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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに

女子だけのロードムービー映画は「大人になる前に……」からテルマ&ルイーズクリス・スワンバー"It Was Great, But I Was Ready to Come Home"までちょくちょく作られてきて、その度に楽しんできたのだが、この頃はヒップスターな女子たちが下品に楽しく旅するロマンシスな映画が増えてきている。例えば"Ass Backwards"や、ぶらりクズ女子二人旅な"Fort Tilden"(紹介記事も読んでね)などなど。今回紹介するのもそんな系譜に位置する作品だ。

Meera Menonはインド系アメリカ人の映画作家だ。彼女を映画界へと導いたのは父Viyajan Menonの存在があった。彼は映画プロデューサーであり、Tara Artsという南インドの音楽や映画をアメリカに伝える組織の設立者であるなど、南インドアメリカの架け橋となる文化の担い手でもあった。そんな父の影響で小さい頃から映画に親しみ、父のカメラを使って様々なものを撮影していたのだという。そして18歳の時には俳優としてインドのTVドラマ"American Dreams"に出演、ナショナル・テレビジョン・アワードで賞を獲得することともなる。

コロンビア大学では英語学と美術史を専攻していた。しかし段々と映画作りへの情熱が湧き上がり、学位の取得後、南カリフォルニア大学に入学し映画について学んだ。卒業後は映画やビデオアートのキュレーターとしてパリやマイアミ、ニューヨークなどで美術展を手掛け、2008年にはチェルシーホテルでの美術展"meet me here xoxo"を成功させた。彼女の公私共にパートナーなのは映像作家のPaul Gleasonで、2人は制作会社Elephant Shoe Picturesを共同で経営している。

映画監督としては2009年に短編"Mark in Argentina"でデビュー、サウスカロライナ州の知事がアルゼンチンへと情婦に会いに行くという作品だが、この時は全く注目されず、2013年の初長編映画"Farah Goes Bang"によって彼女は注目を浴びることとなる。

舞台は2004年、ジョージ・W・ブッシュジョン・ケリーの大統領選を数週間後に控えたアメリカだ。テレビから流れる選挙のアレコレを耳にしながら、イラン系のファラ(Nikohl Boosheri)は友人のワシームとキスをする。キスを続けながら、首筋に吸い付かれながら、コンドームの封を開きながら、ファラはでも何か違うよなあって考える。そうは考えながらもワシームのペニスにゴムを付けようとすると……Ouch!……いやいや前にもや付けたことあるだろ…………前にも付けたことあるだろ……?

ファラは処女だった、でもやっぱこんな奴でセックス初体験なんてしたくねえ!ということで、彼女はワシームの元から逃げ去り、初セックスに相応しい男を探して旅に出る!……というのは嘘、いや嘘じゃない、セックスは二の次だ。本当の目的、それはブッシュをブチのめしジョン・ケリーを大統領にするためのキャンペーンだ。そして親友で同じくイラン系のルーパ(Kiran Deol)やK.J.(Kandis Erickson)と共に、ファラはオハイオへと3週間の長い旅へと出掛ける。

ケリー当選に意欲を燃やしまくるルーパといつもヘラヘラしていて奔放なKJ、そしてセックスも大事だけど大統領選も重要だけど……と何となく心が定まらないファラ、気心知れた親友3人の旅路は親密な冗談と下品なジョークに満ち溢れた楽しいものだ。先も書いたように"Fort Tilden"などクオリティの高い女子旅映画がアメリカに増え始めている感触があるのだが、これも正にそんなロマンシス映画で密度の高い女子の友情を味わえる。下のスチール写真を見てほしいが、これを見て期待してしまうだろうイメージは全て"Farah Goes Bang"には全て入っていると言っても過言ではないだろう。

だが上記2作にはない視点がこの映画にはある。ファラとK.J.がとある店の前でパンフレット配りをしていた際、一人の男と喧嘩になってしまい男は罵倒を吐きかける、タリバンのキャンプから来たクソアマにリスペクトって言葉を教えてやれ!……米同時多発テロ後、アメリカは対テロを掲げアフガニスタンへの軍事制裁を開始、その2年後にはサダム・フセイン制圧のためイラクに侵攻、そうして中東諸国への敵対意識が高まっていたのが2004年だった。この状況でイラン系のファラやルーパは露骨に差別され、旅路の最中にも苦渋を味わうこととなる。だからこそ戦争続行を謳うブッシュ再選は避けなくてならないという切実さがある、のだが状況は笑えるくらい非情だ。オハイオでのキャンペーンはほぼ門前払い、入れてくれたとしても家人がギターを持ってきて"ブッシュは再選確実〜♪"とか歌いだすとかザラだ。それでも彼女たちはケリー当選を信じて旅を続ける。

しかし私たちは分かっている筈だ、ブッシュは大統領に再選し、イラク戦争は泥沼化してしまうことを。そうして物語は3人の不安で満たされていくのだが、監督はこの予め定められた終局までの時間を、彼女たちが幼さに浸れる最後の時間として描き出す。それはとても苦いものだ、戦争によって奪われた物のことを思い、現在進行形で続く差別に心を痛めながら、3人は否応なしに大人として生きることを選ばざるを得なくなる。それでも終着点にあるのはこうするしかなかったって諦めだけじゃない、此処までずっと私たち一緒にいたじゃん!って友情があってくれる。友情は永遠、なんて青臭い言葉かもしれないが、"Farah Goes Bang"はアメリカの1つの分岐点となった瞬間を背景にしたからこそ、その事実がいかに救いとなってくれるのかを私たちに教えてくれる。

"Farah Goes Bang"はトライベッカ映画祭で上映、優れた才能を持つ女性監督に送られるノーラ・エフロン賞を獲得するなど話題を集める。彼女の最新作は"Equity"だ、1人の投資家が金融スキャンダルによって堕ちていく様を描いた作品で、ウォール街を舞台にした映画で女性が主役なのは初めてらしい。今作は2016年のサンダンス映画祭でプレミア上映らしくとても楽しみだ。ということでMenon監督の今後に期待。

参考文献
http://meeramenon.com/(監督公式サイト)
https://tribecafilm.com/stories/meera-menon-farah-goes-bang(監督インタビューその1)
http://logger.believermag.com/post/54032661371/girls-behind-the-camera-an-interview-with-meera(監督インタビューその2)

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