鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ

先日フィルメックスが閉幕、最高賞を獲得したのはペマ・ツェテン監督の「タルロ」と私がブログで取り上げていた作品でなかなか嬉しかった(ちょいちょいブログの閲覧数も上がってる)のだが、観客賞を獲った作品がピーター・チャン監督の「最愛の子」だった。この作品は大切な我が子を誘拐された者たち、我が子が実は何者かの家庭から誘拐してきた存在だと知る者たちの悲哀と後悔を描き出した作品なのだが、この作品と同時期に中国でもう一作、この国の社会問題である子供たちの失踪をテーマにした作品がある。ということで今回はアンディ・ラウ主演の"失孤"とその監督彭三源について紹介していこう。

彭三源は中国を拠点にする映画作家だ。子供の頃から小説家を目指しており、短編を書き続けていた。首都師範大学の教育心理学科を1992年に卒業、教師として働いていたが、その間にも根気強く小説を執筆し、1996年にはとうとう散文集"苦水玫瑰"と長編小説"北京生活"を上梓、小説家としてデビューする。北京電影大学で監督業について学びながら、1999年からはテレビドラマの脚本家・監督としても活躍し始め、キャリアを着実に積み上げていく。そして2014年、彼女は初の監督作"失孤"を手掛ける。

船の上、目的地への到着を待ち続ける人々の中にその男もいる。彼はバイクに股がり眠りこけているが、車体に備え付けられた旗には可愛らしい赤ちゃんの姿が大きくプリントされている。それを見て周りの人々は呟く、こんな可愛い盛りの子を誘拐されるなんて気の毒な奴だ。と、突然その男レイ(「香港極道 野獣刑事」アンディ・ラウ)が起き上がり、何かに突き動かされるようにチラシを配り始める。この子を見かけたら連絡してください、この子を見かけたら、この子を……

農夫をしていたレイは妻や息子と共に幸せな暮らしを送っていた、息子が何者かに誘拐されるまでは。彼を探すためレイは何もかもを捨て去り、バイクで旅に出た。探し続け、探し続け、探し続け、そうして過ぎ去ったのは15年という余りに長き歳月。しかしレイは諦めることが出来ない、何処かで息子は必ず生きているはずだとそう信じ、彼は中国全土を巡る。

ある日レイは運転を誤り交通事故を起こしてしまうのだが、それをきっかけにゼン(「モンスター・ハント」ジン・ボーラン)という青年と出会う。車の整備士であるゼンはレイの旅に興味を持つ、彼自身もまた誘拐され両親の顔も知らずに育った子供だったからだ。最初はそのまま別れるレイたちだったが、旅の途中で2人は再会し言葉を交わしあう。故郷について僕が覚えてるのは吊り橋と竹林と、あと母さんの三つ編みだけだ……そして互いの見つけるべき人を探しに、レイとゼンは2人バイクを走らせる。

彷徨う者を包み込むのは、撮影監督の李屏宾が捉える中国の雄大な自然だ。霧深き山に神々しく浮かび上がる緑の木々、漁師たちの営みを抱き波打つ海原。この雄大さはしかしレイ1人を包むには大きすぎる、彼の孤独は風景が美しさを増すと共に際立ち、観る者の胸を締め付ける。だがそこにゼンが加わる時、自然はその色彩を少しずつ変えていく。

2人での旅は1人でよりもずっと暖かみと可笑しみに満ちている。ホースを掴んでバカみたいに水をかけあい、食事中には自分の食べてる物でベチャベチャ遊んだり……ある時、屋台街で迷ってしまったレイはゼンの名を大きな声で叫んでしまう。すぐ近くにいたゼンはハニカミながら彼に言うのだ、そんな叫ぶなって、アンタが俺の父さんみたいに見えちゃうじゃないかと。そして彼の信頼に応えるように、レイはバイクを運転するゼンの腰をギュッと掴むとそんな瞬間がある。そうして束の間に2人は父と子の関係を築き上げていくのだ。

だが彭三源監督はこの物語の根底にあるのは哀しみであることを忘れていない。誘拐され何の繋がりもない地で育つということ、それは自分が生きているという確かな証明が何処にもないということだ。僕にはIDが無いから電車にも飛行機にも乗れないし、銀行口座だって作れない、ゼンはそう呟く。だが本当の両親を見つけたとして、血は繋がっていないとしてもここまで自分を育ててくれた家族との絆は一体どうなるのか、彼はまた不安をも抱く。そしてレイもまた深い懊悩を抱える存在だ。15年という歳月に人間性を少しずつ刈り取られていく中、欠片ほどの希望だけを頼りに旅を続ける。2人を演じるジン・ボーランとアンディ・ラウのゼンとレイへの理解と慈しみは切実な実在感を伴い、物語を牽引していく。「見捨てられたなんて、言わないでくれ」「でもそれが僕なんだ!」とその言葉には、余りにも深い悲哀が宿っている。

それでも監督は希望を語ることも忘れはしない。脚本の組み立て方に少しの瑕疵ーー例えばもう1つの失踪事件については描写の不足感が否めないし、劇中におけるネットの万能感には少々軽薄さを感じるーーはありながらも、私はこの物語を、この希望を語らねばならないという意思には観る者の心を揺さぶる強さがある。"失弧"はこの強さに支えられた、失われた過去を取り戻そうと足掻く者たちについての物語だ。これでしか有り得ないと思わされるラストシーンに.レイとゼンの幸せを誰もが願わずにはいられなくなる筈だ。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……
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その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから