鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊

マイケル・スピッチャ Michael Spiccia はオーストラリアと欧米を拠点とする映像作家だ。アート&デザイン西オーストラリア学校でデザインについて学び始め、21歳の時に世界的なデザイン・プロダクションであるThe Attikに加入、そこではデザイナーとしてMVや映画など様々な映像作品に関わり、その中にはバズ・ラーマン&キャサリン・マーティン夫妻もいたという。そして技術を鍛えていったのち、自身も映像作家としてのキャリアを歩み始め、MVに加えて企業CMなども手掛けるようになる。ここからは何本か彼の作品を観ていこう。


The Black Ryder - Sweet Come Down
荒涼たる泥の土地、見えるのはその地を踏みしだく男の足だ。その歩みをカメラが追ううち現れるのは、既に命の脱け殻と果てた男の死骸、さらに男は歩み、手を縛られたままに死を迎えた女の亡骸に行き当たる、だが男は歩き続ける……アコースティックギターの音色、ハーモニカの悲壮な響きジョン・ヒルコート「プロポジション -血の誓約-」からデヴィッド・ミショッド「奪還者」に至るモダン・オージーウェスタンの系譜にある作品、とはまあ言い過ぎかもしれないが、2分という短さの中に濃厚なる西部劇の香りが漂う珠玉の一作。


Jack Ladder and The Dreamlanders - Short Memory
曇天の下に広がるのは灰色の荒れ野、スローモーションで映し出されるのは薄汚れた白を翻し走る2人の少女、カメラは彼女たちの疾走を描きながら、暖炉に燃え立つ炎、床に転がるビン、その口からこぼれゆく液体、様々に不穏なイメージを重ねていく。Jack Ladderはシドニーを拠点とするシンガーソングライターで、そのバリトンボイスで死と愛を歌い上げる様が人気なのだが、彼の曲調に相応しく、乾いた美しさを伴ったMV。Jack Ladderは他にもこのシャロン・ヴァン・エッテンと共演している"Come on Back This Way"のMVだったり、"Dumb Love"のMVなど、何とも言えない禍々しさで素晴らしいので皆で見よう。

Taco Bell - Routine Republic
同じ毎日、同じ朝食、同じ微笑み、同じ毎日、同じ朝食、同じ微笑み、同じ毎日、同じ朝食、同じ朝食、同じ朝食、同じ朝食、同じ朝食、同じ朝食、同じ朝食、同じ朝食、同じ朝食、同じ朝食、同じ朝食、同じ朝食……クソ喰らえ!と、ハンバーガーだけしか食べれないディストピアから希望に満ちたタコベル国へと駆け出す2人の若者を追ったCM、まあトルティーヤ最高ということで。

Cadbury - Dawn Bunny
ある真夜中、紫色のベストを着たウサギが自転車に乗って、町中を駆け巡る。彼は道に、草むらに、庭に、様々な場所に卵を運び、翌朝それを見つけた子供たちの顔には満面の笑みが浮かぶ……というCM、Cadburyはイギリスの有名菓子・飲料メーカー。何だか昔、卵形のチョコレートの中に宇宙人のフィギュアが入っているお菓子のことを思い出してしまった、名前は忘れた。

と、ここまで様々な映像作品を見てきた訳だが、2012年、彼はとうとうの映画デビュー作である"Yardbird"を手掛けることとなる。(監督の公式vimeoから全編鑑賞可)

ルビー(Mitzi Ruhlmann)は車の後部座席で目を覚ます。何故ここで寝ていたのか、自分でも良く分からない。鼻から赤黒い血が流れているが、これはいつものことだ。ドアを開け、外へと出ていく。鉄の塊と化した車の数々、死骸の山々はあちこちに散らばり、そこはまるで鉄と死の迷宮のようだ。だが彼女はどこを進んでいけばいいのか分かっている、この廃車場こそが彼女の家であり、この迷宮こそが彼女を閉じ込めるカゴであるから。

ルビーは敷地内に建てられた家屋に辿り着く。ドアから入ってくる彼女の姿を見て、父であるベン(Luke Elliot)はいくつもの罵倒を吐きかける。もうウンザリだ、もういい加減ウンザリだ、そんな思いが込み上げてくるのをルビーは感じる。父がトラックで出かけるのを見計らい、彼女は荷台に隠れ、自由を求めて町へと繰り出す。廃車場の外に広がるのは、果てしない砂漠だ。寂寥たる、黄土色の風景。この色彩はそのままルビーが見る世界の色彩でもある。オーストラリアの広大さ、砂が生み出す隔絶、監督はそこに思春期を迎えた少女の大いなる孤独感を託す。

町に着いたルビーは、好奇心のままに辺りを散策する。ガラス越しに彼女は無邪気な子供をまなざす、その傍らには母親がいる、ルビーはその光景に痛みを感じながら、再び町をさまよう。そうして彼女は、3人の若者が残酷な方法で1匹のネコを虐める場面に遭遇する。怒りに震えるルビー、その鼻から血が滴る、それと同時に若者の車が急発進し、彼らが気をとられているうちにネコを救い、彼女はトラックへと逃げ帰る。それはあの鳥かごへ戻ることを意味したが、ルビーはネコを救えただけで満足だった、父にまたも罵倒されながら、助手席でネコを抱き彼女は家へと戻っていく。

彼女の寝室にはトカゲなど様々な動物たちが住んでいる、父はそれを良く思わないが、彼女の孤独を癒してくれるのは彼らだけだ。ルビーはベッドの中で眠りながら、星たちの幻想的な輝きを目撃するが、そんな彼女の元に復讐の魔の手が迫ってくる。ここで鍵となってくるのが、彼女の鼻から滴る血だ。オーストラリアの自然が彼女の孤独を象徴するならば、彼女の中から零れる赤の色彩が象徴するのはやり場なき怒りだ。こうして繋がるのはジョシュ・トランク「クロニクル」であり、またブライアン・デ・パルマ「キャリー」だ。特に後者と今作は多く重なりあう点があり、スピッチャ監督はそこに打ち捨てられた車の骸を結いあわせ、孤独と絶望を抱えた少女の道筋を印象深く描き出していく。

"Yardbird"は12分という短いランタイムの中に、いや、この短さだからこそ、今後のオーストラリア映画界を背負ってたつだろう新鋭の才能が鮮やかにうきだっている。つまりは、彼もまたあの鳥かごから飛び立っていった者であったということだ。[B+]

"Yardbird"はカンヌ国際映画祭で上映された後、アテネ映画祭、ワルシャワ映画祭、ストックホルム国際映画祭、ベルリン国際映画祭など欧州各国をまわり、フリッカーフェスト国際短編映画祭ではオーストラリア短編映画部門最高賞、シドニー映画祭では短編賞、トライベッカ映画祭ではSpecial July Award受賞など様々な賞を獲得することとなる。

この後、残念ながら監督作はないのだが、彼は"Yardbird"の脚本を手掛けたジュリアス・エイヴァリー初長編「ガンズ&ゴールド」にプロデューサーとして携わる。ユアン・マクレガー「シグナル」ブレントン・スウェイツ「ホテルセラピー」アリシア・ヴィキャンデルなど結構な豪華出演陣なのだが、内容はこういうの良くあるよねってそういう犯罪映画だ。そして製作者としての次回作はMadeleine Parker監督作"Tough & Cookie"、借金のため空き巣を働く少女の姿を描いた犯罪映画だそう。ということでスピッチャ監督の今後に期待。

参考文献
https://vimeo.com/user5390182(監督公式vimeo)
http://www.bestadsontv.com/profile/125891/Michael-Spiccia(監督経歴)

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