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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ

トルコ映画界の重鎮ヌリ・ビルゲ・ジェイランが日本でも受容され始めたよ、やったね!ということは新鋭トルコ人監督セルハット・カラアスランを紹介した時(この記事を読んでね)に書いた。そんなジェイラン監督初の日本公開作「雪の轍」はトルコの雄大な自然を背景として、濃密な人間関係を描き出す作品だったが、その衣鉢を継ぐ新人監督はもう既に現れ始めている。ということで今回はトルコの新鋭ペリン・エスメル監督と彼女の第2劇長編"Gözetleme Kulesi"を紹介していこう。

ペリン・エスメル Pelin Esmer は1972年イスタンブールに生まれた。ボアズィチ大学では社会科学について学ぶと共に、トルコ映画界の巨匠Yavuz Ozkanのワークショップで映画製作も学んでいた。まずは助監督として映画界に入り"Cumhuriyet"(1998)や"Deli Yurek: Bumerang Cehennemi"(2001)などの作品に携わる。カディール・ハス大学ではドキュメンタリー製作の教鞭を取り、2005年には自身の制作会社Sinefilmを立ち上げるなど多岐に渡って活動を行っている。

監督デビュー作は2002年の短編ドキュメンタリー"Koleksiyoncu"エスメル監督の叔父であるミトハト・エスメルを描いたこの作品はローマ・インディペンデント映画祭ドキュメンタリー部門で最高賞を獲得することとなる。そして2005年には初長編であるドキュメンタリー"Oyun"を監督する。舞台はトルコ南部の山間部に位置する小さな村、そこに住む9人の農婦たちが自分たちの人生を元にして劇を演じることになるのだが……今作はトライベッカ映画祭でドキュメンタリー新人作家賞を得るなど世界的に評価された。

2009年には劇長編「11時10分前」を手掛け、日本でもアジアフォーカス・福岡映画祭で上映、ということであらすじを引用すると"古いアパートに独りで暮らす老人ミトハト。部屋は数10年もの間に集め続けたおびただしい量の書籍や新聞に埋もれ、通路まではみ出す始末だ。さらに亡き妻との電話での会話、ラジオニュースの録音テープなど、彼はまるで人生の瞬間を封じ込めコレクションしているかのよう。一方、田舎から出てきたばかりの管理人のアリ。彼は老人に頼まれる雑用でイスタンブールのあちこちを駆けずり回るうちに、次第に自分の夢を持ち始めた。アパートの住人たちは、老朽化したアパートの建て替えを計画するが…。"*1先述した彼女の叔父ミトハトを主演に据えたこの作品はサン・セバスティアン映画祭で上映され、話題となる。そして2012年、彼女は第3長編"Gözetleme Kulesi"を監督する。

バスの中、座席と座席の間に据えられたカメラがフロントガラスを通じて夜の空とその先の道行きを捉える、そんな力強いファーストショットから物語は幕を開ける。そしてバスから降り立つのは髭深く、目には憂いを湛えた中年男性ニハット(Olgun Simsek)だ。彼は目的地まで未だ遥か続く山道を歩き続けるが、聳え立つ山をふと見上げる。緑の色彩に覆われたその山がロングショットで撮されゆっくりと、本当にゆっくりとカメラはズームしていく。頂きへと肉薄するにつれ観る者に何か荘厳な感覚をもたらす頃、小さな山小屋が見えてくる、そこがニハットの目的地だ。彼は山の管理人として小屋にやってきたのだ、たった一人で。だが孤独でなければならない事情がある、心に巣食う罪の意識と対峙するためにニハットは孤独である必要があったのだ。

冒頭のバスにはもう1人、この物語の主人公が乗っている。セヘール(Nilay Erdomez)はまだ20歳を越えたばかりの若い女性だ。とある事情から大学を辞め、叔父のつてでバスの添乗員として働いていた。住まいはバスの停留所、同僚の運転手(Kadir Cermik)や停留所の管理人(Menderes Samancilar)とも仕事以外では余り話もせず、美しくも冷たい青に包まれた部屋の中に独りで生活している。ある時セヘールは仕事中具合が悪くなり、道の傍らで嘔吐する。つまり彼女は何者かの子を妊娠していて、それを自分以外の誰からも隠し続けていた。

ニハットとセヘール、2人の出会いは停留所にあるレストランだ。窓際のテーブルに座る彼の元へとチャイを運んだのがセヘールだった。服装から彼女が添乗員だと知った彼はバスの行き先について尋ね、セヘールはそれに答える。たったそれだけの束の間の交流は、だが強く意味を持つ。山小屋の中、ニハットは垂れ流された無線の声を聞く。「あの山に新人が来たんだってな」「そんな奴のこと誰が興味あるかよ」「おいそんな言い方ないだろ」「何だよ、悪口は言ってないだろ」「新人起きてるか、新人……まあ大丈夫みたいだな」ニハットは答えない、彼は山で拾った木の塊をナイフで削り続ける。そして青い部屋の中、セヘールは外で運転手たちが自分について何か話しているのを耳にする。彼女は何も言わず、鏡の前で髪を整える。エスメル監督はこの2つのシーンを以て、ニハットとセヘールの抱える孤独を共鳴させ、私たちは音を伴わぬとも悲壮なその響きを心で聞くこととなる。

この物語ではトルコの山間部に広がる自然の風景も印象的だ。撮影監督であるEken Ozgurは見る物を圧倒させるだろう雄大さをそのままレンズに力強く焼きつけている。ニハットが小屋から眺めるのは森厳な彩りに覆われた山並み、山々にかかる一種の崇高さすら持ち合わせた霧と雲のたゆたい。夜の闇はその地に戦慄を宿し、朝の陽光は輝きを宿していく。Ozgurの巧みな撮影は私たちを魅了してやまず、それでいて悲哀すらもたらす。何故ならこの豪壮なる風景の数々はセヘールたちの存在をちっぽけな物とし、彼女たちが抱える孤独をより際立たせることとなるからだ。

日に日にお腹が膨らんでいくのを目にし、セヘールは両親の元へと自分が妊娠したことを告げに実家へと足を運ぶ。だが母親(Laçin Ceylan)との対話の中で判明するのは、自分と彼女の間に横たわる絶望的な無理解だ。大学中退を言外に非難し、妊娠については心配よりも、そんな娘を持ってしまった自分への憐れみに涙を流す。そうしてセヘールは母親に対して憎しみを背負いながら、自身が母親になることを余儀なくされる。ある朝、余りに唐突な陣痛、彼女は物置へと逃げ込んで痛みに悶えのたうち回る。その姿は「ポゼッション」において地を這いのたうつイザベル・アジャーニを思わせるほど激烈なものだ。その激痛の舞踏の果て、彼女は息子を出産するが、ここから物語は倫理的な問いをも伴いながら深化していく。

セヘールとニハットは1つの新たな生命によって急速にその孤独を接近させる。これは融和と癒しを意味しない、むしろ痛烈な激突として画面に浮かび上がってくる。カメラはクローズアップの多用が目立ち始め、より2人の内面へと肉薄し、荒れ狂う心模様を見据えることとなる。ここにおいてニハット役のSimsekとセヘール役のErdomezによる演技の静かなる衝突は凄まじい。かたや一時的に引退しながら脚本に感銘を受け出演を承諾したトルコの名優、かたやこの作品がデビュー作となった新人俳優、閉じられた山小屋で繰り広げられる孤独のぶつかり合いは酷く濃密だ。そしてエスメル監督は衝突の終りに2人をトルコの深き森へと導く。緊張の最高潮がそのまま嵐へと結実した中で起こるのは爆発としか言いようないものだ、雷の轟音をも越えて放たれるセヘールの叫び、それは社会に虐げられた者たち全ての絶叫と劇的なまでに重なりあう。"Gözetleme Kulesi"は天へと高く伸びる巨木だ。活気を呈すトルコ映画界において一際高く聳え、私たちを打ちのめす大木だ。[A]

"Gözetleme Kulesi"はスイスのフリブール国際映画祭で上映されエキュメニカル特別賞を獲得、さらに本国トルコのアダナ国際映画祭においては監督賞、主演女優賞、助演男優賞助演女優賞、撮影賞の計五部門を制覇した。ここから新作はまだ発表していないが、活気を呈しているトルコ映画界でもエスメル監督の存在は輝いている故にいつになろうと新作を待ちたい。ということで監督の今後に超期待。

参考文献
http://visitfilms.com/media/product/WT_PressKit_8-31-12.pdf(今作のプレスシート)
http://www.caravanserai-arts.org/artist-profile/289/pelin-esmer(監督プロフィール)
http://www.todayszaman.com/arts-culture_watchtower-director-pelin-esmer-says-contradictions-make-life-more-real_298920.html(監督インタビュー)

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