鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ

モデル業界を描いた映画は数知れない。まず思い浮かぶのはイタリアン・ホラー界の巨匠マリオ・バーヴァによる極彩ジャーロ「モデル連続殺人!」だ、題名の通りモデルがどんどんブチ殺されていく俗悪殺人ものジャーロの先駆的存在である。そして80年代にもジャーロ映画として「ドレスの下はからっぽ」なんて作品が作られた、この映画でもモデルが沢山ブチ殺される……いや、私の趣味的にモデルが沢山ブチ殺される映画しか思い付かない、何かすいません。ということで気を取り直して今回はモデル業界の内情を描いた"The Model"デンマークの新鋭Mads Matthiesenを紹介していこう。

Mads Matthiesenは1976年にデンマークコペンハーゲンに生まれた。幼少時代はヘレルプやバウスベアなどで過ごし、バンドを結成してパンクロックを演奏するなどしていた。エーベルトフトのヨーロピアン・フィルムカレッジに一時期通い、プロダクション・アシスタントや小説のエージェントなど職を転々としながら、2008年にはデンマークの映画学校Super16に入学、監督業について学ぶ。

1998年頃から映画監督として短編を製作し始める。2003年には1組の夫婦が救いを求める姿を描いた"Decent"(この作品から「地雷と少年兵」マーチン・サンフリトと共に作品を製作、編集や脚本を手掛けている)、2005年には幸せなカップルに投げ掛けられる波紋の行く末を描く"Nar man Vagner"、そして2006年には愛猫を失ったカップルの悲しみと決意を綴る"Mum"など精力的に短編を手掛けるが、彼の名が有名になるきっかけとなったのが2007年の"Dennis"だった。主人公は内気なボディビルダーのデニス、彼は支配的な母親に抑圧される暗い日々を送っていた。彼はある日デートの約束を取り付けるが、母にキャンセルされてしまう。それでも諦められない彼にとって忘れられない夜が始まる……今作はメルボルン国際映画祭で作品賞、ベルリン国際映画祭で短編金熊賞を獲得するなど話題を博す。

年上男性に恋をした少女のラブロマンス"Cathrine"を経て、2012年には彼にとって初めての長編作品"Teddy Bear"を手掛ける。これは短編"Dennis"を長編として翻案した作品で、38歳の孤独なボディビルダー・デニスが母親の抑圧から逃げるため、タイへと旅しそこで運命の女性を見つけるが……という内容で、サンダンス映画祭ワールドシネマ部門で監督賞、ブラジル・アマゾナス映画祭では監督賞・作品賞を獲得するなど話題になった。そして2016年、彼は新作"The Model"を手掛ける。

16歳の少女エマ(Maria Palm)はファッション・モデルとして活躍する夢を叶えるために、故郷のデンマークを去ろうとしていた。恋人であるフレデリック(Marco Ilsø)とは今までの思い出を語り合い、愛すべき母とはハグを交わし、彼女は父の運転する車へと乗り込む。そして辿り着いた場所はフランス・パリ、ここが夢の始まりの地、列車の窓から見えてくるエッフェル塔の姿に彼女は希望を見出だす。

そしてモデルとしての仕事初日、彼女は新進気鋭のカメラマンであるシェーン・ホワイト(「トランス・ポーター イグニッション」エド・スクレイン)と出会う。彼の主導で撮影は行われるのだが、エマのぎこちない振る舞いにシェーンは苛立ちを隠さない。そしてとうとう彼は怒りを露にし、仕事が出来ないのならばこの場から去れ!とエマに通告、彼女は泣きながら家へと帰る羽目になる。

無惨な失敗に落ち込むエマだが、彼女を慰めるのがポーランド人ルームメイトのゾフィア(Charlotte Tomaszewiska)だ。ゾフィアは気晴らしのためにとエマをクラブへと誘い、彼女はビートとアルコールに身を任せる。だがそこに現れたのがシェーンだった。自身に見せつけるようにモデルたちを侍らすシェーン、エマは彼に近付いていきダンスへと誘う。監督はこのシークエンスに今作の1つのテーマを立ち上がらせる。誘いに乗るシェーン、並び立ち体を揺り動かす2人、シェーンは彼女にキスしようとするが、酔いが覚めたようにエマは彼を振り払い、足早にその場を去る。この体験に興趣を覚えたシェーンは敢えてエマを再び撮影現場へと呼びつけることとなる。

つまりはこの駆け引きが今作の要なのだ。舞台は華々しいモデル業界、だが此処にはけばけばしい程の極彩色も絢爛たる服飾の数々も現れることは余りない。監督は撮影監督のPetrus Sjövikと共に、虚飾を見透かす明晰な眼で以てこの世界に生きる人々の姿を観察し続ける。そして被写体/撮影者、女性/男性、この二項対立において繰り広げられる権力闘争を冷ややかで端正な映像の中に浮かび上がらせていくのだ。

エマはシェーンの寵愛を得て、加速度的に業界のスターダムを駆け上がっていくこととなるが、それは元いた世界との別離を意味する。シェーンの構えるレンズの中で彼女は輝く表情を披露するのだが、ある日自分を驚かせるためにやってきたフレデリックにその表情を見せることはない、彼への好意は完全に消え失せてしまったことを知っているからだ。凡庸な下流の世界から夢にまで見た上流の世界へ、そんな少女の喜びは、しかし無惨な形で踏み潰されることが宿命付けられている。

おそらくこの映画の演出に対して、後期スティーヴン・ソダーバーグの影を見出だす人々は少なくないのではないか。彼は映画界におけるキャリア末期、執拗に人間の肉体と肉体を使って世界を生き抜こうとする人物を自身の観察の対象物に据え続けた。例えば高級コールガールを描いたガールフレンド・エクスペリエンスに陰謀に巻き込まれた諜報員を主役に据えたエージェント・マロリーそして男性ストリッパーを主人公とするマジック・マイク……この"The Model"も正に肉体を自身の生きる術とするモデルという職業に身を置く少女が主人公であり、確かに後期ソダーバーグの系譜にあると言える。

そしてもう1つの共通点として主演に役柄と符合する人物を据えている点がある。ガールフレンド・エクスペリエンスはポルノ女優サーシャ・グレイマジック・マイクは実際にストリッパーを経験していたチャニング・テイタムといった風に、Mathiessen監督も前作"Teddy Bear"もだが、今回の"The Model"も実際にElleなどでモデルをしているMaria Palmを主演として起用、彼女はこの映画でデビューを飾っている。更に明らかにクリフ・マルティネス風のアンビエントを狙ったポーランド出身のエレクトロニカ・デュオOxford Dramaの起用も相まって、彼は映画界からリタイアしたソダーバーグの衣鉢を継ごうとしているのではないか?と思われる。だがその目論みはお世辞にも成功しているとは言い難い。

ソダーバーグ後期諸作において、主人公たちは自分の身を置く業界で生き抜く強かさを持ち合わせていた(将来的にこの業界から出ていく意思を持つ者もいたにしろ)。プロとしての覚悟を以て生きる者こそをソダーバーグは観察の対象としていた。だがこの映画の主人公エマは、劇中を通じてほぼ翻弄される側として描き出される。モデル業界やシェーンという存在によって搾取され、スターダムは一瞬のみの夢と化してしまう。生き抜く力を元々持ち合わせていなかった存在がそれを悟り嘆くまでを描く、言うなれば"The Model"は"モデル残酷物語 in パリ"以上のものではないのだ。この映画を観て思うのは、あーソダーバーグの新作映画観たいなぁ、何かVarietyが新作作るとか報じてるけど、ソダーバーグ本人はTwitterで嘘宣言してんだけどでも作って欲しいわなぁ、ということである。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して