鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない

さて、今回紹介するのはおそらく今まで紹介してきた人物の中で最も知名度の高い人物だろう。彼の名前はジョエル・エドガートンデヴィッド・ミショッド監督作アニマル・キングダムベン・メンデルソーンの親友役や華麗なるギャツビーの口髭がメタクソ胡散臭いキャリマリの夫、そして何より「Warrior」トム・ハーディと激突した物理学教師の兄貴と言えば、名前だけではピンとこなかった方にもその顔が頭にパッと浮かぶのではないだろうか。そんな彼、実は俳優としてだけでなく映画監督として今年特大級のホームランをブチかましたのである。ということで今回は映画作家ジョエル・エドガートンと彼の長編デビュー作"The Gift"を紹介していこう。

ジョエル・エドガートンは1974年……っていうのは日本語版Wikipediaにも書いてあるので、割愛。作り手としての彼の経歴を見ていくと、まずカメラの裏に回ったのは1996年の兄であるナッシュ・エドガートンアニマル・キングダムなどで共演している友人キーラン・ダーシー=スミスが監督を務めた短編"Loaded"だ、エドガートンは出演もしているがプロデューサーとしても関わっており、今作はフリッカーフェスト国際短編映画祭で賞を獲得するなどした。

そして脚本家デビューは1998年の"Bloodlock"、F-Wordをブチ撒ける2人のチンピラの行く末を描き出した作品で先述のフリッカーフェストやセント・キルダ映画祭で作品賞を獲得するなど華々しいスタートを切る。2001年にはナッシュ単独監督の短編"The Pitch"を執筆、カメラに向かって自身の作ろうとしている作品がいかにスゲーかを延々と語る映画監督の姿をフッテージを交え描いた2分の映画祭宣伝用の短編で、ヴェネチア国際映画祭で女優賞を獲得した直後のローズ・バーンが出演していたりする。

その後しばらくは俳優業に専念していたが、2008年は映画作家エドガートンにとって重要な年になる。まずは兄ナッシュの初長編"The Square"エドガートンも初の長編脚本を執筆することとなる。大金の詰まったバッグを巡って人々の欲望と憎しみが交錯する群像フィルム・ノワールで、エドガートンはオーストラリア映画批評家組合賞で脚本賞を獲得する。そして彼は短編"The List"で映画監督としてもデビュー、シドニーを舞台に1人の犯罪者が思わぬ形で過去と対峙することとなる様を描いた作品で高い評価を獲得し、2011年には短編"The Monkey"を監督、こちらは親友に髪型を真似された男の悲喜こもごもを綴るコメディだという。

2013年には2016年の未体験ゾーンの映画たちで公開される「ディスクローザー」(原題は"Felony")の脚本・製作・主演を担当、ある事故を起こしてしまった刑事の苦悩と贖罪を描くスリラー映画で、作り手としての彼の"丁寧さ"を味わうことの出来る秀作だ。そして原案を担当したデヴィッド・ミショッドの第2長編「奪還者」を経て、エドガートンは初長編"The Gift"を監督することとなる。

幸せを絵に描いたような夫妻、サイモンとロビン(「バッドガイ 反抗期の中年男」ジェイソン・ベイトマン&「トランセンデンスレベッカ・ホール)を形容するならばこれが一番だろう。2人はサイモンが新しい仕事に就いたのをきっかけに、シカゴから彼の故郷であるロサンゼルスに引っ越してきたのだ。順風満帆なキャリア、大きな窓から美しい街並みが見えるモダンな邸宅、そしてあともう1つ、2人の間に子供が出来たとすれば人生は何もかもが完璧になるように思えた。あの男が現れるまでは。

ある日サイモンたちが店で買い物をしていると、口髭を鬱蒼と蓄えた男に声をかけられる、俺を覚えているかいと。彼はゴード(「3バカ大将/芸に賭けた男たち」ジョエル・エドガートン)と名乗り親しく会話を繰り広げるのだが、サイモンは学生時代の友人だったという彼をよく覚えてはいなかった。しかしゴードが引っ越し祝いのギフトとして玄関にワインを置いていった事から、サイモンはゴードと再び親交を深めることとなるが……

