鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい

このブログでは様々な未公開映画を通じて様々なイシューについて見てきたり考えたりしてきたが、今回のテーマはパレスチナ問題である。以前取り上げたイスラエル映画"Zero Motivation"は男女共に18歳になると徴兵されるイスラエルで、戦争とか私たちには関係ないのに何でこんなんなってんの……という思いを抱きながら"やる気ゼロ"で兵役をやりすごそうとする女性兵士たちの姿を描いていて、パレスチナ問題についての直接的な描写がある訳ではなかったが、基地の廊下に"独立戦争" "スエズ戦争" "6日間戦争" "ヨム・キプール戦争"などと書かれたポスターが張られ、また新しいポスターが一枚を張られるのを主人公の1人が眺めるというシーンが印象的だった。さて、今回紹介する作品はパレスチナ側からこの問題を描く、丁度"6日間戦争"の時期にあたる1967年を舞台に、パレスチナ難民の切実な思いを浮かび上がらせる"Lamma shoftak"と、パレスチナ人監督Annemarie Jacirを紹介して行こう。

Annemarie Jacirは1974年にパレスチナベツレヘムに生まれた。小さな頃はベツレヘムサウジアラビアのリヤドを行き交う生活を送っていたが、16歳の時にアメリカへと移住する。クレアモント大学で政治学・文学を学ぶ。電話オペレーター、ラジオDJ、英語の家庭教師など職を転々とするのだが、劇場で働き始めた頃から彼女の中で映画への欲求が高まり始める。最初はセット・デザイナーとして勤務していたが、徐々に戯曲執筆・舞台演出を手掛けることとなり、様々な技術を学んだ後、彼女は映画界へと飛び込んでいく。

まずはロサンゼルスを拠点に著作権エージェント、編集・撮影助手として働き、それと平行してコロンビア大学で映画科を専攻、修士号を獲得する。そしてアメリカでキャリアを重ねた彼女は故郷である中東へと戻り、そこで自身の制作会社Philistine Filmsを立ち上げる。ドハイシャ難民キャンプや、ヨルダンの都市Ruwayshedに生きる難民の姿、中東世界の今を描き出すドキュメンタリーを数多く製作し、世界各地の映画祭で上映され話題になる。更に彼女はDreams of Nationという団体を設立、リーダーとしてパレスチナ各地で映画祭を開催するなど、パレスチナ映画界を活気づけるための活動も多く行う。そして教師として母校のコロンビア大学ベツレヘム大学、ビール・ゼート大学、パレスチナレバノンなどの難民キャンプで教鞭を取り、加えて詩人としても詩集を出版するなど多岐に渡って活躍の場を広げている。

さて、ここからは映画監督としての彼女を追っていこう。デビュー作は1994年の短編"Interview"、1998年には"A Post-Oslo History"、2000年には"A Revolutionary Tale" "Two Hundred Years of American Ideology"を手掛けるが、彼女が有名になるきっかけとなる作品が2001年の"The Satellite Shooters"だった。パレスチナアメリカ人のティーンエイジャーが巻き起こす騒動を描き出した今作は20以上の映画祭で上映され、アメリカのTV局PBSが全米放送権を獲得するなど評判になる。次回作"Like Twenty Impossibles"エルサレムを目指すパレスチナの映画製作チームの姿を描いたドラマ作品で、カンヌ国際映画祭でプレミア上映された後、シカゴ国際映画祭で学生映画部門の銀賞、コロンビア大学映画祭では観客賞、マンハイム-ハイデルベルク国際映画祭では最高短編賞を獲得するなど好評を博す。

そして更に幾つかの短編を製作したあと、2008年に彼女は初長編"Milh Hadha al-Bahr"(英題:Salt of This Sea)を監督する。主人公はソラヤというブルックリンのパレスチナ難民家庭に生まれた若い女性だ。ある日彼女は祖父がヤッファに開設した銀行口座が凍結されていることを知り、その返還を求めてパレスチナへと"帰る"ことを決める。ソラヤはその場所でエマドという青年と出会う。彼は逆にパレスチナから永遠に逃げてしまいたいという願望があった。2人は惹かれあうが、彼女たちが真の意味で自由になるためには法を犯す必要があった……この作品はカンヌ国際映画祭のある視点部門で上映、その後ヘルシンキリオデジャネイロワルシャワ、釜山、モントリオールと世界の映画祭を巡り、サン・セバスティアン国際映画祭やカルタゴ映画祭では賞を獲得、そしてアカデミー外国語映画賞パレスチナ代表として選らばれることともなった。そして4年後の2012年、彼女は第2長編"Lamma shoftak"(英題:When I Saw You)を監督する。

軽快なメロディーと共に映し出されるのは、スケート靴を履いた子供の足だ。11歳の少年タレク(Mahmoud Aafa)は覚束ない足取りで、ゆっくりと前へと進んでいく。だが後ろからやってくるのはタレクと同じ年頃の少年たち、何やってんだよ!という叫び声を上げて彼らはタレクに襲いかかる。何人がかりで彼の足からスケート靴を奪い取ろうとするが、向こうからやってくるのは多くの人々を載せたトラックだ。少年たちは歓声を上げながらトラックの方へと走っていく、タレクもまた同じだ、彼は荷台に座る人々を見遣りながら思う、父さんはどこかな!

"Lamma shoftak"の舞台は1967年のヨルダン、タレクはハリールの地に設営された難民キャンプで母のガイダ(Ruba Blal)と共に暮らしていた。タレクは度重なる戦争によって故郷の村を追われ、父とも離ればなれになってしまったのだ。難民を載せたトラックがキャンプに到着するたび、タレクとガイダは彼の姿を探すのだが、そこに父が、夫がいることはない。

タレクの難民キャンプでの生活は過酷なものだ。プレハブ小屋で2人身を寄せ合いながら暮らし、配給で配られる食べ物は不味くて食べられた物ではないが食べないと生きていけない、そして小屋にはトイレもない故に、用を足すには汚い公衆便所へいちいち行かなければならない。学校に通うのもタレクには辛い、彼は失読症を抱えていて、しかもフクロウみたいな顔の嫌味たらしい教師に目をつけられているからだ。タレクには数学の才能があるのだが、それを生かせる場所が何処かにある訳でもなく、空虚な日々を過ごしていた。こうしてJacir監督はタレクと、そしてガイダの過ごす日常を丁寧に描きながら、物語を進めていく。

タレクの中で日に日に膨らんでいくのが"ぼくの家に帰りたい"という思いだ。ある日その感情が爆発してしまった彼はガイダに対して叫ぶ、ぼくたちの家はどこにあるの?苦渋の染みた表情を浮かべる彼女にもう一言、どこにあるのかもう思い出せないんだ。タレクの言葉に答えがもたらされることはない。そしてどこにあるかも分からない故郷を目指して、彼は独り旅に出る。キャンプの外に広がるのは何処までも続く岩と砂の荒野だ。撮影監督はヴィム・ヴェンダース「Pina」アリーチェ・ロルヴァケル夏をゆく人々などを手掛けたエレーヌ・ルヴアール、彼女のカメラは侘しく胸を締め付けるタレクの旅路に美しさをも宿らせる。しかしその美は容易に恐怖にも転じる、彼は砂地に横たわり夜を過ごそうとするが、深い陰影を湛えた砂の丘は狼の遠吠えを伴い、タレクの心を追い詰める。

そんな旅路の途中、彼が出会うのがライス(Salah Bakri、Jacir監督の前作にも出演)という青年だ。辿り着くのは彼の滞在する隠れ場、知るのはライスがイスラエルに対抗する武装集団フェダイーンの一員であること。ここから物語には軍服やライフル銃などが映りこみ、戦争という名の不穏なる跫音が響き始めるが、Jacir監督が寄り添うのはあくまでもタレクたち1人1人の心だ。ぼくは家に帰るんだ、パレスチナに帰りたいんだ、タレクの叫びにライスは答える、俺たちみんなも君と同じ思いだよ。そしてその思いを共有するのは彼らだけではない。

失踪した息子を探し、ガイダもまた荒野を歩み、フェダイーンの隠れ場へと足を踏み入れることとなる。彼女が見るのはフェダイーンの理念とタレクの願いが重なりあう姿だ、息子を世話してくれたことはライスたちに感謝するも、同様に戦争へと引きずり込もうとする彼らに不信感を隠せる訳もない。だがとある事情から難民キャンプへと戻れなくなった2人は、この場所で共同生活を送らざるを得なくなる。ここからJacir監督はタレク、ライス、ガイダという三者の心の移り変わりに焦点を絞っていき、そして浮かび上がり始めるのが、3人が共有する思いは重なりあう所は多くありながらそれぞれ微妙に異なること、その微妙な差違にこそすれ違いは生まれることだ。監督の暖かな眼差しはその心の機微を丹念に掬いとり画面に映し出すことで、故郷を追われた人々それぞれの悲哀を映画に染み渡らせていく。

"Lamma shoftak"はパレスチナという国への郷愁と祈りに満ちた映画だ。タレクとガイダ、2人の視線の一瞬の交錯は"故郷に帰りたい"という言葉の深い切実さを、私たちに強く訴えかける。[A-]

今作もトロント、カイロ、ベルリン、シアトル、ヨーテボリなど世界各国の映画祭で上映され、アブダビ映画祭では中東映画部門の最高賞、アミアン国際映画祭では観客賞、カルタゴ映画祭では特別賞、そしてベルリン国際映画祭ではNetpac賞を授賞、さらには2作連続でオスカー外国語映画賞パレスチナ代表に選出されるなど絶大な評価を受けた。

この後の監督作はないのだが、プロデューサーとして精力的に映画を製作、脚本家として携わった"Sandfish" "Nafas"の2作が今年から来年にかけ公開予定、更に待望の第3長編"Hear My Voice"の計画も進行中だそう。ということJacir監督の今後に期待。

参考文献
http://whenisawyou.com/annemarie-jacir(監督プロフィール)
http://imeu.org/article/annemarie-jacir-artist-and-filmmaker(2008年の監督インタビュー)
http://www.bostonpalestinefilmfest.org/2014/04/interview-with-annemarie-jacir-award-winning-director-of-when-i-saw-you/(今作について監督インタビューその1)
https://ceasefiremagazine.co.uk/film-annemarie-jacir-im-interested-showing-west-palestinians-humans-too/(監督インタビューその2)
https://electronicintifada.net/blogs/maureen-clare-murphy/honoring-palestinian-history-filmmaker-annemarie-jacir-when-i-saw-you(監督インタビューその3)

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