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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる

ハンナ・フィデル監督の「女教師」という作品を紹介した時、私はいわゆるエロ文芸映画にはお宝がたくさんあるが、その邦題と売り方のせいで全く顧みられていないと。例えば「昼下がりの背徳」これ邦題もパッケージもあれだが、実は監督がモントリオールジーザス」「アメリカ帝国の滅亡」などカナダ映画を語る上では欠かせないドゥニ・アルカン、彼の最新作がこんなんなってしまっているのである。

そして「不倫期限」、不倫、期限、ってという感じだが、これ世界ではかなり評価されている作品なのだ。というのも監督のラドゥー・ムンテアン、彼は「4ヵ月、3週と2日」クリスティアン・ムンジウCorneriu Porumboiuなどと同じくいわゆるルーマニアン・ニュー・ウェーブに属する作家で、この世界でも最先端にある潮流、その一端を垣間見ることの出来る作品がこの「不倫期限」なのに、この……という。

さて今回ご紹介するのもそんなエロ文芸映画棚に埋もれてしまった知られざる作品だ。邦題は「ある夜のセックスのこと モントリオール、27時」……んまあ酷い、のでここからは原題の"Nuit #1"という表記で、今作とその監督でありケベック映画界の新鋭アンヌ・エモンについて紹介していこう。

アンヌ・エモン Anne Émondは1982年、カナダ・ケベック州のサン=ロック=デ=ソルネーに生まれた。映画監督になろうと思ったきっかけは15歳の時トレインスポッティングを観て衝撃を受けたからだそう。2001年からはモントリオールへ移住、ケベック大学モントリオール校(UQAM)で映画を学ぶ。2006年に"Juliet"で監督デビュー、2008年には"Frederique au centre"を製作するが、彼女にとって転機となった年は2009年だ。まず彼女は"Nassances"を監督、この作品は2人の見知らぬ他人が互いに嘘をつきあうことでその中に希望と慰めを見いだすという物語で、"Nuit #1"の原型と言うべき作品ともなっている。そして同年の短編"L'Ordre des choses"はCoop Video Awardの監督賞を受賞、一躍彼女の名はカナダに知れ渡ることとなる。

その後もHIV検査を受ける女性の姿を描いた"Sophie Lavoie"(主演は"Nuit #1"のカトリーヌ・ドゥ・レアン)、人生に満たされない男が32歳の誕生日を迎えたその1日を描き出す"Plus Riedn ne Vouloir"などを製作し、そしてエモン監督は2011年、初の長編監督作"Nuit #1"を手掛ける。

紫、赤、青、様々な色彩のネオンが彼らを照らし出す。恍惚の中で目をつぶり跳び跳ねる者もいれば、顔中を汗にまみれさせ何かを叫んでいる者もいる。そこはナイトクラブだとすぐに分かるだろうが、しかし私たちの耳に届くのは心を興奮させるエレクトロニクスの響きではない、耳元にくゆる紫煙のような、憂いを湛えた女の歌声。

そして唐突に始まるのがセックスだ。先とは違い色彩を剥ぎ取られたような陰気な空間、その部屋の玄関で2人はキスを重ねながら服を脱ぎ散らかしていく。全ては脱ぎ捨てられ、裸体がぶつかり合う、ここに言葉は殆んど存在しない、あるのは荒々しい欲動だけだ。きっと観る者は驚くだろうが、監督はこのセックスを省略することはない、手の愛撫、舌の這いずり、挿入、そして合間に起こるちょっとしたハプニング、監督はこの行程を偽りなく描き出そうとする。「インティマシー 親密」「9 Songs」を想起させるこの生々しさ、そしてこれが終りを告げる時、物語は始まる。

