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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく

さて、あなたはマルタ共和国という国についてどのくらい知っているだろう?地中海に浮かぶ美しい島国、"楽園"とも呼ばれるリゾート地、地中海のヘソ、そんなイメージが浮かぶだろう。だが近年この国でアフリカからの不法移民という問題が持ち上がっているのである。今年も不法移民を乗せていた漁船が地中海で転覆し、700人以上が亡くなったという痛ましい事件があり、日本でもニュースになった。さて私の好きな監督・俳優その69ではそんなマルタ共和国の諸相を描き出す映画監督Rebecca Cremonaと彼女の長編デビュー作"Simshar"を紹介していこう。

Rebecca Cremonaはマルタ共和国出身の映画作家だ。イングランドのウォーリック大学で映画と比較文学について学び、トップクラスの成績で卒業する。その後アメリカ・カリフォルニア州のセンター・カレッジ・オブ・デザインやアメリカン・フィルム・インスティチュートなどに在籍、この時から映画監督になることを志し始める。

2009年にはアメリカで初監督作の短編"Magdalene"を手掛ける。1931年カリフォルニア、マグダリーン(Susan Hanfield)はピアニストとして世に出ようと努力の日々を続けていた。しかし彼女は望まぬ結婚によって全てを捨てることを余儀なくされ、絶望にうちひしがれる。しかしセールスマンとの予期せぬ出会いが彼女の人生を変えていく。今作は世界中の映画祭で上映、アメリカ監督協会でJury Prizeを獲得するなど評価を受ける。そしてマルタ共和国に戻った彼女は2008年にこの国で起きた事件を元にして、2014年に初の長編作品"Simshar"を監督する。

現在、ヨーロッパにおいて難民問題は最も重大なイシューの1つとなっている。難民たちは様々な理由から故郷を去り、ヨーロッパへとやってくる。マルタ共和国に滞在する難民たちもそうだ、彼らはより良き未来を求めてアフリカ大陸からヨーロッパ大陸へと向かい海を渡ろうとするが、旅路は酷く困難なものだ。地中海は人々の事情など構いなく容赦なく彼らを襲う。かろうじて命は助かり救助された難民たちはマルタへと集められ、仮設キャンプで身を寄せあって暮らしている。だが住民の一部が批難の声を上げ、キャンプで抗議デモを行う――この国から早く出ていけ!"Simshar"はそんなマルタ共和国の深刻な現実と共に幕を開ける。

11歳のテオ(Adrian Farrugia)はワンパク盛りな少年で、いつも外でサッカーをして遊び呆けている。そんな彼にも夢があって、それは父親であるサイモン(Lotfi Abdelli)のような立派な漁師になることだった。しかし母のシャリン(Mark Mifsud)はあまり良い顔しない、陸にいても危なっかしいのに海に行ったらどうなるか!といつも心配していたのだ。映画の前半はマルタの美しい風景と共に、この国に生きる人々の日常を小気味よく描き出していく。石造りの瀟洒な街並みに、一歩外へ出れば空と海の青が混ざりあう息を呑む景色が広がり、海から吹いてくる風はアコーディオンの音色へと姿を変え、私たちの耳を爽やかに楽しませる。"楽園"と形容されるに相応しい光景、これもまたマルタに広がる1つの現実なのだろう。

そしてテオがサイモンや祖父のカルメヌ(Jimi Busuttil)、父に雇われた難民のムーサ(Sékouba Doucouré)と共に、漁船"Simshar"に乗って初めての漁へと出掛けることとなった頃、もう1つの物語が始まる。海上保安官のジョン(Chrysander Agius)と医師のアレックス(Clare Agius)はリビアからの難民を保護したという貨物船へと向かっていた。船上には数十人の難民たち、皆が憔悴の面持ちで、中には病気に苦しむ者たちもいた。だが外交上の問題や煩雑な手続きなどが重なり、今すぐに全員をマルタへと運ぶことは出来ない。アレックスたちは目前に広がる過酷な状況に対して力を尽くすのだが、個人では成す術もない事実にうちひしがれる。2人の苦悩に加え、救われたいという難民たちの疲弊、そんなこと俺たちは知ったこっちゃないという船員たちの苛立ちは事態をより複雑にしていく。

貨物船から遠く離れた海で、テオは漁に勤しむ。どこまで広がる青い海、同じく漁をする男たちとの船越しの交流、祖父は釣り上げた魚を手慣れた手つきで捌いていく、その全てがテオにとって新鮮な光景だ。それでもムーサには心を開けない自分に気付いてもいる。寝る前に何か呪文みたいな言葉をぶつぶつ言っている彼を見ると、テレビで流れる難民についてのニュースや難民キャンプでの騒ぎが頭に思い浮かぶのだ。監督はテオとムーサが、それでも少しずつ絆を深めていく様子を少ない描写ながら印象的に映し出す。1人の人間として手を取り合えること、難民たちが公然と差別に晒される状況下ではこれこそが希望なのだと彼女は語るのだ。

だが地中海は彼らの希望に対しても牙を向き、そして貨物船上のアレックスや難民たちも更なる苦境に立たされることとなる。この2つの物語を、"Simshar"は敢えて平行に語っていく。サイモンとジョンが漁船の管理問題で敵対関係にあるなど緩やかな繋がりはあるにしろ、片方が片方に大きく影響を与えるなどといった展開はない、あくまで別の物語として描いているのだ。この異化効果はマルタ共和国が置かれている状況へのマクロ的まなざしとマルタに生きる一個人へのミクロ的まなざしの2つを両立させ、"Simshar"の批評性を鋭くしていく。それでいて並行の語りはこの2つの解離を意味しない。"この世界で難民として生きること"と"苦難の中で生き抜くこと"、これらのテーマを共有することで2つの物語はむしろ力強く呼応しあい、観る者の心を揺さぶる。

"Simshar"はマルタ共和国という小さな島国と果てしない地中海の関係を通じて、希望と絶望が拮抗しあう様を描いていく。ここで何が起こるにしろ、全てを抱くものこそが現実なのだ[B+]

参考文献
http://www.tomokogoto.com/blog/%E5%9C%B0%E4%B8%AD%E6%B5%B7-%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB-%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%BF-%E7%A7%BB%E6%B0%91%E5%95%8F%E9%A1%8C/(マルタにおける難民問題についての日本語記事)
https://www.festivalscope.com/director/cremona-rebecca(監督プロフィール)
http://blogs.indiewire.com/sydneylevine/reclaiming-cinema-dir-rebecca-cremona-on-her-groundbreaking-debut-simshar-20141216(監督インタビューその1)
http://www.awardscircuit.com/2014/12/06/interview-rebecca-cremona-on-the-fascinating-true-story-of-simshar/(監督インタビューその2)
http://www.3aw.com.au/news/virgin-voyage-malta-now-has-a-film-industry-says-director-rebecca-cremona-20151007-gk3asi.html(監督インタビューその3)

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