鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

José María de Orbe&"Aita"/バスク、移りゆく歴史に人生は短すぎる

さて、今回紹介する映画はバスク映画である。私含め皆さんに馴染みのないだろう国の映画を紹介する時の、あのお決まりの問いをここにも書くとしよう、あなたはバスクのことをどのくらい知っているだろうか。スペインの北に位置する地域、この前私がかなり注目しているアイスランド映画作家Rúnar Rúnarssonが最高賞を獲得したサン・セバスティアン国際映画祭、独立運動ビルバオグッゲンハイム美術館、私にとってはビルバオ-ニューヨーク-ビルバオを書いた小説家キルメン・ウリベの出身地で「アナとオットー」「ルシアとSEXフリオ・メデムバスク出身だったりする。ということで、今回はもう一人のバスク人映画監督José María de Orbeと、彼の監督作"Aita"を紹介して行こう。

José María de Orbe監督は1958年バスクサン・セバスティアンに生まれた。ロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティチュートで監督業について学び、1985年に卒業後はカリフォルニアで"Lifeguard" "Jonathan what the hell" "Neon"などの短編作品を精力的に手掛ける。この頃、長編用の脚本“Aquí no paran los trenes”を執筆したのだがプロデューサーが見つからず計画は頓挫してしまったという。Orde監督はフリーランスで広告を製作しながら、友人であったPepo Solと共に自身の製作会社O'Partnersを設立、世界最大級の広告祭カンヌライオンズで銅賞を獲得するなどして監督の名は一躍有名になる。

映画界においては彫刻家であるエドゥアルド・チリーダの創作過程を追ったドキュメンタリー"De Chillida a Hokusai"で脚本を担当、更にカタルーニャのインディー映画製作会社 Fresdeval Filmsを共同設立し、2003年に製作として携わった"Las horas del día"カンヌ国際映画祭FIPRESCI Prizeを獲得した。その一方で監督は実験映画やビデオ・インスタレーションを手掛け、2004年3月には自身の作品"Ausencias"がPeironcely de Madridで展示されるなど話題を集める。2006年には、Orde監督は初の長編作品"La línea recta"を監督、始まりも終りも存在しない、ただその地に生きる人々の人生をありのまま描き出したドキュメンタリーと劇映画の狭間を行く作品はスペイン・ヒホン国際映画祭、ブエノスアイレス映画祭などで上映される。

ここからは"Aita"の製作過程について少し。2008年にこの長編を監督しようと思ったというが、そのきっかけについてOrde監督はこう語る。"何年か前、私は13世紀に建てられたという邸宅を相続しました――映画はここで撮影しました。ある事情から今は無人なのですが、腐敗が進行する前にここから何かを創造したかった、腐敗を美しさへと昇華させたかったんです"そして監督は2年の歳月をかけて"Aita"を完成させる。

バスクの何処か、時代から取り残されたかのようなその屋敷に住んでいるのはたった一人の年老いた管理人(Luís Pescador)だけだ。朝を迎える度、彼は重い体を引きずって、屋敷に散りばめられた窓という窓を開け放っていく。響き渡るのは過去に思いを馳せるような重苦しい軋み、だが少しずつ陽の光が屋敷へと差し込んでくる、影はその黒の色彩を潜め、長い年月に削ぎ落ちていく内壁も暖かみを取り戻していく。そして年老いた白髪の男にとって、何百年もの時を生きる屋敷にとって、また新しい1日が始まる。

"Aitas"ほど、何も言わず何も聞かず、ただあなたのその目で観て欲しいとそう思う映画は珍しい。正直に言えば、この作品を言葉で説明する、つまり言葉という鋳型に嵌めてしまうことには何の意味も無いとすら思えるからだ。だがそれではこのブログが存在する意義が無くなってしまう。もし言葉にすることに意味がなくても、私の紹介でたった1人でも良いから作品を見てくれること、これが重要なのだ。さて、話を元に戻そう、この"Aitas"という作品にはプロットというものが完全に欠落している。ここに存在するのは過去・現在・未来、そんな時の流れだけだ。

老管理人は日々を屋敷の保護に費やしていく。外壁に鬱蒼と生い茂るツタを刈り取っていく、虫たちの駆除のため部屋に薬品を散布していく……その合間に現れるのは息子である神父(Mikel Goneaga)だ。2人は屋敷がこのままでは辿るだろう道筋について、"時"についての哲学的な対話を繰り広げていく。歴史は本当に少しずつしか移り変わらない、そこで生きるには人生は余りにも短すぎる、そんな言葉には屋敷にこだわり続けることへの自嘲が滲んでいる。だがそれでも管理人は屋敷と共に生きることを止めない、彼は屋敷と共に緩やかに朽ちていく。

Orde監督はそんな屋敷の光景を、カメラを通じて今に焼き付けようとする。映画作家であると同時に写真家でもある監督の眼差しは、屋敷に広がる何気ない光景にすら朽ちることと表裏一体にある永遠という概念を宿し、観る者の心を揺さぶる。光と影が交わりあう様を彼は掬いとっていき現れるショットの1つ1つは本当に美しい。

老管理人はある時、屋敷の何処かから讃美歌が響いてくるのを耳にする。彼は少しずつ声へと近付いていく。そしてその部屋へと辿り着いた彼は壁に寄りかかり、目を閉じて幾つもの響きが重なりあう歌声を聞く。だが声の主を映画は映し出すことがない、いやそこに存在しないのかもしれないと頭に浮かぶ時、同時に私たちが気付くのはこの響きが記憶だということだ。何百年もの悠久、そのいつかに存在した響き、屋敷はそれを覚え続けている。"Aitas"はそんな奇跡の散りばめられた物語だ。過ぎ去る全てへの祈りがここには込められている[A-]


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