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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇

世界史において黄金は数多の人々を魅了してきた。黄金郷"エルドラド"の伝説は夢見る者たちを大海原へと旅立たせたし、19世紀における"ゴールドラッシュ"はアメリカに限らず世界の人々がカリフォルニアへと集結し黄金の輝きに湧いた。しかしその輝きの裏には想像を絶するほどの過酷な闇が存在することも忘れてはならない。ということで今回は"黄金郷"の光と闇を描いたドキュメンタリー"Eldorado XXI"とその監督Salome Lamasについて紹介していこう。

Salomé Lamasは1987年にポルトガルリスボンに生まれた。リスボン・アマドーラの国立映画演劇学校(ESTC)やチェコプラハ芸術アカデミー演劇学部(FAMU)で映画芸術について学び、アムステルダムのSandberg Instituutではファイン・アーツで修士学位を、そしてコインブラ大学では映画学で博士号を獲得した。

映像作家として膨大な量のビデオアートなどを製作するが、彼女の名を一躍轟かせたのは2012年に作られた初の長編映画"Terra de ninguém"だろう。兵士としてアフリカでの戦闘に従事、エル・サルバドルではCIAの傭兵、反バスク団体所属の殺し屋としても活動していた男が過去を告白する姿を映しだしたドキュメンタリーでベルリン国際映画祭やミラノ映画祭などで上映され話題となる。2014年にはフランス外人部隊に所属していた男についての短編"Le Boudin"、2015年の"A Torre"を経て彼女は第2長編であるドキュメンタリー"Eldorado XXI"を手掛ける。

雪に覆われながらも豪壮と聳え立つ山の姿、それは私たちの瞳を冷気と勇猛さによって抉るほどの威圧感を宿している。この光景に重なるのはある女性の歌声だ、寒々しい景観とは裏腹に曲調は陽気ですらあるのだが、歌詞は悲愴感に満ち溢れている。この凍てつくような寒さを耐え忍んできた、ずっと耐え忍んできた、それはいつまで続くのだろう、いつまで続くのだろうか……

"Eldorado XXI"の舞台はペルーにまで股がるアンデス山脈、その5500m地点に位置するリンコナダ鉱山だ。この場所には伝説の場所として語られる黄金郷"エルドラド"の名が冠され、一攫千金を夢見る人々が日々この場所へと集まり採掘を行っている。雪の山々が浮かび上がった後、舞台は鉱山の険しい山道へと移る。カメラはある地点から山道を見下ろし続けるのだが、そこにはヘルメットを被った鉱夫が何人も、何十人も上へ上へと登ってくる姿が見える。時折は逆に山を下っていく者もいれば、民族衣装らしきものを来た女性たちがいるのにも気づくだろう。私たちは不動のカメラを通じて、その光景をじっくりと観察することになる。

10分ほど経った後、風景は変わることはないが耳にはある女性の声が届くのが分かる筈だ。私の家は大家族でした、ですが自由を求めて村を離れて都会へと出ていったのです、自分よりずっと歳上の男性と結婚しましたが幸せは長く続きませんでした、子供を連れて私は教師だという男性と再婚しましたが自分達にはお金もなくそれでこの鉱山に来ることを決めたのです……女性の語る話は冒頭の民謡さながら悲愴感を増していく、"黄金郷"と呼ばれる場所の現実、採掘作業の過酷さとそれに全く見合わない成果、今にも泣きそうな女性の声と共にカメラに映る風景は闇を増していき、その苦しみの一側面を露にする。

だが女性の声と入れ代わりに響き渡るのは、ラジオDJの陽気な言葉の数々だ。先とは驚くほどに乖離した陽気すぎる声に乗せて鉱山近郊の町で起こった事件がニュースとして語られる、かと思えば犯罪に備えよう!といった風に監視カメラを宣伝するCMが軽快な音楽と共に流れる。酷く場違いな響きがこの世界の過酷さをとうかいしようする状況は、何か底冷えするような印象を私たちに与える。カメラに映る鉱夫たちの表情は伺い知ることが出来ないが、少なくとも笑顔など浮かべている筈もないことは簡単に分かる筈だ。

そしてまた耳に届く音が変わる。水の1滴がポタリと落ちる音、鉱夫たちの足音が不気味に響く音、些かの誇張を伴って聞こえるのはつまりそこには洞窟内で生じるような反響が音に宿っているからだ。それに気付いた瞬間、正に眼前の風景が洞窟の中であるかのような錯覚を覚えることになる。いやカメラはこの数十分微動だにしていないが、岩の壁が舞い降り実際にこの場所は洞窟と化してしまったのでは?とそう思わされる。Lamas監督はこうして長回しを持続させながら、そこに現れる音や声によって私たちが見る世界を劇的なまでに変貌させてみせる。そして鉱夫たちの胸臆に潜む思いを象徴するような出口の見えない洞窟の風景にはいつしかこんな語りが響く、この鉱山にあるのは死と虐殺だけだ、そこかしこに人々の死体が隠されている……

そしてこの長大な長回しを第1部として、ある時点から第2部が幕を開けることとなる。第2部はもっと大局的な視点で以てリンコナダ鉱山に生きる人々に姿を追っていく。鉱山は果てしない灰色に包まれもう既に全てが枯れ果ててしまったような印象を受ける。だが鉱夫たちはそこから黄金を探し当てるために延々と採掘作業を行うのだ。雪吹き荒ぶ山の斜面に見えるちっぽけな人影、工具で以てどれも同じにしか見えない岩の破片を叩き続ける、乾いた音だけが虚しく響く中で時おり他の岩とは違う何かが露出する時もあるが、それにしても黄金などではない、何の値打ちもない代物だ、それでも彼らは採掘を続ける。一方で女性たちは小屋の中で、今後のペルーの行く末について会話を繰り広げる。今度当選する大統領は誰だろう、あのケイコって候補は日系人なのだっけ、一体これから先私たちはどうなるのだろう……

だが"Eldorado XXI"の余りに惜しい点は、ミニマルを突き詰めながらその実リンコナダ鉱山の現状を饒舌に語り得た第1部に比べ、第2部は他のドキュメンタリーと何ら変わりない凡庸な作品に収まってしまう点だ。あれほど観客を強く信じる作劇法を取っていながら、後半では監督の首がすげ変わってしまったかのようだ。しかし第1部だけ見ればLamas監督の才能に疑いはない、故に今後への期待を以てこの記事の筆を措くこととする。

参考文献
http://www.salomelamas.info/(公式サイト)
http://www.berliner-kuenstlerprogramm.de/en/gast.php?id=1251(監督プロフィール)
https://mubi.com/notebook/posts/to-the-ends-of-the-earth-an-interview-with-salome-lamas(監督インタビュー)

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