鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

私が「バーガンディー公爵」をどれだけ愛しているかについての5000字+α

2015年現在、イングランド映画界において私が"ビッグ3"と呼ぶ監督がいる。まず1人がジョナサン・フレイザーだ。映像作家としてジャミロクワイ"Virtual Insanity"などを手掛けていたフレイザーは2000年に異色のノワール映画「セクシービースト」でデビュー、個人的にはこの映画のベン・キングスレーは何に差し置いても最も素晴らしい演技を魅せていると思う、いやいやただ一語を繰り返すだけのキングスレーのこの力強さを観て欲しい、凄くない、凄くない?……そして2004年にはニコール・キッドマン主演の記憶の棘を監督、これも凄まじく面白かったがこの後9年ものブランクを挟み、2013年には世界各国で話題になったスカーレット・ヨハンソン「アンダー・ザ・スキン」を監督して、その後はご承知の通りである。

そして2人目はアンドリュー・ヘイ、日本での知名度は余り高くないかもしれないがデビュー作はロンドンで男娼をしている青年を描いた"Greek Pete"、そして2作目だ、この2作目が頗る高い評判を受けた「ウィークエンド」である、あの鮮血の美学の鬼畜野郎デヴィッド・ヘスが嬉々として再びの鬼畜を演じるあの作品ではない、一夜限りの関係だった筈がその束の間に絆を築いていく2人の男性を描いた作品で東京国際レズビアン&ゲイ映画祭でも上映されている。そして3作目はベルリン国際映画祭シャーロット・ランプリングトム・コートニーが俳優賞をダブル受賞した"45 Years"、これで世界的な名声を磐石のものとした。

では3人目は「ハンガー」「SHAME」「それでも夜は明けるスティーブ・マックイーン……と言いたい所だが、アカデミー作品賞を獲っている意味でイングランドどころか世界を股にかけた"ビッグ3"なので除外、じゃあ"Unrelated"「家族の波紋」"Exhibition"ジョアンナ・ホッグかと言えば、惜しい、多分将来的に皆が4作目を作ったその時には"イングランド・ビッグ4"に入れたいとは思っているが違う、じゃあ誰だといえばという所で、ブリテン諸島映画作家たち第6弾は長編作品たった3作で世界的名声を得た映画作家ピーター・ストリックランドと彼のその正に3作目の長編映画"The Duke of Burgundy"について紹介していこう……と思ったんだけども、今日再見して、ああこれは私にとってのオールタイムベストだわ……と恍惚に陥ってしまったので、"The Duke of Burgundy"についてだけ延々と書いていきたいと思う。

まずあらすじ、と行きたいが、いやいやそれどころではない。私はもう"The Duke of Burgundy"のOPの時点で号泣してしまったのだ。これはイライジャ・ウッド主演のリメイク版「マニアック」で一番最初に頭皮をもぎ取ってMANIACの題字がドーーーーーーーンとなった瞬間に涙が溢れてきたのが今までの最速号泣タイムだったが、それより全然早い、始まって1分で泣いた、こう、妙に爽やかな音楽だとかタイトルの出方だとか極彩色だとか、そういうのが出てきた時、何と言うかとてつもない"懐かしさ"を覚えたのだ、この懐かしさについては後述したいのだが、私は映画を観てまだ4年しか経っていないけども、ああ今まで映画見続けて良かったと思えた、ワンデーイオーキュパーイユードンビリービーイフユーコンラー、歌詞が何て言ってるのか分からないが泣いた、ダバダバ泣いた。

さて、あらすじ。自転車で野を駆け抜けるエヴリン(バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所」キアラ・ダンナ)という女性の姿から物語は始まる。向かう先はとある洋館だ、エヴリンはブザーを鳴らしドアの前で彼女を待ち続ける。嫌がらせのように時間は過ぎていき、やっと開かれたドア、その向こうには洋館の主人であるシンシア(「アフター・ウェディング」シセ・バベット・クヌッセン)が露骨に不機嫌な面持ちで立っている。「遅刻よ」「……すみません」エヴリンは早速洋館内の掃除をさせられるが、シンシアは高圧的な態度で以て彼女に接し、戯れにゴミを投げ捨てたり、休憩する時間すら与えなかったりと、酷い仕打ちを繰り返す。そしてエヴリンが何か間違いを犯したときは目敏くそれを咎め、理不尽に彼女を批難し、"ちょっとした罰"を与えようとする。ドアの向こう、口を開けなさい、ゴボッゴボッとエヴリンの苦しむ声が響く……

ふむふむ、この作品は主人と若い下僕のSM映画ということかとまずはそんな印象だ。シンシアは蝶や蛾を研究している学者でもあり、屋敷の中にはそこら中に美しくグロテスクな標本の数々が飾ってある、彼らの羽にはまるで眼のような模様、数百、数千の眼に見つめられ、シンシアとエヴリンとの間で繰り広げられる"ちょっとした罰"はエロスを増していく。ソファーに座るシンシア、ひざまずくエヴリンに対して足を差し出す、そっと靴を脱がせてシンシアの足にマッサージを施していく、その手は段々と……そんな光景が耽美としか言い様のない映像美で綴られていく訳だが、これがずっと続くとしたら私がここまでこの作品を好きになっている筈がない。

