鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?

ゼロ年代ブラジル映画界を席巻したのは苛烈なる暴力の嵐だった。スラム街に蔓延る凄まじいまでの暴力を忌憚なく描き出したフェルナンド・メイレレスシティ・オブ・ゴッドそして実在するブラジル特殊部隊BOPEを中心に据え激烈な狂気と暴力の構図を描き出すジョゼ・パジーリャ「エリート・スクワッド」この2本は世界中に激震を走らせ、熱狂の渦に巻き込むこととなる。

しかしテン年代に入ってくるとこの状況はガラっと変わってくる。ブラジル経済のドラスティックな成長と停滞に翻弄される人々の姿を描き出した作品が多くなってきているのだ。例えばガブリエル・マスカロ"Boi Neon"は、経済の大いなるうねりの中に取り残されようとしているブラジルの伝統文化"ヴァケジャタ"の担い手たちを描いた作品で、ブラジルの変わり行く風景が美しくも痛切な形で描かれている(詳しくはこの記事をどうぞ)。今回紹介する作品も正にそんなトレンドにありながら、どれとも違う魅力を持ち合わせた作品だ。

Juliana Rojasは1981年ブラジル東部のカンピーナスに生まれた。サン・パウロ大学で映画を学び、そこでMarco Dutraと出会い共に映画製作を行うこととなる。1999年に本を探す男の姿を描いた短編"Três Planos, Nove Planos"で監督デビュー、同年の"Dancing Queen"と2003年のホラー短編"Notívago"を経て、2004年には"O Lençol Branco"を製作、子供の死に向き合うことの出来ない母親の姿を綴ったホラー映画でカンヌ国際映画祭のシネフォンダシオン部門で上映される。

この後からは精力的に短編を製作するようになり、2005年"Nenhuma Carta para o Senhor Fernando"、2006年"A Criada da Condessa"、2007年"Um Ramo"、2008年"Vestida"、2009年"As Sombras"、2010年にはオムニバス映画"Desassossego (Filme das Maravilhas)"に参加する。この中でも重要なのが"Um Ramo"だ。サンパウロのアパートに家族と住んでいる教師のクラリス、ある日彼女は自分の右腕から緑の葉が生えていることに気付き……というボディホラーでカンヌ国際映画祭コダック短編映画賞、グアダラハラ国際映画祭で特別賞を獲得するなど話題になる。そして2011年彼女たちは初の長編映画"Trabalhar Cansa"を監督する。

主婦のエレナ("Que Horas Ela Volta?" Helena Albergaria)は新たなる一歩を踏み出そうとしていた、夢だった食料雑貨店の経営を始めようとしていたのだ。だが店を借り契約も済ませ全てが準備万端の所で、事件が起こる。夫のオタヴィオ(Marat Descartes)が仕事をクビになってしまったのだ。突然の出来事に驚きながらも店はもう開店直前だ、そして否応なくエレナは趣味としてではなく家族を養うために働かなくてはならなくなる。

冒頭においてエレナの住む部屋は窓の外に綺麗な青い空が広がり、内装も美しく設えられた典型的な中産階級の住まいとして描かれる。しかし"Trabalhar Cansa"というタイトルが出た後、家政婦の面接にやってきたというパウラ(Naloana Lima)の姿と共に映し出される部屋は先とは風景が一変している。汚れた食器が散らばる台所、ごちゃごちゃと乱れた洗面所、そこにある洗濯機の前でしばしエレナとパウラは話し込むのだがエレナは言うのだ、最初の1ヶ月は試用期間だから最低賃金以下で働いてもらうと。既にこの時点で何かが既に失われてしまっているという予感が物語を包み込む。

そんな状況の中でエレナの店はオープンする。店員のヒカルド(Thiago Carreira)やジュダ(Gilda Nomacce)も一生懸命働いてはくれるのだが、異変が振りかかる。発注した商品の数が何故だか足りなかったり、エレナが店に来るたび無気味な野良犬を彼女に向かって吠え続ける。そしていつか店中に悪臭が漂ったかと思うと、床から真っ黒な液体が染み出してくるなど異常な事態が次々と巻き起こる。この店で昔何か起こったのではないか?とそんな疑問が首をもたげるが、不動産業者は彼女に耳を貸すこともない。次第にヘレナは漠然とした不安に押し潰されていく。

