鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民

ハンガリー映画と聞いたら、おそらく殆どの人が同じ名前を思い浮かべるだろう、タル・ベーラの名を。強迫的な長回しで以て物語を綴っていく作風は世界に多くのフォロワーを生み出した(以前、紹介したRamon Zürcherも彼の指導を受けた者の一人だ)が、ハンガリー国内においても影響力は絶大で、おそらく2016年のアカデミー外国映画賞獲得は間違いないのではと思われる「サウルの息子」(ここにレビュー書いてます)、その監督であるネメシュ・ラースロー監督なんかは「倫敦から来た男」の助監督も務めていたくらいでその影響はもう日を見るより明らかで、監督本人も公言している。さて、今回紹介するのもそんなタル・ベーラの私淑を受けた監督である。

Kenyeres Balintは1976年ハンガリーブダペストに生まれた。ELTE大学で哲学、映画史、映画理論を学び、ハンガリー演劇映画アカデミーの映画監督科に在籍、2005年に卒業。という所で監督紹介は切り上げ、早速彼の短編3作についてのレビューに入っていこう。

まずは1999年の監督デビュー作"Zárás"だ。この作品の始まりは夜の町の中、カメラは1つの建物を映しそこへ近づいていく。開かれたドアから店内へと入ると、画面は鮮烈な緑の光に覆われる。そこは荒れ果てたバーだ、カメラはゆっくり、本当にゆっくりと進み店内に広がる光景を焼き付け続ける。そこにいるのは虚ろな表情を浮かべた中年男たち、酒すら呑まずに虚空を眺めている。ふと1人の男がライターを取りだし点火しようとする、ガリッ、ガリッ、ガリッ、ガリッ、ガリッ、ガリッ……繰り返される焦燥の音はこの空間における不穏の高まりを私たちの鼓膜に嫌というほど味あわせる。Balint監督は目に映る虚無の広がり、その水面下では様々な情念が渦巻いている光景を長回しで見せ続ける。

そして不穏さは突如として暴力として爆ぜる。鮮烈な緑に包まれ男たちがある1人に対して憎しみを向ける状況はひどく異様だ。しかし、しかしだ、この作品にはそれ以上のものが存在しない。画面に充満する雰囲気も息を呑むといった程ではない。映画の説明を読むと"タル・ベーラへのオマージュ的作品"というのがあり、これ以上正確に映画を形容した言葉はないと思われる。"タルベーラへのオマージュ的作品"、"Zárás"はそれ以上でも以下でもない作品だ

だがそれは今作が監督にとってのデビュー作であるということの証明でもある。この後Balint監督は2本の短編と第4短編の"Before Dawn"を製作する訳だが、"Before Dawn"は後に回して先に目下最新作である2009年製作の"A repülés története"を見ていこう。

「私の娘は一体どこにいるの!」そんな叫び声を上げる女性のズームアップから物語は始まる。前作から鑑みると凡庸なショットのように思えるが、カメラが後ろに振れると見えてくる風景に、あなたは世界が開かれるとそんな感覚を味わうだろう。舞台は1905年のノルマンディー、海辺の切り立った崖の上、貴族たちは様々にピクニックを楽しんでいた。後は写真を撮ってお開きという所で、ある女性の娘がその場から居なくなっていることが発覚、皆で少女を探し始めるのだが……

今作は"Zárás"と違い全編ワンショット撮影ではないが、カット割りは相変わらず長めに取ってあり、且つ技巧の成熟が伺える物となっている。監督は冒頭から閉所恐怖症的なクロースアップから世界の広がりを予感させるミディアム・ショット、そして崖向こうを映し出すロングショットへワンカットで繋げていく。その後も驚異的なワンショット撮影が続くのだが、ここにおいて巧みなのは監督の距離感の掴み方だ。おそらく捜索に難航しただろうロケ地の立地を最大限利用し、自由自在に狭さと広さのあわいを行き交い、彼はさらに太陽光の美しき白色すらも取り込む。まるで魔術のような撮影は私たちを見る間に魅了していく。

コミカルな捜索劇が繰り広げられた後、観客はどこからともなく少女が現れるのを目撃するだろう。そして彼女はふと上を見上げる。するとカメラは少女の肩からゆっくり飛び立ち、向こう側の崖へ近づいていく。最初は何故その場所に近づくのか分からないかもしれないが、いつか黒い影が見える、そしてその黒い影がまた崖から飛び立つのだ。空を自由に飛び交う飛行機はカメラの自由さと重なり、この作品が"飛翔の歴史"と題されていることの訳をあなたは知るだろう。ここにおいてBalint監督は長回しをどう物語に奉仕させるかを完全にマスターしたと言えるが、しかし私にとって彼の最高傑作が2005年の"Before Dawn"だ(それゆえ最後に配置した訳であるが)

薄紫色に包まれた世界、カメラが捉えるのは夜明け前の小麦畑だ。ゆっくりとカメラは右へとパンしていき、草以外には何もない野を撮し続け、撮し続け、現れるのは一台のトラックだ。疾走する姿を追い、カメラは左へと戻っていく。トラックは止まり、外へと出てきたドライバーたちは何かの合図をする。そして野原からどこからともなく現れるのは、数十人もの移民たちだ。"Before Dawn"はデビュー作"Zárás"と同じく10分ワンカット撮影でありながら、その技術は驚くほどの成熟を遂げており、これから4年後に製作される"A repülés története"を凌駕するだろう、目を見張るほどの大胆さを備えている。ミディアム・ショットで移民たちがトラックへと駆け込む姿は悲哀に満ち、他に何を映さずとも彼らのその姿が移民たちの辛苦を饒舌に物語る。移民を載せたトラックは元来た道を戻り、またカメラも轟音を上げ進んでいく車体を追い、森へと消えていく。

だがそれでは終わることがない、トラックは再びこちらへと戻ってきて、同時に私たちの目に映り、鼓膜に響くもの、その存在はあなたにも分かる筈だ。ここから映画は類い稀なスペクタクルをも宿しながら観る者の心をうちひしぐ。計算され尽くした構図や展開によって、"Before Dawn"は10分という短さの中でも、移民たちが今置かれている境遇の過酷さを余す所なく語る。カメラが撮す最後の風景は、誰にとって一生忘れられない物となることを約束されている。

そして今作においてもう1つ特筆すべきなのは撮影監督がエルデーイ・マーチャース、助監督がネメシュ・ラースローであることだ。これはつまり「サウルの息子」のあの地獄を作り上げた2人が今作でタッグを組んでいるということだ。この2人はおそらく今作で出会いを果たし、2年後にラースローの監督デビュー作"Türelem"で共同製作を果たし、2015年には「サウルの息子」を完成させる。その意味でも"Before Dawn"はハンガリー映画史において重要な作品と言えるだろう(加えてハンガリー映画界でタルベーラの影響がいかに濃厚かについての証左とも言える)

さて話を戻そう、Balint監督の新作はとうとうの長編デビュー作"Hier"だ。主人公はオットー・ガンツ(「間奏曲はパリで」ミカエル・ニクヴィスト)という中年男性だ。事業で成功しながらもある深刻な問題が持ち上がり、自身の因縁の地モロッコへと赴かなければならなくなり、過去の忌まわしい記憶と対峙せざるそ得なくなる……1人の男の意識の変容をフィルムノワール的アプローチで描き出す作品だそうで、Screen Daily紙によると現在撮影の準備中という。ということでBalint監督の今後に期待。

私の好きな監督・俳優シリーズ
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その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
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