鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ

ベルフラワーという作品がある。今作はマッドマックス2のヒューマンガスに憧れるボンクラ2人の姿を凄まじい熱気で以て描いた作品で、全編に満ちるミソジニー(女性嫌悪)など問題がないこともないのだが、主人公たちの切実な友情の光景には心ブチ抜かれるものがあった。今回紹介するのはそんな切実な友情が滲み渡る異色のSFホラーを紹介していこう。

Perry Blackshearアメリカを拠点とする映画作家だ。ニューヨーク大学やインディペンデント・フィルムメーカー・プロジェクト(IFP)で映画について学んでいた。映画製作の傍ら、現在はブルックリンのネット広告代理店に勤務している。

撮影・編集技師として映画界でのキャリアを歩み始め、2008年には短編"Vlad and Boris' Song for Sarah"で映画監督デビューし、2009年には"Dovetailing"を手掛ける。2010年には2本の短編"Serenade""Act of Bravery"を製作、前者はとある少年の恋を描き出したロマンティック・コメディ、後者は思春期の少年少女の姿をミュージカル形式で描いた作品でありデンヴァー国際映画祭などで上映される。そして2015年には初の長編映画"They Look Like People"を監督する。

真夜中、彼は眠ることができない、隣では最愛の妻が眠っているのだが。彼の耳には羽音が聞こえる、何かが迫りくるのを予告するような響き。そして妻が寝返りを打ち、こちらへとその顔を向ける。右の頬が微かに浮かび上がるのみで彼女の表情は伺い知れない、ドス黒い闇に覆われているからだ。羽音が大きくなる、闇は深さを増していく、空洞、羽音が大きくなる、彼はある考えから逃れられない。

ニューヨーク、クリス(Evan Dumouchel)は偶然友人のワイアット(MacLeod Andrews)と再会を果たす。積もる話もあると自宅に彼を招くクリス、だがワイアットの様子が変だった、結婚生活について尋ねると妻とは別れたとそっけない返事、そして何かに怯えるような振る舞いを見せ続ける。しかしクリスは親友を家に引き留め、再会の喜びを分かち合おうとする。その夜、ワイアットの元に電話が掛かってくる。無気味な声は彼に忠告する、逃げ場はない、もう既に"奴ら"は準備を整えている、戦争が始まろうとしている……

"They Look Like People," この題名が指し示すのはワイアットを蝕む考えだ、"奴ら"は人間にまぎれ世界を支配しようとしているという考え。彼は妻も"奴ら"に寄生された今、唯一の友人であるクリスだけは助けようとしている。クリスが仕事で居ない間ワイアットは地下室で来たる日に備え武器を準備するのだが、そんな姿を見る私たちはある問いから逃れられない。例えばターミネーター2が、例えば「テイクシェルター」といった作品の数々が不可避的に宿す1つの重要な問いーーそれは彼らだけが抱く妄想なのではないか? 監督の、そして製作・脚本・撮影・編集・美術その全てを担当する Perry Blackshearは精神を危うくするワイアットを見据えながら、羽音と共に切迫感を増す問いで絶えず観客を追い詰める。

だが今作を神経を磨り減らすSFホラー以上のものとしているのがワイアットの親友クリスの存在だ。仕事熱心で日々ジムでの運動を欠かさず、同僚のマーラ()とはもう少しで恋人関係になりそうと表面上は幸せな生活を送っている、精神的に不安定なワイアットを甲斐甲斐しく世話してもいる、だがふとした瞬間に彼は底知れない苦悩を伺わせる。マーラとのデートの前、彼は鏡の前で「女々しくなるな(Don't be a Bitch)」と苦渋の滲む顔で連呼する。ワイアットとバスケットボールに興じる時、彼に「何か怖いものってあるか?」と聞かれるとクリスは「怖いものなんてない、ベンチプレスだって200kg以上あげられるようになった、昔の俺とは違うんだよ!」と異様なまでにムキになるのだ。そして段々とその態度が彼に内在する弱さの裏返しであることが明らかになってくる。

ワイアットとクリスの年齢はおそらく30代前後であり、社会からは1つの場所に腰を落ち着け、仕事や結婚などの社会的責任を果たすことを要求される年代と言える。それは正に今は若さが失われていく過渡の時ということをも意味しているだろう。しかし2人はその事実を信じられないでいる、ワイアットの結婚生活は破綻し"奴ら"の存在に精神の均衡も失い始めている、クリスは自分の弱さを認められず物語の途中である惨めな失敗を経験する。彼らは不安と孤独の中ですがりつこうとするのが"男らしさ"だ、クリスの鍛練はそこに直結し、ワイアットは斧や釘打ち器という暴力装置を纏うことで危機を乗り越えようとする。

だがこの"男らしさ"の誇示は2人を自閉させ、それにつれて"奴ら"の存在は不穏なまでに拡大していく。その中でワイアットはクリスもまた"奴ら"の仲間ではないか?という究極の疑念にまで辿り着く。ここでこそ"They Look Like People"のテーマの根幹が明らかになる、何もかもが自分とは相容れない敵となっていく最中、それでも信じられる存在はいるかという切実な願い、お前のことだけは信じたいという祈りにも似た叫び。最後の時、それは地下室に響き渡る。

最後に監督の言葉を紹介しよう。

"若くバカだった時代、私は1,2人の友人、照明、カメラ、そして携帯だけで何本も映画を作りました。年を取るにつれ、そういった自由(それと恐怖)は消えていきました。ですから2人の親友が叱咤激励してくれたおかげで、脚本を書き、自分たちの気に入る映画を作ることに全力を注ぎこめたんです(中略)予算はここ数年で稼いだ分でまかないました、フルタイムで仕事をしながら夜や週末に映画を撮影していました。1つの照明と1人のスタッフ、つまり私だけで。エヴァン、マック、マーガレットは本当に超人です。彼らは自分でメイクをこなし、照明や音響を担当しながら演技をしていました。 私たちは友情と信頼についての映画を作りました(中略)最初は意識していませんでしたが、クリスとワイアットが互いにしていたことは正に私たちが互いにしていたことと同じだったんです。互いを守り、互いのために戦い、全てが駄目になろうとしている時でも互いを抱きしめあうと。"

"数年前、私の親友が酷い時期にありました。夢の中で彼の愛する者たちは凄惨な死を迎えていく、そうして彼は普通の人々が"偽の"人間に取って代わられると思い始めたのです、"悪しき"人間に。
心身ともに弱り切った状況にある時、私たちは皆そんな思いを抱くのです。裏切りは友人、家族、国家の間にすら存在し、私たちの周りにあるものを怪物へと変えていく。人生の中で1週間ほど、もし自分に頼れる友人がいないとすれば牢獄に入るか死ぬしかないと思っていた時期があったと、後に友人は私に話してくれました。
今作はそういった人物についての、トラブルを抱えた若者と彼の親友についての物語であり、正にあの1週間を描いています。この作品は本来もっとジャンル的な映画を指向していましたが、期せずして私にとって最もパーソナルな映画となりました。サイコスリラーという体裁を取っていながら、その根本において今作はラブストーリーなんです。
この作品は問いかけます。"私たちは他人を思いやるべきか、それは自分の心がズタズタに引き裂かれることを意味するとしても""

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
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その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
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その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
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その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
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その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
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その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
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その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
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その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように