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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して

さてノルウェーである。以前"The Sleepwalker"Mona Fastvoldを紹介した(この記事を読んでね!)のだが、彼女の活動拠点はアメリカなので、今回はノルウェー現地で活躍する新鋭を紹介していきたい訳だが、考えてみればデンマークスウェーデンといわゆるスカンディナビア3国で一番影が薄いのがノルウェーなのではって感じだが皆さんどうだろう、ノルウェー映画ノルウェー人俳優、ノルウェー人映画監督、思いつくだろうか。昔から活躍している人物だとベント・ハーメルくらい?

私はテン年代以降が対象なので昔の人物はほぼ思い出せないのだが、テン年代には1人デカい若手がいる、それがヨアキム・トリアーである。未だ長編は3作のみだが世界で滅茶苦茶評価され、日本では特集上映で「リプライズ」オスロ、8月31日」が公開されていたりする。最新作は去年のカンヌでお披露目された"Louder than Bombs"、戦場カメラマンであった母/妻の死が家族に波紋を巻き起こす様を描いた作品で、イザベル・ユペールジェシー・アイゼンバーグガブリエル・バーン出演などかなり豪華で評判も上々、日本公開決まらないかなとかずっと思っている(決まらなくても米iTunesで配信されたら観て、紹介記事書くけども)。

ということで余り関係のない前置きが長くなってしまったが、今回は"文芸エロ映画に世界が見えてくる"特別編として、何か近親相姦ものっぽく仕立てあげられてしまった「妹の体温」とその監督アンネ・セウィツキーを紹介していこう。

アンネ・セウィツキーAnne Sewitskyは1978年1月12日、ノルウェーオスロに生まれた。リレハンメルノルウェー映画学校出身。2006年に少女が父親のガールフレンドに恋をする短編ロマンス"Hjerteklipp"で監督デビュー、続いて2008年には第2短編"Oh, My God!"を製作、今作は少女の性の目覚めをユーモラスに描き出した作品で、ベルリン国際映画祭の子供映画部門Generation Kplusで最優秀短編賞を獲得するなど話題になる。

同年シングルマザーの女性が離れ島で生活する姿を描いたTVドラマ"Himmelbla"の演出を数話担当した後、2010年には初の長編映画"Sykt Lykkelig"を手掛ける。カヤの家庭は絵に書いたように幸せな物、なのは見かけだけ、夫婦は長い長いセックスレスに陥っていた。そんなある日、隣に誰もが羨むようなカップルが引っ越してきたのをきっかけにカヤの人生は大きく変わっていく……この作品はサンダンス映画祭のワールドシネマ部門、セビリア欧州映画祭で作品賞、ノルウェーアカデミー賞のアマンダ賞では主演男優賞を獲得することとなった。

2011年には第2長編「真実の恋」を監督する。ノルウェーの人気児童文学作家Vigdis Hjorthの同名原作を映画化した今作は、10歳の少女アンネとクラスの人気者エレンが、転校生の少年ヨルゲンを巡って恋のバトルを繰り広げる初恋物語で、日本でもトーキョーノーザンライツフェスティバル2013で上映された。そして2012年から2013年にかけてとあるコメディアンの人生を描いたモキュメンタリードラマ"Helt Perfekt"を手掛けた後、2015年には第3長編「妹の体温」を監督する。

スローモーションに浮かび上がるのは、1人の女性の美しき舞い。彼女は腕を羽根のように広げて、白鳥の舞いを踊り続ける。女性の周りには無邪気な笑顔の子供たち、見よう見まねで雛鳥のダンスを踊っている。かけがえのない幸福感に満ちた風景、だがその中心にいる女性の心に深い孤独が巣喰っているのを、彼女以外には誰も知らない。

今作の主人公はシャルロット(「リプライズ」インネ・ウィルマン)という若い女性、彼女は講師として子供たちにダンスを教えている。同僚で親友のマルテ(シリエ・ストルスタイン)や彼女の弟で恋人のダグとの関係も良好、彼女は何不自由ない日々を送っている筈だった。しかしアルコール中毒だった父が病に倒れ、余命幾ばくもない状況に陥ってしまう。母のアンナ(「ナイト・ウルフ 武装襲撃」アネッケ・ヴォン・デル・リッペ)は気丈に振る舞っているが、シャルロットにはその態度がある種のよそよそしさに思えて彼女への反発を抑えられないでいる。

