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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女

以前、イランの映画監督モハマド・ラスロフを紹介した時(記事はこちらから)、題名にも付けたのだが"国とは船だ、沈み行く船だ"というように船は荒廃する国のメタファーとして映画によく表れるという話をした。だが"Jazireh Ahani"「海にかかる霧」にも出てきたのは結構デカい船だった。ではヨットだとか個人所有のクルーザーだとかは映画でメタファーとなり得ないかと言えばそうではない、むしろ個々の人間の心理模様を炙り出すにこの場こそ相応しい場所はない、その筆頭はロマン・ポランスキーの長編デビュー作「水の中のナイフ」だろう。海の真ん中、2人の男と1人の女の静かなる心の揺らめきがこれでもかと描かれた傑作だった。さて私の好きな監督・俳優その52では、約50年越しにチリに現れた「水の中のナイフ」の正統後継作"Mapa para Conversar"と、その監督Constanza Fernandezについて紹介していこう。

Constanza Fernándezは1973年チリのサンティアゴに生まれた。チリ・カトリック大学で経済について学ぶ。卒業後は投資家としてキャリアを始め、仕事と両立してチリ大学では文学を専攻、修士学位を得る。2006年からはテレビ・映画界で脚本家としてプロデビューし、更にはチリの映画学校で脚本や文学について教鞭をとる。今までに3本の短篇を監督しており、3作目の"Don't ask me not to be sorry"はチリのアカデミー賞であるペドロ・シエンナ賞の最優秀短編賞にノミネートされるなど話題となる。そして2007年から4年もの歳月をかけ、2011年に彼女は長編デビュー作"Mapa para Conversar"を完成させる。

主人公は30歳の女性ロベルタ(Andrea Moro)だ、彼女はパートナーのハビエラ(Francisca Bernardi、少しサンドリーヌ・キベルランに似ている)や最愛の息子エミリオ(Romano Kottow)と暮らしていた。幸せそうな彼女は、しかし2つの問題を抱えていた。1つは母親のアナ(Mariana Prat)に自分がレズビアンだとカミングアウト出来ていないこと、少し前父親にはカミングアウトしたのだが、数日後、母からの電話でこう告げられる「あなたと会ってからお父さんの調子がずっと悪そうなのだけど……」

"私の可愛い子"と言うのと同じ口で"変態!"とそう言われるのをずっとロベルタは怖がってきた、だけど彼女は意を決してアナをカフェへと誘い、そして、あの……なんというか、こうね、あれ……ああいうのなんだけど、こう分かるかな、あー……と、もうまどろっこしく、まどろっこしく言葉を連ねていった後、彼女は言う、私はレズビアンなんだと。アナは一瞬驚きながらも、應揚な笑顔を浮かべ、お父さんが調子悪いのはそういうことねと合点がいったよう、話のわかる母かと思えば段々と、エミリオに悪影響が出るんじゃ、あのラファエロって男の子あなたのこと好きだったんでしょ……もうウンザリだ!と彼女は家へと舞い戻るのだが、もう1つの問題というのがパートナーであるハビエラとの関係性だった。

彼女は舞台俳優で且つ、ピノチェト政権の犠牲になった父の心意気を受け継ぎ、活動家に芸術家にと幅広く仕事を続けているいわゆるインテリだ。最近、そんなハビエラとの間にすれ違いを感じていたりする。相手の物言いに何となくムカついてしかったり、かと思えばハビエラの方が言葉尻を捕まえきてこっちが口を荒げてしまう、そんな状況がよくある。この日の夜もそうだ、ハビエラがくれたプレゼントを開けるとそこにはTシャツ、これ着れるかな、ヨガでもやれば着れるんじゃない、はあヨガね………………………………そこで会話が止まってしまう、ロベルタはこのぎこちなくなっていく関係性に少し焦りを覚えていた。

