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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る

私が好きなルーマニアは、私が誰よりも愛する人物がいる。彼の名前こそエミール・シオラン、彼は凄まじいまでのニヒリズムに傾倒し多くの絶望の書を残したのだが、彼の言葉の1つにこんなものがある。

"二十歳になる前、私に理解できたと誇れる唯一のことは、子供をつくってはならないということだった。両親とは、いずれも無責任な者か人殺しだ。畜生だけが子供つくりにいそしむべきだろう。同情心があれば、私たちは「人の親」にはなれまい。「人の親」、私の知るもっともむごい言葉"

これだけでも絶望の深さが見て取れるだろうが、彼は一生を懸けてこの世に産まれたことの苦しみを叫び続けた。今回紹介するのは彼の思想にダイレクトに呼応する作風を持ちながら、それすらも越える絶望を宿した作品"Préjudice"とその監督Antoine Cuypersについて紹介して行こう。

Antoine Cuypersはベルギーの映画作家だ。監督デビューは2009年の短編登場人物の運命が交錯し合う群像劇"Autonomie de la volonté"だった。続く2010年には農業用品を扱う会社内での悲喜こもごもを描き出したドキュメンタリー形式のコメディ"Les sauvages"を製作、2012年には"Que la suite soit douce""A New Old Story"の2本を製作、後者はある4人の人物の出会いとそれが引き起こす大きな変化を描いたロマンス作品でベルギーのマグリット賞において短編部門でノミネートを果たした。そして2015年には初の長編作品"Préjudice"を手掛ける。

灰の色彩に包まれた部屋、干された洗濯物が幾重にも重なる中、その奥に小さく男の背中が見える。その騒々しい音から彼がランニングマシーンの上で走っていることはすぐさま伺える、彼は無言のまま走る、走り続ける、走り続ける……そして場面は切り替わるが、やはり見えるのは小さな男の背中だ。机に向かって一心不乱に何かを読んでいるのか、もしくは何かを書き付けているのか、そこまでは伺い知れない。だがこれだけは確実に感じる筈だ、彼の背中に浮かぶ圧倒的な孤独の存在を。

物語の舞台は大きな庭を持つ1軒の邸宅、この場所に1つの家族が集まろうとしている。主である父アラン(Arno, 本業は音楽家)と母(「ママはレスリング・クイーン」ナタリー・バイ)が迎えるのは娘のカロリーヌ(「それぞれの場所を探して」アリアーヌ・ラベド)と彼女の恋人ガエタン(Éric Caravaca)、そして息子ローランの妻であるシリエル(Cathy Min Jung)と彼女の息子ナタンの4人。彼らは再会を喜ぶのだが、そこに現れたのが末の息子セドリック(「メニルモンタン 2つの秋と3つの冬」トマ・ブランシャール)だ。彼は脳に障害を抱えており、今でも両親と共に暮らしていた。だがシリエルやガエタン、実の姉であるカロさえも彼に向ける視線は険しい、セドリックは皆にとって厄介者でしかないのだ。

物語の前半はパーティの準備が執り行われる中、セドリックの存在が生む小さな波紋を丁寧に描き出していく。皆は自分たちとは違う世界を生きているようなセドリックに対し腫れ物を触るような態度で接し、あからさまではないがしかしそこには確かな軽蔑の眼差しが貫かれている。奴が何かやらかすのではないか?とそんな不安は映画そのものに作用し、不穏な雰囲気が全体に満ちるのを観客は厭というほど味わうこととなる。

そして屋外での食事が始まり皆が会話を楽しむ中で、セドリックの唐突な言葉は適当にあしらわれ、彼は時々意味不明なことを喋るオブジェとして扱われると、そんな光景は観る者の心を酷くざらつかせる物だ。その最中カロリーヌがあるニュース、自分は妊娠したのだというニュースをお腹のスキャン写真と共に家族に伝える。皆が喜びに湧く状況で、しかしセドリックは一人冷淡に姉を見つめ、そして言うのだ、姉さんに子供を産む準備なんか出来てるの?子供はそんなに喜べるほど健康体なの?一回でも中絶しようとは考えなかった?その言葉に家族の表情は曇り、事態は思わぬ方向へと転がっていく。

セドリックと家族の間に横たわる断絶が指し示される、豪雨の巷をスローモーションで描く美しくも剣呑なシークエンスの後、舞台は邸宅内へと移動する。広々とした余裕ある空間、幾つも部屋が存在する数階建ての家屋、だが撮影監督のFrédéric Noirhommeは空間に灰の彩りを煙草のヤニさながらに吸い付かせ、閉所恐怖症的なムードを醸造する。雨に濡れた人々はその場を取り繕うために笑顔を浮かべるが、この場所に隠されたある秘密の存在をも示唆し、家の中を無邪気に探検するナタンを捉える不気味なショットが私たちにその一端をかいま見せるのだ。

こうした徹頭徹尾、不穏を徹底した作風は仕切り直される食卓において最高潮に達する。カロリーヌが妊娠した喜びを以て再び場を和らげようとする家族の面々に対して、セドリックは不信感を露にする。そして未来に生まれようとしている命への憎しみは、いつしか"Prejudice"が宿すテーマへと接続される、つまり先程も紹介したシオランの警句の如く"自分がこの世に生まれてしまったことへの深い絶望"に。監督はこうした生の苦しみや理想的な家族の裏にある暗部の描き方について、ミヒャエル・ハネケなどのオーストリア映画を着想元としている節がある。劇中においてセドリックが異様なまでに拘り続ける国がオーストリアなのだ。しかしかの国の映画が冷徹な観察的スタイルを固持するのに対して、監督はドラスティックに観客を映画に巻き込む方法論をとる。

それを体現するのがセドリックを演じるトマ・ブランシャールだ。彼の狂熱すら漂う演技には模造ではない、真にリアルな破滅の願いが炸裂しており、目を離せる瞬間など一瞬たりとも存在することがない。そうしてセドリックの尋常ではないほどの憎しみが、凄まじいまでに連打される呪詛によって家族を貫く。この糞のような世界に子供を産もうとしているカロリーヌやガエタンへの憎しみ、軽率にも既に子供を産み落としたシリエルへの憎しみ、更にはその結果に産み落とされたナタンの未来を呪うような言葉すら吐き捨て、しかし最後に至るのは自分をこの世界に産み落とした張本人である父と母への暴憎だ。この世に僕を生んだことを謝罪しろ、こんな不完全な形で僕を生んだことを謝罪しろ……

それでいて"Prejudice"はこの生への絶対的な憎しみで終わることがない。この世界に生まれてきたことの絶望を自分1人で終わらせてなるものかと憎しみを漲らせる物語は数あるだろう。だが"そう思う奴は生きたまま地獄を味わえ"という多数派の不気味な暴力によって、そういった存在を完膚なきまでに捻じ伏せられる様を描いた映画は今作を除いて今まで存在しただろうか。つまりこの映画のメッセージはこうだ、この世界に生まれたことを絶望している人間は世界にとって邪魔なので消えて下さい、しかし死ぬのは生殖行為をしてキチンと社会に貢献した両親の人生にとって瑕疵になるので、生きたまま地獄の苦しみを味わい続けて下さいと。"Prejudice"に込められた絶望は余りにも、余りにも深すぎる。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
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