鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野

つい先日、リアルサウンド映画部にポール・トーマス・アンダーソンの新作ドキュメンタリー"Junun"についてのレビューを寄稿(このページを読んでね)したのだが、そこで私は配信サイトMUBIについて書いた。PTA自身がこのサイトの利用者だったのがきっかけで、新作の全世界同時配信プレミアが実現したのだというが、そんなMUBIが配給権を買い、次にプレミア配信するというのが何とポルトガルの俊英ミゲル・ゴメスによる6時間の大作"Arabian Night"なのである。

それでか分からないが、MUBIは現代ポルトガル映画を多く配信していて、ミゲル・ゴメスを始め、ウジェーヌ・グリーンポルトガルの尼僧」テレーザ・ヴィリャヴェルデ「トランス」、以前私がブログで取り上げたMarco Martins "Alice"(この紹介記事をどうぞ)もここで見た作品だった。そして今回紹介したい映画もその流れで配信された作品なのだろうが、今まで観た現代ポルトガル映画でも随一の出来であった訳だ、という訳で今回はポルトガルの新進気鋭Hugo Vieira da Silvaと彼のデビュー作"Body Rice"を紹介していこう。

Hugo Vieira da Silva監督は1974年ポルトガルオポルトに生まれた。オポルトカトリック大学で法について学び、1995年に卒業した後は、リスボン演劇映画学校(ESTC)に入学、在籍中の1999年に短編"Arte Publica"で監督デビュー、2000年には"O Ceu Que Nos Impede"、2001年には"Grupo Puzzle"を手掛ける。

2003年にはドイツの発明家であるパウル・ニプコウの名を冠したニプコウ・プログラムの一員に選ばれ、ベルリンへと留学、そこでの研究が2006年の長編デビュー作"Body Rice"へと結実することとなる。

冒頭に現れるのはとあるテロップ、1980年代からドイツでは、問題のある青少年たちに対して様々な"ソーシャル・インクルージョン"を行っていたという内容。"ソーシャル・インクルージョン"とはこの障害保健福祉研究情報システムから引用すると"全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合う」という理念である。EUやその加盟国では、近年の社会福祉の再編にあたって、社会的排除(失業、技術および所得の低さ、粗末な住宅、犯罪率の高さ、健康状態の悪さおよび家庭崩壊などの、互いに関連する複数の問題を抱えた個人、あるいは地域)に対処する戦略として、その中心的政策課題のひとつとされている"、つまりこの作品はそんな政策によってポルトガルへと送られてきた青少年たちを描いた物語かと言えば、YESとも言えないがNOとも言えない、かなり形容の難しい作品だ。

ベルリン、アレンテージョ……カトリン(Sylta Fee Wegmann)は車の窓から、外に広がる荒れ野を見てこう呟く。想像してたのと違うか、運転手の男はそう尋ねる、想像ってこと自体してなかった、カトリンはそう返事をする。そして彼女が辿り着くのはとあるコミュニティだ、村とも町とも形容し難い、ポルトガル人とドイツ人が寄せ集まって暮らすコミュニティとしか言い様のない場所、カトリンはそこで同じくドイツ人である同世代の少女ユリア(Alice Dwyer)やポルトガル人青年ペドロ(Luís Guerra)と出会う。だが彼女たちと出会って一体何になるのだろうと、カトリンは瞳に虚ろな光を浮かべながら、1日を無意味に過ごす、1日を無意味に過ごす、1日を無意味に過ごす……

粗筋はこれで全てだ、これ以上は存在しない。この"Body Rice"にはストーリーと呼ぶべき要素が徹底して欠けているのだ。無数の点の集積物といった方が正しいだろう。3人以外にも、コミュニティでカトリンたちに目をかける"大人"も存在するが、彼らが何故この場所に住んでいるのか、彼らは一体何なのか、引いてはこのアレンテージョという場所に奇妙に広がるコミュニティは何を意味するのか、そういった疑問には答えられないまま映画は終わりを迎えすらする。ここに映る全ては奇妙なほど背景・理由を持たないまま存在しているのだ。それで面白いかと言えば、退屈だ、だが前にも書いた通り"この作品は退屈である=この作品は駄作である"ではなく"この作品は退屈である=この作品は傑作である"という方程式が成立してしまう異形の作品がこの世にはあると書いたが、この"Body Rice"はその系譜に連なる作品だと断言できる。

