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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち

私に大学時代のことを余り聞かないで欲しい。何か思い出したくないことがある訳ではなく、だが思い出したいことがある訳でもない、つまりは大学時代、私には何だって起きることはなかった。それが辛いのだ。しかしそれはまだ私が若いからそう思っているのかもしれない。これから更に10年、20年経ったとするならあの時を何らかの感慨と共に思い出すのかもしれない、後悔と共にしろ喜びと共にしろ。さて今回紹介するのは大学を舞台に紡がれる忘却と記憶をめぐる美しい物語"Suite Armoricaine"とその監パスカルブルトンについて紹介しよう。

パスカルブルトン Pascale Bretonは1960年フランスに生まれた。レンヌ第2大学、パリ第1大学で地理学・地域計画について学びこの経験は今回紹介する"Suite Armoricaine"へと繋がっていくことともなる。80年代から脚本家として映画界での活動を始めるが、彼女が初めて注目されたのは1994年のカトリーヌ・コルシニ監督作"Les amoureux"だった。15歳の少年が自分が同性愛者であることに苦悩する様と田舎町における抑圧を描き出した作品は話題となる。主にTV映画の脚本を手掛けながら2001年にはコルシニ監督と再タッグを果たしエマニュエル・ベアール主演の「彼女たちの時間」を執筆するなど活躍する。

映画監督としては1995年に短編"La huitième nuit"を、2000年には"Les filles du douze"を手掛け、前者はクレルモン=フェラン国際短編映画祭でグランプリと新人監督賞のダブル受賞を果たす。そして2001年には連作短編"La chambre des parents"を製作、ブレスト・ヨーロッパ短編映画祭のフランス映画部門グランプリを獲得する。そして2004年には初の長編監督作"Illumination"を監督、主人公の漁師である青年が精神の平衡を取り戻すために苦闘する様を描き出した今作はロッテルダム映画祭の特別賞、トリノ映画祭の脚本特別賞を獲得するなど高い評価を受ける。この後彼女は脚本家としての活動に徹して監督業からは遠ざかっていたのだが、2015年には11年振りに第2長編である"Suite Armoricaine"を手掛けることとなる。

フランソワーズ(「魂を救え!」ヴァレリー・ドレヴィル)は愛着のあるパリから故郷のレンヌへと帰ってくる。自分がかつて通っていた大学で半期の間、美術史の授業を行うためだ、テーマは"ルネッサンス期の絵画におけるギリシャ神話の表象"について。そんなある日彼女の元に届く手紙、そこには若かった日の自分と懐かしい友人たちが映る写真が1枚。送り主はそこにも映る友人ステファーヌ(Yvon Raude)だった。再会を喜びながらもしかし、あの日々のことを良く思い出せない自分がいるとフランソワーズは気づく。

そして大学にやってきたばかりの人物がもう1人、ヨン(Kaou Langoët)という名の青年はフラフラとキャンパス内を彷徨う。地理の教室ってここですか?と彼が同級生らしき生徒に尋ねていると、そこに現れるのはサングラスをかけ白い杖を持った少女、そしてヨンは盲目の少女リディ(Manon Evenat)に一目で恋に落ちた。地理の授業での親密なひととき、彼らは急速に惹かれあう。

"Suite Armoricaine"は大学教授であるフランソワーズと大学生のヨン、この2人についての歩くような早さで紡がれる6ヶ月の物語だ。フランソワーズは50年という長い年月の中で過去に何かを置き忘れてしまったと感じている女性だ。なぜ故郷に戻ってきたかは明確に明かされることはない、この曖昧な感情が彼女を表す要だ、空っぽの部屋の中で電話の向こうの恋人にかける言葉の数々には、言い知れぬ悲哀に満ちている。そして失われた何かを見つけだすため彼女は旧友の元を巡る。最初はステファーヌ、そして次はカトリーヌ(Catherine Riaux)、彼女の部屋からは大喧嘩の声が聞こえ、彼女にも様々な苦しみがあるのだと窺い知れる。夜の町を眺めながら2人は思い出を語り、ふとカトリーヌは呟く、私とアンタは人生を憎んでた、そうでしょ?フランソワーズは苦笑しながら答える、どうして、少なくとも私は人生を愛してた。2人は昔クラブで流れていた音楽をかけ踊り出す、あの時に感じていた喜びを、再びこの手に掴むため。

