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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き

ブラディ・コーベット、この名にピンとこなくともミヒャエル・ハネケ監督作ファニーゲームUSA」の不愉快甚だしいガキ2人の中で、マイケル・ピットではない方と言えば分かる人も多いのではないだろうか。俳優として「サーティーンズ」グレッグ・アラキ監督作"Mysterious Skin"、最近ではミア=ハンセン・ラブ「EDEN エデン」リューベン・オストルンド「フレンチアルプスで起きたこと」更には12月に日本でも公開されるベルトラン・ボネロ監督の「サン・ローラン」など現在欧米を股にかけ引っ張りだこなのである。

そんなコーベット、実は作り手としても頭角を表し始めていて、2009年に短編"Protect You + Me."で監督・脚本家デビューを果たし、マーサ、あるいはマーシー・メイショーン・ダーキンが製作を務めた"Simon Killer"では脚本を執筆。そして2015年には"The Childhood of a leader"(クリップ動画)で初の長編映画を監督、ベレニス・ベジョリアーム・カニンガムロバート・パティンソンなど俳優陣の豪華さも去ることながら、今年のヴェネチア国際映画祭で才能ある新人監督に送られるルイジ・デ・ラウレンティス賞を獲得、更にオリゾンティ部門では監督賞を受賞するなど、弱冠26才で俳優としても監督としても名声を馳せることとなった。だが今回紹介するのは勿論彼ではない、今回紹介するのはだ、公私共にコーベットに多大なる影響を与えているノルウェー人監督Mona Fastvoldと、彼女の長編デビュー作"The Sleepwalker"についてである。

Mona Fastvoldは1986年5月7日、ノルウェーオスロに生まれた。1998年、12歳の時ドラマ"Niki"で俳優としてデビュー、幾つかの映画・ドラマに出演するが、彼女が有名になるきっかけとなるドラマがノルウェーのソープドラマ"Hotel Caesar"だった。1998年から始まり現在はシーズン32(!)も放送中の今作、2006年に放送されていたシーズン26に出演、話題を集めた。

ところで、もしかするとMona Fastvoldという名前を映画以外の場所で聞いたことがある人がいるかもしれない。というのも彼女、実はノルウェーのシンガーソングライターであるソンドレ・ラルケの妻だった、そこには元がつくのだが。2005年7月に婚約したFastvoldは"Hotel Caesar"に出演の後、NYのブルックリンへ移住、活動拠点をノルウェーアメリカに広げる。幾つかの短編映画やナタリー・ポートマン「水曜日のアメリア」に端役として出演するが、彼女の興味は段々と俳優から作り手へと移っていく。まずは映像作家として夫ソンドレ・ラルケなど様々なMVを手掛けていくのだが何本かその作品を観ていこう。


ソンドレ・ラルケ - Go Right Ahead
親友である2人の少女が奇妙な踊りと共に、それぞれの青春を送る作品。ラルケの奏でる旋律は軽快で爽やかだが、何処か不穏さがつきまとう雰囲気は彼女が作る作品を予告しているようだ。


ラジカ - Vondt i Hjertet
ラジカはノルウェーの女子4人で結成されたバンド、日本でも有名だろう。不思議にトロピカルで浮遊感のあるサウンドをバックに行われるのは、ひたすらに寒々しいカーセックス、何だろうか大人の階段登ったとかそういうことだろうか、歌詞がノルウェー語なので当然意味は分からないが……


The Megaphonic Thrift - Fire Walk With Everyone
白いワンピースをまとった5人の少女、様々なイメージが駆け抜ける中、彼女たちは不思議な儀式を始める。彼女のMVではこれが一番好きかもしれない。「ピクニックatハンギングロックとかみたいな映画が物凄く好きなもので、私。ちなみにThe Megaphonic Thriftはノルウェーのベルゲンを拠点に活動する4人組オルタナシューゲイザーバンド。

で、この3作を選んだのには自分が好きなのもあるが、もう1つ理由があって、2本目の"Vondt i Hjertet"を観て、あっカーセックスの相手ブラディ・コーベットじゃん!と思った方は多いと思う。そして1本目と3本目に、何かリース・ウィザースプーンに似ていて、左肩甲骨あたりに"女"というタトゥーをしている俳優がいるのに気付いた方も多いと思う。実は彼女、今から紹介するFastvold監督のデビュー作の主演俳優Gitte Wittその人で、さらに3本目には共演俳優Stephanie Ellisも出演しているのだ。こうして映像作家としてキャリアを積み上げていき、Fastvold監督はデビュー長編"The Sleepwalker"を監督する。

幼馴染みであり、恋人同士でもあるカイア(Gitte Witte)とアンドリュー(「Girls」クリストファー・アボット)はマサチューセッツの山奥で静かな生活を送っていた。彼女たちが住むのは明らかに未完成な部分を晒した家、カイアの家族がある事情から手放した邸宅、2人はそこにリフォームを施しながら住んでいるのだ。Fastvold監督はまずカイアたちの生活を緩やかに綴っていく、寒々しく枝を露にする灰色の木々たち、愛し合うカイアとアンドリュー、日常の何気ない風景、広がるのは2人だけの世界、だがふと写り混む何かがある。本当に一瞬のことで、目の錯覚やもと疑うかもしれない、そんな疑問に一切の答えは出されぬまま物語は進む。

ある日、カイアの元に一本の電話がかかってくる。それは彼女の妹であるクリス(Stephanie Ellis)からだ。駅にいる、駅にいると要領を得ない言葉の数々、カイアは車を飛ばし、森を抜け、駅までやってくるとそこには呆然とした面持ちのクリスが佇んでいた。「聞いて、姉さんはもうすぐ叔母さんになるの、嬉しい?」車の中、彼女はお腹を優しくさすりながらそう呟くが、ここに来た理由については何も言わない。事態も呑み込めないまま、クリスを連れカイアは家に戻るが、アンドリューの態度は不可解なほど冷ややかだ。姉妹は一緒のベッドで夜を過ごすが、その親密さの裏側にもまた潜む物がある。そして翌朝、連絡を受けたクリスの婚約者アイラ(ブラディ・コーベット)が現れ、4人の人間が邸宅に集まる、2人だけの世界はゆっくりと姿を変えていく。

Fastvold監督が"The Sleepwalker"に不穏さを宿していく手捌きは、この作品が初監督作とは思えないほど熟達したものだ。好青年として現れたアイラがクリスと再会し最初に成すことと言えば、セックスだ。2人はクリスが姉と夜を過ごしたベッドの上で、激しく交わりあう。結果的に且つ唐突に観客は、理由もロクに窺い知れないまま始まったセックスを盗み見る窃視症患者に仕立てあげられる。だが当惑する暇もない、激しさは異様な方向にエスカレートしていき、私たちはクリスの異常性も目の当たりにさせられる。

そんなアイラやクリスに、アンドリューは不信感を隠さない。二者の間の緊張感が高まるのは、精緻に組み上げられた禍々しき晩餐においてだ。見せかけだけの歩み寄り、聞こえの良い言葉の数々、本心は気取られないようにという思いを抱けども、ある瞬間に4人は当惑を、怒りを、軽蔑をその顔に浮かべてしまうのを抑えられない。Fastvold監督は見1人1人の顔を真正面から撮しとり、一瞬の蠢きすら見逃さない。そして1人がジョークを口にする、笑い混じりに汚ないジョークを口にし、観客の抱く不愉快さを代弁するように1人がそれを咎める、ここに浮き上がるのは倫理観の断絶、拭いきれない確執の存在。

4人を演じる俳優たちのアンサンブルについても書くべきだろう。ブラディ・コーベット演じるアイラは主人公の妹の婚約者という4人の中で最も外部にいる人物であり、自身にも抱える物がありながら、3人の濃密な関係が移り変わる様を目撃する傍観者でもあり、共同で脚本を執筆したコーベットはその立場を理解し、安定した演技を見せる。カイア役のGitte Wittは妹を愛しながら彼女によって静かな生活を掻き乱され苦悩する主人公を好演している。そしてアンドリュー役のクリストファー・アボットの熱演ならぬ冷演は必見だ、アメリカ本国でも今年"James White"での演技が絶賛されていたが、黒ずんだ濁りが泥つく瞳、その中にギラつく生来の暴力性と猜疑心を押さえつけながらも、一挙手一投足に滲み出るのを止められない男の姿を演じきる。

だがこの作品で最も印象的なのはクリスを演じるStephanie Ellisだ。朧気な面持ち、指が一本触れるだけで骨すら折れてしまうのではと思うほどにか細い肉体、彼女こそがこの作品に汪溢する不穏さを象徴する存在であり、物語を牽引する存在としての"Sleepwalker"でもある。"Sleepwalker"とはつまり夢遊病ということ、クリスは真夜中の邸宅を歩き回る、毎夜その足を止めることはない、そしていつしか彼女が辿り着くのは邸宅の傍に建つ倉庫だ。ここにあるのは家族の記憶、忌まわしき過去、一生消えない傷痕、クリスがカイアたちを、そして私たちをこの場所へ導く、その時だ、全てが崩れ始めるのは。

凍てついた風景を切り取る端正な撮影、聞く者の心に波紋を投げ掛けるソンドレ・ラルケの音楽、巧みなストーリーテリング……"The Sleepwalker"は人々が奥底に隠そうとする心理の機微を抉り出し、冷たい真実を私たちに突きつける。[A-]

MVを含めてFastvold監督の作品を何本か観てきたわけだが、"若い女性たちの謎めいた関係性"が作家性として一貫している。これについては"The Sleepwalker"でのインタビューで彼女がこんな発言をしている。

"私はずっと、姉妹の複雑な関係性についての物語を描きたいと強く思っていました(私は5人姉妹の1人なんです)この関係性は独特で本質的に美しいものです。彼女たちが集まると簡単に子供時代に戻ってしまう奇妙さ、激しい愛と嫉妬……全ては本能的な競争性といたわりの交じり合いなのです"

これを踏まえると"Fire Walk With Evertone"に少女が5人出るのは彼女自身の境遇を反映したものであり、そこに出演しているGitte WittとStephanie Elisが"The Sleepwalker"で姉妹役として共演しているのは、だとか色々考えたり。このノリで彼女に実際「ピクニックatハンギングロック」的な奴を撮って欲しいなとはかなり思う。

Fastvold監督、この後というか、"The Sleepwalker"ポスプロ中にソンドレ・ラルケと離婚、そしてブラディ・コーベットと公私共にパートナーとなる訳だが、彼女はコーベットを連れパリへと移住、そこで"The Childhood of a Leader"の脚本を執筆する。最初は彼女の第2長編と言われていたのだが、いつの間にコーベットの長編デビュー作となり、後は上述通りである。今後この2人が欧米を股にかけて、不穏な旋風を巻き起こすことは確実だ、ということでFastvold監督に期待。

参考文献
http://filmmakermagazine.com/83755-interview-with-the-sleepwalker-directorwriter-mona-fastvold/(監督インタビュー)
http://www.indiewire.com/article/meet-the-2014-sundance-filmmakers-2-mona-fastvold-peers-into-the-fractured-lives-of-two-sisters-in-the-sleepwalker(監督インタビューその2)

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