鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない

私はまだ観ぬ素晴らしき映画たちを探すため、日々ネットの海へと飛び込んでいるのだが、"これは面白そうだ"と気になって監督名をググった時、よく監督が黒と黄色の壁の前に立っている画像に鉢合わせる。上の画像もそうな訳だが、ここはスイス・ロカルノ映画祭の会場だ。ヴェネチアが獅子、ベルリンが熊、そしてロカルノは豹、ということで会場には豹をあしらった壁があって、この前で数々の才能ある監督たちが写真を撮ってきた訳だ。

このブログで取り上げた監督では、2006年に"Das Fräulein"で最高賞の金豹賞を獲得したアンドレア・シュタカ(この記事を読んでね)、デビュー作"Body Rice"が上映されたHugo Vieira da Silva(この記事も読んでね)、"Ha-Shoter"がJury Prizeを受賞したNadav Lapid(この記事もね)などがこのロカルノ映画祭から巣立っていった。さて、私の好きな監督・俳優その75では2013年にこの映画祭で新人監督賞を受賞したMarianne Pistoneと彼女の長編デビュー作"Mouton"を紹介していこう、というかまた凄い映画来ちゃった!!!んだけども……

Marianne Pistoneは1976年フランスのポワシーに生まれた。大学では文学と映画について学び、卒業後は映画のワークショップに勤務したり、小説を執筆するなどの活動を行っていた。2004年には"Le plus grand des deux frenes"で映画監督デビュー、2006年には"Sylvain aux ombres"を手掛ける。青年シルヴァンと死にたいと願う老婦人の姿を描いたこの作品はフランス国立映画センター(CNC)から賞を送られるなど話題になる。

その前年の2005年、彼女はドキュメンタリー作家たちの組合Videoremeで"Mouton"でも共同監督を務めているGilles Derooと出会い意気投合、彼と共に映画を作り始める。まず最初にPistoneが脚本を執筆、Derooが監督という形で2006年の"Vivat (qu'il vive)"を製作、2008年には共同監督・脚本という形で"Hiver (Les Grands Chats)"を手掛け話題を集める。そして2人は自身の制作会社Boule de suifを設立し、2013年初の長編作品である"Mouton"を監督する。

開かれたドアの向こう側、1人の青年の姿が見える。最初は裸だ、彼は下着を手に取りそれを身につける、彼はズボンを手に取りそれを身につける、彼はシャツを手に取りそれを身につける、そういった形で私たちは青年が着替えるシーンを延々と見つめることとなる。この時点でつまり"Mouton"という映画は全編こういった描写が続くミニマルな作品であるのだと、多くの人々は悟るだろう。故に"ああ、こういう映画は好みではない"と観るのを放棄する人もいれば、"こういう映画こそ観たかったんだ"と私のように心を高鳴らせる人もいるだろう。だがどちらにしろ、どうかこの映画を見続けて欲しい、双方の予想を裏切るような切なる願いがここには込められているのだから。

今作の主人公はムートンというニックネームの青年(David Merabet)だ。親としての役割を果たさない母親の元から去り、彼は海辺の小さな町、そこにあるレストランでコックとして働いていた、とあらすじはこれで全てだ。私たちは彼の着替えを目の当たりにしたのと同じ形で、ムートンの日常を目撃していくこととなる。ある時、ムートンは同僚たちと共にトラックから魚介類の詰まった箱を運び出す。ある時、ムートンは海岸で同僚たちと追いかけっこをして遊ぶ。ある時、ムートンは客の対応に追われていたせいで冷めてしまった賄いを笑顔で口にする。ある時、ムートンはオーナーが飼っている2匹の猫にエサを与える。Pistone監督はこういった場面を時には固定の長回しで、時にはダルデンヌ兄弟的な揺れ動く撮影で捉えていく。こうしてムートンの日常の一場面だけを無作為に抜粋し、点と点と、そして点と点と点と点と点とそういった感じで、無数の点の塊として映画を組み上げていくのだ。

最近ではミア・ハンセン=ラブ「EDEN/エデン」が点と点の集積を以て時代の趨勢を描き出し、物語に敢えて反エピック的感触を宿すことで評価を獲得した。"Mouton"の構成も「EDEN」のそれに極めて似ていながら、前者に存在した"1995" "1998"などこれがいつを描いているかの指標すら完全に排し、禁欲的に日常を繋ぎあわせる。これにより"Mouton"は無駄の一切を削ぎ落としたリアリズムの感覚を伴い、その一方で奇妙に現実離れした感覚をも私たちにもたらす。

