鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように

映画において電子音楽は何を担ってきたのか。ダリオ・アルジェント作品ではゴブリンが奏でる冷たい響きは美しき恐怖を更に崇高なものとしてくれたし、タンジェリン・ドリームマイケル・マンウィリアム・フリードキン作品に一種崇高なスリルを宿していった(特に「恐怖の報酬」は最高!)、そして最早スティーヴン・ソダーバーグ作品に欠かせないのはクリス・マルティネスによる冷やかなアンビエントの音色だろう。さてさて今回はポーランドにおける電子音楽の巨匠を描いたこれでもかと言うほどに電子音楽が響き渡るドキュメンタリー"15 stron świata"とその監督Zuzanna Solakiewiczを紹介していこう。

Zuzanna Solakiewiczは1978年ポーランドに生まれた。ワルシャワ大学では人文科学を、エルサレムのサム・スピーゲル大学(このブログで紹介した"Zero Motivation"のTalya Lavieもこの大学出身)では監督業について学ぶ。

在学中からドキュメンタリー製作を始め、2008年には短編"Kabaret Polska"を、そして2012年には中編"Yorzeit"を手掛ける。後者はイスラエルからポーランド・ゴルリツェ郡へと赴き、ユダヤ教の教えを伝えたラビのMeir Moszkowiczの生涯を描き出した作品で、ニューヨーク・ユダヤ映画祭で上映されるなどした。

そして監督は初の長編ドキュメンタリーに取り掛かることとなる。監督はこう語る。"私はこの"ロボット的な音楽"が人間の魂を映し出しているなどとは思いもしませんでした。そんな中である時思ったんです映像よりも音を優先した映画を作るとしたらどうなるだろう? 音を目に見える物として描くとしたらどうなるだろう?と" そして2015年に彼女は"15 stron świata"を完成させる。

"電子音楽は科学ラボから生まれ出た、そしてその響きは宇宙をも形作ることとなる"そんなパラグラフの後に現れるのは酷くレトロな宇宙の風景、SF映画ファンの中にはそれが谷洋子も出演していた60年代のポーランド・西ドイツ合作SF「金星ロケット発進す」と一瞬に分かる人々も多くいるだろう。昔懐かしいある種の楽観主義に満ちた映像と耳に伝わる彩り豊かな宇宙の音、それはふと、ある実験室を撮した記録映像に切り替わる、2人の男が私たちには何とも知れない多くの機械を相手にしているのだが、彼らが何かを動かすたび耳に伝わる音は少しずつ、時には劇的に姿を変える。

2人の中でも若い方の男性、彼こそが後にポーランドにおいて電子音楽の始祖とも称される人物ユージェニス・ルドニック Eugeniusz Rudnikであり、"15 stron świata"の主人公でもある。しかし今作は彼の人生を描く訳ではなく、彼自身を描こうとする野心的なドキュメンタリーだ。

舞台は現代へと移り変わる。老境に差し掛かった彼は狭苦しい部屋の中でアナログの電子機器に向き合いながら、黙々と音楽を生み出そうとする。パソコンなど現代の利器を使うことはない、それは彼の流儀ではない、数十年の間使ってきた電子機器の数々、そしてテープとそれを切るハサミこそが彼の相棒なのだ。そして女性の声、紡ぐのは若き日のルドニックの日記に記された思考の流れ、音と響きについての哲学的な、であるが故に詩情すら湛える言葉たち。それらの狭間には、現代のルドニックと監督との対話も挟まれる。音は物体と同じように質量を持つのです、例えばあの聳え立つビルのように……

これらの言葉を補強するのがZvika Gregory Portuoyによる崇高さを宿した映像美だ。ルドニックの哲学に呼応するように画面には様々な物体が映し出される。例えば聳え立つビル、大地から雄々しく屹立する金属の巨塊を見上げる視線、かと思えばその外壁を睨めつけるごとく動く視線、粒子のひどく荒い16mmでの撮影は何気ない風景である筈のそれらを非日常の存在へと仕立てあげる、それこそ近未来SFに現れる、私たちの理解など軽く越えたモノリスさながらに。

"今作を作るにあたって普通とは違うアプローチを取りました。まず何より先に音声がありそれが私達を映像へと導いてくれたのです。この順序はルドニックによる隠喩表現や映像による音の代替物から受けたインスピレーションの結果と言えます。彼のノートや日記には音や音楽は目に見える物と書かれています。しかし観客にはそう考える手がかりはありません。ですから"音楽を見ること"についての私たちの解釈を、肉体的・感情的な形で体験することとなります"監督はそう語っている。

そして時に今作は実験映画、もしくはビデオ・インスタレーションの様相を呈すことともなる。若い女性が舞踏に身を捩らせる光景、ここに一般の通行人がいつもの道を歩くとそんな映像が薄く重なる。これを繋げるのがルドニックの電子音楽だ。劇中においては彼の曲が数十曲使われる、飛び散る火花、金属の断末魔、溶けた鉄が波のようにたゆたう響き、そのどれもが私たちを思索の海へと導く。ただ見るだけではどんな意味も読み取れないものの中に、私や貴方だけの意味を聞き取ることが出来るのだ。

ルドニックの洞察は音を通じて、あらゆる場所へと向かい始める。人間と動物を分け隔てる要素について、人間が持つ肉体について。ある時インタビュアーは彼に尋ねる、人間の声には何があるのでしょうか?と。ルドニックは答える、人間の声に隠されているもの、それは神です。彼の思考は他者の理解を拒むほど難解であり、だからこそ何物からも自由だ。"15 stron świata"はそんな知と音の巨人ルドニックについての荘厳で魅力的なドキュメンタリーだ。闇の中から浮かび上がるルドニックの表情、皺深く思慮深き老いの凄みに満ち溢れた表情、その奥でこだまする響きの一端を貴方も耳にすることになる。

参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/solakiewicz-zuzanna(監督プロフィール)
http://www.15corners.com/(映画公式ページ)

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