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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い

今年はグザヴィエ・ドランの新作「マミー/Mammy」は画郭がInstagram的正方形であったり、リサンドロ・アロンソ「約束の地」は四隅が丸みを帯びている変形スタンダード・サイズであったりと、スクリーン・サイズに工夫を凝らし物語に没入させる新しいタイプの作品が幾つか観られた。だがこの作品ほどに思いきったスクリーン・サイズの映画が存在しただろうか、ということで今回紹介するのはフランドルの映画作家Gust Van den Bergheと彼の長編3作目"Lucifer"を紹介していこう。

Gust Van den Berghe監督は1985年、ベルギーのボルゲンハウトに生まれた。母はベルギーで有名な、日本では「おとうとのビー玉―身近な人を交通事故で失ったとき」が邦訳されている小説家クリスティーヌ・ディールティエンス。小さな頃はベールネム州のシント=クライスで育った。Ritsという映画学校に入学し、在学中の2006年から短編を製作しはじめ、2007年には短編"Mijn papa en ik, Doek, Aan de oppervlakte"、ドキュメンタリー"cum*SHOT"、2008年には"Tegenpolen"などを手掛ける。

2010年には卒業製作として、デビュー長編"En waar de sterre bleef stille staan"を監督する。飢えと渇きに耐えかねた3人のホームレスは、クリスマス・イヴの夜、自分らを東方の三博士に準えた内容の歌を町に響かせる。それが評判となり3人はあれよあれよと富を手に入れるのだったが、とある森に迷い混んだ彼らは、赤子のキリストが正に生まれる瞬間を目撃し……というキリスト教モチーフの物語だという。この作品はカンヌ国際映画祭の監督週間で上映され、アテネ国際映画祭では監督賞を獲得するなど話題を集める。

長編2作目は2011年の"Blue Bird"トーゴ共和国のある地域を舞台に、青い鳥を探してたった1日の短くも長い旅に出かける弟と姉の姿を描いた作品で、こちらもカンヌでプレミア上映後、カルロヴィ・ヴァリ、エルサレム、釜山など世界中の映画祭を巡り、本国ベルギーのヘント国際映画祭では特別賞を獲得する。そして2014年、Berghe監督は第3長編であり信仰三部作の完結編"Lucifer"を手掛ける。

さて、予告編をご覧になって頂けただろうか。これって予告の特別編集じゃないの、と思う方々も多くおられるだろうか、全編こうである、全編のスクリーンサイズが○なのである。アロンソの「約束の地」で四隅が丸くなっている時点で何だこれ凄いな変だなと思ったが、上には上がいた訳だ、完全なる○、全く以て完全なる○。だがここで疑問が浮かぶだろう、スクリーンサイズが○ってことは分かった、ではそれに必然性はあったのかと。その問いにはYESと答えさせてもらおう。

まず円の中に浮かび上がるのは灰色の何か、観客がその正体について思案していると、声が聞こえてくる。哲学的なモノローグだ、"善と悪"という2つの概念についての哲学的思惟、そして語られるのはこの概念を初めて宿したルシファーという存在について。だがそのせいで彼は全ての罪を背負い、堕ちていくことを余儀なくされてしまった。天国から地獄への道行きの途中、彼が至るのは灰色の地、つまりは地球、空から垂れ下がる梯子を伝ってルシファーはメキシコの"楽園"と呼ばれる地に降り立つこととなる。

人々はその消えかかった梯子を見逃さなかった、村内に備え付けられたスピーカーからこんな声が響き渡る、神様、神様、もしこの地に来てくださったなら、我が村にお立ち寄り下さい。そしてこんな声も響き渡る、もし太陽の光が眩しいと仰るなら、ウチのメガネ屋に立ち寄って下されば幸いです、何てったってウチにはいいサングラスが揃っていますよ、毎度……