不安な日々が続く中、シャルロットはオスロに異母兄弟のヘンリック(「マスタープラン」シーモン・J・ベリエル)が越してきたのを知る。ヘンリックは母がスウェーデンに住んでいた頃に生んだ子で、今まで会ったことは1度もない。彼女は何度か家を見に行くのだが、中に入る勇気はない。そんなある日、彼の方からシャルロットの元へやってきて彼女の行為を咎めてくるのだが、それをきっかけに交流を始めた2人は、その関係を越えて徐々に惹かれあっていく。

抑えられた色調と灰の空から舞い散る雪、そんなノルウェーの芯まで冷やされる景色にセウィツキー監督は2つの孤独が近づいていく様を紡ぎだす。シャルロットは母がついていた嘘を知り、ヘンリックは母への親しみと嫌悪の入り交じる感情を告白し、2人は夜のオスロへと繰り出すこととなる。ここで流れるのがBon Iver"The Wolves(Act 1& Act 2)"だ。映画ファンには「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」&「君と歩く世界」まさかのED丸かぶり事件でお馴染みだが、この清洌なる美しさを宿した旋律を自分の映画で使いたくない監督がこの世にいるのか?といった風に堂々と流れる。それ故に効果は絶大で、大地からその足が離れることのなかった陰鬱な雰囲気が、見る間にリリカルな夢見心地の夜景へと姿を変える。この一夜こそ私たちのもの、共有されるその思いが2人を急激に近づける光景は限りない説得力に満ちる。この景色は、しかし幸福の幕開けとはなり得ないが。

「妹の体温」という邦題が示す通り、いつしか2人は肉体関係に陥ることとなる。だがこの邦題は文芸エロ映画として売るためにつけられたまでで、近親相姦は彼女のある思いの表象の1つでしかない。つまりは家族という名の繋がりが欲しいという思いの。

シャルロットは"普通の"家族に恵まれなかったことを気に病んでいる。父がアルコール中毒であったのは勿論だが、彼女にとって重荷になっているのは母アンナの存在だ。彼女は独立心が強く、現在も仕事に邁進する一方で大学にも通い、アメリカ文学フェミニズムについて学んでいる。アンナは夫の病室でシャルロットに自分の執筆した論文を朗読するが、その姿にこそシャルロットは怒りを覚えるのだ。小さな頃から自分のことばかりで娘を構ってなどくれない、強い自立心はそのまま放任主義となり、シャルロットは愛の不在を強く感じながら成長することとなってしまった。

彼女のこの愛の飢えは、一時期親友のマルテの存在によって癒されていた。彼女はシャルロットを家族として向かい入れ、弟のダグは自分を愛で包み込んでくれる。だがシャルロットはマルテの結婚式の際、新郎が祖母からもらい受けたというプレゼントの首飾りをこっそりと盗んでしまう、まるで姉への悪戯を企てた妹のように。セウィツキー監督はシャルロットを、家族が欲しいと願いながら、その関係性に横たわる適切な距離感という物を理解できない人間として描き出す。だからこそ同じ母に見捨てられたヘンリックに惹かれ、いつしか2人は擬似的な夫婦関係にまで発展していく。だがそんな関係が長く続く訳もない。

この作品は英題を"Homesick"という。彼女にとっては痛烈なのが、この郷愁とはつまり彼女の心のなかにのみ存在する"家族"への郷愁であることだ。ダンス教室に通う子供たちには抱き締めてくれる家族の存在がある、だが私には本当にそうして欲しい相手はいるの?……ここまで彼女を追い詰めるからこそラストの過程をすっ飛ばした、取って付けたような救いはこの映画にとって瑕疵にしかならないのが残念な所だが、それでも「妹の体温」には凍てついた孤独の焦土に取り残された女性の、受け入れられたい、愛されたいという切実な叫びを聞かずにはいられない。

セウィツキー監督の最新作は"Hjemlengsel"オスロ出身のフィギュアスケート選手ソニア・ヘニーの生涯を描き出す伝記映画だそうで、2015年12月時点では撮影開始は16年の8月に予定しているという。他にもTVドラマ"Monster"の製作も進行中。ということでセウィツキー監督の今後に期待。

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参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/sewitsky-anne
http://blogs.indiewire.com/womenandhollywood/tiff-2015-women-directors-meet-anne-sewitsky-homesick-20150913

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