ああ、こんな時を夢見ていました、貴方は私の理想です、こんな日を待ちわびていました、私と貴方は死ぬまでずっと一緒です……どこからかエヴリンの囁きが聞こえてくる瞬間から、少しずつ物語はそのトーンを変えていく。先まではエヴリン視点で話が進んでいたが、ここからはシンシア視点で話が進む、ブザーの響く音を彼女は鏡の前で聞いている、そしてエヴリンから受け取っていた紙に再び目を通す“私の愛する人、ブザーが鳴ったら何分待ってから開けてください、それから……”シンシアはその指示に従い、何分待ってからドアを開ける。そしてその指示の通り「遅刻よ」と言い、指示の通り尊大に読書をしながら、掃除をするエヴリンの姿を指示通りに眺め、指示通りの場所にエヴリンが来ると指示の通りにゴミを投げ、指示通りに罵倒を投げつけ、指示通りに下着を洗濯しろと命じ、指示通りの下着を持って、指示通りの罵倒を投げつけ、指示通りの部屋に入り、指示通りに言葉を喋りながら、指示通りに"ちょっとした罰"を与える。

ルイス・ブニュエル「昼顔」にも、ケツをムチでぶっ叩かれながら「そこ台本と違うじゃないか!!!」と娼婦に対して叫ぶ客がいたがそういうことだ。SはサービスのS、MはマスターのM、こんな主従関係の転倒が明らかになってきてどんどん話は面白くなってくる、つまりこの映画、ものすごいドMの若い子にメロメロになってしまった故に、愛する彼女のワガママに付き合ってドSの女王様をずっと演じなくてはならなくなった中年女性の悲喜こもごもなコメディ映画なんだよこれ!もうエヴリンの愛を繋ぎ止めていようと、慣れないことに奮闘して時々ドジったりするシンシアの姿がもう愛おしい、愛おしすぎる!!!私は女>女or男な、歳の差恋愛ものが大好きなので、この展開には驚くと共にもう悶えまくった!!!

中盤辺りで本当に何だか笑っていいのか胸掻き毟られて号泣すればいいのか分からない、個人的に大泣き大笑い名シーンがあって、ベッドの中でシンシアとエヴリンが一緒に起きてキスしたり頬を触りあったりし、もうこの時点で愛おしいのだが、エヴリンがな「私に何か言って」とお願いして、シンシアが「言葉に尽くせないほど、貴方を愛してる、大好き、貴方といられて私は本当に幸せ……」と言うと、エヴリンが途端に白けた顔して「いや、別のこと言ってください」言うんだこれが、もう胸が詰まる、胸が痛い、それでシンシアは「幸せじゃない、貴方に吐き気がする、愚かでクズな……」とか言うんだけど、愛してるって言葉よりもむしろ彼女を傷つける言葉が相手にとっては愛してると同義で、本当に本当に好きなのに、愛してるって言って伝わらないこの、このな、このシンシアの辛さな、しかも罵倒し出したらエヴリンは恍惚の中でオナニーを始めて「ほらもっと、もっと言って!!!」と一人で盛り上がられるんだけど、シンシアは真顔で罵倒の言葉を言い続け、長く言うの慣れてないから「あの、もう、無理……」と弱気になって、更にエヴリン「じゃあ、もっかい最初から繰り返して!ほら!」と言い出し、それでも続かなくなると「アドリブで!」とか言い出して、イったらイったで「次からは罵倒にもっと説得力が欲しいですね」とか言い出す!!!シンシアは真顔で「説得力ね……」っていう!!!何だこの言葉攻めシーンは!!!エヴリンこのワガママ娘が!!!っていうのとああシンシアああああ……って馬鹿げてるやら切ないやらで、もう凄い、しかも長回しで、2人の顔面温度差をありのまま画面に焼き付けてるからもうな。

興奮しすぎたので、少しストリックランド監督のこだわりについて書こう。彼は2008年に"Katalin Varga"でデビュー、2013年には日本でも公開されたバーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所」が2作目で、この"The Duke of Burgundy"が3作目な訳だが、ストリックランド監督の凄い所は、ニッチすぎるジャンル映画を脱構築することで観たことのないアート映画を作り出すところにある、文芸映画界のタランティーノと言ったら良いのか悪いのか。"Katalin Varga"は主人公が自分をレイプした相手に復讐するという物語なのだが、これって「発情アニマル」だとか「ウィークエンド」のような70、80年代に流行ったレイプ・リベンジものと根本のストーリーは全く同じなのだ、しかし演出はルーマニア雄大な風景にともかく圧倒される、つまりはこう、テレンス・マリックがレイプ・リベンジ映画を監督したらという作風なのだ。そして2作目はイタリアの俗悪犯罪映画ジャーロにオマージュを込めた作品で、エレーヌ・カテらが「煽情」「内なる迷宮」で捧げたオマージュとはまた違う、物凄い不思議な感じなのだ、ネトフリで配信しているので取りあえず観て欲しい。

