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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジアン・シュエブ&"Sous mon lit"/壁の向こうに“私”がいる

思春期とホラーというのは相性がいい。第二次性徴を迎え自分の体が変わっていくとそんな恐怖はグロテスクなボディホラーにとって格好のテーマだし、思春期の少年少女が抱く未熟さゆえの全能感と何もかもから見放されたかのような孤独や絶望は世界を歪めるにはうってつけだからだ。例を挙げよう、ボブ・バラバンは両親と50年代アメリカへの少年の不信感を人肉ホラー「ペアレンツ」に託し、「ザ・ピット」ではクズなエロガキのこじれた孤独が口の悪いテディベアと穴ぐらのモンスターとして現れ、このジャンルでも最高傑作とも言える「ブラッド・ハウス/恐怖がつきささる」なんかは思春期を生きることの恐怖と当惑が幻の基地外ママンとして降臨、主人公を全力で追いかけてきて虐殺を繰り広げると、とんでもなく恐ろしい作品だった。最近だと思春期×ゾンビな"Maggie"があった、本国では評判がよろしくなく、メタファーがしゃらくせえという意見もあるが、私はかなり素晴らしいゾンビ映画だと思っていて、これはシュワちゃんの映画というか完全に絶賛思春期中なアビゲイル・ブレスリンのための映画である。そして先にレビューした"The Fits"詳しくは記事を読んで欲しいが、思春期の揺らぎを青春SFホラーという異形の存在に高めているスッゲー映画なのだ、これが。ということで今回紹介するのは思春期×洋館ホラーな知られざる名短編"Sous mon lit"とその監督ジアン・シュエブについてである。

ジアン・シュエブ Jihane Chouaibレバノンベイルートに生まれた。しかしその直後から17年にも及ぶレバノン内戦が始まり、家族はレバノンを離れた故に、ショエブはメキシコで子供時代を過ごす。そして彼女は哲学と演劇を学ぶためにフランスのパリへと留学、そこが映画作家としての拠点となる。彼女はまず脚本家として活動を開始、日本でも赤ずきんの森」が公開されたリオネル・デルプランクの短編"Les Lustrales"(1996)、そして「ファインダーの中の欲望」ダニエル・アルビド監督が手掛けた"Etrangere"(2002)の脚本を執筆した。そしていくつか短編を監督するが、彼女が一躍有名になったのは2005年の第4短編"Sous mon lit"を製作した時のことだ。フランス各地の映画祭で上映され、フランス映画批評家組合賞で最高短編賞を獲得したのである。今回はこの作品をレビューするのだが後回し、もう少しシュエブ監督のキャリアを見ていこう。

2009年には短編"Dru"を監督、2011年には再び脚本家として「女子大生レア 秘密の仕事」を手掛ける、ということで彼女のカタカナ表記はこの映画の表記に依っているのだが、エロ文芸映画にはこうやってこの作家の映画が実は……っていうのが本当に良くある、TSUTAYAのエロス枠は要チェックだ。話が逸れたが、2012年には彼女にとって初長編となるドキュメンタリー"Pays rêvé"を手掛ける。シュエブ監督の故郷レバノンを舞台に“夢の国”を探し求める人々を描いたドキュメンタリーだそうだ。ということで、彼女のキャリアをざっと見てみた所でデビュー作"Sous mon lit"のレビューに入ろう。

16歳のミア(Emeline Becuwe)は不機嫌な顔を誰にでもなく周りの世界そのものに向ける、そんな孤独な少女だった。冬休みを迎え、同級生たちはさよならの代わりに頬を擦り付けあう。そんなヨーロッパ的なスキンシップにミアは憎々しげな眼差しを突き刺す。頬と頬を擦り付けあう、唇と唇を重ねあう、皮膚と皮膚、粘膜と粘膜……そんな光景を見ると怖気が走るのを止められないのだ。その日の食卓、魚を切り刻み、目玉をくりぬき口に放り込む父の汚ならしさにまたミアは吐き気を催す。

明日からミアはロンドンへキャンプに行かなくてはいけない、全て親の差し金だ、その間に彼らはどこかへ旅行に行くらしい。だが彼女は空港へと向かうバスには乗らず、両親もいなくなった家に舞い戻る。1人だけになれる時間を活かさない手はないという訳だ。だがここから彼女の灰色の青春は、厳かに醜悪なホラーへと変わってゆく。

1人だけでは余りにも広すぎる家、ミアはしばし自由を楽しむのだが異変が起こり始める。自分以外の何かがいる、そんな気配を感じるのだ。ベッドの下、壁の向こう、そう思った時、白い壁が脈を打ち出す、次の瞬間にはただの白い壁が広がる。見間違えかと思いながら、その日からミアは自分の肉体にまで何かが起こるのを感じる。唇の皮が剥ける、彼女は鏡に自分の顔を映しながら、その薄皮を毟っていく。ここまで来ると露骨だが、家の生々しき変貌は、思春期に自分の肉体が変貌するのと呼応している訳で、白い壁はいつしかドロついた液体まで垂れ流すようになる。シュエブ監督は洋館の湛える格調高さと肉のグロテスクさを絶妙に混ぜ合わせながら、私という存在が私にとって最も嫌悪すべき存在へと変わっていく様を描き出す。

そして洋館ホラーと平行してこの作品は二度目の変貌を遂げるのだが、その鍵となる存在がマチュー(Clément van den Bergh)という少年だ。彼はミラにとって唯一の友人で、少しずつ心の平衡を失っていくミラを心配する。この関係に彼女が見出だすのは愛なのか、それとも。

そんな思春期の当惑は映画を官能的に歪めていき、何が本当で何が嘘か分からない耽美的な幻想譚へと最後の変貌を遂げるのである。このシームレスに移ろう展開の豊かさ、ミラを演じるEmeline Becuweの美しき脆さ(出演作がこれのみというのが本当に惜しまれる)、"Sous mon lit"はシュエブ監督の、思春期への愛憎入り交じる追憶のヴィジョンを心ゆくまで味わうことの出来る一作だ。[B+]

そしてショエブ監督の最新作は彼女が消えた浜辺「EDEN/エデン」に出演していたゴルシフテ・ファラハニを起用しての初劇長編"Mon Souffle"だという。レバノン、山の奥にある町Saoufar、主人公ナダ(ファラハニ)は長い空白期間を経て、家族の元へと戻ってきたが、彼らの住んでいた筈の家は廃墟とかしておりナダは愕然とする。しかし思い出の詰まったその廃墟にナダは残ることを決める、彼女の祖父が消えてしまったあの日の謎を解き明かすために……こう見ると分かるが、ショエブ監督は“家”というものに拘りがあるようだ。どんな映画になるか、シュエブ監督の今後に期待。

参考文献
http://www.torinofilmlab.it/project.php?id=139
https://iranianfilmdaily.wordpress.com/2014/09/19/golshifteh-monsouffle/
http://toutelaculture.com/cinema/interview-de-jihane-chouaib-realisatrice-de-pays-reve/

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その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
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