クララ(カトリーヌ・ドゥ・レアン)は眠れずに、部屋をふらふらと彷徨う。机にはノート、ページを捲ると何かの絵と文字が書かれていた。彼女は風呂場へと行く。シャワーを浴び、しばらく暖まると、もうここには用はないとばかりに服を着て、部屋を出ようとする。待ってくれ、ドアの音に気付いたニコライ(ディミトリ・ストロージュ)が彼女を呼び止める。朝起きて、昨日の夜のことを思い出しながら傍らを見る、だけど君はいない、君はいつもこうなのか?……こうして彼は自分の考えを延々とクララに喋り続ける。いわゆる“面倒臭い”人間としてニコライはまず描かれるが、そんな彼にクララは何かを感じ取り、部屋へと戻っていく。

1日/1夜限りの関係だったはずが、だんだんと2人は……そんな筋書きのロマンス映画は多くあるだろう。「ビフォア・サンライズを始めステイ・フレンズアンドリュー・ヘイ「ウィークエンド」など作品名を挙げればキリがない。そういった映画を牽引するのは2人の間の会話だ。ウィットに富んでいるか、観る者にとって馴染み深いリアルな感触があるか、そこには様々な要素があるだろうが、"Nuit #1"が特徴的なのは、ここには会話というもの自体がほぼ存在していないことだ。

ニコライはクララに対し自分の惨めな人生について語る。この部屋の家賃を払うのにも困っていること、大学でファイン・アートについて学んだがまともに卒業はしていないこと。そして彼は言う、人生の全てが意味を失っていくように思えるんだ。クララはそんな言葉に対して相づちをうつが、何か返事をすることは余りない。そして彼女も自分の好きな詩について、自分が帰ろうとした時に本当はニコライに言って欲しかったことを告白するが、彼の反応も同じようなものだ。一方通行な言葉の数々、これが映画の失敗を意味しているかと言えばむしろ逆だ、一方通行だからこそ、浮き上がる意味が、もたらされる物があると監督は映画を通じ語ろうとする。

言葉が垂れ流されるごとに、2人の本当の心が明らかになっていく。このカナダで移民であるということ、死がどうしようもなく自分を突き動かすこと。監督と撮影のMathieu Laverdiereは独り語り続ける2人の顔を真正面から見据え、カットを割ることなく表情の移り変わりを丹念にすくい取っていく。この言葉にはまとまりもなく、何処かにある答えを目指している訳でもない、心の中のカオスがそのまま声になって現れたようなのだ。分かるのはここで会話は成立していないが、片方が話す時もう一人は確かに彼/彼女の言葉を聞いてくれているという真実だ。何も言わず、ただただ自分の言葉を聞いてくれるとたったそれだけのことが、傷ついた人々にとってどんなに救いとなってくれるか、そんなメッセージを監督はこの映画に託す。

貧困、移民、性、死、孤独、この"Nuit #1"では様々な言葉が現れては消えていくが、それに1つとして明確な答えは出ることがない。だが言葉にすること、これが重要なことだ。降りしきる雨や雪はひどく冷たい物だが、最後に映る瞳はきっと観る者の心に温もりを運んでくれるだろう。

"Nuit #1"はトロント国際映画祭でプレミア、さらに釜山、バンクーバー、パリ、台北映画祭などで上映され、トロントではカナダ映画新人監督賞、カナダ・アカデミー賞ではクロード・ジュトラ賞を獲得するなど話題になる。そして2015年、彼女は第2長編"Les Etres Chers"を監督する。主人公はDavid(Maxim Gaudette)、良き夫であり良き父である彼には自身の父親を自殺で亡くすという過去があった。Davidを中心に彼の兄や娘という同じく傷を抱えた人々を交え、3世代30年もの長きに渡る家族史を描き出す意欲作だそうだ。ということでエモン監督の今後に期待。

参考文献
http://blogs.indiewire.com/womenandhollywood/interview-with-anne-emond-and-catherine-de-lean-writer-director-and-star-of-nuit-1(インタビューその1)
http://bullettmedia.com/article/nuit-1/(インタビューその2)

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