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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶

さて、ルワンダである。あなたはルワンダという国のことをどのくらい知っているだろうか。おそらくルワンダ内戦、ひいてはルワンダ虐殺という痛ましい歴史ではないだろうか。フツ過激派がツチ族やフツ穏健派を虐殺し、およそ50万人から100万人もの人々が命を落としたこの事件をホテル・ルワンダルワンダの涙」という映画作品で詳しく知ったという方も多い筈だ。しかし、その後は? 虐殺が起きた後のルワンダで生きる人々については? 何事もそうだろう、何か痛ましい事件が起こればそれがニュースで伝わるが、その後のことは殆ど誰も伝えてはくれない。そして痛ましさだけが頭に残り、その国への勝手なイメージがそれぞれの中で形作られていく。そういう時にこそまた、映画はそこにあってくれる。ということで今回は虐殺から十数年後のルワンダで思索を重ねる新鋭Kivu Ruhorahozaと彼の長編デビュー作"Matière Grise"について紹介して行こう。

Kivu Ruhorahozaは1982年12月6日、ルワンダキガリに生まれた。そんな彼がルワンダ虐殺を体験したのが11歳の時だった。

“その時、私は国の反対側、西の州へ病気の祖母を見舞いに行っていたんです、家族と一緒ではありませんでした。虐殺が始まって最初の数週間、彼らと電話で話すことが出来たのですが、きょうだいのあんなに怯えた声は初めてききましたし、今も頭から離れません。ある時、家族が殺されたと聞きました。しかし幸運なことに本当ではなかった、そして誰かがその噂を流してくれたおかげで軍も家族を探すのを止めたんです。虐殺の後、キガリへ帰りましたが虐殺について話すことは一度もありませんでした。余りに恐ろしい経験だったということでしょう”

そんな彼は子供時代からこの虐殺の記憶と対峙するために脚本を書き始め、必然的に映画界への道を歩むこととなる。まずはEric Keberaというプロデューサーの元につき、プロダクション助手として働き、ルワンダにやってきたBBCやCNNのプロダクション・マネージャーとしての役割を勤めるなどしてキャリアを積み重ねる。

映画監督デビューは2007年の短編"Confession"だ、今作はヴェネチア国際映画祭で上映され話題を集める。2008年の第2短編"Lost in the South"ロッテルダム国際映画祭などで上映されたという。そして2009年からはベルリナーレ・タレント・キャンパスに参加、そこでデビュー作の撮影監督を務めることとなるオーストラリア人のAri Wagnerと出会う。これがきっかけでプロデューサーのDominic Allenと引き合わされ、オーストラリアとルワンダの協同出資で長編映画の制作がスタート、2011年に初長編"Matière Grise"が完成することとなる。

明日お偉いさんとの会議がある、もし融資を受けられたら俺は映画を作れる、もし融資を受けられなくても俺は映画を作るしかない、ゲロ吐きそうだ。ビデオカメラの前で若き映画作家バルタザール(Hervé Kimenyi)は独り呟く。昨日は4時間しか寝てない、今日は多分一睡も出来ない……

"Matière Grise"の前半はバルタザールが映画制作に奔走する姿が淡々と描かれていく。運命の日"お偉いさん"との会議に望むのだが彼は言う、君には才能がある、その才能をルワンダのための映画を作って欲しいんだ、HIVや女性への暴力について人々に啓蒙する映画を……そういうのじゃないんだよ!とバルタザールは突っぱねる、俺は俺の作りたい映画を作るんだと。この下りは監督が短編2作を制作している時の経験を元に描いているらしく、淡々としながらリアルな感触がある。渋い顔を浮かべながら予算のために心当たりを駆けずり回る彼の姿には、心をゆっくりと握りつぶすような憂鬱が滲んでいて、観ている方でも気が滅入ってくる。

そしてバルタザールは映画の内容について友人と議論を闘わせる。初長編の題名は"ゴキブリの循環"、ルワンダ虐殺のトラウマを寓話的に描いた作品だという。そこで彼は手前にはゴキブリ、そして奥には女性をレイプする男の後ろ姿という構図を30秒入れたいと主張する。デヴィッド・リンチの「ブルーベルベット」やギャスパー・ノエの「アレックス」を例に挙げながら、いかにそのシーンが物語にとって意味があるかを語るのだが、友人は難色を示し、議論はレストランにくゆるタバコの白煙のように曲がりくねっていく。こうしてメタ的な視点で以て、自分がこの映画を制作する意味とは?という自問自答が繰り広げられていくが、物語のメインは此処ではない。あくまで監督自身の経験・思いを投影することで、本当の物語への架け橋を作ることが目的だったのだと分かってくる。