da Silva監督の撮す光景は、何処までも乾ききった荒れ野だ。木々もなにも彩りはほぼ掻き消され、渇きにひび割れた大地には魚の死体が一つ転がっている、少女はその死体を蹴って、蹴って、蹴って、蹴って……そして唐突で粗削りな編集の数々はワンシーンワンシーンに断絶をもたらし、ナレティブという概念は意味すら無くしてしまう、誰かがソファーの上で怠惰を抱きながら言葉を交わす、誰かが壁に寄りかかり何もしない、誰かが戯れにテントを広げそれを放置し歩き去る、これらには何の意味も存在しない。

こうして目の前で繰り広げられる光景をただただストイックに映し出すというスタンスは、同郷の映画作家ジョアン・ペドロ・ロドリゲス"ファンタズマ"でも見られた演出だ(実際、青年と犬が不穏に戯れる同じようなシーンを2つは共有している)。だが彼とは、da Silva監督は最初から袂を分かっている。前者は禁欲的なまでにリアリティを追求したが、灰の紫に覆われたda Silva監督のビジョンに段々と浮かび上がるのは"殺伐たる幻想の風景"だ。

殺伐と幻想、この2つの並びは語義矛盾を意味するかと言えばそうではない、映像を観れば分かるだろう、この作品にはこうとしか言い様のない、リアリティを越えた光景が広がっていることを。彼は長回しを効果的に使い、眼前から現実を排除する。私たちがその目で見る世界は長回しの世界ではなく、絶え間ないカットの世界だ。それはつまり私たちは絶えず瞬きをするからで、そもそもリアリティを深めるために長回しを使うというのは人間の視覚とは完全に矛盾している、それを監督は熟知しているのだ。彼は一見リアリティを追求しているように見える長回しを、幻想を宿すために利用している。更に彼が卓越しているのは、世界への虚ろなる眼差しだ、それはカトリンが瞳に浮かべているものと同じであり、世界はこの眼差しに晒されることによって、殺伐たる幻想に染まる。

そして世界を劇的に異化する、da Silva監督のもう一撃が音楽だ。彼は作品の随所にジョイ・ディヴィジョンXmal DeutchlandKosmonautentraumなど70年代後半〜80年代に隆盛を誇ったポストパンクを流し、そこにジョイ・ベルトラムの激しいビートをブチ込む。ここで沸き上がるのは郷愁深き禍々しさだ。砂浜に置かれた数十個のスピーカー、その全てからけたたたましく響く轟音に乗せ、体をのたうち回らせる人々の姿、私たちは異様な光景に監督の類い希な才覚を見いだすだろう。

カトリンはふと倉庫を見つけ、その周りを歩いていく、何か音が聞こえてくる、音の鳴る方へと歩み寄り、ゴミを漁るとそこにはオモチャのロボット、ゴミから救いだし地べたに置き、音を鳴らしつたなくステップを踏むロボットをカトリンは見つめ続ける、私はこの6分間にも渡る長回しが好きだ、何故なら此処にはda Silva監督にしか描けないだろう、精神の荒野が広がっているからだ。[A]

2011年には第2長編"Swans"を発表、昏睡状態に陥った母を見舞うためベルリンへと赴いた主人公と彼の父、しかし現実を受け入れられず主人公はスケートボードで冬の街をさ迷う……という作品で、エルサレム映画祭、ポーランドの新しい地平映画祭、トリノ映画祭で上映、好評を博す。

最新作は"Posto-Avancado do Progresso"、これはジョセフ・コンラッドの短編「文明の前哨地点」を、登場人物をポルトガル人に変え映画化した作品で、アンゴラ共和国コンゴ川で撮影、現在ポスプロ中だという。いやあ、この監督の眼差しの凄まじい殺伐さは私にとってかなりツボなので、da Silva監督の今後に超期待。

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その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
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