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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」

エスは親しい信徒たちに告げた、私は再び戻ると。そしてオリーブの山で雲の上へと引き上げられていくイエスを茫然と見つめる信徒たちに、2人の天使は言った、あなた達から離れて天に上げられたこの方は、天に上っていかれるのをあなた達が見たときと同じ姿で、またおいでになりますと。それから二千年もの時が過ぎ、イエスは生まれ変わってこの世に再び現れたかと言えば、現れたことは現れた、何か世界各地にすごいいっぱい。ということで今回は世界に散らばる自称"イエスの生まれ変わり"たちを描いたドキュメンタリー"I am Jesus"とその監督Valerie Gudenusについて紹介していこう。

Valerie Gudenus 1984オーストリアのウィーンに生まれた。2003年からはウィーン応用美術大学グラフィックデザインと広告製作について学び、それから2年間はアーティスト・イン・レジデンスとしてイタリア・トレヴィーゾで活動する。2010年にはスイスに留学、チューリッヒ芸術大学で映画を学び修士学位を獲得する。

イタリア在住時からドキュメンタリー製作の道を歩み始めたそうだが、彼女の初長編"I am Jesus"の計画が動き出したのは2009年のことだ。厳格なカトリック教徒の家庭に生まれ育った彼女は、小さな頃からキリスト教への興味と共に懐疑心を持っていたという。そして彼女が知ったのはロシアにはキリストの生まれ変わりを名乗るVissarionという男がいて、彼を中心としたコミュニティーが形成されているとそんな話だ。しかしリサーチを続けると、そういった人物・共同体は珍しくないことを知り、Gudenus監督は友人のHeloisa Sartorato(彼女は今作の共同監督)やイランの映画監督Babak Payamiと共に映画製作へと乗り出し、2010年彼女は本作を完成させたわけである。

俺の名前はデヴィッド・シェイラーイエス・キリストの生まれ変わりだ、神によってこの地に遣わされたんだよ。カメラの前で中年男がそう告白する。彼はイングランドでコミューンを作り、若者たちと共に暮らしている。元々イギリスの諜報機関に勤務していたシェイラーは、しかしこの国の惨憺たる現状に嫌気がさし、そんな時に天啓が舞い降りたのだ、お前は選ばれし存在なのだと。彼はこの地球に再び生まれ落ちた救世主として、イギリス、いや世界に蔓延する資本主義という腐ったシステムに対して反旗を翻す。その姿はキリストというよりもヒッピーの末裔のようにも見える。

INRI クリストロ、それがキリストの生まれ変わりである私の今の名前です。白い布に身を包まれた髭面の老人がカメラに向かってそう告白する。INRIはブラジルに現れた救世主である、彼はTVなどのメディアを使って再誕を高らかに宣言、時代の寵児となった。そして現在は信徒と共にブラジリアの辺境で共同体を形成し暮らしている。周りには同じコスチュームを着た女性たちの姿がある、彼女たちは一様にINRIへの信仰をカメラに語り続ける。ある者は言うのだ、キリストと初めて出会った時の感動を、どうすれば言葉として伝えられるでしょう?

監督たちはこうして2人のイエスと彼らが作り出す共同体の状況を映し出していく。前者はカウンターカルチャー絶頂期の60〜70年代に隆盛したコミューンを再現したようであり、一方で後者にはそこから派生したカルト教団、例えばガイアナ人民寺院的な佇まい・生活様式が見てとれる。だがここで描かれるのは深刻なイシューだけではない。シェイラーは音楽フェスへとマリファナ片手に乗り込み、若者たちに管を巻いたオッサンのような物言いで語る、俺はキリストの生まれ変わりなんだよ、本当なんだよこれが、なあ聞いてくれ、政府の人間がマリファナとかマジック・マッシュルームやったらさ、アフガン侵攻とかイラク戦争だとかそういうクソみたいな選択はしなくなるってそう思わないかよ……そしてINRIの女性たちは信徒を増やすためYoutubeに進出、サバイバー"Eye of the Tiger"リアーナの"Umbrella"替え歌唄ってみました動画をアップ、これが動画の出来も酷ければ歌唱力も微妙で、さらに真顔で"INRIは人生に意味を与えてくれる"みたいな啓蒙ソングを歌っていて、何とも味のある動画になってる(Youtubeで検索すると実際動画あるんだよこれが、しかも再生回数70万回)

そんな中で映画に現れるのはロシアに生きる第3のイエス、シベリアの豪雪地帯住むVissarionだ。彼も前の2人と同じように共同体を形成しているのだが、規模は比べ物にならないほど大きい、もはや1つの村だ。何十もの家族が家を構え、互いに助け合いながら生活している。シェイラーたちのように貧困に喘ぐことなく、INRIたちのように狂信的な信仰もない。Vissarionの教義は皆が1つになることでなく、皆が互いに違いを受け入れること故に、誰に強制されることもなく信徒たちは自由に暮らしているのだ。

監督にとって"キリストの生まれ変わり"というテーマへの関心の始まりがこのVissarionだったからか、他2つに比べて割かれる情報量が多く、彼女の興味の深さが伺い知れる。しかしだからと言って彼女の批判的洞察がここで鈍っている訳ではない。誰もがVissarionへの信仰や共同体の素晴らしさを語るなかで、ある女性がこんな言葉を口にする。少女たちの最終的な目標は、将来の夫になる男性にとっての良きアシスタントとなることです。Vissarion様や男性には道が見えても、私たち女性には見えないのですから。その声は刺繍を楽しみ笑いあう少女たちの姿に重なっていく。こうして監督は理想的とも思えるコミュニティーの水面下に息づく差別の構造をも炙り出すのだ。

3人のイエスの存在が提示された時、当然の帰結としてこの作品は"なぜイエスの生まれ変わりが3人いるのか"という疑問へと行き着くこととなる。3人はそれぞれに自分が唯一真正なるイエス・キリストであると主張し、その言葉は編集によって並び立つ。互いが互いを否定しあい言葉の先へと行こうとする、その様は酷くスリリングだ。誰が本物かなど答えは出る筈もないが、そもそも監督が探求している物は答えではない。何故彼らはそこに在るのか、本物か偽物かどうかは問題ではなく、何故彼らのような存在を求める者たちがいるのか、彼女はその理由を"I am Jesus"によって探りだす[B+]

Gudenus監督の第2長編は"Ma Na Spana"、インド北東部を舞台として、6人の代理母の姿を通じてこの制度の問題点や困難さを描いたドキュメンタリーだという。そして2015年には中編ドキュメンタリー"4661M2 - Der Eindruck von Freiheit"を手掛ける。この作品のテーマは"刑務所の中のアート"だそう、アーティストと看守、そして囚人の3人を主人公として監獄という環境とどう付き合っていくかを描き出した作品だ。そして彼女は現在、新作長編を制作中、海をテーマにした作品だそうだ。ということでGudenus監督の今後に期待。

参考文献
http://valerie-gudenus.squarespace.com/(公式サイト)
http://iamjesusmovie.com/directors-notes(プロダクション・ノート)

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