物語の前半はサイモンたちとゴードの奇妙な交流をじっくりと描いていく。ゴードはロビンのいる邸宅を何度も訪ね、紳士的な振舞いと様々なギフトで以て彼女との距離を近づけていく。3人でワインを囲むディナーの時には、学生時代のサイモンについての思い出話を語り場を湧かせる。だがロビンとは逆に、サイモンはゴードの対し不信感を向ける。自分たちが居ない間に池に数匹の鯉をギフトとして放ったり、ロビンに馴れ馴れしくしたりと友達付き合いとしての範疇を越えているように思えるのだ。そして彼はロビンや友人に気味が悪い男だ、アイツには近付くべきじゃないなど公然と悪口を言い放つ。だがロビンはむしろそんなサイモンにこそ非難の眼差しを向け始めている。

今回は俳優としてだけでなく、脚本・製作そして監督としても関わっているエドガートンの演出は、これが初長編とは到底思えないほどに巧みだ。言葉や行動の数々からキャラクターの性格や生きてきた道筋をふと浮かばせる手捌き、性急な策に走ることなく映画の雰囲気をじっくりと醸造していく丁寧さ。まるで既に世界にその名を轟かせているインディー映画界の大御所が、気心知れた俳優たちと共に肩の力を抜いていつもよりも小規模な映画を作ったと、新人監督には見られる筈もないそんな余裕さえ感じ取られるほどだ。しかし彼の傑出した技術は、全てのお膳立てが揃った中盤からこそドス黒い牙を剥く。

3者間の緊張感が最高潮にまで高まる頃、サイモンたちはディナーに招待されゴードの邸宅へと赴くこととなる。しかしここで明らかになるのはゴードが今置かれている荒んだ状況についてだ。業を煮やしたサイモンはゴードに「もう私たちは合わない方が良い」と最後通帳を突きつけて、邸宅から去る。外に出たロビンがガラス越しに見る姿を最後に彼は忽然と姿を消すが、ゴードの存在は逆に不在によってこそ神経症的な実在を獲得することとなる。

撮影監督はエドゥアルド・グラウレベッカ・ホールが主演した「アウェイクニング」も手掛けた人物だが、今作では邸宅の構造を上手く生かした撮影で不穏さを煽り立てていく。リビングから台所への奥行き、部屋と部屋とを繋ぐ廊下に広がる空虚さ、そして特に印象的なのは光を取り込み2人の元に温もりを運ぶはずの窓ガラスだ。前半においてガラスはサイモンとロビン/ゴードを隔てる存在として機能するが、グラウはその役割を徐々に捻り曲げていく。この半透明の壁が通すのは光だけではない、ロビンはそこにゴードの眼差しをも感じることとなる。ガラス越しのあの姿は何度もフラッシュバックし、彼女の、そして観客の精神を磨り減らしていくのだ。そしていつしかロビンはある問いへと導かれるーー何故ゴードは自分たちの前に現れたのか?

エドガートン自身による綿密に組み立てられた脚本が、この問いに直面した者たちに与える鍵の名前は過去だ。私たちはロビンの視点からサイモンとゴードのドス黒い過去を目の当たりにしながら、こんなことを思わされる、私たちも何かを忘れてはいないだろうかと。劇中においてサイモンは言う、時は多くのことを忘れさせてくれる、全てを癒してくれる、だから新しい人生を生きよう。エドガートン監督はそんな楽天的な言葉に痛烈なNOを叩きつける。お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れない。お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れない。お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れない。この人生への憎しみが溢れる呪詛こそが"The Gift"だ。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
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その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
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その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……
その35 ジアン・シュエブ&"Sous mon lit"/壁の向こうに“私”がいる
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その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
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その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
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その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
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その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
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その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
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その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない