鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている

さて、いきなりだが少しスペインの現代史を振り返ってみよう。1975年11月、スペイン内戦での勝利以後、長年に渡ってスペインに君臨し続けたフランシスコ・フランコ総統が亡くなった。それは40年続いた軍事独裁政権が倒れることをも意味していた。そして国王であるフアン・カルロス一世は少しずつ民主主義への道を歩み始め、1977年の初の民主的総選挙、1978年の新憲法の制定を経て独裁政権からの脱却を遂げることとなる。

しかしその一方で共産党の合法化や経済停滞を背景として、軍事独裁の復活を求める陸軍右派勢力の動きが活発化し始める。更に1976年から首相を務めていたアドルフォ・スアレス及び彼の所属政党である民主中道連合が内部における対立によって力を失くしていく。そんな中で首相が辞任、次期候補の選出に滞りが生じていた隙に乗じ、1981年2月23日、アントニオ・テヘーロ陸軍中佐率いる治安警察部隊はスペイン・マドリードの代議院を襲撃、議会中だった代議員を全員人質に取るという軍事クーデターを起こす。いわゆる"23-F"と呼ばれるこの事件はテレビ中継され、人々はスペインに民主主義は続かないのかという絶望に陥る。しかしフアン・カルロス1世は犯人たちの要求を断固拒否、国王の支持を得られないとしった治安部隊は投降し、クーデターは未遂に終わる。

そして1982年10月28日再びの総選挙が行われ、フェリーペ・ゴンサーレス書記長を党首とする社会労働党過半数を大幅に上回る議席数を獲得、政権の座を手にした。社会労働党という名前だが、この政党は1974年のゴンサーレス書記長就任後から右旋回を果たし、社会民主主義政党として国民の人気を得ていた。書記長は首相就任時のスピーチで民主主義の偉大さを説き、国民一体となってこの苦境を乗り越えていこうと団結を訴え、人々はここから真の民主主義の時代が始まるのだと未来への希望に湧くこととなる。だが、だがだ、今の状況を見て欲しい、果たしてそんな輝かしい未来は本当に実現したのだろうか。ということで今回はこの時代を背景として全く以て斬新な形で未来への不安と期待を語る"El Futuro"とその監督Luis López Carrascoを紹介して行こう、というかまたまた凄い才能出ちゃったよこれが!!!

狭苦しい部屋、影がヴェールのようにかかる部屋、何処からか歌が聞こえてくる……"空っぽなんだ"……ブツっと音が飛びそれと同時にカットも切り替わる、タバコを吸い無表情を顔に張り付けた男……"何もないんだ、光輝いてる時は"……壁に飾られた写真の数々……"ひどく空っぽなんだ、あの光の群れが僕の愛をチクチクと刺す時は"……そして舞台はとあるパーティ会場に移る、十何人もの若者たちが部屋に溢れ返り思い思いにパーティを楽しむ、ある者は酒を唇に注ぎ込み、ある者はお喋りに耳を傾け、ある者は鳴り響く音楽に身を委ね、ある者は、ある者は、ある者は……

"El Futuro"は1982年の社会党勝利前夜――監督が生まれた1981年の翌年だ――真夜中のパーティに興じる人々を描き出すのだが、逆にそれ以外は殆ど何も描き出すことはない。まるで誰かが古い16mmカメラを持ち出して彼らを被写体にホームビデオを撮影しているといった作風であり、普通映画には付き物だろう度を越した極彩色の狂騒や劇的な愛と憎しみは一切排されている。El Hijoという映像団体を立ち上げ実験映画の製作を多く手掛けてきた監督はチェルシー・ガール」などのアンディ・ウォーホルの諸作やとある部屋の窓辺を映像・音響効果を交えながら延々と映し出すマイケル・スノウの実験映画「波長」からの影響を公言しているが、正に何か特筆すべき事態が起こる訳ではない風景をただひたすらに撮すのみという方法論は今作に受け継がれていると言える。

私たちはこれを観る間、若者たちの他愛ない無駄話の数々を耳にすることとなる。民族集団バスク祖国と自由、通称ETAの活動について、乳化剤がいかに私たちの体に影響を与えるのか、星座占いで明日の自分の運勢はどんなものか、当時のスペインの情勢を反映したものから私たちも話したことがあるかもしれない普遍的な内容までそれは多岐に渡るが、この混ざりあう言葉がホームビデオ的なリアリズムと共に1982年のスペインという時間的にも距離的にも遥か彼方にある世界へと観客を誘う。

だが彼らの喋り声以上に監督が重要視し、観客の鼓膜を揺らし続けるのは70年代〜80年代前半のスペインを彩った楽曲たちだ。ある時2人の若者が警察との小競り合いについて語っている姿が映るのだが、だんだんと音楽のボリュームが大きくなり、彼らの声が覆い隠されていく。そしてとうとうただ口が動く様が見えるだけで字幕すら浮かばない状況に陥る。この暴挙としか言えない演出を、だが監督は全編においてやってのける。実際喋り声が聞こえるより音楽がガンガン鳴り響いてくる故に聞こえない時間の方が長いかもしれない。言葉の内容よりもそこに流れる雰囲気を捉えることを優先している面でマンブルコアと共鳴する側面を持ち、実際この演出は先述した馴染みない世界への没入感を構築する助けとなっているが、それ以上に監督が強調する要素がある。楽曲の全ては人生を生きることの、世界が存在することの虚しさを謳っているのだ。"俺たちはたった1日だけヒーローでいられる、俺たちはたった1日だけ俺たちでいられるんだ"……"負け犬でいるのだって簡単じゃない、ほら、最後の時がやってきた"……"核攻撃?大賛成さ、そうすれば飢えた畸形人間どもがストリートに溢れる、飢え死にした新鮮な死体が溢れかえる"……

劇中において、若者が気だるげにしている横顔をクロースアップでただ撮しているだけのショットが幾つもある。その横顔に滲み渡るのは未来への不安と期待だ、気だるげかと思えばふと緩く笑顔が浮かび、しかし何か憂いすらもその頬に現れ2つのあわいを行き交う姿がショットの1つ1つに瑞々しく描かれる。この夜を徹したパーティの後に広がるだろう民主主義の黎明を前に浮き足立つ彼らの心、もしかしたら良いかもしれない、もしかしたら駄目かもしれない、でも、でもさ、うん、多分自分たちの未来は明るいんじゃないかな……

しかし監督が提示するのは彼らの希望を呑み込む圧倒的な虚無だ。彼は1982年というスペインにおける民主主義の始まりこそが全ての過ちの始まりでもあったのだと描いていく。若者たちを映し出す16mmの粒子は郷愁であり生の輝きでありながら、終盤においては類い希な絶望へと転じる、その特性において最も残酷的な形で若者たちを打ちひしぐのだ。そして肥大する虚無は1982年をも越え、現代のスペインへと接続する。あの頃夢見ていた希望は、此処に1度でたりとも存在したことはないのだと。

シドニー・ルメット「質屋」において、主人公を愛しながら彼の抱く絶望の深さに自分には何も出来ないと悲嘆にくれる中年女性が登場した。"El Futuro"を観る私たちは彼女が抱いたのと同じ無力感へと追い詰められる、ここに描かれる自分が生きるスペインという国に対する虚無と絶望は余りにも深すぎる。

最後に監督の言葉を紹介しよう。

"今作は80年代の始まりに驚くほど早くスペイン社会が獲得した価値観や慣習に批判的視線を向けようと試みています。リサーチのためにインタビューを行った人の中にこんなことを話してくれた人がいます、社会党の勝利によって、私たちは全てが達成されたのだと思いましたが、実際には何もかも変わらないままだったんですと。この言葉はまるでスペインの中産階級が民主的消費主義に翻弄されているといった風でした。

映画の主な目的は80年代に限らず、90年代、ゼロ年代の若者たちが娯楽や性的な関係性、政治参加や労働問題についての同じような社会的ルールをどのように共有しているかを、同時に30年後に生きる私たちが直面する経済危機の源を1982年という時代にどう見出せるかを反映することでした。

私にとってこの映画は個人的に大変だった時期をまた描いているとも思っています。2010年、私は無職になってしまい何人かの友人も同じ状態にありました。極度の不安定さが人生に差し迫った初めての瞬間であり、未来への可能性や安定した生活について全く想像できない時期にあったのです。そして私は1982年というスペイン社会がまだ若かった時代に目を向けようと決めたのです、今に至る国の全てが組み上げられようとしていた時代に"




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