鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私

No Badgeというサイトがある。ここは今、米インディー界で八面六臂の活躍を見せるKentucker Audleyという人物が経営しているサイトで、毎週火曜日に彼が選んだ選りすぐりのインディー映画を無料配信している。このブログを楽しんでくれている読者なら是非とも見て欲しいサイトなのだが、今回はそんなサイトで配信されている作品である"I Remember Nothing"とその監督Zia Angerについて紹介していこう。

Zia Angerはニューヨークを拠点とする映画作家だ。イサカ大学とシカゴ美術館附属美術大学で映像制作を学んでいた……のだが、こういう説明は素っ飛ばして、早速彼女の製作したMVを見ていこう。

Domino Kirke - Independent Channel
1人の女性がベッドから起き上がり街を彷徨う姿を綴る一作なのだが、宙を揺蕩うように不安定なカメラワーク、せわしなくカットが切り替わる編集、不気味な響きを伴う歌声も相俟って観る者の心をざわつかせる。Domino Kirkeは苗字から分かる通り「Girls」ジェマイン・カークモーツァルト・イン・ザ・ジャングル」ローラ・カークと姉妹。監督はカーク姉妹と仲が良く、これから紹介する自身の短編"I Remember Nothing"にローラを起用している。


Jenny Hval - The Battle is Over
緑色のスーツを纏った若い女性がとある邸宅へと足を踏み入れる。暗闇に包まれたその中に浮かび上がるのは何かを作る老婆、唇を塗りたくる少女、子供をあやす母親の姿、しかし段々と全ては狂気に冒されていき……という内容。Jenny Hvalノルウェーオスロを拠点とするミュージシャンで、Angerとは何度か仕事を共にしている。

Angel Olsen - Hi-Five
あなた孤独なの……あなたも孤独なの……ハイ・タッチしましょう、私も孤独だから。物憂げな声でそう唄いながら、シュールな身振りを見せる、この何とも言えないアンニュイだが、妙な明るさも感じられる私が一番好きな作品。Angel OlsenもAngerとは親密な友人。

映画監督としては2005年、HIV陽性である父の姿を描いた短編"Thanks for Calling, Baby"でデビュー、2008年には吸血鬼に憧れる少年の姿をコミカルに綴る"Lover Boy"を製作、その後は短編製作が上手く行かなくなったようで(2012年に手掛けた"Always Al Ways, Anne Marie"は公式サイトにも未だポスプロ中の表記)しばらくMV製作に心を傾け、2015年に待望の新作短編"I Remember Nothing"を監督する。ということで監督公式vimeoから全編観れます。

ありふれた授業の風景、白髪の教師が良く分からない深遠な言葉の数々を披露する、それを虚ろな眼差しで見つめるのが主人公のジョアンだ。彼女の存在が授業に不似合いと思えるのは何故か野球のユニフォームを着て道具すら傍らに置いているからだ。彼の授業など殆ど聞かずにジョアンはいつの間に眠りに落ちるが、教師は何かの問いを彼女に向ける。ジョアンには答えられない、周りの生徒がバカにする、ジョアンは濁った瞳のまま教室を足早に出ていく。

そして舞台は夜の野球場へと移るのだが、私たちはジョアンに起こった異変にすぐ気がつく筈だ。教室の彼女と野球場の彼女は顔かたちが全くの別人だということに。しかしチームメイトは彼女をジョアンと呼ぶ、彼女は確実にジョアンであるのだ、この当惑から"I Remember Nothing"は歪みを見せ始める。誰かは此処にルイス・ブニュエル「欲望の曖昧な対象」を見るかもしれないし、また他の誰かはトッド・ソロンズ「終わらない物語〜アビバの場合」想起するかもしれない。つまり監督はジョアンを別の役者に演じさせていく、この場合は5人の異なる少女たちに。今作においてこの奇妙な演出は少女の精神の不安定さを象徴すると共に、ある段階を指し示すことともなる。劇中で幾度か字幕が出るのだが、それが意味するのはてんかんのフェイズなのだ。ジョアンは自身がてんかんであることを知らないが、私たちはこの病が彼女に迫っていることを知っている。

この横たわる不気味な予感は、監督の友人であるミュージシャンJulianna Barwick&Jenny Hvalによる音楽やサウンド・デザインによって悪夢として結実する。耳に迫る不協和音の濁流、少女たちの行動が生み出す音はその1つ1つが誇張され、鼓膜を絶えず殴り付けるような圧力すら持ち合わせている。特に声の響きは異様だ、少女たちが円陣を組み勝利への信念を高らかに叫ぶ時、私たちはその時にすら虚無的な表情しか浮かぶことのないジョアンに心を重ね、悪夢的な狂熱の渦に巻き込まれていく。

その姿をふとした瞬間に変化させていく中で、ジョアンはある少女の姿を視界に捉える。何か心のざわつきを覚えた彼女は試合が終わった後、少女に付いていき、恋人らしき男がいる車へと足を運ぶ。この時のジョアンを演じるのがローラ・カーク、野球帽の下に広がる神経質そうな顔立ちは何かチグハグな印象を与える。そして彼女に少女は、自分の兄弟と父親が野球をやっていたのだと話す。ここで監督は野球を男性性の象徴として語ろうとする、国民的スポーツである野球がいかに父性や男性性を担ってきたかは例えばフィールド・オブ・ドリームスなどを観ればその一端が伺えるが、それを踏まえた上でジョアンは野球をする少女として男性性/女性性を行き交う存在として描かれる。彼女自身それに居心地の悪いものを感じ、それが作品の演出として現れている訳だ。このどちらにも居場所を見つけられない当惑があの症状と重なりあう時、物語は最高潮に達する、そして響く"I Remember Nothing"という言葉に私たちは忘却を越える何かの存在を悟る。

今作はロカルノ映画祭やMOMAのNew Directors/Ne Filmsで上映され、FIlmmaker Magazineの"インディペンデント映画の新しい才能25人"の一人に選ばれることともなる。彼女の最新作は"My Last Film"で、予告がこれなのだがこれまた厭な雰囲気に包まれた作品のよう。出演者はローラ・カークが続投かつ、何とロザンナ・アークエットも出演。現在は初の長編映画を準備中。2部構成でとある女子学生の失踪後の5日間、そして5年後を並行して描き出す作品になるという。いわゆる"missing white woman syndrome"に興味があり、今作ではその構造を探っていく予定なのだそうだ。ということでAnger監督の今後に期待。

参考文献
http://www.ziaanger.com/(公式サイト)
http://filmmakermagazine.com/people/zia-anger/(紹介記事)

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