Rojas監督の演出は登場人物の心情と私たちの心を重ねようとはせず、彼らから一歩引いた視点で目の前の光景を見つめ続ける。そうして生まれるのが口角が思わず上がってしまう類いの奇妙なユーモアだ。エレナたちの娘ヴァネッサ(Marina Flores)が学校の演劇会で演じるのはブラジルにおける黒人奴隷解放の時代だ。そこでヴァネッサたちは顔を黒くぬり、いわゆるブラックフェイスで奴隷を演じている。PC的には完全にアウトなのだが彼らの親は子供たちの奮闘に拍手喝采、誰が何に突っ込むこともないこの状況をカメラは真顔の境地で撮し出す。

更にオタヴィオを巡るあるシークエンスにおいても奇妙なユーモアが印象的に現れる。リストラされた彼は仕事を探して面接を受けるのだが、ある時自分よりも明らかに若い2人の男性を交えた集団面接に臨むこととなる。オタヴィオは明らかに自分が舐められているという感覚を味わう中で何とか質問に答えようとするが、面接官はピンク色の風船をプウプウ膨らませているのだ。それに耐えられなくなった彼は部屋を出ていってしまう。監督たちは意地悪く彼のプライドがズタズタになる様を見据えるが、この挫折の日々が後々この物語の根幹に繋がっていくことにもなる。

もう1つこの映画に特徴的なのは、Rojas監督らの演出は全体的にホラーを指向している点だ。ある意味でエレナの食料品店はホラー映画における幽霊屋敷でもあるのだ。黒い液体はもちろんのこと、エレナはふとした瞬間に何者かの気配を感じる。何かが迫ってきている、何かが迫ってきている、そして壁に浮かんでいた紫色の小さなシミはいつしか壁を覆い尽くすほどに巨大な物へと姿を変える。この目には見えない恐怖に託されているのが中産階級の不安と憂鬱と形容すべき代物だ。やっと手に入れることのできた幸福、しかし社会は残酷にもそれを奪おうとする、それでも手放したくない、この幸せを手放したくはない……しかしエレナの苦闘を嘲笑うかの如く恐怖は彼女を包み込んでいく。

そして物語はブラジルという社会や経済への不信へと繋がっていく。ルーラ政権の発足後、様々な政策が成されブラジル経済は驚異的な成長を見せることになった。だが経済発展の裏側で踏みにじられてきた物、エレナとオタヴィオはその存在をおぞましい形で目の辺りにすることとなる。"Trabalhar Cansa"はホラーという体裁を巧みに使うことで、驚くほど豊かで辛辣な社会批評を達成した作品だ。2011年に作られながらも、この映画は既にリオ・デ・ジャネイロ五輪の先にあるのかもしれない無気味な未来を映し出している。

この後も旺盛な製作欲はとどまる所を知らず、2011年には"Pra Eu Dormir Tranquilo"、2012年には自身のドッペルゲンガーと出会ってしまった小学校教師の姿を描く"O Duplo"で再びカンヌ国際映画祭批評家部門の特別賞を獲得、2013年にはTV放送用のミュージカル映画"A Ópera do Cemitério"と短編ドキュメンタリー"Nascemos Hoje, Quando o Céu Estava Carregado de Ferro e Veneno"更に"Marcia Barbosa em A Origem da Inspiração""Desculpa, Dona Madama"と4本の映画を製作、そして2014年には単独としては初の長編"Sinfonia da Necrópole"を手掛ける。退屈な毎日を過ごす墓掘り人の生活が新しく入ってきた同業人によってガラっと変わってしまうという作品で、墓地を舞台としたロマンティック・ミュージカル・コメディらしく全く想像がつかない。2017年には"As Boas Maneiras"を公開予定、現在撮影中らしい。ということでRojas監督の今後に期待。

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