フランソワーズの物語が甘美でメランコリックな郷愁のトーンに満ちている一方で、ヨンの物語は若さという名の瑞々しさに溢れている。距離を近づけていくヨンとリディが共有する風景、彼らは大学近くの森に集まり思い思いに気だるげな夜を過ごす。寝転がるヨンたちは互いに愛おしい肌を触りあい、互いに愛おしい匂いを嗅ぎあい、互いに愛おしい声を聞きあう。この映画と対峙する者の感覚へダイレクトに訴えかける官能的なシークエンスはかけがえのない幸せがいかなる形をしているのかを教えてくれる。

だがこの幸せな時は驚くほど一瞬にして消え去る。何の脈絡もなく舞台が3ヶ月後に移ったかと思うと、ヨンのリディに対する態度は急によそよそしくなり瑞々しさが掻き消える。この過程を省略し結果のみを見せる技法は「EDEN/エデン」の影響下にあると言えるかもしれない。このブログでは幾度も本作の名を挙げるのだが、この省略的話法は少なくともフランスにおいて明確な潮流と化してきているようだ。この"Suite Armoricaine"の場合、「EDEN」やそれを越え洗練された「フレンチ・ブラッド」とは異なり、余り上手く機能しているとは言い難いが、少なくともあのぶっきらぼうな一瞬はヨンの物語を"過去"とその余波についての物語へと変貌させる。

物語においては2つの文化が印象的な形で現れる。まず1つはギリシャ神話、フランソワーズは生徒たちに絵画における神話の表象について語るのだ。ニコラ・プサンの作品に描かれた"Et in Arcadia Ego"/"私もまたアルカディアにいる"という碑文、黄泉の川の橋渡しをする存在カロン、そして重要なのはレーテという名の川だ。この水を飲んだ者は今まで体験した何もかもを忘却することとなる、苦しみも、そして悲しみも全て……それを生徒たちに語る彼女の姿はどこか所在ないものに見える。

それはフランソワーズが記憶の忘却に気を病んでいるからだ。だからこそ彼女は旧友たちを巡り記憶を取り戻そうと苦闘する。その過程で辿り着くのがブルトン語という今正に失われようとしている文化だ。この言葉は主にブルターニュ西部で話される言語なのだが、近年話者が激減し、UNESCOによって"著しい危機に瀕している"と定義されている。フランソワーズ自身この言葉を理解できないのに、夢の中で確かにその声を聞いたのだ。その謎は彼女は旧友たちと過ごした80年代のその先、幼少期の思い出へと導き、そして彼女はかつて自分が肌で体験したあの時代を思いだそうとする、言葉が失われるということはまたその言葉が宿す文化すら失われることを、彼女の生きていた世界が失われることを意味するのだから。

"Suite Armoricaine"の上映時間は147分、こういった映画としては驚くほどの長さを持ち合わせている。故におそらくもっと描写を切り詰めるべきであっただとか、とりとめが無さすぎて何が言いたいか分からない、そんな批評が成されることもあるだろう。しかしこの長さには意味がある、とりとめのなさには意味がある、本当にゆっくりとした、歩くような早さで以てそれぞれの苦しみに苛まれるフランソワーズとヨンが出会う時、ブルトン監督は閉塞感と諦念に満ちた世界を鮮やかに解放してみせるのだ。"Suite Armoricaine"とは人生讃歌の物語、そうだ、人生は不安と悲哀、憎しみと焦燥に満ち、残酷なまでに早く過ぎ去り、忘却によって生きる者を傷つける、しかしだからこそ人生には生きる価値があるとこの映画は言祝ぐのだ。

参考文献
http://www.filmcomment.com/blog/interview-pascale-breton-suite-armoricaine/(監督インタビューその1)
http://variety.com/2015/film/news/locarno-director-pascale-breton-talks-about-suite-armoricaine-1201567992/(監督インタビューその2)

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