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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell

私はTwitterでもこのブログでも主張し続けているのだが、レンタルビデオ店の文芸エロ映画棚にはお宝が眠っている。いや、こう言い換えた方が良いかもしれない、エロ文芸映画界には劇場では伺い知れないもう1つの映画史が広がっているのだ。ということで私の好きな監督・俳優特別編"文芸エロ映画に世界が見える"、今回はセルビアに生きる少女たちの荒みきった青春を描いた「思春期」(エロ文芸映画は好きだが、邦題は好きじゃないのでこれ以後原題の"Klip"表記)とセルビア映画界期待の新鋭マヤ・ミロスについて紹介していこう。

マヤ・ミロス Maja Miloš(この綴り的に実際の発音はミロシュな気が)は1983年5月3日ベオグラードに生まれた。ベオグラード美術大学のFaculty of Dramatic Artsで監督業について学び、2005年にベルリナーレ・タレント・キャンパスの一員になり、2006年からはパリのドキュメンタリー映画学校へと留学していた。在学中から"Interval"(2003)や"Les Cousins"(2006)など短編を精力的に手掛けていくが、中でも最も評判になった作品が2004年の"Si Tu Timazin"だった。とある部屋に監禁された女性の姿を描き出すサスペンス映画は国内外で話題となった。vimeoに英語字幕付きでアップしてあるので皆で観よう。

さて"Klip"の話に入っていこう。この作品の着想は若者たちがインターネットにアップする"Klip"、つまり動画だったという。友人と共にパーティーを楽しんだり、ドラッグを使っている動画、時にはセックスを映した動画などを観て、若い世代に自分たちとは全く違う変化が起こり始めているのを監督は感じたのだという。それをテーマに脚本を執筆していたが、刻一刻と変わっていく状況に執筆は難航、第1稿を完成させるまででも数年かかったのだという。そして映画にリアリティを与えるため、ハリウッドのように20代がティーンエイジャーを演じさせるのは避けて、俳優は登場人物とほぼ同じ年の若者を起用するなどディテールの構築に時間をかけた結果、6年もの歳月の後、ミロス監督のデビュー長編"Klip"が完成する。

私たちはまず携帯のカメラ越しに、ある少女の姿を見ることとなる。彼女はカメラに向かって話しかけ、そして扇情的なポーズを取る。ヤりたいのか?と、男のそんな声が響く。カメラは少女へと近づき、彼女の服と肌が大写しになる頃、喘ぎ声が耳に届く。だが男が何故か部屋を去ると共にその映像は中断され、観客は"Klip"から投げ出され、部屋に捨て置かれた少女を見ることとなる。

高校生の少女ヤスナ(イシドラ・シミヨノヴィッチ)は灰色の町で灰色の青春を送っていた。昼はクソつまらない学校の授業に費やし、夜は親友たちとクラブへと出掛け、酒を口に突っ込み、男のペニスを口に突っ込む日々。家に帰るとまず聞こえてくるのは父親(ヨヴォ・マクシッチ)の咳の音、何かの病気らしいと母親(サニャ・ミキチシン)は言い、少しは心配する素振りも見せなさいと嫌味を叩かれるが、彼女は無視して自分の部屋に籠る。ここでの生活に希望はない、酒とセックスに逃げる以外にクソみたいな現実から目を背ける方法なんかなかった。

冒頭から否応なく味わうこととなるのが、ヤスナの抱く閉塞感だ。部屋には薄暗い影がカビのように纏わりつき、彼女を苛む。だが影はそこだけでなく、家のリビングや学校の教室、友人の部屋や本来は極彩色が瞬くはずのクラブにさえベトついている。ヤスナたちはそれを跳ね返すために、カラフルで煌びやかな服を身に付け、流行りのポップソングに合わせて、髪を振り乱し体を躍動させる。だがむしろ陰影は濃厚さを増していく。その大本にあるのが果てしない貧困だ。町は刻み付けられた荒廃を無惨に晒し、ヤスナの母は手術代手術代とうわ言のように呟き、そんな母に対してヤスナは金が欲しいとぶっきらぼうに頼む。私たちは彼女のその行動に不快感を抱くより、この地獄で生きることの苦すぎる過酷さをまず思うはずだ。

そして監督のドキュメンタリー的アプローチは、この物語に迫真性を与えている。目の前に広がる光景をありのまま焼き付ける姿勢はもちろん、彼女のビジョンには表層的なリアリティの奥、貧困が吐き出す空気感というものを観る者の肌に嫌というほどザラつかせる力がある。この塵芥の輪で以て首を締め付けられるようなリアリティを更に先鋭化させるのが、劇中に頻出する粒子の荒い動画の数々だ。ヤスナに限らず作品に現れる若者たちは誰もが携帯で写真や動画を撮影する。友人とはしゃぐ自分の姿、コカインでハイになった男の姿、ゲロをブチ撒ける何者かの姿……印象的なのはヤスナたちが深夜自分たちの通う学校へ押し入る光景だ。アメリカのクソ野郎共、コソボは俺たちのモンだ!とそんな叫びと共に、若者たちが学校を荒らし回り、花火を巻き上げるさせる姿がヤスナの携帯に写し取られる。コソボ独立を背景とした旧ユーゴの緊張と少年少女の若さという名の憎悪が絡み合い、爆散を遂げる様は凄まじいものだ。

だがここに現れる動画の中で最も多く、そして最も不愉快なものがセックス動画だ。ヤスナはジョーレ(ヴカシン・ヤシュニッチ)という青年と友人とも恋人とも言えない関係性の中で、幾度となくセックスを果たすのだが、そのたびに彼女たちは性行為を撮影する。ヤスナがジョーレのペニスをフェラする、互いにオナニーを見せつけあう、ジョーレがヤスナのアナルに挿入する、これらの映像は実際かなり過激で、映画の最後に"性行為を映したシーンは成年の俳優が演じています"との注意書きが出るほどだ。これがセルビア"KIDS"と言われる由縁でもあるが、頻出するセックスシーンに通底するのはヤスナがジョーレに従属している印象を与える所だ。最も象徴的なのはヤスナが犬を演じながらセックスを始める下りだろう。ジョーレは彼女を組伏せ、ヤスナはそれに喜んで付き従う(ように見える)様は、現実という抑圧から逃れるためセックスに逃げ込むしかない者を自分の快楽のために利用する、男性>女性の搾取の構造を、吐き気を催すほどの真実味で描き出している。

ヤスナを演じるイシドラ・シミヨノヴィッチ、思春期の鬱屈を体現した彼女の存在が、物語の出口なしという雰囲気に拍車をかける。セックスによって安心はもたらされることがない、病気の父は日に日に弱り家族の間には絶望感が満ちる、救いなど欠片もなく、ヤスナは苦しみがのさばる世界の奥の奥へと追いやられ、物語は死よりも更に冷酷な、彼女の人生はこれからも続くのだと思わざるを得ない終局へと向かっていく。"Klip"は思春期という地獄に生きる少女の姿を描いた作品だ、そこに一切の容赦はない。

"Kilp"はロッテルダム国際映画祭で上映され、最高賞のタイガーアワードを獲得する(ちなみにこの賞には毎年3作品が選ばれるのだが同年の受賞作はドミンガ・ソトマイヨール「木曜から日曜まで」ホアン・ジー「卵と石」だった)。その後もブエノス・アイレス、カルロヴィ・ヴァリ、トロント、ロンドンなど世界中の映画祭を回り、その内容から議論を巻き起こすこととなった。この後は2014年のコメディ映画"Mali Budo"に俳優として出演しているのだが、監督作の予定はまだないようである。ということでミロス監督の今後に期待。

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こちらもセルビアに生きる若者たちの姿を描いた作品だが「思春期」よりは幾分トーンは明るい(というか「思春期」が暗すぎる)。とはいえ思春期の鬱屈がかなりリアルに描かれていてこちらもなかなか痛い。「思春期」といい今作といい、セルビア映画は若者がビデオ撮ってネットにアップって映画ばかりが世界的に評価されているような。

参考文献
https://www.festivalscope.com/director/milo-maja(監督プロフィール)
http://www.femalefirst.co.uk/movies/Maja+Milos+Interview-262035.html(監督インタビューその1)
http://www.moviemaker.com/diy/film-real-maja-milos-tiger-award-winning-debut-clip-rewrites-rules-realism/(監督インタビューその2)

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