチャ・ダ・シルヴェイラ&"Mate-me por favor"/思春期は紫色か血の色か

今まで11本のオリゾンティ部門&ビエンナーレ・カレッジ出品作を観てきたが、そこで分かったのは今年のトレンドは“少年少女の不穏な青春”だということだ。詳しくは総括記事に書くつもりだが、クバ・チュカイ"Baby Bump"アナ・ローズ・ホルマー"The Fits"メルザック・アルアシュ"Madame Courage"ハダル・モラグ"why hast thou forsaken me?"と4つも思春期の少年少女が主人公の映画で、どれも自分の性衝動、暴力衝動、もしくは両方に苦しむ様を不穏に描き出している、後者2作は主人公のビジュアルを含めかなり似通っていたりする。もう一昨日、ヴェネチアの結果は発表されてしまった訳だがそこで新人賞・監督賞を獲ったブラディ・コルベットの""もそんな映画らしいのだが、今回紹介すアニタ・ロチャ・ダ・シルヴェイラ監督の長編デビュー作"Mate-me Por Favor"も正に少女たちの不穏な青春を描いた一作で、多分最後の一作だ、フィナーレとしてはなかなか、うん、何と言うか、変な感じな映画なのだこれが。

アニタ・ロチャ・ダ・シルヴェイラ Anita Rocha da Silveira はブラジルを拠点とする映画作家だ。2008年からリオ・デ・ジャネイロカトリック大学で映画を学ぶ。そして入学と同年に"O Vampiro do meio-dio"(意味は“昼を生きるヴァンパイア”)で映画監督デビューする。助監督や教師を勤めながら、2010年には第2短編"Handebol"、2012年には第3短編"Os Mortos-Vivos"を手掛け、前者はオーバーハウゼン国際短編映画祭でFIPRESCI賞を獲得、後者はカンヌ国際映画祭の監督週間に選出され、好評を博す(以上3作全てダ・シルヴェイラ監督の公式vimeoアカウントから鑑賞可、多分あとあとレビュー書きます)。そして2015年彼女は初長編"Mate-me por favor"を監督、オリゾンティ部門に選出されることとなる。

舞台はリオ・デ・ジャネイロの郊外にある住宅街バーハ・ダ・チヂュダ、紫色のネオンがくゆる夜の街、一人の女性がパーティに飽きて独り家路につこうとしていた、だが少し歩くうち、彼女は自分に付きまとう何者かの気配を感じる、歩調を早め逃げようとするのだが、むしろ自分が追い詰められていることに気づかない。住宅街の真ん中にぽっかりと空けた更地へと迷いこんだ女、草むらに足を取られた地に伏す女、ああもう逃げ場はない、彼女はホラー映画の最初の被害者さながら、裂けるほど大口を開き、あらん限りのボリュームでもって悲鳴をあげる、そこにドンと現れるのが"Mate-me Por Favor"――お願い、私を殺して!

静かな郊外で起こった殺人事件、15歳の少女ビア(Valentina Herszage)や彼女がいつもつるんでいるレ(Dara Freind)、マリ(Mariana Oliveira)、ミシェル(Julia Roliz)は興味津々だ。どんな風に殺されたんだろう、彼女は一体誰なんだろう、だがそんな興味は意外と早く充たされてしまう、ネットで彼女の個人情報が特定され、FacebookやらInstagramやらで生前の姿はばっちり、さらに死体の写真まで簡単に流出してしまい、ビアは兄のジョアン(Bernardo Marinho)とそれをリアルタイムで液晶越しに眺める。そんな感じで死は消費され、ビアたちは日常に戻っていつものように学校生活を満喫……とは行かない、間髪入れず再び女性の死体が発見されたのだ、連続殺人事件にコミュニティは密かに揺れはじめ、ビアたちにも不穏な影が迫ってくる。

不穏な連続殺人と不気味な郊外の風景、この2つは組合わさるにうってつけだが、それは周知の事実として様々な作品に現れている。""はその定石を行きながらも、奇妙な味つけも施されている。ある牧師が生徒たちの前で殺人事件の被害者を悼む言葉、キリストへの祈りの言葉を伝えるのだが、彼女、真っ赤なドレスを着ておおよそ牧師には見えない、そして説教が終わると、何か、ノリのいいダンスミュージックが流れ何事かと思うと、牧師がマイク持ってノリノリでフウフウ歌いだすのだ、ナザレフウフウ!キリストフウフウ!参列者もノリノリで、殺人事件は一体どうしたって感じだが、この映画全編でこんな感じなのだ。何と言うか、ラテンのノリとしか言いようがない陽気さが濃厚で、しかめ面で不穏な空気を保とうとしても、プっと吹き出し、いやいやこんな辛気臭いのやっぱ無理!と踊り出すダ・シルヴェイラ監督の姿が目に浮かぶよう、ランタイム100分の間にキスシーン20回くらい出てくるし!


左からレ、マリ、ビア、ミシェル。

そんな不穏さと陽気さが代る代る現れて、時おり自分の映画を制御しきれていないんじゃないかと思える時もあるが、しかし悪くない、このチグハグさ全然悪くない、むしろ映画の原動力として機能しているのだ、初長編ゆえに自分の詰め込みたい要素だとか今までの経験・思い出だとかを全て本当に詰め込んでしまったらこうなる!ってエネルギーが感じられるのだ。

殺人事件に波紋が広がる中、ビアたちはとある空き地で血まみれの女性を発見する。ミシェルたちが助けを呼びにいく一方で、ビアだけは女性のそばを離れない。血に染まった皮膚、彼女はそこにキスをする。血に濡れるビアの唇。ゆるやかだった歪みはこの日から加速していく。血と死は彼女を魅了しながら、恐れもする。矛盾に揺らぐ心は友人であるはずのマリやレたちへの暴力として現れる。そして彼女たちに飽きたらず、自身を傷つけようとさえする。それは自分が生きていると実感したいための行為なのか、それともあの時目にした血まみれの身体と一体化したいという欲望の証明なのだろうか。

陽気な生と不穏な死、この交わりは映画に深みを与えていきながら、正にそのラストショットで一気に収斂する。多くは語れないがこの映画が描こうとするテーマ、思春期の揺らぎ、不気味なる郊外の姿、死と生への相反する欲動のその全てがあるべき場所へと収まる、数あるオリゾンティ部門出品作でも、ラストショットで言えばこれがベストだろう。"Mate-Me por favor"は相反する2つの極が絶えず回転し続ける、若いエネルギーに溢れた作品だ。[B+]

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……

ヴェネチア国際映画祭特別編
その1 ガブリエル・マスカロ&"Boi Neon"/ブラジルの牛飼いはミシンの夢を見る
その2 クバ・チュカイ&"Baby Bump"/思春期はポップでキュートな地獄絵図♪♪♪
その3 レナート・デ・マリア&"Italian Gangsters"/映画史と犯罪史、奇妙な共犯関係
その4 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その5 アルベルト・カヴィリア&"Pecore in Erba"/おお偉大なる排外主義者よ、貴方にこの映画を捧げます……
その6 ヴァヒド・ジャリルヴァンド&"Wednesday, May 9"/現代イランを望む小さな窓
その7 メルザック・アルアシュ&"Madame Courage"/アルジェリア、貧困は容赦なく奪い取る
その8 ペマ・ツェテン&"Tharlo"/チベット、時代に取り残される者たち
その9 ヨルゴス・ゾイス&"Interruption"/ギリシャの奇妙なる波、再び
その10 ハダル・モラグ&"Why hast thou forsaken me?"/性と暴力、灰色の火花