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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ

自分はなんでこんな体をしているんだろう、誰でも一度はそんなことを思う時がある。思春期を経て変わっていく体に当惑と違和感を覚えたり、毎朝鏡に映る自分を見て溜め息をついてしまったり、子供の時も辛いが、この辛さは大人になったとしても簡単には折り合いなんてつけられないだろう。それほど自分と自分の体との関係性は複雑なものなのだ。今回紹介するのは、そんな辛さを感じている時にこそ寄り添ってくれる映画、自分の体に誇りを持つということを優しく諭してくれる作品"El último verano de la Boyita"と、アルゼンチンの映画作家Julia Solomonoffについてだ。

Julian Solomonoffは1968年3月4日、アルゼンチンのロサリオに生まれた。両親とも医者を生業としていたが、フェミニストで活動家でもあった母は政治的な理由で獄中にいたこともあったという。19歳までは地元の工芸学校で学んでいたが、ブエノスアイレスのEnerc映画学校、ニューヨークのコロンビア大学では修士学位を獲得する。

監督デビュー作は1992年の短編"Octavo 51"、その後も精力的に短編やテレビ映画を製作する傍ら、助監督としてもウォルター・サレス監督作「モーターサイクル・ダイアリー」などにも参加する。長編製作に乗り出し始めたのは2001年、彼女はサンダンスの脚本家育成ラボやベルリナーレ・タレント・キャンパスに参加、そして初の長編作"Hermanas"を手掛ける。1975年、エレナとナタリアの姉妹2人はよりよい明日を求め政治活動を行っていた。しかし翌年アルゼンチンに生まれた軍事政権によって、2人は離ればなれになってしまう。彼女たちは8年後アメリカのテキサスで再会することになるのだが……今作はブエノスアイレス・インディー映画祭でお披露目後、トロントサンパウロテッサロニキと世界を回り高い評価を受ける。そして4年後の2009年に、彼女は第2長編"El último verano de la Boyita"を手掛けることとなる。

主人公はホルヘリータ(Guadalupe Alonso)という少女だ、彼女は様々な物が散らばった家の中を、抜き足差し足で歩き回る。ふと見つけたのが、段ボールに突っ込まれた本だ。彼女はそれを掴むと、何処かにこそこそ隠れて本を読み始める。書かれているのは性についてのことだ、人は思春期になるとこんな体の変化を迎えますという絵、性器の詳細な図解。ホルヘリータは何だかイヤな気分になってきて、結局本を閉じてしまう。

そんな気分になってしまうのは、姉であるルチアーナ(Maria Clara Merendino)との仲がギクシャクしているのと関係あるのかもしれない。姉は正に思春期真っ盛りで、生理など色々なことを経験し、あの絵のように体が変わっていっているのにホルヘリータも気付いている。だけど一番変わっていっていると感じるのはルチアーナの心だ。あんなに仲が良かった筈なのに、今は自分に対してよそよそしい態度。トイレで本を読んでいたら「そんなずっと便器座ってたら、お尻にコケが生えるよ!」と憎まれ口を叩いてきたり、映画を観に行くにも自分を誘ってくれないので喧嘩になったり。ホルヘリータは彼女のことが大好きなのに、彼女が自分から離れていってしまうような気がして怖い。ハンモックに眠る姉にすがりつきながら、彼女は思春期という物について思いを巡らせる。

そんなある日ホルヘリータはラ・ボイタという休養地へ遊びに行くこととなる。家族の恒例行事だったのだが、ある事情でルチアーナと母が不在、今回は父で医者のエドゥアルド(Gabo Correa)と2人だけで旅行することとなる。そこで彼女は友人のマリオ(Nicolás Treise)という少年と再会するが、彼の様子も少しおかしい。この夏は愛馬でレースに参加すると話してくれたりもするが、でも何だか彼もよそよそしいのだ。いつもならプールや近くの湖で水遊びを一緒に楽しむのに、別にとそんな感じでつれない。そしてホルヘリータは悩む、これもまた思春期って奴のせいなんだろうか……こうして監督はホルヘリータの幼い眼差しとアルゼンチンの暖かな光を通じて、思春期という名の当惑を描き出していく。

映し出されるラ・ボイタの田園風景はのどかで、何処かゆるんだ空気が流れているように見えるが、マリオの心は大きく揺れ動いていて、ホルヘリータもそれを感じ取り始めている。ある時2人は乗馬を楽しむが、家に帰ってきた際ホルヘリータは馬の鞍に血がついてるのを見つける。自分の血かと思うがそれは違う、マリオの後ろからその血は出ていた。好奇心からそれについて訪ねると彼は一言、生理なんだと言う。でも生理って女の子しかならないんじゃないの、とにかく生理なんだよ。この出来事からマリオは塞ぎこみ始めるが、2人は読んでいた本の中にとある記述を見つける。

ここで明かされるのはマリオが男性器と女性器を両方持っている、つまり性分化疾患であることだ。しかし2つの性の器官を持つからといって、良く言われるように心も2つの性を持つだとかそういったことは全く意味しない、マリオは自分は男性だと強く思っているし、彼がそう思うのだからマリオは男性だ。その思いを引き裂くのは周囲の無理解と口汚い罵倒、自分の意思とは関わりなく進む体の変化だ。僕は普通じゃない、マリオはホルヘリータにそう言うが彼女は言い返す、あなたが普通じゃないなら私だって普通じゃない、普通ってなに?

ホルヘリータの無邪気でかけがえのない温もりはマリオの心をゆっくりと解きほぐしていく。人にはそれぞれの体がある、人にはそれぞれの変化がある、もちろんそれをまるっと全て受け入れるというのは難しいことだ、だけれどあなたが自分の体を少しでも愛せたとしたら、体もそれに応えてくれる、そこがスタートラインだ、そこから向こうにこそまだ見ぬ可能性がある。言葉にすればとてもシンプルな物だろう、だが主演2人の親しみ深い演技と監督のヒューマニズムが、この作品に静かだが類い希な感動を宿らせる。

私の身体に誇りを持つこと。"El último verano de la Boyita"のメッセージは正にその一言に集約される。そして愛馬に乗り、その地を駆け抜けるマリオの姿から溢れだすのは一点の曇りもない希望だ。

この"El último verano de la Boyita"後からは主にプロデューサーとして活躍するようになる。以前このブログで取り上げたJulia Murat"Historia"この記事を読んでね)や、日本でも公開されたアナ・ピターバー監督作「偽りの人生」フランコ・ネロが出演している独裁政権下のブラジルに生きる人々を描き出す"A Memoria que me Contam"、そして調べていてちょっと驚いたのだが、これもまた以前ブログで取り上げた"The Comedy"のRick Alverson(この記事)に"Queen of Earth"アレックス・ロス・ペリー(この記事)が参加しているオムニバス映画"The Six Year"、そして彼女もまたアルゼンチン映画界の才能であるCelina Murga(映画観れたら、彼女も取り上げようと思っている)の監督作"La tercera orilla"などを製作した。そして来年には7年振りに待望の第3長編"Nobody's Watch"を監督予定、現在プレプロ中。ということでSolomonoff監督の今後に期待。

参考文献
http://arts.columbia.edu/film/faculty/julia-solomonoff(監督経歴)
http://landingpadba.com/interview-julia-solomonoff-director-el-ultimo-verano-de-la-boyita/(インタビューその1)
http://www.krachtvancultuur.nl/en/current/2010/may/solomonoff(インタビューその2)

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