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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く

アメリカのインディー映画界というのは本当に広くて、色々観まくってああ今の映画界こんなことになってるのねと知った気になっていると、その多様性にブン殴られる時が多々ある。「女教師」「6年愛」ハンナ・フィデル(この記事この記事を読んでね)、"Glass Chin"Noah Bushel(お次はこの紹介記事だ)、"The Fits"アナ・ローズ・ホルマー(そしてこの紹介記事も)、"As high as the sky" Nikki Braendlin(最後はこの紹介記事だ)……こんな才能に出会うために私は有象無象の米インディー映画を観ている訳だが、出会いましたよええ。ということでポスト・マンブルコア世代の作家たちその15では唯一無二の凄みを湛えた映画作家Rick Alversonと彼の監督作"The Comedy"を紹介していこう。

Rick Alversonは1971年6月25日、ワシントン州のスポーケンに生まれた。まずはミュージシャンとしてキャリアを歩み始め、インディアナ州ブルーミントンのインディー・レコードレーベルであるジャグジャグウォー(Jagjaguwar)に所属、Spokaneというバンドで"Leisure and Other Songs"(2000)や"Close Quarters"(2001)、"Able Bodies"(2003)などをリリースし、話題を集める。それと同時に映像作家としてAngel OlsenSharon Van EttenBonny Prince BillyBenjamin BookerなどのMVを手掛け(Alverson監督のvimeoから作品が観れます)、2010年にAlverson監督は初めての長編映画Trailer for THE BUILDER by R. Alverson - YouTube"The Builder"を手掛ける。主人公はアイルランド移民の中年男性だ、大工を生業としているが、NY外れの田舎で過ごす内に説明しようのない疲労に打ちひしがれる自分に気付いた男は、世界と自己の間に横たわる断絶を解消しようとするが……という実存主義的な問題を宿した作品だという。

そして彼の長編2作目は"New Jerusalem"(2011)だ、主人公は前作に続き再びアイルランド移民である男性ショーン(Colm O'Leary)だ、アフガニスタンの戦場からアメリカへと帰還した彼はイーク(Will Oldham)という男と出会う。彼はキリスト教福音主義者であり、ショーンの中に今にも崩れそうな脆さを見つけ、自身が築く楽園へと彼を導いていくのだが……という物語を通じてユートピアの誘惑と限界を描き出す作品だそう。そして2012年、Alverson監督は第3長編"The Comedy"を監督する。

2人の中年男性が上半身裸でぶつかりあう……彼らは仲間たちも交えビールを飲んで飲んで飲みまくる……白いブリーフを引っ張って布と尻の間にビールを注ぎ込んでいく……スローモーションで描かれるそんな滑稽に刹那的な光景から"The Comedy"は幕を開ける。主人公はその中年男性の中の1人であるスワンソン(ティム・ハイデッカー)、死んだ魚の目、汚ならしい髭面、脂肪を醜く蓄えた中年腹の彼はパーティの後、病室へと向かう。死にかけた父親の見舞いらしい、そこでも酒を飲みながら看護師に対して語るのは脱肛についてだ、スワンソンは淡々と脱肛について語り続ける、脱肛になるのは嫌だよな、脱肛になってる自分を想像してみろよ、もしくは脱肛になった患者を処置してる自分をさ、無表情の看護師に延々と脱肛についてスワンソンは語り続ける。

そして彼が手にしたのは父親の莫大なる財産だった、もうずっと働く必要もなしに遊び歩けるだけの莫大な財産。彼は自分と同じく年を取り中年の臭気を晒すヒップスターの友人たちと共に永遠の夏休みを過ごす、酒を呑む、野球で遊ぶ、自転車で町を行く、それが常軌を逸した熱狂へと転がっていくかと言えば全く違う、むしろ逆だ、広がるのは震えるほどの乾き、もしドン・デリーロがヒップスターを主人公に作品を描いたならこうなるのではないか、虚無という概念をもし映画として表現したならばこうなるのではないかと、そんな恐怖を抱かせるほどの乾きがこの映画全体を支配している。ここにAlverson監督の無二の凄みがある。

スワンソンは毎日を怠惰に過ごしながら、同時に無表情で様々な存在を踏みにじっていく。ハハハ、ヒトラードイツ国民にとってチアリーダーみたいな存在だったんだ、消化不良を起こしたチアリーダー、ハハハ、ホームレスのケツは汚いけど、チンコは赤ちゃんの息みたいに綺麗だ、そのチンコから発射される精液を資本家は口をポカンと開いて待ってやがる、ハハハ……冗談なのか本気なのか分からないぼやけたトーンでスワンソンはそんな言葉を口に出す。そして友人と共に教会へ赴き、度を越した悪ふざけで空気を穢していく、タクシーに乗ると移民の運転手のアクセントを真似しトコトン馬鹿にし続ける。スワンソンは周りに存在する全てに悪意を向けていく、その理由は杳として伺い知れない、そこに存在するから悪意を向けるまでだといった風だ。

俳優陣は映画のトーンに合わせ、これでもかと精彩を欠いた演技を見せてくれるが、主演のティム・ハイデッガーを除きもう1人MVPを選ぶならば、スワンソンが気まぐれに働きだしたレストランのウェイトレス役ケイト・リン・シェイルだろう。マンブルコア含めゼロからテン年代にかけての米インディー映画界を語る上で欠かすことの出来ない俳優であるシェイルは、アレックス・ロス・ペリー"Queen of Earth"(レビュー記事はこちら)やアダム・ウィンガード「サプライズ」など短い登場で注目をかっさらうが、今回も正にそうで、いきなり顔を出したかと思うと、この映画に更なる滑稽な不穏さだけ残して跡形もなく姿を消す様はいつもながら素晴らしい。そしてスワンソン役のティム・ハイデッカー、コメディアン出身故に劇中で口にする言葉は彼のネタかもしれないが、だとすると、人を笑わせる筈のネタに虚ろな響きを持たせ、むしろ人々が笑わない、というか人々を真顔にさせるために用いる倒錯ぶりは凄まじい、彼の存在がなければここまで空虚な作品が出来ることはなかっただろう。

観るのが苦痛なほどの退屈さを宿した映画というものが存在する、その殆どが"この映画は退屈である=この映画は駄作である"という方程式の域を出ないが、ごくまれに"この映画は退屈である=この映画は傑作である"という式が成立する作品が存在してしまう。例えばロバート・アルトマンクインテットがそうだ、氷に閉ざされた終末世界を舞台に殺人ゲームが繰り広げられる様を描く作品だが、スリルもサスペンスも絶無であり、本当に、本当に退屈な作品だ、しかしその退屈さは終末世界に生きる人々が抱く諦念にも似た退屈と共鳴しあう、その意味でこの作品は退屈でなければならない、退屈であるからこそ傑作だと言える。この"The Comedy"もそうだ、観客が抱く退屈はスワンソンの抱く退屈と重なりあい、 私たちはそこにアメリカという精神の荒野を見る。

そしてAlverson監督は2015年、第4長編"Entertainment"を手掛ける。"The Comedy"にも出演していたGregg Turkingtonが主演、モハーヴェ砂漠を渡り歩きスタンダップ・コメディを披露する主人公の不毛な旅を描いているらしく、"The Comedy"にも増して虚ろな旅路が観られそうで楽しみだ。ということでAlverson監督の今後に期待。

続きはこちら→Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路


"The Comedy"にはJCDサウンドシステムのジェームズ・マーフィーもヒップスターの友人役で出てます。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く