コミカルとシリアスの中間地点、"Mapa para Conversar"はそんなリズム感で展開していく。布団と枕を持ってプラップラと町を歩くロベルタの滑稽さは、ふと会話に現れるピノチェト軍事政権についての、いやいやそれ普通に話してるけどチリの人はそんな普通に話すくらいの主題なの、といった話題でうっすらと緊張感を帯びる。この、まだ微かな弛緩と緊張の連続は中盤から物語を動かす牽引力となっていく。

ロベルタ、ハビエラ、そして母のアナは交流を深めるため休日をヨットで共に過ごすことになる。ロベルタはパートナーのこと知ってもらって母の無理解をほどこうと乗り気、ハビエラは何となくナーバス、アナは娘に会えて嬉しいが彼女の"女性の恋人"には少し不信感、そんな心持ちで各々が船に乗り込む。ロベルタの仕向けた通りハビエラとアナが会話を始め、ヨットを操縦しながら彼女はそれを眺める。

社交的な性格のハビエラは、アナからどんどん言葉を引き出していく。ここはアナ役のMariana Pratの独壇場だ、彼女の口から語られる過去、昔はアナもまたハビエラと同じ舞台俳優だった。「人形の家」「イヴの総て自分が出演した舞台について話すアナの声にはかつて置いてきた筈の喜びと、しかし今に残ってしまった悲哀が響く。ハビエラを演じるFrancisca Bernardiは響きに対して繊細な表情の移り変わりで以て応える。そしてハビエラとアナの人生は少しずつ重なりあっていく。

Fernandez監督はこの作品においてはセクシュアリティを中心として、人生が流れるにあたり直面する問いについて描いていく。日常に根付いた同性愛への差別もそうだが、監督の提議を象徴するのはハビエラが芸術家として製作する物にある。彼女は"ポストポルノ"、ポルノグラフィとアートの境にある作品を製作しており、人間同士、もしくはその他の動物、ヴァンパイアなどの架空的イメージ、建築物などの無機物など、様々な物に対して人間が抱く"性愛"という存在をテーマとしている。多様性とグラデーションに満ちたその存在は、3人の女性たちの関係にも投影され、監督の人間心理の洞察は深まっていく。

この複雑さを増す関係性の真ん中にいるのがロベルタだ。だが先に書いた通り、監督はロベルタ自身を途中からフレーム外におき、ハビエラとアンの会話劇に物語の進展を託しており、それがむしろロベルタの存在を濃厚にする。そしてある出来事を境に、3人は一同に会し、複雑微妙で巧みな心理劇が繰り広げられることとなる。険しくなりゆく海原の様子はそのまま3人の間の緊張状態であり、船に打ち付ける激しい波はまた彼女たちの心の高なりでもある。

観る者によってはラストに対し不満を覚えるかもしれないが、私はこの展開がベストだと考える。監督が終着点を見据えていなかった故のものとも取れながら、私がそこに魅力を感じるのは現実とは得てしてこんな物ではないかという思いがあるからだ。全ては曖昧で、人はその曖昧さを好む、何か重大な事態が起こってそこに決着を付けなければ取り返しのつかない破局に繋がるとしても、うやむやなままにした上での今の安心感を人は好む。その様が静かに描かれるからこそ、この"Mapa para Conversar"という物語は終わっても彼女たちの人生は続くのだと、そんな曰く言い難い深い余韻が私たちを包み込んでくれる。[B+]


監督自身が構想元が「水の中のナイフ」と公言しているのだが、このポスターなんかはモロにそんな感じな。

参考文献
http://www.celosa.org/pdf/presskit_mpcenglish.pdf(pdfの映画紹介・監督経歴あり)
http://www.plazaespectaculos.cl/2012/06/22/the-lesbian-story-a-map-for-a-talk-reaches-movie-theaters/(映画紹介その2)
http://vadamagazine.com/14/02/2014/vadafilm/constanza-fernandez-interview(監督インタビューその1)
http://www.gaelick.com/2014/02/interview-constanza-fernandez/34045/(監督インタビューその2)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
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