村に活気の花が咲く頃、しかしルピータ(Maria Acosto)の家には相も変わらず胸のつまるような空気が漂っていた。彼女の兄エマヌエル(Jeronimo Soto Bravo)はある病気で足が萎えてしまい、ずっと寝たきり状態、彼を介護しながら、孫娘のマリア(Norma Pablo)と身を寄せあい過ごす日々が続いていたのだ。この日もルピータとマリアはいつものように外へと仕事に出掛けていると、アゴの長い、見知らぬ旅人がやってきてこう尋ねる、喉がカラカラなのです、何か飲み物を恵んではくれないでしょうか。彼女たちは怪訝に思いながらも水を恵むのだったが、その男こそが村の人々が言う"神様"、いや正確に言うならば、彼こそが地上に降りてきたルシファー(Ganbino Rodriguez)であることを彼女たちは知る由もなかったのである。

均整の取れた丸いスクリーンに映し出されるのは、辺境の地に生きる人々の日常の営みだ。ルピータたちの置かれている状況は辛く苦しいものだが、私たちはそこに牧歌的な空気があるのも感じるだろう。思わずクスっと笑ってしまうような緩みの瞬間、ルシファーとルピータたちの何処か間の抜けた交流なんかそんな瞬間の宝庫であるし、更にはエマヌエルの存在は豊かな笑いの源でもある。実は彼、ただ動くのが面倒臭いから足が萎えたと嘘をついているだけなのだ、ルピータたちが仕事をしている際は悪友を呼んで賭けに興じる、言ってしまえばとんでもない嘘つきお爺ちゃんな訳だが、演じるBravoのお茶目さも相まって、この"Lucifer"を魅力的に弛緩させていく。

そんな嘘つきお爺ちゃんが賭けで金をスッている頃、人々を助けることが仕事だと言うルシファーに対し、ルピータは兄について相談し、成り行きで家へと招待することとなる。動けないフリをして、ルシファーに足を触られるがままになるエマヌエルだったが、この男マジで俺のこと立たせようとしてるし、家族も見てるし、もうそろそろ立たないとヤバそうだわ……という感じで立ってしまったからさあ大変、奇跡が起こった、あの旅人は天使だ!と村中大騒ぎ。村をあげての盛大なパーティが執り行われる中で、ルシファーはルピータの孫娘マリアに急接近、一夜を共に過ごすこととなるが、明くる朝、ルシファーは跡形もなく姿を消していた。

ここから物語はキリスト教的色彩を強めていく。その彩りは正直に言えば、キリスト教に馴染みのない人々の興味をも惹くほどに強度を持ち合わせている訳ではない。観ながら少し私も退屈さを感じることにはなった。だがその欠点を補うものが、撮影の美しさだ。神話すら彷彿とさせる省略と飛躍の世界で、マリアたちが巡るのは崇高な自然だ。岩が積み上げられ出来た断崖はエマヌエルの心に広がる精神の荒廃を示しあげ、ルピータと村民たちは棺桶を掲げて切り立った丘を歩き続ける、それをロングショットで映し出すシークエンスはを息呑むほどに美しい。

そしてもう1つ重要な要素こそ、○である。ある時この中に浮かぶのは、おそらくあなたが今まで観たこともない光景だ。言葉で説明するのは酷く難しい光景、なんとか何かに例えてみるとなるとインターステラーのラスト、五次元世界の技術によって作られたコロニー、あの円によって構成された世界がこの○の中に広がるのである。この光景は最新技術であるTondoscopeによって実現した、この動画を観ればその一端が伺えるが、この美しさはとにかく筆舌に尽し難いものなのだ。

スタイルに突き抜けが足らず、内容の瑕疵が目立つという欠点がありながらも、それだけで"Lucifer"を切り捨てるのは余りにも惜しい。ここに映る美しさは、監督のヴィジョンが今後より一層鮮やかさを宿していくことを私たちに保証してくれているからだ。[B]

参考文献
https://www.festivalscope.com/director/van-den-berghe-gust-1(監督プロフィール)
http://www.indiewire.com/article/tribeca-how-lucifer-filmmaker-gust-van-den-berghe-shot-the-first-circular-feature-film-20150427(監督インタビュー、撮影法)

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