では"The Duke of Burgundy"がオマージュを捧げる対象は何かといえば、それはユーロ・トラッシュというジャンルだ。"ヨーロッパのクズ"ってどんなジャンルだと思う方もおられるかもしれないが、そのままクズ映画、Z級映画と思ってもらって差し支えない。70年代、80年代に金を稼ぐためにボコスカクズ映画を作ったジャン・ローランジェス・フランコラドリー・メツガーという偉大なる作家たちがいて、金のためなのでやっつけもやっつけな映画なのだが、そのやっつけ感が一周回ってお洒落で耽美で幻惑的で素晴らしい!と再評価されたのである。ストリックランドもその魅力にドはまりした者の1人で趣味が高じてこんな映画作っちゃった訳だが、いやいや編集がバッチバチで脈絡通ってなかったり、画面が万華鏡みたいになったり、思わせ振りにお耽美なショット入れたり、ユーロ・トラッシュの要素を完コピしている、そこなのだ、私がこの映画に"懐かしさ"を感じるのは、タイトルの出方とかまあユーロ・トラッシュに限らず70年代辺りこうやってタイトル出る映画いっぱいあったよなとかそういうさ!

でもう1つ欠かせない要素が映画全体に通低する“欧州のどこか”感だ、これが重要で、ユーロ・トラッシュ作家は安く映画を作る天才ということで、金を稼ぎたいってスタジオに請われて、欧州の色んなとこ行って、ロケ地も俳優もスタッフも国籍バラバラな感じで映画撮ってた訳だが、ストリックランドはその多/無国籍感を意図的に再現しようとしたのだ。ストリックランド自身はイングランド人で、シンシア役のシセ・バベット・クヌッセンはデンマーク人、エヴリン役のキアラ・はイタリア人、映画の途中で大工が出てくるのだが彼女はファトゥマ・モハマドというストリックランド作品皆勤俳優でルーマニア人、そしてロケ地はハンガリーとてんでバラバラ、これが上手く作用している訳だ。更に映画の随所に彼の拘りが炸裂していて、登場人物は全員女性だったり、OPクレジットではっ???って思うクレジットがあったり、蝶の学会に参列する人々の中にしれっとマネキンを仕込んでいたり、物語に直接関係ない所の作り込みが凄まじくて、ストリックランド監督の遊び心はマジで最高だ、マジで最高だ。

本筋に戻ろう。エヴリンの気を惹くため、いじましいまでに努力するシンシアだが、彼女が日に日に感じるのは老いの感覚だ。自転車を駐車しようと思って、ちょっと体を変な風に動かしたら腰を完全に痛め、エヴリンに対して惨めな姿を晒してしまう。この何とも言えない悲哀が、こんな姿の老いた私なんか彼女は愛してくれないのではないかと、そんな思いを生んで、もう見てて辛くなる、のにストリックランド監督の意地悪なユーモアに笑わされて、でもやっぱりシンシアの思いはもう辛い。で、彼女を演じるシッセ・バベット・クヌッセン、「アフター・ウエディング」「コペンハーゲン 首相の決断」の主人公と言えばピンとくるかもしれないが、いやいや余裕でキャリア史上最高の演技でしょうこれは、もうシンシアの可笑しくも切ない姿を完全に体現してる、素晴らしすぎる。

で、この映画を観ているとハッキリしてくるのが、これがシンシアのエヴリンに対する深い純愛の物語だということだ、今時珍しいくらいに他の誰でもなく貴方だけが好きだという純粋な愛が描かれているのだ。その純愛が相手のとんでもなくワガママな性癖や老いという試練を越えられるのかという訳で、美術とか演出とかはヤバい凝ってる、凝ってるんだけど、話自体はもうドシンプルなのだ。あーシンシア、幸せになってシンシアああああってもうずっとなる、凄いなる、もう全部好きだよ、この映画は、嫌いな所が1つもない、全てが心に迫ってくる、全てが好きだよこの映画。「ほぼ冒険野郎マクグルーバーくらい笑えてニュー・シネマ・パラダイスくらい泣ける、あー素晴らしい、ああもう超素晴らしい、もう一回観よ……


ブリテン諸島映画作家たち
その1 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その2 Sally El Hosaini&"My Brother the Devil"/俺の兄貴は、俺の弟は
その3 Carol Morley&"Dreams of a Life"/この温もりの中で安らかに眠れますように
その4 アンドリュー・ヒューム&"Snow in Paradise"/イスラーム、ロンドンに息づく1つの救い
その5 Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる