鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ナタリー・クリストィアーニ&"Nicola Costantino: La Artefacta"/アルゼンチン、人間石鹸、肉体という他人

私はどちらかと言えば劇映画が好きなので、今までドキュメンタリーというものを余り観てこなかった。いやいや今、正にそれを後悔している所だ。切断された足を巡って2人の男がアメリカ全土を巻き込んで激しい争奪戦を繰り広げる「拾ったものは僕のもの」(このレビューを読んでね!)や、出稼ぎ労働者を助ける活動に身を捧げる神父の姿を追った"The Overnighters"(このレビューも読んでね!)、戦後のエストニアを舞台にエマニエル夫人がいかにソ連全体主義に立ち向かったかを描き出すJaak Kilmi"Disko ja tuumasõda"(この紹介記事も読んでね!)などなど、このブログで取り上げただけでも素晴らしい作品は本当に多い。ということで、私の好きな監督・俳優その50、何と早いことでもう50まで来てしまったが、今回はアルゼンチンの有名な芸術家を描いたドキュメンタリー"Nicola Costantino: La Artefacta"と、その監督ナタリー・クリストィアーニを紹介していこう。

ナタリー・クリストィアーニ Natalie Cristiani は1975年7月19日、イタリアのリーミニに生まれた。イタリア国立映画実験センターでは編集を学び、卒業後に編集技師として映画界でキャリアを歩み始める。短編編集を幾つか手掛けながら、2005年にはウィレム・デフォー主演&ジアダ・コラグランデ監督作「誘惑の微笑」に抜擢されて以来、彼女の監督作の編集を殆どを手掛けるようになる。

2010年にはブエノスアイレスへと移住、アルゼンチンとイタリアという2つの国を行き交いながら、2011年にはエルナン・ベロン監督作「セカンド・ハウス」の、2012年にはエリザ・フクサス監督作「ニーナ ローマの夏休み」の編集を手掛け、同作が東京国際映画祭で上映された際にはフクサス監督と共に来日も果たしている。そんな訳でカタカナ表記はそれに寄っている訳だが、普通にクリスティアーニじゃないの?と思わなくもない。その後もコンスタントに編集を手掛けながら、2014年に彼女はBerlinale Talentの一員に選ばれる。彼女は初長編"Nicola Costantino: La Artefacta"の始まりについてこう語る。

"全てはニコラが2013年のヴェネチア・ビエンナーレの展示会からアルゼンチンへ帰ってきた時から始まりました。ニコラはビエンナーレでアルゼンチンという国を表現してきた芸術家です。その際、彼女はアルゼンチン政治史における聖人エバ・ペロンの神話を再構築し、アルゼンチンの多くの人々をショックに打ちのめしました。彼女の帰国をきっかけに私たちは友人となり、彼女はヴェネチアでの素晴らしい展示、その舞台裏のフッテージを見せてくれたんです、昔の映像もです。

編集技師として、私はこの素晴らしいフッテージ全てに可能性を感じ取りました。実を言えば、熱狂していたんです。彼女についての映画を作れたらどんなに素晴らしいかと思い始め、ニコラに映画として自分の人生を語るのはどうだろうと提案しました。計画が進んでいくごとに、作品が内包する多用なヴィジョンにどんどん魅了されていきました。ニコラのスタジオから見つかる手細工の作品全て、それらが映画を照らす光となってくれたんです"*1

白いドレスを纏った1人の女性、彼女の後ろに垂れ下がるのは2つの肉の塊だ。皮は全て剥ぎ取られ、赤い肉と白い脂肪を惜しげもなく晒している。彼女は肉塊を鎖で繋げ、2人の男の助けを借りて、塊を吊り上げていく。少しこじんまりとした風景だが、これに似た場面をシルヴェスタ・スタローン「ロッキー」か何かで観たことがあるはずだ、だが白いドレスの彼女はそこに拳を叩き込もうとはしない、もう1人の男が構えるカメラの前で、女性はおもむろにドレスを脱ぎ捨てる。そしてレンズ越しに見えるのは、2つ並んだ肉塊と、その真ん中で堂々とポーズを取る女性――ニコラ・コスタンティーノの姿だ。

"Nicola Costantino: La Artefacta"はアルゼンチンの現代芸術家であるニコラ・コスタンティノの軌跡を追っていくドキュメンタリーだ。彼女のモノローグを軸として、過去と現在を行き交いながらその軌跡は描かれていく。

コスタンティノは1964年アルゼンチンのロサリオに生まれた。外科医の父からは生と死について、ファッションデザイナーの母からは装いについて学びとりながら幼少期を過ごす。彼女がロサリオ大学に入学する頃、アルゼンチンで長く続いていた軍事政権が倒れ、自由が訪れる。そんな気風の中、彼女が言うに"インターネットが存在しなかった最後の世代"として、コスタンティノはファイン・アートとインダストリアル・デザインを学び、現在に至る素養を育んでいく。

芸術において彼女が拘りとするのが"肉体"である。私たち含め動物にとってはそれがなければそもそも存在することが出来ないが、得てして目を背けられ思考すら向けられることのない物、コスタンティノはそんな"肉体"と社会が如何に関係しているかについて洞察を深めていく。例えば、彼女は自身の臀部から皮下脂肪を摂取し、それを使って人間石鹸を作り出す。そしてその人間石鹸を、女性の肉体を性的オブジェクションとして仕立てあげるコマーシャルのパロディ――コスタンティノ自身がお湯に浸かり、肌を石鹸でさすりながら、お決まりの扇情的な一言――を流し、実際に売り出したのである。肉体が消費社会によって利用される様を皮肉ったこの作品で、アルゼンチンでは論争が巻き起こったという。

そして映画はコスタンティノの日常の風景も映し出していく。彼女は自身のスタジオと、最愛の息子や親類の住んでいる家を往復しているのだが、多く描かれるのは彼女が料理をする場面だ。その腕も抜群に巧みで、味だけでなく料理の見た目・テーブルのアレンジにも工夫を様々に凝らす。ある時、彼女は来賓客を迎えるため鳥の丸焼きを調理するのだが、端正に設えられたテーブルに細長いガラスの板が置かれ、そこに橙色に焼き上がった鳥が十数個も並べられる様はなかなかに圧巻だ。そこで気付くのは彼女にとって、料理を作る/芸術を創るとは全く同じと言えないまでも、延長線上に存在しているのではないかということだ。彼女は二項対立を取っ払い、2つを混ざりあわせようとしているのではないか。

コスタンティノの"肉体"への拘りは、段々とアイデンティティーの存在へと肉薄する。彼女は自身が妊娠している最中、マネキンを使ってもう1人の自分を作りだし、コスタンティノとコスタンティノが子供を育てるというビデオ・インスタレーションを製作。更に彼女は第二次世界対戦前後に人気を集めた俳優・政治家のエバ・ペロンを描く舞台を上演、自身の肉体にペロンの魂を宿らせようと試む。そうして彼女の芸術が深化する様を、クリストィアーニ監督の眼差しは丹念にすくいとっていく。

終盤、彼女の芸術観の根幹にあるのだろうある行為が映し出される。コスタンティノは赤いドレスと金のパンプスとおおよそ似つかわしくない格好をしているのだが、ふと映るのはそのパンプスに血の滴がしたたっている様子だ。ここまで映画を観てきて、彼女の芸術を1つのショットで表すにこれほど適した物はないと、きっと観客は感じるだろう。"Nicola Costantino: La Artefacta"は1人の芸術家についての興趣と知性豊かなドキュメンタリーだ。彼女が終生のテーマとする"肉体"への眼差し、作品の興味深い製作過程、そして芸術という概念に対する姿勢を知る上では正に最適の作品であり、彼女の作品に触れたことがある方もそうでない方も同じくコンスタンティノの魅力の一端に触れられる筈だ。[B+]


私の好きな監督・俳優シリーズ
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その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
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その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
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