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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Jaak Kilmi&"Disko ja tuumasõda"/エストニア、いかにしてエマニエル夫人は全体主義に戦いを挑んだか

エストニアエストニア、取りあえず今の段階で私が知っていることを書くと、リトアニアラトビアと共にバルト三国の一国であること、去年か一昨年公開したクロワッサンで朝食をはフランス+エストニア映画であること、いや、本当にそれくらいしか知識がない。ということでやっとネットで調べてみると、何とSkypeを産んだのはエストニアらしい、更に議会選挙でインターネットを利用した電子投票を世界で初めて行った国もエストニアで、つまりエストニアはIT大国ということらしい、そうなのか……ということで今回紹介するのはそんなエストニアの知られざる歴史を描いたドキュメンタリー"Disko ja tuumasõda"とその監督Jaak Kilmiについてである。

Jaak Kilmiは1973年エストニアのタリンに生まれた。劇中でも描かれるのだが映画の原体験はテレビ放送の映画だった。J. Westholmi高校に通い"Oriest Studio"で映画と親しむ。タリン教育大学では本格的に監督業について学び、1998年に卒業製作として"Külla tuli"を作り監督としてデビュー、卒業後はRudolf Konimois Filmという製作会社に入社、50を越えるCM作品やTV番組用のドキュメンタリーを製作する。2001年からはタリン美術学校で教師も勤め、映画批評家としても活躍していた。

1997年のデビューから精力的に作品を製作している故に、Kilmi監督の代表作をかいつまんで紹介していこう。ドキュメンタリーを作り続けた彼が最初に有名になったのはRene Reinumagiと共同で監督した劇映画"Sigade Revolutsioon"(2004)だった。タイトルの意味は"革命の豚たち"、1986年、未だソ連全体主義の影響が色濃かった時代、夏のキャンプにやってきた高校生たちは冒険を楽しもうにも恋を楽しもうにも、規範がガッチガチで息苦しい日々を送ることになるのは目に見えていた。だが“この国では何かが腐っている!”とその空気に反旗を翻す高校生たちが登場、そんな光景を見たタリンという少年は……というカミング・オブ・エイジものらしい。そして2006年のオムニバスコメディ"Tabamata ime"Edward Vildeというエストニアの有名な劇作家が1912年に出版した同名戯曲の映画化で、故郷であるエストニアに帰ってきた若きピアニストが巻き起こす騒動を描き出した作品だという。そして2009年、Kilmi監督はドキュメンタリー"Disko ja tuumasõda"を監督する。

「ぼくは楽しい子供時代を過ごせた、だってフィンランドのテレビが観れたんだから」そんな監督の言葉から"Disko ja tuumasõda"は幕を開ける「テレビじゃアメリカのドラマ“ダラス”がやっていて、すごく面白かった。それで観た後は、フィンランドからの電波が届かない村に住んでる、いとこのウルヴェに毎週手紙を送ってたんだった」彼の思い出が語られる中で、いってもテレビでそんなに?というかなぜフィンランド?……観る者の頭に浮かぶそんな疑問が浮かぶだろう、ではまずエストニアの地理と戦後史を見ていこう。

バルト三国の中でも最も北に位置しているエストニア、東側にはロシア/ソ連がある関係で絶えずその脅威に晒されていた。そして第二次世界大戦中の1940年にはソ連によって占領され、かと思えば1941年には独ソ戦の流れでドイツが占領、さらに第二次大戦終結後は再びソ連の占領下に置かれ、とうとうエストニアソ連の一部として併合されてしまう。そしてエストニアの人々は共産主義の息苦しさの中での生活を余儀なくされる訳だった。

1950年代エストニアで初めてテレビが放送されることとなる、もちろんソ連との共同製作ゆえに共産プロパガンダみちみちの番組構成だったのだが、少しずつ一般家庭にテレビが浸透していった頃、ある事件が起こる。バルト海といわゆる“鉄のカーテン”を挟んで北側には西側諸国に属するフィンランドがあり、この国が巨大な電波塔を立てたら、何とテレビ電波がこっちまで届きフィンランドの番組が家のテレビで見れてしまう珍事(まあ、冷戦的な意味で故意だろうが)が起きてしまう。しかし、電波は届いて映像が見れても音が聞こえないなどの不具合があるなど完全ではない。そこに現れたのが秘密裏に電波変換器を製作・売買する電気技師たちだった。もちろん違法ゆえに命懸けの行為だったが、彼らの活躍でフィンランドの番組を見れる家庭は増えていき、それに従って西側諸国に触れる者も増え、ということは……

以前、アイスホッケーを通じて冷戦を描き出すドキュメンタリー「レッドアーミー〜氷上の熱き冷戦〜」を紹介したが、この"Disko ja tuumasõda"で冷戦が繰り広げられる舞台はテレビである。実際にフィンランドのTV局に勤めていた元局員や逆にソ連のTV局員、冷戦の研究家などの証言に加え、監督自身の過去も交えた何だか妙にシュールな再現映像によってドキュメンタリーは構成されているのだが、全く事実は小説よりも奇なりとしか言えない状況が次々と明かされていく。

エストニアでの現状を知った西側諸国、特にアメリカはその電波にポップカルチャー――例えば冒頭に挙げた「ダラス」などのテレビドラマ、そして流行真っ只中のディスコ文化などなど――を乗せ、文化もクソもないソ連は最低や!資本主義最高やで!と喧伝しまくる。そしてソ連側も西側の思惑に気づき、こっちのTV局でも色々試行錯誤して番組作ったり、それで駄目ならフィンランドの電波を受信するアンテナを撤去したり、フィンランドに圧力をかけたりと必死だ。「僕たちはテレビを使ったプロパガンダ実験の、最初の被験者だった」とは監督の言葉、ソ連側の抵抗に対して西側諸国はテレビが宿す、無意識に訴えかける“ソフト・パワー”を駆使して鉄のカーテンを突き崩そうとしていた訳だ。

とか書けばシリアスだが、実際の光景は滑稽以外の何物でもなくて、中でも最高なのが、フィンランドが映画枠でグレタ・ガルボ主演のニノチカを流した時の出来事だ。観てない人に内容を説明すると、ソ連の凄腕スパイであるガルボは任務のためアメリカへと赴くが、そこで出会った口髭のエロティックなアメリカ人メルヴィン・ダグラスに恋をしてソ連を裏切ってしまう……ともう明らかに喧嘩売ってるのだ、ソ連に。でソ連もキレて圧力をかけ、次の放送の際、ガルボがパーティでシャンパンを楽しんでいるシーンにこんな字幕を付けさせる――ガルボが飲んでいるシャンパンはソビエト連邦産です。真面目なのか実はバカなのかなんなのか。

そしてTVプロパガンダ冷戦の最高潮は80年代後半にやってくる。ソ連の勢いも衰退し始め、旧態に固執するエストニア共産党第一書記カール・ヴァイノと新たな道を模索するゴルバチョフ書記長の間で対立が顕在化した頃、だがエストニアの人々はそんな眼中になく、ある情報に国中の注目が集まっていた――フィンランド「エマニエル夫人」が放送!あの噂のエロエロ映画がとうとう……!と老若男女が騒ぎ出す。もうこのソ連のゴタゴタと「エマニエル夫人」のゴタゴタが平行して描かれる時点でニヤニヤものだが、監督が素晴らしいのはエマニエル夫人放送当日をおかしな再現映像を駆使して、エストニア運命の日として描くところにある、その多くは語れないが印象的なシークエンスで彼は言葉なき叫び声を上げる“色々あったけども、エロとテレビがエストニアを救った!”と。

ドキュメンタリーというのはある事実に対して誰も見たことのない新たな側面を提示するものであるべきだが、"Disko ja tuumasõda"はもう良くこんな視点で語ろうと思ったよなー!と素直に驚嘆するしかない作品だ。ということでもう一回“エロとテレビがエストニアを救った!”[A]

Kilmi監督の最新作はArbo Tammiksaarとの共同監督作である"Christ Lives in Siberia"である。シベリアの奥地に住むカルト教団の日常を描いた作品で、大人たちは救世主が通ったという道を讃美歌を唄いながら進んでいき、子供たちは"シベリアのイエス"であるヴィサリオンの言葉を学校で学び続ける。そしてとうとうカメラの前で救世主が再誕を遂げる……という、絶対ヤバそうで面白そうなドキュメンタリーだ。調べてみるとこのカルト教団についてはWIREDでも取り上げられているので読むと、この映画が観れた時もっと楽しめるやも。ということで、Kilmi監督の作品入ってこいよ!と思うと共に、監督の今後にも期待。


メーラドゥダモールシャンルクゥアエードゥエエマニュエール キーパクゥーアコープペルドゥーン

参考文献
http://globalcomment.com/disco-and-atomic-war/#(監督インタビューその1)
http://blog.hulu.com/2010/07/30/filmmaker-interview-jaak-kilmi/(監督インタビューその2)
http://www.estinst.ee/publications/estonianculture/I_MMIII/kaus.html(監督インタビューその3)

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