始まるのは話題に上がっていたバルタザールの監督作"ゴキブリの循環"第1部だ。舞台はとある一室、窓に嵌められた鉄格子の隙間以外は全てが閉ざされている。ベッドには1人の男(Jp Uwayezu)が横になっており、何処からともなく響く声に耳を澄ませている。ルワンダの子供たちよ、ゴキブリなどに慈悲を見せてはなりません、慈悲を見せてはなりません……起きあがる男の視線の先、そこには小さなガラスのフタに閉じ込められたゴキブリが一匹、彼は罵倒を吐きかける、逃げられると思っているのかこのクソ野郎、ブチ殺してやる!

独房、ゴキブリ、ルワンダの国旗、鉄格子の外から渡されるのは酒、薬、そしてマチェーテ。それらは全て男の精神世界に刻まれた深き傷として表象する。特にゴキブリは明確すぎるほど男にとって憎悪の対象でありうる。十数年前に内戦それ自体は終わりながらも、だが実際には何も終わってなどいない、むしろ始まりだ、果てしない苦しみの始まりだ。男は壁に張りつけてある写真を見つめて呟く、俺たちはこの国のために戦ったんだ。

そしてもう1つ、"ゴキブリの循環"第2部では親を内戦で失った姉弟の姿が描かれる。弟のイヴァン(Ramadhan Bizimana)を苛むのは人々が生きたまま焼かれていく風景だ、それは何の前触れもなく発作のように浮かび上がり、その度に地獄の苦しみを味わっている。周りの世界と自分を切り離すために、彼はバイクのヘルメットを被り続けるしかない。そんなイヴァンを姉のジュスティーヌ(Ruth Nirere)は献身的に支えるが、彼女もまたトラウマを抱えている。

この"Matière Grise"は物語の約半分を2人の姿を描くことに割いている。第1部と同じくこちらも寓話性に満ちた、というか殆ど寓話性しか存在しないと言うべきだろうか。だが自身の経験を元にしたという冒頭よりもこの寓話に対しての方が、よりパーソナルな印象を受ける筈だ。物語の展開は起伏に乏しくかなり退屈で、淡々としながら支離滅裂なものに思えるが、これはある意味当然で、今作は登場人物ではなく監督自身が虐殺のトラウマとどう折り合いをつけるのかについてのセラピーだからだ。私たちがこの作品を観ることは、監督が自分のトラウマを一方的にベラベラ喋るのを聞き続けるとそれとイコールでその内容がキチンと纏まっている筈はなく、だからこそ深く切実な響きを伴っている。描かれるのはある1人の人間による虐殺の記憶との対峙、だから"Matière Grise"は面白いだとか楽しいだとかそういう次元で評価出来る代物ではない。彼がこの作品を完成させたこと、この達成が全てだ。

"Matière Grise"はトライベッカ映画祭でプレミア上映、同映画祭で新人監督特別賞、ワルシャワ映画祭ではエキュメニカル特別賞、ドイツのテュービンゲンフランス映画祭では最高賞を獲得するなど話題を集める。2014年にはプロデューサーとしてタンザニア映画"Samaki Mchangani"を手掛けた後、自身の第2長編"Things of the Aimless Wanderer"を監督、この作品の舞台はルワンダへとヨーロッパ人が到来し始めた19世紀と今の21世紀の2つの時代、一方ではジャングルに迷い混んでしまう白人入植者が1人の少女と出会い、また一方では特派員がナイトクラブで1人の娼婦と出会い、しかし彼女たちは男の前から姿を消してしまい……という時代を股にかけた作品で、ヨーロッパ諸国とルワンダの関係性を描くのが目的だという。ということでRuhorahoza監督の今後に期待。

参考文献
http://www.sbs.com.au/movies/article/2011/05/03/tribeca-2011-kivu-ruhorahoza-interview(インタビューその1)
http://www.africine.org/?menu=art&no=11471(インタビューその2)
http://africasacountry.com/2014/12/5-questions-for-a-filmmaker-kivu-ruhorahoza/(インタビューその3)

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