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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Julia Murat &"Historia"/私たちが思い出す時にだけ存在する幾つかの物語について

私にとってブラジル映画といったら、少し前まではエログロのカリスマキチガイ貴公子コフィン・ジョー一択だった。いやだって取り敢えずこの動画観てみてよ、アレだろ!……しかしここ最近、現代ブラジル映画を何本か観てきて、新しい才能現れ始めてるなあと思った。日本でも劇場公開された「聖者の午後」フランシスコ・ガルシアや、"O Som ao Redor"クレベール・メンドンサ・フィーリョ Kleber Mendosa Filho、劇映画とドキュメンタリー映画を股にかけブラジルの今を描き出す"Boi Neon"のガブリエル・マスカロ、濃厚に漂う不穏な死とラテン仕込みの陽気な生を若さ溢れるエネルギーで以て大胆に融合させた"Mate-me por favor"のアニタ・ムチャ・デ・シルヴェイラなどなど。さて、私の好きな監督・俳優その40は上記4人に続くブラジルの新鋭Julia Muratと彼女の監督デビュー作"Historia"について紹介していこう。

Julia Muratは1979年リオ・デ・ジャネイロに生まれる。10代の頃から映画に魅了され、まずリオ・デ・ジャネイロ大学(UFRJ)では工業デザインを学び学士を取得、そして2004年からはブラジルで著名な歴史学者/人類学者/政治家であった人物の名を冠したダルシー・ヒベイロ映画学校で脚本について学んでいた。UFRJ在学中から映画作りを始め、2001年にはデビュー短編"A velha, o canto, as fotos"を、2004年には第2短編"Ausencia"を監督するなど精力的に短編、実験映画、CM、ビデオ・インスタレーションを製作する一方、2000年の"Brava Gente Brasieira"では第2助監督、2006年の"Olhar Estrangeiro"では撮影・編集など他の監督作では裏方として経験を積み上げる。

そして2008年、彼女はLeo Bittencourtと共に初の長編であるドキュメンタリー"Dia dos Pais"(ポルトガル語で"父の日")を共同監督する。昔はコーヒーの栽培で有名でありながら、現在は衰退し、時代から取り残されてしまった4つの小さな村について、過去と現在を線路の道筋を辿りながら描いていくというドキュメンタリーだそうだ。

さて、ここからは今回紹介する"Historia"についてである。この作品の構想が浮かんだのは1999年、閉鎖された墓地のある村で映画撮影をしている時のことだったという。7時間の船旅を経て死体を納めた棺はこの墓地へとやってきた、そんな話を聞いた彼女は、いつしか閉鎖された墓地によって人々から死が奪われた村についての物語を作りたいと思ったそうだ。そして10何年もの間この構想を暖め続けた末に、2011年Murat監督は長編劇映画である"Historia"をついに完成させる。

どこまでも広がる闇の奥、ふと橙色のほのかな灯りがともる。その灯りはゆっくりとこちらへと近づいてきて、灯りを持つ老女マダレナ(Sonia Guedes)の顔がハッキリと見えてくる、皺深い頬、何か諦めを湛えたかのような表情、彼女はテーブルに灯りを置いて、何をするかと思えば、彼女はパン作りを始める。

マダレナはパン生地を詰めたカゴを持って、線路の上を歩く。足はもたつき歩みは遅いが、少しずつ前へと進んでいく。辿り着くのは友人であるアントニオ(Luiz Serra)のコーヒーショップだ、おはようと挨拶を交わし店のカウンターにカゴを置く。2人で静かにコーヒーを飲んだ後は、協会へと向かい讃美歌を歌い、神父(Ricardo Merkin)の言葉を聞く。それから皆で昼御飯を食べ、夕日が沈む頃、線路を辿って家へと帰る。寝る前には亡き夫へ愛の言葉を綴った手紙を書き、そして眠りにつく。それがマダレナの1日の風景だった。

"Historia"の前半はマダレナのそんな日常をただ淡々と描き出していく。毎日毎日何も変わることがない、同じ行動、同じ光景、同じ言葉が繰り返される、いったい何十年こんな日々を送っているのだろう、私たちは微かな痛みと共にその問いを思い浮かべるかもしれないが、おそらくその答えはマダレナ自身にも分からなくなっている。時間に取り残された村、死にすら忘れ去られた場所、彼女は同じ日々を生き続けていた。

ある日、家に帰ってきたマダレナは玄関に人影を見つける。それはリタ(Lisa Fávero)という若い旅人で、長い旅を経てこの村にたどり着いたという。どこか泊まれる場所はありませんか、そんな言葉にマダレナは少し躊躇はするも、自身の家に彼女を泊めることにする。夜も耽る頃マダレナは、カメラを持ち家の中を撮影するリタを見つける。マダレナは戸惑いながらもその姿を見つめ、何かを感じ始めていた。

リタの存在は村に小さな波紋を広げる。旅人という名の部外者である彼女に対するアントニオたちの敵意は、言葉はなくも露骨だ。なぜ彼らはそんなにもリタに敵意を見せるのか、ただ部外者であるという理由だけではない、徐々に明らかになってきているのは彼らが時と死に見放された今を心地よく感じていることだ。死への恐れが彼らに同じ1日が永遠に続くことを選ばせていた、だがそれを本当に人生と言えるのだろうか?

リタは村の風景をそのカメラに写しとるうち、ある場所を見つける、それが閉鎖された墓地だった。彼女は中に入りそこを撮影したいと言うが、神父たちは申し出を断る。墓地は言うまでもなく死の象徴であり、もし開放したとするならば今の安寧は失われてしまうと恐れているからだ。しかしリタは彼らの心に触れ、ゆっくりと恐怖や不安を解きほぐしていく。ここに監督の暖かくも強い死生への洞察がある、死は確かに恐ろしいものかもしれない、死はあなたの大切な人々を奪っていったかもしれない、だけど死が存在してこそ人生に息を呑むほどの美しさはもたらされる、死と共に生きていくことにこそ意味があるのだと。そうして目を背けていた過去の記憶を取り戻していく人々の姿、全てを受け入れたマダレナがリタのカメラの前で見せる笑顔は私たちの心を抱きしめてくれる。

"Historia"は生と死についての美しく謎めいた物語だ。心の中に一度入り込んだのなら、移り行く時間と共に少しずつ、少しずつその暖かさは染み渡り、一生忘れ去られることはないだろう。[B+/A-]

"Historia"はヴェネチア国際映画祭に出品されたのを皮切りに、トロントレイキャビックロッテルダム台北など世界各地の映画祭で上映され、スイスのフリブール国際映画祭では4冠を達成、リマ・ラテン・アメリカ映画祭では最高賞、ソフィア国際映画祭ではグランプリを獲得するなど世界的に評価されることとなった。2011年以後は編集に専念して監督作がまだないのだが、次回作もきっと私たちを魅了する作品を作ってくれるだろう、ということでMurat監督の今後に期待。


そうです、この方がコフィン・ジョーです(Murat監督には何の関係もありません)

参考文献
https://www.festivalscope.com/director/murat-julia(プロフィール)
http://www.filmeb.com.br/quem-e-quem/diretor-montador-produtor-roteirista/julia-murat(ポルトガル語プロフィール)
http://taigafilmes.com/wp/pt/filmes-realizados/dia-dos-pais/(Dia dos Paisレビュー)
http://lemagazine.jeudepaume.org/blogs/shelleyrice/2012/07/12/found-memories-the-quick-and-the-still-directed-by-julia-murat-brazil-2011/(監督インタビュー)

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