例えば、ある時レストランにオドレイ(Audrey Clement)という少女が現れる、彼女はウェイトレスとして働きたいと面接を受けにきたらしいことが分かる、ムートンは彼女の姿を見つめる、この一連のシークエンスはムートンとオドレイが何らかの親密な関係を築くだろうことを予感させる物だ。しかしこの後オドレイの存在は不自然に消え去り、数分の間私たちが怪訝に思っていると、いきなりムートンたちが部屋で2人きりになっているシーンが浮かび、仲睦まじくセックスを始める。ここには過程というべきものが一切存在しない、あるのは"2人がセックスするほどの関係に発展している"という結果だけだ。セックス中に何故か禍々しく響くデスメタルや、ホン・サンスかもしくはデュプラス兄弟を思わす奇妙なズームに些かの可笑しみを味わいながら、だが不思議な断絶の心地をも感じることとなる。それでいてこの断絶に親しみを感じる者は少なくないのではないだろうか。

この感覚は、私たちが何かを思い出す時に必ず抱くものだ。記憶は連なりとしてではなく点として存在する故に、記憶それ自体がまた点の集積物でもあり得る。つまりは"Mouton"は"記憶"という存在と同じ存在であることを指向しているのだ。撮影によってシーンの1つ1つは"現在"を生々しく保ちながら、編集によってシーンの連続体は"過去"としての色彩を帯びる。この2つの相反する要素が"Mouton"という映画を構成し、実は私たちが宿す"記憶"を構成する物でもある事実、それが"Mouton"のリアリズムに他の作品とは一線を画す純粋さを宿らせ、ムートンの過ごす日々に無二の愛着をまた宿らせるのだ。

ある時、海辺の町で祭りが行われる。人々は海岸に立てられた大きな橋に集まり、大切な人とキスをしそして楽しげに踊る。カメラはその姿をドキュメンタリータッチで捉え、この場に流れるゆったりとした雰囲気をそのままレンズに焼き付けていく。そして日が沈む頃、カメラはムートンが海岸に独り突っ立っているのを映し出す、かと思えば立ちションをして、ベルトを弄くり回して、何となく海岸を歩いて、何となく元いた場所に戻るとそんなことをする。その最中、ふとナレーションが始まる、何かよく分からないことを言い、そしてその何かよく分からないことが映像として繰り広げられ、私たちはただ驚くしかない。映画は劇的なまでに全く別の作品へと姿を変えてしまったと呆然とするしかない。

正直に言えば、ここからネタバレ無しに私は何をどう語っていけばいいのか分からない。ロッテルダム映画祭のサイトには後半の流れがそのまま書いてあって、見せる側としては別にそこはネタバレしても構わないというスタンスらしいのだが、観た直後の私としては本当にビックリした、いや駄目だろと。私はこれを観るならここから先は一切の前情報なしで観て欲しいと思う。だが確実に言えるのは、この作品は静かに、それでいて激しく心を揺さぶる傑作だということ、今はただそれだけだ。[A+]


参考文献
http://www.filmcomment.com/blog/interview-marianne-pistone-and-gilles-deroo-mouton/(監督インタビュー)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……
その35 ジアン・シュエブ&"Sous mon lit"/壁の向こうに“私”がいる
その36 Sally El Hosaini&"My Brother the Devil"/俺の兄貴は、俺の弟は
その37 Carol Morley&"Dreams of a Life"/この温もりの中で安らかに眠れますように
その38 Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる
その39 杨明明&"女导演"/2人の絆、中国の今
その40 Jaak Kilmi&"Disko ja tuumasõda"/エストニア、いかにしてエマニエル夫人は全体主義に戦いを挑んだか
その41 Julia Murat &"Historia"/私たちが思い出す時にだけ存在する幾つかの物語について
その42 カミーラ・アンディニ&"Sendiri Diana Sendiri"/インドネシア、夫にPowerPointで浮気を告白されました
その43 リサ・ラングセット&「ホテルセラピー」/私という監獄から逃げ出したくて
その44 アンナ・オデル&「同窓会/アンナの場合」/いじめた奴はすぐ忘れるが、いじめられた奴は一生忘れない
その45 Nadav Lapid &"Ha-shoter"/2つの極が世界を潰す
その46 Caroline Poggi &"Tant qu'il nous reste des fusils à pompe"/群青に染まるショットガン
その47 ベンヤミン・ハイゼンベルク&"Der Räuber"/私たちとは違う世界を駆け抜ける者について
その48 José María de Orbe&"Aita"/バスク、移りゆく歴史に人生は短すぎる
その49 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その50 ナタリー・クリストィアーニ&"Nicola Costantino: La Artefacta"/アルゼンチン、人間石鹸、肉体という他人
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で